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第68話 密かな決意の弓騎士リアラ 中編

「何か考えてればいいんでしょー?」

「ただ考え続けるというのも、なかなか難しいのではないかの? わしには無理だぞ」

「あー。そうねー。なんかお題があればやりやすいかなー」


 お題、のう。

 なにか良さげなのはあるじゃろか。


「元のインテリ嬢ちゃんが考え続けられるようなお題か。なにがいいかねぇ。簡単なのならすぐ答えちまいそうだし」

「わしはそういうことを考えるのは苦手だの」

「なんか言ってみてー。なんでも考えるよー」

「ほほーう? なんでもぉ?」

「やめるのじゃ!」


 ムスタの声がいやらしい響きになりよった。

 これは止めねばならん。


「ユニや。わらわの疑問を一緒に考えてみてほしいのじゃが、いいかの?」

「いいよー」

「うむ。ではジオールよ、髪飾りをユニに渡してやるのじゃ」

「仕方ないのう」


 わらわがユニの頭にハンカチーフをあて、ジオールがその上に髪飾りを乗せる。 

 すぐにまたユニの髪質が変わり、ふわりと揺れていた髪束が自然とまとまって下に落ち、かすかな風を起こした。

 子供のように落ち着きなく動いていた手足の動きもぴたりと止まる。


「この程度の歪みでは呪具の効果そのものに影響はないようだの」

「だな」

「そういうの、見ただけで判断できるの?」


 ユニが不満そうな声をあげると、男たちは顔を見合わせ、それからユニの頭に顔を向けた。


「そりゃもう、なあ」

一目瞭然いちもくりょうぜん、というやつだの」

「おぬしら少し黙っておれ。配慮でりかしぃというものが足りぬぞ」


 髪は女の命じゃというに。

 いかに考えが古いと言われようが、これは譲れぬ。


「……リアラもわかる?」


 ユニの顔がこちらを向いた。

 その指で、クセの抜けた自身の長髪の毛先をくるくると回しておる。

 髪の変化のこと、気にしておるようじゃのう。


「見てわかるんじゃよ。ただし、おぬしの髪の色ではなく、立ち振舞いのほうでじゃがの」


 わらわが顔を近づけると、紫ににじむ視界の先にユニの表情が見えてくる。

 力の入った無表情じゃ。


「そうなの?」


 ユニは表情を固めたまま、口だけを動かしてしゃべっておる。

 作り笑いならぬ、作り鉄兜面てつかぶとづらじゃな。

 このような顔、何の悩みも無い状態で作れるようなものではないのじゃ。


「うむ、そうじゃよ」


 光を受けてからのユニは天真爛漫てんしんらんまんで悩むそぶりも見せんかったが。

 呪具を身に着けて呪いを抑え、物事を深く考えられるようになった。

 今、ユニの頭の中では様々な思いが駆け巡っておるのじゃろう。


「信じてくれんかのう。わらわの紫のまなこでは当てにならぬと思われるかもしれんがの」


 わらわが言うと、ユニは自分の眉を寄せた。

 しかし、機嫌を悪くしたわけではないじゃろう。

 ただ困っただけじゃ。


「その言い方、ずるい」

「これはすまんかったのう。しかし、嘘はついておらんのじゃよ」


 この子もカエデと同じく、変質した己の身体に心を痛めておるんじゃろうな。

 髪の毛とあってはなおさらじゃ。

 わらわも見惚みほれる、あざやかな真紅しんくの髪だったのにのう。


「おぬしとはこの新大陸に来てからの付き合いじゃが、呪いの有る無しの違いぐらいはわかるつもりじゃ。髪を見ずとものう」

「ん、わかった。信じる」


 意地の悪い言い方になってしもうたが、ユニの表情はいくぶんやわらいだ。

 わらわの言いたいことが少しは伝わったようじゃの。

 さとい子じゃ。


 しかし、顔つきや仕草というのはこうも人の印象を変えるんじゃのう。

 わらわも、このようなりりしい顔をすれば子供扱いされずに済むのかのう。


「んー。こっちはいいよ。リアラ、いつでもどうぞ」

「よしよし。ならば始めるのじゃ」


 それから、わらわはユニに様々な問いを投げかけた。


 この村の周囲の自然や動植物について。

 新大陸と旧大陸との違い。

 この村の農産物の収穫量と、そこから導き出される村の受け入れ可能な人の数。


「って、なると思うんだけど」

「なるほどのう」


 数多あまたの問いに、ユニはすらすらと答えてゆく。

 ほんに、聡い子じゃ。


 しかし、そんなユニでも即答できぬ問いがあった。


「今回の呪いは、なぜ人類のみが紫の光を受けたのかのう?」

「んー……」


 ユニが顔を下げ、悩みのうなり声を上げる。


「人類だけではないぞ?」


 それまでずっと呪具を見ながら記録を取っていたジオールが、顔を上げてわらわのほうを見た。


「ロンの飛竜やマールの使い魔たちも、人の姿に変化しているではないか」

「それは違うんじゃよ。紫の光を受けたのは主人であるロンとマールであって、キュウたちは受けておらぬ。あの子らは肉体こそ人のように変化したものの、身体に紫色の部分はないのじゃ」

「ふむう」


 ジオールがあごに手をやる。


「とすると、確かに光を受けたのは人類だけか? 騎士団の馬たちは無事だったしのう」

「そうだったね。おかげであの事件の直後でも馬車は動かせた。もし馬もダメだったなら、僕ら遠征隊はあの森で全滅してたかもなぁ」


 いつの間にか机の上に腰かけていたムスタが、自分の額をつついた。


「それはともかく。僕は光を受けたのは人類だけじゃあないと考えてる」

「ほほう。そのこころは?」

「僕が見たワーラットの記憶だと、恨みの対象は連中にとって驚異になるもの、人類や捕食者だ。大ネズミを食う中型以上の肉食動物や魔獣も呪術の対象だと思うね。馬は草食でネズミを食わないから呪術の対象外だったんじゃないの?」

「だとすれば、クマのガウや大フクロウのクー、それに飛竜のキュウは光を受けてもおかしくないのじゃ。あれら大型動物は肉を好んで食らう。大ネズミも捕食対象じゃろう」

「ふーむ。まあ、あいつらはご主人様との繋がりが強そうだし、そっちからの影響のほうが優先されたんじゃないかねぇ。ひとつの対象に複数の呪術がかけられたときは、より強い魔力のつながりのほうが優先されやすい」


 そこまで言って、ムスタが小さく笑った。


「思えば、ロンやマールの光をくらった場所が背中ってのは象徴的だな。お供たちのこと、自分の背中を任せられるくらい信頼してたってことかね? 相手は人類じゃなく竜や動物なのに」

「あやつらの普段の様子からして、種族を超えたきずながあるのは確かじゃろうな」

「まぁねぇ。だけど、呪術的にはかなり珍しい例だ。できるならいろいろ実験したいとこだが」


 一度言葉を切ったムスタは外への扉のほうを向き、やがて首を横に振った。


「やめとこ。今のあいつらを邪魔したら、かじられそうだ」

「それが賢明じゃの」


 キュウの声も弾んでおったが、ロンの喜びようは尋常じんじょうではなかった。

 今のわらわの紫色に染まった瞳で見ても、ありありと伝わってくるほどじゃ。


 キュウに翼が戻ってきたのが、よほど嬉しかったんじゃろうな。

 邪魔をするのは野暮やぼもいいところ、じゃの。


「なあジオール。確か明日にはマールの呪具ができあがるんだったよな?」

「うむ。すでに大枠はできておる。後は仕上げるだけだの」

「そんなら、あいつに呪具を渡すときにいくつか試してもらうかね。竜の嬢ちゃんにだけ影響が出てるロンより、複数の使い魔に影響が出てるマールのほうが検証もしやすそうだ」

「さてさて、話がずいぶん横道にそれたのう。そろそろ話を元に戻すのじゃ」


 わらわが手を叩くと、全員がこちらを向いた。


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