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第75話 鐘の音

 翌日もキュウは空を飛びたがって、朝から俺の太ももをぺしぺし叩いてきた。


 やろうと思えばキュウひとりでも訓練はできる。

 だけど、できるなら俺も一緒にいてやりたいし、俺自身しばらく空を飛べていなかったことで竜騎士としての勘が鈍っている。

 キュウが飛行訓練をするときはなるべく一緒にいるようにした。


 あれからまた、いくつかの姿勢を試してみたが、いちばんしっくりきたのは俺がキュウをおんぶしての飛行だ。

 ただ、何度か飛んで分かったことだが、キュウの飛行距離は飛竜の頃よりもかなり短くなっていた。

 呪いを受ける前と比べたら、半分のそのまた半分というところかな?


「キュウウゥゥ」


 悲しそうな声を上げるキュウを、俺はできるだけ優しくなだめる。


「そんなにしょんぼりするなよ。ちゃんと飛べてたぞ?」


 キュウの飛行能力が前より落ちてるのは、しかたないことだ。

 そもそも身体の構造が違う。


 飛竜と違って、人間の身体は空を飛ぶようにはできていない。

 だからキュウは空を飛ぶため、翼を動かす力をより多く使うことになる。

 飛行で消費する体力は、飛竜の頃に比べたら段違いだろう。


 そして、俺とキュウの体格差が逆転したのも大きい。

 俺がキュウをおんぶするという新しい飛び方は、言い換えればキュウが俺という大きな荷物を抱えての飛行だ。どうしてもキュウの負担が増える。

 今のキュウだと、長距離飛行には体力がついていかない。


 しかし、短距離の飛行や空中戦闘機動は思ったよりすぐになじんだ。

 急上昇や急降下、急旋回に宙返りと言った基本的な飛行はひと通りできるようになっている。


 さらに直線飛行のやり方もちょっと新しいやり方を試してみる。

 無理に翼をはためかせず、羽根を横に広げて風に乗る滑空かっくう時間を増やし、高度が落ちたら俺が積極的に地面を蹴って再上昇、キュウの飛行を補助する。


 そんな感じで工夫を重ねた結果、俺たちは低空飛行ならそれなりの距離を移動できるようになっていた。

 まだ他の飛竜には及ばないだろうが、連続飛行時間も航続距離も順調に伸びている。

 この調子で練習を重ねれば、元通りとは言わずとも、この村の周囲の偵察ていさつ飛行ぐらいは問題なくできるようになりそうだ。


 とはいえ俺も開拓騎士団の正騎士としての仕事があるし、キュウも製薬や料理の手伝い、それに歌の練習がある。

 中でも歌の練習はけっこう熱心だ。

 今度の収穫祭で、一緒に練習中のみんなや村人たちとも一緒に歌うらしい。


 ということで、お互いがそれぞれのやることをやりながら、合間を見て空を飛ぶ練習をする。

 そんな感じの日々がしばらく続いていた。


 ある日、俺は昼食後に食堂の手伝いをするキュウと別れ、会議室で聖騎士ルスカと打ち合わせをしていた。

 内容は主に開拓村の今後についての意見交換と、お互いの呪具の調子だ。


 ジオールは俺たち正騎士の呪具を優先的に作ってくれた。

 オーダーメイドの呪具は、ムスタを除いた八人全員に行き渡っている。


 ジオールは今、職人志望の面々と一緒に、兵士用の腕鎧や足鎧を量産していると聞いている。

 しかし、呪いの強弱に個人差があるように、呪具の効果にも個人差が出てるそうだ。

 ジオールとムスタはその原因究明や対策方法に頭を悩ませているらしい。


 そして、ルスカの呪具の調子はあまり良くないということだった。

 自分への治癒魔法は少し使えるようになったが、他人の傷の治癒はまだできないとのことだ。


「私の呪具は、こんな感じだよ」


 そう言って、ルスカが自分の首元のホックを外す。

 服の隙間から、ほんのり紫色の光がのぞいた。

 ルスカの呪具は毛足の短い毛皮を利用したベストのような感じのものだった。


 ルスカが光を受けたのは胸だ。

 それに合わせ、ルスカの呪具は胸から腹にかけて紫の塗料が広く薄く塗られている。

 紫の部分はガラスっぽく光っていて固いけど多少の伸縮性もあるという、不思議な感じの服だ。


「薄くて扱いやすいんだけどね。今ひとつ効果が実感できないんだ」

「もしかしたら、薄くしたせいで効果が弱まってるんじゃ?」


 俺がそう聞くと、ルスカは苦笑した。


「そうかもしれないね。けど、服の下に着られるようなものを作ってくれって注文したのは私なんだ。だから私が文句を言うのは筋違いかな」


 確かにその呪具は普通の布の服並みに薄く、ルスカがいつも着ている聖職者の平服も呪具の上から羽織はおれる。

 首元のホックをとめたら、もう紫の光は見えない。

 体型もいつものルスカだ。今までとの違いは無いと言っていい。


「まぁ、ジオールたちには一般兵のみんなの呪具作成を優先してもらってるよ。被験者数が増えれば、改善点が見つかるかもしれないしね」

「ルスカの治癒魔法がまた使えるようになれば、助かるんだけどな」

「こればっかりは仕方ない。呪具の研究が進むのを期待するしかないかな」


 そんな会話も交えつつ、主な目的だった現状の意見の出し合いがほぼ終わった頃。


「待った」


 なにか聞こえた。

 かなり遠いけど、鋭く響く金属音。

 あんまり聞きたくないやつだ。


「ん?」


 ルスカには聞こえなかったらしく、不思議そうな顔をされたが。


「この音は」


 もう一度かすかな音が鳴ったところで、彼の目つきが緊張したものに変わった。

 今度はルスカにも聞こえたようだ。

 あれは、見張りの兵が出す警報の鐘の音だ。


 ここまで音が遠いとなると、鐘を鳴らしてる場所は村の端、防壁の見張り台あたりか?

 魔獣接近だろうか。


 いや、ただの魔獣接近程度なら鐘の音はすぐ止まるんだけど、今回は鳴りやまない。

 それに、よく聞くと鐘の鳴り方がいつもと違う。


 俺たちが黙って耳をすまし鐘の鳴る方向を探していると、俺たちの頭上、この建物の屋上に作られた見張り台からも鐘が鳴り始めた。

 短く速く五回。

 少しの間を置いて、また鐘が鳴る。


 この鐘の合図、五回連打の繰り返しは緊急事態の警報だ。

 あるとしたら魔獣の大規模襲撃か、大火事とかか?

 この開拓村ができてからは初めてだぞ。

 叩き方の強さや速さから、叩いてる兵士の焦りを感じる。


「なにか大事おおごとがあったみたいだね」


 ルスカが両手を机について力強く立ち上がった。

 俺も腰を上げ、隣のイスに立て掛けておいた槍をつかむ。

 まず行くべきはこの建物の上にある見張り台だ。何があったか確かめないと。


「俺は上で状況確認してくる。原因が魔獣なら迎撃に回るよ」

「わかった。私も一緒に、いや」


 ルスカは少しの間だけ下を向いたが、迷いを振り切るように首を横に振った。


「何があったにせよ、今の私が前線に立ってもあまり役には立てないな。私は村人の避難誘導や後方指揮に回ろう。ロンも無理はしないで」

「ああ。もしキュウを見かけたら、保護してやってくれないか」

「もちろんだよ。あの子も村の一員だからね」


 俺は会議室を出ると人気ひとけのない廊下を走り、手近の階段を駆け上った。

 最上階の扉を抜け、屋上の中央に据え付けられた見張り台へと向かう。

 見張り台そばの詰所では、兵士たちが弓やクロスボウなどの飛び道具を準備しているところだった。


「何があった?」

「ロン様!」


 俺が声をかけると、この場をまとめている兵士長がこっちに走ってきた。


「南側の陸上から複数の魔獣による襲撃です。しかし、いつもと様子が違います」

「魔獣の種類と数は?」

「カブトイノシシが少なくとも八体以上。そのすぐ後方に、かなり大型のヒポグリフが一体。一斉に走ってきて防壁へ激突しました」

「一斉に走ってって、カブトイノシシとヒポグリフがか?」


 俺が聞き返すと、兵士長がうなずいた。


 別種の魔獣が一緒に行動することはあまりない。

 まして、空を飛べるヒポグリフが陸上のカブトイノシシと一緒に地上を走る?

 そんなこと、聞いたことがないぞ。


 大型のヒポグリフが後方にいた。ということは、カブトイノシシはヒポグリフに追い立てられた?

 カブトイノシシが一体だけなら、ありうる。

 ヒポグリフが狩りで獲物を追い立て、その移動先に運悪くこの開拓村があった。それだけなら、不幸な偶然として納得はできる。


 だが、ヒポグリフが八体以上のカブトイノシシをまとめて追い立て、この村の防壁に突っ込ませた?

 目的はカブトイノシシそのものではなく、この村への襲撃?

 ただのヒポグリフに、そんな作戦を立てるような知能や習性はない。


「あそこが激突地点です」


 額に汗を浮かべた兵士長が北側の防壁を指さした。


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