第73話 キュウとロンの飛行チャレンジ 前編
だけど、以前と違うところがけっこうある。
まず、キュウの姿がほとんど見えない。
これだけで感覚がかなり変わる。
「ごめんキュウ、もうちょっとゆっくり飛んでくれ」
「あい」
キュウが飛竜の頃なら、手の届く位置にキュウの鱗に覆われた肩があった。
視線の先には飛竜らしい長い首や丸っこい頭があって、飛ぶ向きを変えるときは首がそっちに向いたりして、それを目印に俺も姿勢を合わせたりしてたんだ。
空中戦みたいな激しい動きをするときは、キュウの身体の鱗の動きで直後の移動方向を判断し、それに合わせて槍の構えを変えるなんてこともやってた。
けど、今は何もない。目の前には、ただ空があるだけだ。
この状態じゃキュウの動きを読むものがなにもない。
ただ宙に浮かばされてる感じで、けっこう怖いぞ。
「もぉっと、とべうー」
キュウがちょっと加速させると、不安定さが一気に増した。
「待って待って、慌てるなって」
うん。もうひとつ問題が見つかった。
明らかにバランスが悪い。
キュウの翼は大きくて、空を飛ぶ力は十分に出ているみたいだ。
けど、それを支えるキュウの身体が小さく軽い。ちょっとした風ですぐ横にブレる。
さらに、上側にいる俺の身体が風の影響をもろに受ける。
「うあっとと」
「ンギュ」
横風を受けた俺が身体を立て直そうとしたら、足に力が入って下のキュウから変な鳴き声が聞こえた。
俺の太ももでキュウの顔を挟んでしまったらしい。
ごめんよキュウ。手でつかむところがなくて、足で身体を支えるしかないんだ。
飛竜の時なら、身体を伏せて首や背中にしがみつけたんだけどなぁ。
「こりゃキツいな」
「キュウン」
空を飛ぶ力は十分に出せてる。
ただ、風を受ける表面積が大きすぎるんだ。
地上では弱かった風も、ここまで上昇するとそれなりに勢いが強くなる。
この肩車状態だと俺自身の身体が風をまともに受け、それがキュウの飛行を邪魔している。
飛竜の時に比べて全体的な重量が軽いのも問題だな。ちょっとの風で進行方向がブレる。
俺が鎧や槍を持てば重さ的にはもう少し安定するか?
けど、今の状態で俺が武装するってことは俺たちの上側に重量が集中するってことだ。
バランスがもっと悪くなるな。
今の微速前進状態でも、風や揺れで俺の上半身がぶるんぶるんしてる。
そのたびにキュウが大きく羽ばたいて、体勢を立て直している。
このまま速度を上げたら、受ける風の力が強すぎて空中でひっくり返るぞ。
「ダメだ危ない。キュウ、一回降りよう」
「キュウゥゥゥ」
キュウは無念そうな細い鳴き声を上げたが、ゆっくりと降下し始めた。
飛び続けたいときは首を振ってイヤイヤしたりするんだけど、今回は素直だ。
キュウ自身も今のままだと厳しいと感じてるらしい。
「はい、お疲れさま」
「ウー」
着陸すると、キュウはそのままストンとお座りした。
自然と俺の足は地面につき、そのままキュウから降りる。
「ん?」
だけど、俺が地面に降り立った後もキュウは顔を上げてくれない。
「ウゥゥ」
うわあ、キュウがすごくしょんぼりしてる。
目の前でエサを取り上げられた子犬よりひどい顔だぞ。
「おいおいキュウ、大丈夫だから。そんな辛そうにするなって」
「ウゥ」
「ほら、なでてやるから、元気だして。な?」
キュウの顔を俺の腹に当てて左手で支え、右手で顔をゆっくりなでる。
飛び続けて冷えた耳たぶは、そっと握って暖める。
「別の飛び方を考えてみよう? きっとなにかいい方法があるって。飛べるのは間違いないんだから」
「ンウゥー」
よし、キュウの顔から悲しみが抜けてきた。
竜は個体差が大きく、乗り方もひとつに決まってるわけじゃない。
色々試してみよう。
「次は、そうだなぁ」
「こっち!」
俺が思い付くより早く、お座り姿勢に戻ったキュウが声を上げた。
今度は自分の背中を叩いている。
一回目は肩車だったが、二回目はあれか。
おんぶか。
キュウが下で、俺が上の。
それも無理があると思うんだけどなぁ。
「えーっと」
見た目上、しゃがみこんだ童女の背後から俺が覆い被さるわけだが。
横目でクーのほうを見てみたけど、彼はそっと首を横に振るだけで何も言わなかった。
もはや言葉は不要と判断されたらしい。
まぁ、しょうがないよな。うん。
ここで拒否したらキュウの心がもっと傷つくかもしれないし。
「オン、のる!」
「わかったよ。ほら、乗るぞー」
俺はキュウの小さな背中に自分の胸を当て、腕を前に伸ばし、そこで困った。
この腕、どうしよう。
キュウの首に回そうとしても、首も肩も細くて隙間がスカスカだ。
この状態で飛んだら、途中で絶対すっぽ抜けるぞ。
「キュ」
「おっと」
俺が腕をブラブラさせてたら、手首をキュウにつかまれた。
キュウは俺の腕を背負い袋のひものように引っ張り、自分の腰に引き寄せる。
俺を固定したキュウは、離陸しようと背中に力を込めた。
「ンン?」
キュウが不思議そうな声を出した。
翼がうまく動かせないからだろう。
そりゃそうだ、俺が邪魔だもの。
子供の体格である今のキュウの背中は小さい。
そんな背中で俺をおんぶすれば、俺の胸でキュウの翼の根本をがっちり押さえた状態になる。
大きく動かせるのは羽の先端側だけだ。
「フヌキュ」
そんな状態で無理に翼を動かそうとするもんだから、キュウの羽根が俺の脇腹をくすぐる。
めっちゃ、くすぐる。
「ひゃあぃ」
しばらく我慢してたけど、耐えられなくなって変な声が出てしまった。
翼を止めたキュウが、ふくれた顔でこっちを見る。
「ブウウゥゥ」
「そんな顔するなって。くすぐったかったんだよ。悪気はないんだ」
こうして、二回目の挑戦は空を飛ぶ以前の段階で失敗。
「つぅぎぃ!」
だがキュウはめげない。
三回目は、俺が下でキュウが上の肩車だ。
うん。地上ならこっちのほうが自然だ。
「俺が下だと、離したら落っこちちゃうからな。強めにつかむから、キュウも頼むぞ」
「わあった!」
俺の肩にキュウが跨り、俺はキュウの膝をつかんで支える。
キュウは足先を俺の背中にまで回し、足の甲を俺の背中に当てて固定した。
俺は俺で脇をしめ、キュウの足を離さないよう、がっちり捕まえる。
「オン、とえる?」
俺の頭に手を乗せたキュウが、頭頂部のあたりを一回なでた。
これはキュウが飛竜の姿だった頃、俺がキュウに飛んでほしいときにやっていた合図だ。
そうか、離陸は俺がやらなきゃな。
「ああ。キュウ、翼を動かしてくれ。俺が合わせて跳びあがるよ」
キュウが飛び立つとき、最初はいつも地面を蹴って跳びあがり、それから翼を羽ばたかせてた。
それと同じ要領だ。
地面を蹴るところだけ俺がやればいい。
「キュッ」
キュウが翼を動かすと、その振動がキュウの足を通して俺にも伝わってきた。
懐かしい振動だ。
久々だけど、キュウがどう翼を動かしているかは見なくてもわかる。
まず翼をすぼめて上に向け、次に翼を拡げて空気をとらえながら下げる。
上、下。上、下。
「よし、行くぞ!」




