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第65話 熟練のナデワザ

「なでるのよー」


 寝ぼけてるのか、ふざけてるのか。


「なでたまえー」


 半目のユニはそんな言葉を繰り返す。

 自分の頭をフリフリしながら。


「それともー」


 どうしようか迷っていたら、ユニがわざとらしく顔をしかめた。


「紫になった頭はなでたくなーいー?」

「いや、そういうわけじゃくて」


 ああ、もしかしてユニの気にしてるとこに触れちゃったか?

 紫の光を受けたのはこっちだって同じだが、俺の紫色の部分は普段見えない背中だしな。

 頭部に光を受けたユニだと、身体の変色への感じ方も違うかもしれない。

 髪は女性の命って言われる地域もあるし。


「ならば、なでたまえー」


 でも、言われるままに頭をなでてもいいんだろうか。


 周りを見回してたら、すっごくいい笑顔をしたムスタと目が合った。

 なんでお前はそんな満面の笑みで両手の親指を立ててるんだよ。


 リアラのほうは、半ばあきらめたような表情をしただけで止めようとはしない。

 消極的賛成って感じか。


 しょうがない。

 少しなでてやれば、ユニも落ち着くかな。


「なでなでの熟練者だと証明したまえー。さもないと、キュウちゃんが嘘つきになるぞー」


 おおう?

 そこまで言うか。

 ほうほう。なるほど。


 いいだろう。気が変わった。

 手加減はなしだ。

 キュウを相手に二十年近く経験を積んだ、俺のなでなでフルコースを味わってもらおうか。


「おうおう、なでるんだようー」

「ああ、なでよう。だけど、まずその前にこうだ」

「おう?」


 頭を突き出したユニに近づき、その額を俺の腹に当てると、ユニの身体が硬直した。


「なんで?」

「相手を立たせたままだと、首に負担がかかるからな」

「え、そんな激しくなでるの?」

「違うよ。相手がなでられることに集中させてあげるためだ」


 髪の流れにそってユニの額から頭頂部、後頭部へ一直線になでると、ほのかな良い香りがただよってくる。


 だが、それに気を取られてはいけない。

 なでなでの主役は、なでられるほうだ。

 なでるほうは、相手を全力全身でもてなす必要がある。


「こんなふうに、なでる側の身体を使って相手を支えてやるんだ」


 俺の腹をクッションにしたユニの頭は、しっかり固定されている。

 なで放題だ。


「そうしてやれば、相手は安心して脱力することができる。ユニも力を抜いていいんだぞ」

「お、おう。おう?」


 俺の説明に、ユニがたどたどしく返事する。

 まだ固いな。

 警戒されてる。


 こういう相手の緊張を解くには、驚かさないのが大事だ。

 なでる力は強すぎず弱すぎず。

 体重のかかる部分をしっかり支え、気を抜いても大丈夫だと本能に認識させる。


「心配することはない」


 声をかけるときは、優しく、ささやくように。


「俺に任せるんだ。痛くしないから」

「ちょっ!?」


 横からリアラの声が聞こえたが、なでなでリズムを崩してはいけない。


「おうー。おうー」


 よしよし、効いてきたな。

 ユニが眠くなった大型犬みたいな声を出している。

 だが、まだまだこれからだ。


「先生ー、解説をお願いしまーす」


 ムスタが小声で言ってくる。

 明らかにおもしろがってる口調だけど、まあいいか。

 会話、すなわち声を聞かせるのも、なでなでには有効だ。

 もちろん穏やかな口調でだ。そうすれば、こちらも落ち着いていることが自然と相手に伝わる。


「大切なのは安心感だ。なでられる側を驚かせないよう、こうして一定のリズムでなでる」

「ふむふむ」

「相手が慣れてきたら、触れるか触れないかくらいの力加減で、そーっとやるのもアリだな。こんなふうに」

「ほうほう」

「髪や耳に指を引っかけて相手を痛がらせるのはいけない。そこから警戒心が生まれる」

「あー、それ大事だな」

「なでられることは気持ちいいと、魂に理解させることが理想だな」

「魂ときたか」

「あとは、触っているうちに冷えているところを見つけたら暖めてやるのも大切だ」


 なでる位置を少しずつずらし、耳元にそっと手を添える。


 耳やその後ろあたりは冷えやすいから、入念になでるべきなんだが。

 ユニの耳は割と温まっていた。

 こういう場合は、軽く握っての暖めではなく表面すりすりへ移行だ。


「ぉぅー。ぉぅー」


 ユニの声はだいぶ小さくなっている。

 俺の技が効いている証拠だ。


「さて、ここからは」

「そこまでじゃ」


 次の手順に進む直前、後ろから肩をつかまれた。


「やりすぎじゃ」


 ゆっくりと、だが強い力で後ろに引っ張られる。

 そっちを見ると、赤い顔をしたリアラと目が合った。

 ユニのほうはすっかり脱力していてるが、キュウが下から支えたお陰で倒れはしなさそうだ。


「わざわざ止めなくてもいいのに」

「もう十分じゃから」

「まだ他にもいろいろあるんだけどな」

「あれ以上なにがあるというのじゃ!」

「ロン先生ー、リアラさんは自分もなでてほしいんだと思いまーす」

「そうなのか?」

「違うんじゃよ!」


 リアラは横のムスタをはたこうとしたが、見事に避けられた。


 なで技はまだたくさんあるんだけどな、本当に。

 おでこ同士をくっつけた状態で、相手の左右のほっぺたを同時になでるとか。

 お互い向き合った状態で首筋に顔を埋め、がっちり組み合ったまま両手を使って後頭部全体ををなでさするとか。

 一緒に寝っ転がってこっちの胸に頭を乗せさせ、冷えやすい首筋から背中にかけてをゆっくりなでるとか。


 まあ、竜や犬ならともかく人間相手にそこまでやったことはないけども。


「ねぇ、キュウちゃん」


 イスに座ったユニがキュウに話しかけてる。下を向いてて表情は見えない。


「毎晩、こんなに、なでられてるの?」

「おっと、すおい」

「もっと、すごいか。そっかー」


 すごくはないんじゃないかな。

 ただ、寝るまでなで続けるだけで。


「いやー、勉強になったわー」


 背後からの拍手に振り返ると、そこには感心したようにうなずくムスタがいた。


「それに、ロンが竜だけじゃなく人間にも興味を向けられるようになったんだなあ。僕はうれしいぞ」

「えっ」


 それはどういう意味だ。

 まるで俺が竜にしか興味ないような言い方だぞ。


「他にも技があるってんなら、今度改めてしっかり教えてほしいな。女を喜ばせるのに使えそうだ。あっ」


 そこまで言って、目を見開いたムスタは俺を押しとどめるように自分の両手を前に出した。


「ロン、その時は僕のことを直接なでるなよ? その竜の子をなでながら説明してくれりゃいい」

「頼まれてもなでんわ」

「ああ、うん。それでいいんだ。うん。けど、そこまで正面から拒否されるとちょっと複雑だな。いやでもあの調子でなでられてハマったらシャレにならないしな……」

「なんじゃい、なにかあったか」


 奥の部屋からジオールが戻ってきた。

 両手で大きな木箱を抱えていて、その上には小さな化粧箱も乗っている。


「なんでもないよ。それより、それがそうなのか?」

「うむ。これがお主とユニの呪具だ」


 ふたつの箱がテーブルの上に置かれる。


「んん? ユニはまた寝たのかの?」

「いや、そういうわけではないのじゃが」


 ユニはテーブルのすみっこに額を乗せ、ぷるぷるしていた。

 たまにキュウがつっついたりにおいをかいだりしてるが、反応は薄い。


「まあよい。それなら先にロンの呪具からだ」


 ふたつの箱のうち、まず大きいほうが開けられる。

 中には布がしかれ、その中央に薄紫色の背当てが置かれていた。

 緩やかに弧を描く黒革、その上に塗られた塗料の表面に、俺たちの顔がうっすらと映っている。


「きれいなもんだな」

「ま、塗りはうまくいったほうだの」


 わずかに笑ったジオールは、すぐに顔を引き締めた。


「だが、着心地が悪くては意味がない。まずは着けてみてくれ。その後で微調整をするからの」


 背当ての横についた革ベルトをつかみ、持ち上げてみた。

 その裏地には柔らかい革が当てられている。

 実際に背中につけてみようとしたら、ユニが顔を上げた。


「あたしのはできたのー?」

「む。持ってきたぞ」

「見せてー」


 起き上がったユニが、ふらふらと歩いてくる。

 ジオールは小綺麗な化粧箱をつかみ、そのふたを開けた。


「おおっ」


 中身を見たユニの背筋が伸びた。


 そこにあったのは、薄紫に輝く大きな髪飾りだった。

 流線型の額当て部分には飾り彫りが施され、そこに当たった光は複雑に反射して髪飾り全体がきらめくようになっている。

 宝石などはついていないシンプルな作りだが、見た者の目を引く美しさがあった。


「すごーい。きれーい。つけていーい?」


 ユニの子供のような感想にジオールが苦笑した。


「構わんが、固いから気をつけてな」

「わかったー」


 髪飾りの後ろ側はくしのようになっている。それを髪の間に差し込んで固定するみたいだ。

 櫛の一本一本は細いが、後頭部近くまで届くくらいの長さがある。

 ユニ一人ではうまくつけられず、リアラとキュウに手伝ってもらっていた。


「ずれちゃうなぁ」

「途中で動くからじゃよ。じっとしているのじゃ」

「キュ」

「きれいだけど、おっきいよねぇ」


 確かに、あれって髪飾りとしてはかなり大きい。

 形だけなら頭の前半分ぐらいを覆う半兜ハーフヘルムに近い大きさだ。それに加えて櫛の部分もある。

 けど、呪具としての意味もあると考えたらしかたないのかな。

 ユニの頭にある紫の光全体を覆うことを考えれば、あれでも小さめなくらいか。


 呪術を押さえることだけを考えるなら、頭部全体を覆い隠す重装騎士兜フルフェイスヘルムみたいなのが最善なんだろう。

 でも、さすがにそれはユニも嫌がるだろうなぁ。

 俺だって一日中兜をかぶり続けるのはきつい。


「これでどうじゃ」

「おお、はまったー」


 どうやら、うまく髪飾りを着けることができたみたいだ。

 リアラが手を離し、ユニが顔を上げる。

 大きかった髪飾りも、ユニの豊かな長髪の中央に収まるとバランスよく見えた。


「どうー? にあうー?」

「ああ、似合ってるよ」

「似合ってる似合ってる。劇で子供がおもちゃの冠をかぶったみたいだ」


 ムスタがぽろっと毒舌を吐く。

 その目と声には、からかいの他に嫉妬もちょっと混ざってる気がした。

 うらやましくなっちゃったのかね。


 しかし、ユニはムスタに反撃しなかった。

 イスに座り、自分の頭に手を乗せ、不思議そうに頭上を見上げている。


「おおー? なんか変な感じ、だ、よ」


 その目が閉じられると、ユニのふわふわだった髪の毛がしぼむようにまとまっていく。

 誰も手を触れていないのに、だ。

 髪の色も、水が流れるように紫から赤へと変化していく。


「ムスタよ、これも呪具の効果かの?」

「ああ。けど、ここまで劇的な反応は初めてだな」


 ジオールの問いに、真剣な顔になったムスタが答える。

 やがて、ユニの髪は以前と同じストレートロングの形で落ち着いた。

 色はまだ少し紫の部分が残っているけど、大半は以前と同じ赤色に戻っている。


 着けただけで、ここまで元に戻るのか。呪具、すごいな。


「ん……」


 小さい声と共に、ユニの目が開いた。


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