第64話 鍛冶場と呪具
会議はそのまま解散となり、次の日にジオールが俺のところへ呪具のことについて聞きに来た。
俺自身、呪具自体は使ってみたいと思っている。
毒水晶を身につけるのに抵抗がない訳じゃない。
けど、これでキュウが少しでも元に戻る可能性があるんなら、なあ。
ただ、どんな呪具を作るかが少し問題になった。
俺の場合は、呪具をつける場所が背中になる。けど、そこだといつも着ている竜鱗の鎧が邪魔になるのだ。
鎧の下に呪具をつけると、その厚みと固さが背中を圧迫して、きつい。
かといって、鎧の上につけようとすると呪具の固定が難しくなる。
今作っている呪具は、身体にある紫色の部分にかなり近づけないと効果が出ないらしい。
鎧の上ぐらいならまだ大丈夫だけど、固定が甘かったら動いてる途中で落っことして、呪具の効果が切れてしまう。
とりあえず、俺は普段使いのシャツの上に着られるような背当てを頼むことにした。
後で鎧も調整しなきゃな。呪具の上からでも装備できるように。
ジオールは正騎士全員から要望を聞いたあと、新築の鍛冶場に入っていった。
何人かの元兵士も一緒だ。
俺たちと同時に紫の光を受けた、元兵士たち。
そのほとんどは、今も開拓村の住民としてここで暮らしている。
中でも職人志望の者たちは、ああやってジオールの後につきドワーフの技術を実践で学んでいた。
彼らが鍛冶場にこもって四日目。
今日にはできあがるから来いとの伝言を受け、俺はキュウと一緒に鍛冶場へと行ってみた。
石とレンガで作られた、飾り気のない鍛冶場はわりと静かだ。
だけど煙突からは煙がもくもくと立ち上っている。
ユニとジオールで作った魔法の炉は今も稼働中らしい。
分厚い扉は開け放たれていて、むわっとした熱気が流れ出ている。
ときどき、肉を焼くときのような水の蒸発音が響いていた。
「おーい、入っていいかー」
作業中でも聞こえるよう大きめに声をかけたら、奥から人影が出てきた。
「うーい……」
俺たちを出迎えたのは、ヨレヨレになったムスタだった。
乱れた銀の前髪が顔にかかっていて、ところどころが汗で貼りついていたりする。
「お疲れだな」
「お疲れってもんじゃないよ。熱すぎだっての。汗だくだよ、まったくもう」
柱に寄りかかったムスタは、その手を自分に向かってあおいでいる。
「ジオール親方は奥にいるよ。って、竜の嬢ちゃん?」
鼻を鳴らし始めたキュウへ、ムスタが敏感に反応した。
「ダメだぞ、好き勝手にレディ……、いや、他人のにおいをかいだら。ロンのをかぎなロンのを」
ムスタ、レディって言いかけたな。というか言い切ってたな。
今日のムスタはそっちか。
「お前も僕のにおいをかぐなよ? 絶対にかぐなよ?」
そう言いながら、ムスタが俺から距離をとる。
うん。かがない。
だからそんな真剣な目で見んな。
今のムスタがどっちだったとしても、かぐ気はないわ。
隣のキュウにスンスンされながら奥に進むと、炉の炎に照らされたジオールがいた。
火の粉を受け止める分厚い革エプロンの下に、ドワーフらしい岩のような筋肉が見え隠れしている。
ジオールはこちらに背を向けて炉に金属棒を差し込み、奥からトロトロに溶けた赤紫に光る液体を取り出していた。
あれが呪具の材料、溶かした毒水晶なんだろうな。
赤紫の液体を鉄の容器に入れたジオールは、横に置いてあった革袋から別の液体を少しだけ注ぎ入れた。
ジュッと蒸発音が鳴り、液体同士が混ざりあってわずかに色を変える。
少し離れたところでは、職人志望の元兵士たちがジオールと液体を真剣な表情で見つめていた。
「む、もう来たか」
額の汗を太い腕でぬぐったジオールが、こっちに気づいた。
「おぬしの呪具は乾燥にもう少しかかる。隣で待っておれ」
どうやら俺たちは作業の邪魔らしい。
興味はあったが、おとなしく移動するか。
ジオールが視線で示した先、開けられた扉をくぐる。
そこは作業場なのか、中央に低く厚い木のテーブルがあった。
上には工具がいくつかと、呪具らしき割れた薄紫色の破片、それに赤と紫の毛玉が乗っている。
「……すー」
違った。
あれはユニだ。
「ふしゅー……」
毛玉のようなふわふわの長髪の奥から、ユニの安らかな寝息が聞こえてくる。
どうやらテーブルの上に突っ伏して寝ているらしい。
入口側、真正面からだと髪の毛しか見えなかったけど、横に回ったらちゃんと胴体がついていた。
「寝かせてやるのじゃ。昨日は眠れぬと言っておったでのう」
横から小さな声が聞こえてくる。
そっちを見ると、少し離れたところでイスに座ったリアラがいた。
彼女は立てた指を自分の口元に当て、静かにとアピールしてる。
「リアラのほうに行くか」
「ン」
俺がキュウに言うと、キュウは俺の太ももをそっと一回叩いた。
リアラのいる部屋のすみには、簡素な木のイスがいくつか置かれていた。
俺がイスを引き寄せて座り、膝の上にキュウが乗る。
「ユニは呪具の完成待ちか?」
「そうらしいのじゃ」
「リアラは呪具を作らないと思ってたけど」
「うむ。今はまだ作る気にはなれぬ」
俺が小声で聞くと、リアラがうなずいた。
前のときはずいぶん嫌そうにしてたからなぁ。
「鍛冶場にいるなんて珍しいと思ったけど、ユニの付き添いか?」
「違うんじゃよ。ここには常備用の火傷に効く薬を持ってきただけじゃ」
「ああ、なるほどね」
「火の近いところは苦手じゃよ。熱いのは茶と太陽だけで十分じゃ」
リアラは、眠るユニを困ったような表情で見ている。
「じゃがのう。こんなところで寝ておる乙女を一人で置いておくわけにもいかんのじゃ」
そうやって俺たちがひそひそ話していると、程なくしてジオールが入ってきた。
「なんだ、ユニは寝ておったか」
続いてムスタも部屋に入ってくる。
「よく寝られるよなぁ、こんな男臭いとこで」
「わらわもそう思うのじゃ」
ムスタの言葉に、リアラがそっと応えた。
ジオールはイスに、ムスタはテーブルの端に腰かける。
「炉のほうはいいのか?」
「うむ。後は見習いたちに任せた」
俺が聞くと、ジオールが汗を拭きながらうなずいた。
「おぬしらの物はできておるよ。形が複雑で乾燥に時間がかかっておったが、そろそろ頃合いだの」
「俺には背当てだったけど、ユニには何を作ったんだ?」
「髪飾りだ」
「へえ」
半透明で薄紫色に光る髪飾りか。
うまくいったら、きれいなのができそうだな。
「とはいえ、まだまだ納得できる仕上がりには程遠くてな。楽しみにしていたようなだけに、申し訳ないわい」
寝息と共に上下するユニの背中を見て、ジオールが小さく首を振った。
「本来ならばもっと多くの加工法を試したみたかったのだがのう」
「おいおい、いい加減にしてくれって。まーだ僕を作業場に軟禁する気かよ?」
ジオールの言葉にムスタが反応する。
「おぬしがおらんと呪具に術が込められんだろう」
「だからって拘束時間が長いんだよ。限度があるだろ」
「たかだか半日ではないか」
「それを三日連続だったよな?」
「短い短い。鍛冶で大物を扱うときは、何日も炉の横で寝起きするのだぞ」
「冗談じゃないよ。これ以上こんな熱くて汗臭いとこに閉じこめられたら、おかしくなっちまう」
ふたりのやり取りを眺めていると、ユニの寝息が止まった。
さすがに、うるさかったか。
「起こしてしまったかの。まあちょうどいい。持ってこようか」
ジオールが立ち上がり、さらに奥の部屋へと向かっていった。
「むー」
続いて、ユニの頭がゆっくりと持ち上がる。
目をこすっているユニに、キュウが近づいていった。
「んー、キュウちゃーん?」
「おあよー」
「あーい、おはよー」
寝ぼけまなこのユニが、キュウを抱きしめて頭をなでる。
むずがゆそうにしたキュウは、ユニの腕を抜けてこっちに戻ってきた。
「なぜにげるー」
ユニが恨めしそうな声をあげる。
でもなあ。あのなで方はちょっと遠慮なさすぎだったぞ。
なで始めは力を入れすぎず、風が通るように指を広げてそっとなでるんだ。こんなふうに。
「オン、の、ほうあ」
「ロンのほうがー?」
「あでるの、うあい」
「なでるの、うまいのー?」
「キュ」
キュウが手を一回叩いた。
それを見たユニが、ゆーっくりとこっちに向きを変える。
「ならばー」
ユニの毛玉、もとい頭が俺へと向けられた。
「なでてみよー」
「なんだよいきなり」
「おてほんをよこせー」
お手本は見せるもので、寄越すものではないと思うんだけども。




