第63話 横にひねって一回転半
みんなの声を受けたジオールが木箱からひとつずつ呪具を取り出し、机に並べる。
「ここにあるのと似たようなものなら作れると思ってくれていいぞ」
「触っても大丈夫?」
「ああ、手に取ってみてくれ。とがっているところもあるから気をつけてな」
ジオールの許可が出で、それぞれが呪具に手を伸ばす。
俺も手近のものをつかんでみた。
これは筒を縦半分に割ったような形で、固定用の留め具とベルトがついている。
腕につける防具、小手の一部っぽいな。
薄紫の塗料の下に、焦げ茶色の革が透けて見える。
こうして持ってみると、けっこう固いがそこまで重くはない。
全体的にすべすべしていて冷たく、なめらかだ。
表も裏も塗料がしっかり塗られていて厚みがある。
「触った感じ、よく磨かれた陶器みたいだな」
「ほう、鋭いな。これを作るにあたっては、釉薬の技法を参考にしておる」
「うわぐすり?」
「仕上げ前の陶器に塗って焼き、強度や撥水性を上げるものだの」
「へえー」
革鎧をワックスで煮固めて強くするようなものかな。
確かにこの感触なら水をよく弾きそうだ。
「塗料の原料を炉に入れて液状に溶かし、添加材を混ぜながら熱を調整しドロドロになったものを素材に塗る。そして徐々に温度を下げながら乾燥させるのだ」
「手間がかかってるんだな」
「まだまだこれからよ。今は試行錯誤の途中だからの」
しかし、これを身体の紫に光る部分につけるのか。
つるつるしてるし、しっかり固定しないと落っことしそうだな。
「きれいだねー」
「ですねぇ」
「もっとよく見たいのじゃ」
女性陣の反応はなかなかいい感じだ。
呪術のことを抜きにして見ると、きれいに仕上げ加工された装飾品なんだよな。
売り物にしたら、いい値がつくかもしれない。
俺の横で呪具を見てたキュウが、鼻を近づけてクンクンし始めた。
とりたてて変な臭いとかは感じないし、鼻を鳴らしているキュウの反応も普通だ。
「ねえジオールのあんちゃん。この中身って普通の革だよね」
「うむ」
「それじゃあさ。呪術に効くのって、この塗ってあるやつ?」
「そうだの」
マールとジオールが話す横で、臭いをかぎ終えたキュウが口を開けた。
舌触りも確かめる気だな?
「えーっと。それじゃもしかして、この塗ってあるのはあの洞窟で拾ってた黒い砂?」
「わかったかの。この塗料は毒水晶の破片を炉で溶かしたものだ」
「ダメだキュウなめちゃダメ!」
俺は慌ててキュウを押さえ、持っていた呪具を遠ざけた。
危なかったぞ。
もう少しで舌が届くところだった。
「ギュゥ」
止められたことが不満なのか、キュウがくぐもった鳴き声をあげる。
ジト目でこっちを見てくるが、放すわけにはいかない。
「ァアー」
そのままキュウの身体を押さえていたら、キュウが大きく口を開け。
「グ」
腕に噛みつかれた。
といっても歯を立てない、いわゆる甘噛みである。
ちょっとした不満があったとき、なついてる相手に竜がやる仕草だ。
子犬がやるのと同じだな。
別に痛くないし、キュウの気が済むまでそのままにさせよう。
毒水晶を口に入れられるよりはマシだ。
「ねえ。ちょっといじわるなんじゃなーい? 素材が毒水晶だなんてビックリするんだけど」
「むう」
ユニに言われたジオールは、ばつが悪そうにムスタのほうを見る。
「答えが出るまでバラすなと言われていたのだが、やはりよくなかったのではないかの」
「黙ってたほうが笑えるだろ?」
「おまえのさしがねかー!」
「差し金とか難しい言葉を使ってるとまた寝ちまうぞー」
ユニが大声を出したが、ムスタはヘラヘラ笑っている。
「毒水晶といっても、毒性はなくなってるから触れても害はない。そこは安心してくれ」
「いやいや、それでも抵抗あるのじゃ」
リアラは持っていた呪具をそっと机に戻し、うらめしそうな視線をムスタへ向けた。
「他の材料ではいかんのかの? さすがにこれは、あまり身体に近づけたくないのじゃが」
「呪術的には、媒介となっていた毒水晶を使うのが最適なんだよなぁ。他の素材だと効果がだいぶ落ちるぞ。ユニ、魔術的にはなんかあるか?」
「んー? そうねー。力が抜けて移動するという現象には魔力も関わってそうだけど、んふー、魔力が人体とどう関わってるのかって話にもなって、あふー」
「ああ、そこまでじゃ。わらわが悪かった。その話を続けるとユニは寝るじゃろ」
「むー。そうだけどさ」
渋い顔のリアラを見て、ジオールは首をゆっくりと横に振った。
「無理につけろとは言わんよ。嫌がる気持ちもわかるからの」
「そだね。強制はしない。ちなみに、僕も今はつけるつもりはないよ」
ムスタがつけないと聞いたマクシムが、あれえ、とつぶやいた。
「ムスタよお? お前さんは呪具をつけないのかあ? 自分で作ったのに」
「だってこれ、光る場所に被せるんだぞ? 僕の場合だとなあ。ほら、場所が場所だろ?」
マクシムが聞くと、いやらしい笑顔を浮かべたムスタが大げさに肩をすくめた。
「伸縮自在の我が息子様を、どんな状態でもぴったりカバーできるブツって、なかなかないわけよ」
「ああぁ、なるほどなあ。それに、そこの近くにこんな固いのをくっつけて、割れて破片が刺さったら大変だもんなあ」
「なかなか怖いこと言うな、お前」
朗らかに笑うマクシムと、真顔になったムスタが対照的だ。
そんなムスタを、マールがじっと見つめている。
「どうしたよマール。なにジロジロ見てんの」
視線に気づいたムスタが聞くと、マールはムスタの頭を指さした。
「角を使うってのはどう?」
「いや、いきなりなに言ってるのお前」
「んーと。オイラの故郷の山ふたつ向こうに、角のある人たちの村があるんだけどさ」
マールの故郷っていうと、獣使いの里か。
山深いところだって聞いてるが。
「その村の人たちの角は毎年生え変わるんだけど、抜け落ちた角を股間につけるんだ」
角。
股間に角かあ。
旧大陸の狩猟民族で、そんな格好の人たちがいたな。
上半身が裸、下半身は腰ミノで、股間に動物の角をつけてた。
「狩った獲物の角をつける人もいるけど、自分の角がいちばんぴったりなんだって」
その話を聞いて、何人かの視線がムスタの角に向けられる。
俺が見た狩人がつけてたのは、狩った獲物の角を飾りたてたやつで、本人の角じゃない。
そして、つけてるのはまっすぐ角か、そりかえった角か、ちょい曲がり角。
ムスタみたいなヒツジっぽい巻き角だと、ちょっと無理があるんじゃないだろうか。
あの角はぐるっと一周以上してるしなぁ。
股間に立てても収まりが悪いというか、なんというか。
「……くっ」
ムスタは周囲からの視線にしばらく黙って耐えていたが、ゆっくりと口を開いた。
「角がいちばんぴったりかー。あっ! それじゃムスタのちんちーんって縦に一回転半してるの!?」
ムスタより先にユニが叫び、ムスタの開いた口からは腹を殴られたような苦し気な息だけが吐きだされた。
さすが魔術の天才ユニだ、発想が根本から違う。
その結論、俺には絶対にたどりつけない。
ユニが放った言葉の威力は魔法のように絶大で、その笑撃により会議室にいる者のほとんどが行動不能におちいっていた。
「くそっ、笑うなお前ら! おいマール、言い出しっぺのお前がなんでそんな笑ってんだよ!」
「ぶふっ、ごめん、おっちゃん……。でもオイラ、ぷくく、想像しちゃって……」
マールやジオールはもちろん、普段は真面目なカエデやルスカまでもが口を押さえて笑いをこらえている。
マクシムにいたっては声にならない笑いに腹を抱え、呼吸困難になりかけていた。
「だいたい、一回転半ってなんだ! ふっざけんなこの!」
「できないのー? 自慢の息子様だとか言ってるのにー」
「そんな曲がるわけないだろ! 折れるわ!」
「えー。ムスタってひねくれてるし、そっちもひねられるんじゃないのー?」
「ひねる言うな! 想像するだけで痛えよ!」
他の全員が動けない中、ムスタとユニは机の向こうで言葉による互角の戦いを繰り広げていた。
「試しにその頭の角をおマタにつけてみたらー? ぴったりかもよー?」
「そんなわけあるか! まったく、男を知らない女の発想だよなぁ。僕の息子様がどんな外見だと思ってんだかなぁ!」
「え、むらさきー」
「色のことは聞いてねえよ色のことはぁ!」
いや、互角じゃないな。ユニのほうが優勢か。
ムスタがちょっと涙目になってる。
「ふたりとも、そのへんにしてくれ。ほらムスタ、呪具についてもう少し教えてくれないか」
ルスカが間に入り、ユニとムスタを引きはがす。
「くっそ、覚えてろよこの野郎」
ムスタは捨てぜりふを残してユニから離れていった。
「野郎じゃないもーん」
ユニはムスタの背中に向かって舌をべーっと出している。
なんというか、相性いいんだか悪いんだかわかんないな、こいつら。
「あー。こりゃ今日はもう話にならんの」
自分の顔を押さえたジオールがつぶやく。
「後でひとりずつ希望を聞かせてもらうか」
そうだな。それがいいと思う。
みんな笑いすぎてヘロヘロだ。
ジオールだって笑いすぎて目尻に涙がたまってるしな。




