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第69話 密かな決意の弓騎士リアラ 後編

「元々のお題は、今回の件で人類以外も呪術を受けたかどうか、じゃ。ムスタの意見により、キュウらは例外として考えようかの」

「あいよ」

「紫の光が降り注いでから今まで、この開拓村には何度も魔獣がやってきたのう。わらわたちはそれを撃退してきておるのじゃが、その中に身体が紫色になっておったものはおらんかったはずじゃ」

「あー。まあ報告はないな。でもなぁ。なんかあった気がするんだよな。なんだっけか」


 ムスタはなにか思い出そうとしておるようじゃが、言葉が続かない。


「なんじゃ、物忘れかの?」

「うるさいなぁ。最近ずっと鍛冶場でカンカンハァハァ作業中だったんだ。他のことが頭から飛んじまってんだよ」

「カンカンはともかくハァハァとはなんじゃ」

「鍛冶仕事やってる連中のあえぎ声だよ。あの鍛冶場は音が響くから、嫌でも耳に残っちまう。あー、くそっ。思い出せない」


 結局、ムスタはそのまま黙ってしもうた。

 あやつも年じゃのう。


「えっと」


 入れ替わりに、ずっと静かだったユニがそっと手を挙げた。


「推測を重ねた仮説だけど、いい?」

「お願いするのじゃ」

「私は、この呪いは人類だけが対象なんじゃないかなって考えてる。なんでかっていうと、ネズミにとって人類が異質なものだったから」


 ユニは机の上のあたりに顔を向け、はっきりと口にした。


「異質とな」

「うん。この大陸に人類が上陸したのは、つい最近。それまでここは、ずっと動物や魔獣だけだった。それが普通だった」

「ふむ、そうじゃの」

「そこに、私たち開拓騎士団が馬車に乗ってやってきた」


 話すにつれて、ユニの口調から迷いが抜けてゆく。


「ムスタ? 前にワーラットの記憶を読んだときのことを聞いたけど、ワーラットは私たちのことを毛なしの二本足って表現してたんだよね?」

「ん? あー。そうだったな」

「私、その言い表し方がずっと頭に引っ掛かってた。けど、今思いついた。わざわざそういう違った言い方をするってことは、ワーラットは人類のことを他の動物や魔獣とは区別してるってことだよね」

「ま、おそらくは」

「ワーラットとなる前の大ネズミであっても、人と他を見分けるくらいの知恵はあるかもしれんのじゃ」


 ネズミのたぐいは、動物の中でも賢い部類になるのじゃ。

 弓を射かけて外せば、その矢が届いた距離にはもう入ってこぬ。

 罠や毒餌どくえなどは、一度危険と認識すれば近寄りもせぬ。


「自然の中での動物同士の力関係は単純。強いものが生き残って、弱いものは食べられる」


 ユニがこちらを見ながら続ける。


「でも、人類は違う。一人一人はそんなに強くない。でも、知恵を使って、道具を持って巨大な魔獣を打ち倒す。木を切って岩を切り出して家を建てる。柵を作って畑を耕して村を作る。そんなことをする生き物、この新大陸には最近まで存在しなかった」

「ゆえに、人類の存在は大ネズミたちの目に異質なものと映ったのでは、と?」

「うん」

「それゆえ、大ネズミの呪いは異質な存在である人類へ向けられた、か。なるほどのう」


 武器に建物。自然物とは、かけ離れたもの。

 そのようなものを次々と作って生活圏を広げる人類という生物は、大ネズミにとって他の生物とは異なる不気味な存在と思われても不思議ではない、か。


「誰かが何かを呪うのって、その人にとって嫌いなのとか、怖いのとか、そういうのに対してじゃない?」

「ふむ。そんな印象はあるのじゃ」

「それで、そんな感情が生まれるきっかけって、その誰かにとって理解や納得のできない違和感というか、嫌悪感から始まると思うんだ」

「大ネズミにとっては、それが人類だったというわけじゃな」

「そうだと思う。全部推測で、証明なんてできないけどね」


 自然物に対して、人類と言う存在は異質。

 それゆえ人類は、大ネズミたちにとって排除すべきものと認識され、呪いの対象となった。

 得心とくしんのいく話ではあるのう。


「しかし、じゃ。そうだとするなら、新たな懸念けねんが出てくるのじゃ」

「ん?」

「ワーラットたちが人類に明確な悪感情を持っておるとすれば、じゃ。現状は偶然に呪いがったというだけじゃな。おそらく連中は、その程度では満足すまい。わらわたちを今後も標的にし続けるのではないかのう」

「そうだね。そう予測できる」


 不気味なもの、得体えたいの知れぬものを身の回りから取り除きたいのは人情じゃ。

 いや、この場合はネズミ情か。


 まして、この村は豊作で食糧がたんまり蓄えられておる。

 連中にとっては宝の山じゃろうな。

 わらわたちが消えれば、ワーラットたちは安心と食糧の両方を手に入れられるわけじゃ。


「あと、話してる途中に思い付いたんだけど」

「そこまでだの。髪飾りを外すぞ」


 ユニの言葉を、ジオールが強い口調でさえぎりおった。


「えっ、やだ」


 ユニはとっさに両手で頭上の髪飾りを押さえたのじゃが。


「あいたっ」


 すぐにその手を離してしまう。

 その隙をついたジオールがユニの頭から髪飾りを取り上げ、裏返した。


「見てみい。髪飾りが妙にかたむいてきたと思ったら、明らかに変形しとる。ここなどは、まるでくぎの頭ではないか」

「なんかゴリゴリすると思ったー」

「おぬし、変化に気づいておきながら黙っとったのか?」

「うー。それよりさー。もっと長くつけられるようにならなーい?」

「うーむ。せめて変形の法則性が見えねば根本的な解決はできんの。今だと肌が触れる部分に厚手の毛皮でもあてるぐらいか?」


 ユニは、名残惜しそうに髪飾りのほうに手を伸ばしてはジオールにかわされておる。

 その口調だけでも、あの子の頭から思考力というものが抜けていっているのがわかる。


 難儀なんぎなもんじゃのう。

 わらわたちのような、肉体的な能力の欠損とはまた違った厄介やっかいさじゃ。


 皆が皆、呪いに苦しんでおる、か。

 これは少し考えを改めるべきじゃのう。


「ときにジオールよ。予定のものが片付いたら、わらわにもひとつ呪具を作ってほしいのじゃが」

「ん? いいのか? あれほど嫌がっていたではないか」

我儘わがままを言っておる場合でもなさそうじゃからな」


 呪具のおかげで光明が見えた気になっておったが、先の雲行くもゆきはまだまだ怪しそうじゃ。

 いざというときにこの目が見えぬのでは、役に立たぬどころか皆の足を引くことになるじゃろう。

 備えができるなら、しておくべきじゃ。


「しかしだな。リアラが紫の光を受けたのは目ではないか。呪具が歪んだときの危険さは頭以上だぞ」

「わかっておるのじゃ」


 わらわとて、いつ変形するかわからぬ危なっかしいものをわざわざ眼の近くに置き続ける気はないのじゃ。


「必要なときにだけ視界を得られるよう、いつでも着け外しできるもの。そうじゃのう、眼鏡めがねのようなものは作れるかの?」

「眼鏡? 無理を言うでない。物を正しく大きく映す曲面のガラスを作るのは相当に難しいのだぞ。そんな簡単に作れるものか」

「物を大きく見せるようなことはせんでもよいのじゃ。本来なら、わらわの眼ははるか遠くまで見通せるのじゃよ?」

「となると、ガラス部分は平面か。しかし気泡や歪みのない平面のガラスというのも、それはそれで難しいのだがのう。わしの今の腕前だと、どうしても多少の凹凸はできてしまうぞ」

「少しの間だけ、ある程度見えればいいんじゃよ。多少のずれがあっても勘と経験でなんとかするのじゃ」


 近ごろは、魔法の風を使った物の認識も多少は使えるようになってきたしの。

 いつぞやのムスタの監視に使った風魔法がここまで応用できるとは、世の中、何が役立つかわからんものじゃ。


「ねえリアラー」


 横からユニの間延びした声が響く。

 そちらを向くと、すぐ近くに、かすかに揺れる赤く美しい瞳があった。


「なんか無理しようとしてなーい?」

「違うんじゃよ。そんなことはありはせぬ」

「ほんとー? 嫌なことはしなくてもいいんだよ? 今までも、なんとかなってるんだからさー」

「ふふ、ありがとうよ」


 ユニの頭に乗ったままだったハンカチーフを取るついでに、紫に染まった髪をなでる。

 この子は元来、このように優しい子なのじゃ。

 紫の光を受ける前はさかしさに、受けた後は無邪気さに隠れがちではあるがの。


「心配してもらう気持ちは嬉しいのじゃがのう」


 確かに今のわらわは年を多く重ね、頼りにしていた目をもわずらった身じゃ。

 引退を考えても良い頃合いじゃろうな。


 しかし、じゃ。


「老いた者にも、老いたなりの矜持きょうじというものがあるんじゃよ」


 ユニのような良い子らが、おのれの受けた深い傷をかえりみず、困難に立ち向かおうとしておる。

 この子らに全てを背負わせていられるほど、枯れ果ててはおらんつもりじゃ。


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