第71話 キュウとクァオはなかよし
キュウの近くで立ち止まったクァオが地面を見つめる。
そこには若草色の小さい羽根が一本落ちていた。
キュウの翼から抜け落ちたやつだな。
「くぁ」
しゃがんだクァオがしっぽを立て、前傾姿勢になってキツネの手を伸ばし、地面の羽根を両手で挟むようにしてつかんだ。
クァオはその姿勢のまま、ちょこちょこと前へ進み、キュウの目の前までやってきた。
身体のバランスを取るため、真上にピーンと立てられたままのキツネしっぽが陽光を受けて金色に光っている。
「おぉーしもの」
そう言って、クァオが羽根をキュウに差し出した。
たぶん落とし物って言いたいのかな。
羽根は自然に少しずつ抜け替わるものだし、落とし物とはちょっと違う気もするけど。
「あいあとー」
これは、ありがとー、だな。
キュウが羽根を受け取り、表面についた砂を払った。
細長い若草色の羽根は、木漏れ日を浴びて明るくきらめいている。
キュウの羽根の色って、実る前の麦畑の色に似てるんだよな。
普段は淡い緑色だけど、風を受けて揺れ動いてるときに太陽の光を反射して一瞬金色に見えたりするんだ。
「キュ?」
そしてキュウが、その羽根をじっと見てるクァオの視線に気づいた。
「ほぁー」
クァオは自分の両手をほっぺたにあて、うっとりした表情でキュウの羽根を見つめている。
キュウが羽根を揺らすと、クァオの大きな瞳もそれについてきた。
そういや前の調査で岩山に行ったときも、あんな顔をしてたときがあったな。
ジオールが拾ってきた水晶の原石、晶洞だっけ? あれを見てたときと同じ顔だ。
クァオはキラキラしたものが好きなのかな。宝石だけってわけじゃなく。
「オォン」
俺が寝転がった状態でふたりの様子を眺めてたら、キュウがこっちを見た。
「あえていーい?」
あげていいか、って言いたいんだよな。
人を乗せる騎竜の身体から抜けたり生え変わったりするもの、たとえば羽根や鱗、爪なんかは基本的に騎乗する竜騎士のものだ。
竜騎士たちはそれらを使って装備品を作ったり、売り払って得た代金で騎竜の食事を大盛りにしたりする。
キュウもそれを知ってるから、あげていいかを俺に確認したんだろう。
飛竜の羽根はしなやかで軽く強く美しい。服飾や寝具、矢羽根などなど、いろんなものに幅広く使える良い素材だ。
竜の羽根は生え変わるのが速く、一緒に過ごしていればそれなりの量が採れる。
とはいえ需要もけっこうあり、まとまった量があれば良い値段で売れる。
でもなぁ。
キュウがあげたいって思うなら、俺が口を挟んじゃいけないよな。
もとはキュウの羽根なんだし。
「ああ」
呼吸はまだきついが、どうにかしゃべれそうだ。
「キュウの、好きに、したら、いい」
「キュ!」
俺がそう伝えると、キュウがクァオを手招きした。
隣に座ったクァオの服、その胸のボタンホールに、キュウが羽根をそっと差し込む。
ピンクの布地の上で若草色の羽根がブローチのようにきらめいた。
「くぁー」
無邪気な笑みを浮かべたクァオは、キュウに抱きついて顔をキュウの首もとに押し付け、すりすりし始めた。
キツネの信愛の表現かな、あれは。
「キュウゥン」
くすぐったそうな声を上げたキュウが、お返しにクァオの顔をなめる。
すぐそばまで顔を近づけたふたりは、無邪気に笑いあった。
緑と金色、二本のしっぽも楽しそうにパタパタ揺れている。
なんだこの子たちは。
天使か。
いや、わかってる。飛竜とキツネだ。仕草は元の生物そのまんまだし。
つまり、飛竜天使とキツネ天使か。
「アニキ、ほんとにだいじょうぶ?」
「クククッ。これはダメかもしれませんね。ロン殿、今にも昇天しそうな顔してますよ」
「グウ」
追いついてきたマールと使い魔たちが俺を見下ろしている。
「ロン様、そろそろ姿勢を正すことをお勧めします」
黒いベストが似合うフクロウ老紳士のクーが、俺のすぐ横にひざまづき、顔を近づけてきた。
「へぁ?」
「今のロン様を客観視しますと、地面に伏せて童女のじゃれあいを下から眺め呼吸を荒げる不審者、に見えかねません」
「げっふぁ!」
落ち着きかけていた呼吸がまた乱れた。
起きよう。
すぐ起きよう。
「ホッホッホッ。しかし久々に見ますな。キュウ殿の輝くような緑の翼」
クーは何事もなかったかのように立ち上がると、キュウを見て微笑んだ。
「ここに来る途中で、あなたが空をゆく姿を見かけました。以前のように飛べているようで何よりです。ホッホホ」
低く優しい笑い声に合わせて、ベストの脇から伸びたフクロウの白い翼が揺れている。
「とえてる!」
キュウが誇らしげに胸を張った。
「そうだな。飛べてる。昨日今日と飛ぶ練習してるけど、ひとまずは大丈夫そうだ」
俺は身体を起こして草の上に座ると、改めてマールたちを見た。
人型の使い魔に囲まれ、毛皮の胸当てと腰巻きを身に付けたいつものマールだが、一か所違うところがある。
「マール、その背中のって」
「あぁ、これ?」
俺が指差すと、マールは自分の長髪を束ね、横にずらした。
「へっへー。オイラも背当てを作ってもらったんだ。アニキとお揃いだな」
そこには、薄紫に光る背当てがあった。
複数の板を組み合わせた鱗状鎧のような造りをしている。
あれがマールの呪具か。
「これ、すごいんだよ。どんなに動いても外れないんだ」
マールが身体をひねると、呪具もそれに合わせてぬるぬると動く。
伏せ、逆立ち、宙返りと、マールがどんな姿勢をとっても呪具はその背中にぴったりくっついている。
栗色の長髪もぐるんぐるん動いてるけど、呪具の隙間に挟まったりはしないみたいだ。
まるで竜の背中の鱗だな。
いつも使い魔たちと一緒に走り回っているマールには、ああいう形の背当てがちょうどいいのかもしれない。
「俺のもそうだけど、全然ずれないよな。身体の一部みたいだ」
「だよねー、オイラこれ気に入ったよ」
ピョンピョン動くマールの姿を、使い魔たちが微笑みながら見守っている。
「そういえば」
俺は改めてマールの使い魔たちを見てみた。
マールが呪具をつけたのなら、使い魔たちは半人半獣の姿からもっと動物に近い姿へと戻ったんじゃないかと思って。
翼やしっぽが戻ったキュウみたいに。
「グゥ?」
ガウと目が合ったが、彼女は相変わらず黒毛の熊耳に熊の手足。
昨日までと変わらないように見える。
クーの腕もフクロウの翼だし、クォンには大きなリスしっぽが生えてる。
「クククッ、どうしました? そんなにじっと見つめて」
クォンが腕を組んで自分の豊かな胸に圧力をかけ、大きくたゆませた。
そこを確認したかった訳じゃないんです。
嫌いじゃないけど。
俺がそっと視線をずらすと、そこにはクォンと同じような姿勢をとろうとしているキュウがいた。
今のキュウにクォンの真似は難しいんじゃないだろうか。
胸の物量的な意味で。
「気にされているのは、我が主が身に付けた呪具の効果のほど、ですかな」
クーがそう言って翼の先で自分のあごヒゲをなでる。
俺がうなずくと、クーは上機嫌のマールを見た。
「主よ、そろそろ試してみてはいかがでしょう。どれほど動かせるかを」
「そうだね」
毛皮のブーツを脱ぎ捨てたマールが、琥珀色に光る首飾りを握りしめた。
「動かせるか、ってなんのことだ?」
「見ててよアニキ。ビックリするからさ。ガウ、借りていいかい?」
借りるって、いつもなら動物の能力のことだろうけど。
「ウ」
短く返事したガウが、後ろに下がって目を閉じた。
マールは呼吸を整えると、首飾りから手を離し両腕を横に広げる。
小柄ながらも引き締まったマールの腕の筋肉がふくらんだ。
「ぐううウウウ」
いや、ふくらんだってだけじゃない。
不自然な速度で腕が発達していく。
まるで腕の内側に何かを入れられたように。
「ウウウルルル」
指先の爪はいつの間にか長く伸び、ツルハシの先端のように変形していた。
その指先から手の甲、腕の中程までを、マールの髪と同じ栗色の毛が生え、覆っていく。
「グルアアアッ!」
マールが高らかに吠えた。




