第74話 キュウとロンの飛行チャレンジ 後編
翼が上から下に向かう直前に合わせ、俺が思い切り地面を蹴る。
垂直に跳びあがった俺に、キュウが翼の羽ばたきをうまく重ねてくれて。
「キュアアアア!」
離陸は問題なく成功した。
俺の身体はキュウの足につられて前後左右に揺れながらゆっくり上昇し、やがて見張り台と同じくらいの高さにまで来た。
翼を持つキュウが上側、ぶらさがって重心になる俺が下側になることで、それなりに安定して滞空することができている。
けど、万全とまではいかない。
「キュッ、キュッ」
「ゆっくりでいいぞキュウ、無理するなよ」
飛ぶ向きをちょっと変えると下の俺が大きく揺れ、立て直すのに時間がかかる。
たとえるなら風に吹かれるタンポポの綿毛みたいな状態だ。
俺がキュウに肩車されていた時よりはまだマシだけど、それでも厳しい。
「キュッ!」
「んぐっ」
そしてもうひとつ新たな、そして大きな問題が発覚した。
キュウが速度や高度を上げようと力を入れるたび、翼と一緒にキュウの足にも力が入る。
具体的には、キュウの太ももがギュッとなる。
つまり、そのキュウを肩車している俺の首が絞まる。
「キュウウウッ!」
「ぬぐぐぐぐ」
これはしょうがない。俺もさっきやったしな。やっちゃう気持ちはわかる。
だけど、もうちょい力を抜いてもらえるかな?
キュウの足って細いから、そんなふうに力を入れ続けられたら俺の首が締まる締まる締まるぐえー!
「……ッ! …………ッ!」
息ができない。
キュウを止めようと思っても声が出せない。
キュウの足を叩いてアピールしたら、気づいたキュウが足の力を緩め、そのせいで今度は俺が落っこちそうになる。
うん。肩車は危険。覚えた。
「ギュウ、いっだん降りで?」
「キュー」
俺の苦しさが伝わったのか、キュウは素直に降りてくれた。
だが、まだ飛び足りないというのはキュウの顔を見れば分かる。
呼吸を整えたら、四度目の挑戦だ。
「次はこっちに乗ってくれるか?」
俺は地面に片膝をつき、自分の背中を叩いた。
今度は俺がキュウをおんぶだ。
「キュッ!」
キュウは遠慮なく俺の背中に飛びつき、その細い腕を俺の首に、足を俺の腰にからめる。
「痛くないか? この呪具、固いだろ」
「ンーン?」
背中の呪具が邪魔にならないかと思ったが、大丈夫らしい。
キュウは指を俺の呪具を止める革バンドにかけ、足は俺の腰のベルトに引っ掛ける。
うまく全身を固定できたみたいだ。
俺は身体を横を向けたりしてみたけど、キュウは俺にがっちりしがみついていて簡単には落ちそうにない。と言うか、放してくれない。
俺も両手両足が空いて割と自由に動けるし、キュウと俺、お互いの体格のバランス的にもこの姿勢が今までで一番いい感じだ。
「よし、飛んでみるか」
「キュ!」
俺の顔のすぐ横に首を回したキュウが、翼を動かしながら俺の足を見た。
さっきと同じように、キュウと息を合わせて地面を蹴る。
身体が上へと落下するような独特な感覚と共に、視界が空の青一色になった。
これは、今まででも一番の上昇速度だ。
「とーぶぅ!」
キュウがノリノリの声を上げ、空の雲が後ろへ流れ始めた。
この姿勢だとキュウは翼を動かしやすいらしい。
そして俺も、姿勢としては今までで一番楽だった。
キュウの姿は見えないが、首に回された腕から、そのすぐ後ろにキュウの存在を感じる。
その手は呪具の革バンドのほうにかかってるから、俺の首が絞められる心配もしなくてよさそうだ。
「そっちか?」
「こっちー!」
「よーし」
さらにキュウの腕に入る力から、次にキュウが飛びたい方向がなんとなくわかる。
それに合わせて俺が腕や足をひねると、旋回速度が目に見えて上がった。
翼のはためく振動が背中から伝わってくるのも、飛ぶ方向の目安になる。
呪具も俺とキュウの身体に挟まれて固定され、外れる気配は無い。
これは、飛ぶのに一番いい姿勢なんじゃないか?
「キュウ~ゥ♪」
今日一番の上機嫌で、キュウが高らかに鳴いた。
地上では、俺を見つけた見張りの兵士たちがこっち見上げ、指さしている。
あぁ、この感じだ。
すべてが一緒とは言えないけど、この感じだ。
俺とキュウで一緒に空を飛んで、開拓地の周囲を偵察飛行してたときの感じ。
また飛べるんだなぁ、俺たち。
いつかは飛べると信じてた。
けど、心のどこかに、もう二度と飛べないかもしれないという思いもあった。
そんな心配は今、キュウの翼のおかげで、吹き飛ばされた。
「ありがとな、キュウ」
俺が自分の首に回されたキュウの腕をなでると、キュウが俺を抱きしめる力が強くなった。
「キュッ!」
それから俺たちは開拓地の防壁を沿うように飛行し、元いた木陰へと戻ってきた。
着陸も、キュウが翼を使ってくれたおかげで楽なものだった。
「お帰りなさいませ」
「ククッ、おかえりなさい」
「ん、よく飛んだな」
木陰にいたクーとクォン、ガウが出迎えてくれる。
マールとクァオはまだ戻ってないみたいだ。
草原を走ったり跳ねたりしてるのが空から見えたし、まだ楽しんでるんだろう。
「お疲れ様、キュウ」
「キュ」
俺はしゃがんでキュウを降ろそうとしたが。
キュウは降りようとせず、俺にしがみついたまま身体を横へと動かし始めた。
「ん? 降りないのか?」
「キュウン」
俺が立ち上がって腕を上げると、キュウの身体がそこをくぐるように移動して俺の正面にまでやってくる。
地面に足を一度もつかないまま、だ。
器用なことするなぁ。
「あー。もしかして、次はこの姿勢で飛びたいのか?」
「キュ」
今の姿勢は、お互いが正面を向いての、言わば抱っこ状態。
正確に言えば、俺がキュウを抱き上げている感じだ。
キュウはさっきまでのおんぶ状態と同じように俺の首に腕を回し、足を俺の腰に引っ掛ける。
この状態で飛ぶと、俺は進行方向が完全に見えなくなるが。
でもキュウの背後は見えるのか。お互いの死角を補えるってのは意外と有りなのか?
キュウの翼が目の前にあるから、飛ぶ方向に身体の向きを合わせることも問題ないだろう。
俺はいつでも飛べるよう、足に力を込めた。
だが、キュウの翼が羽ばたく速度は、だんだんと遅くなっていった。
その腕や足からも、力が抜けていっている。
「キュウ? 大丈夫か?」
「ンゥー」
キュウが姿勢を変え、俺の目の前に自分の顔を持ってきた。
すっごい半目で、今にもまぶたが落ちそうだ。
鼻を鳴らしたキュウは、そのまま俺の首筋に顔をうずめた。
「ンニュ」
翼は完全にたたまれて、もうピクリともしない。
これは、あれか。お昼寝の気分か?
しばらく飛び続けてたし、さすがに疲れたか。今日はもう休ませた方がよさそうだな。
「クククッ、飛ばないのですか? 抱きしめ合うつもりなら部屋に戻られては?」
「違いますよクォン。彼らはすでに飛び立っています。ふたりだけの世界へと」
木陰にいたクォンとクーの、からかうようなツッコミがやけに響いた。




