第62話 ムスタの考察、そして対策
首を回し、肩をほぐしたムスタが話し始めた。
「僕なりの考察だけど、今回の件は偶然が重なって大規模な呪術になっちまった珍しい事例、と見ている。呪術発動の現場は、こないだ僕らが調べにいった岩山にあった毒水晶の鉱床だ」
机に布をしいたムスタが、その上へ黒光りする小さな石を乗せた。
あれは俺も見覚えがある。
あのワーラットたちがいた広場に転がっていたやつだ。
「こいつは調査先の洞窟で拾った毒水晶の破片だ。今はもう脱け殻だけど、もとは強い魔力が込められていた痕跡がある。だよな?」
「そだねー。確認したよー」
ムスタにうながされたユニが応える。
「もっと調べたかったけど、取り上げられちゃったー」
「今のお前はすぐ寝るからダメだよ。つーか魔力の痕跡を調べるだけで三回ぐらい寝てただろ」
「そうなんだよねー。ざんねんー」
ユニの紫の光による不調、考えると眠くなるという症状はまだよくならない。
そのせいで、今回の件の魔術的な調査とか検証やらはムスタが主導だ。
「この毒水晶ってのは、割れたら周囲の生物の力を吸い取っちまうらしいな。そしてネズミ、とくに人間の近くで生きるネズミってのは、人様が集めた食い物をかすめ取る性質がある」
「んだなあ。ネズミは農家の敵だあ」
温厚なマクシムが珍しく嫌悪の表情を見せた。
眉毛を寄せたムスタが、黒い小石を指先でつまんで持ち上げる。
「この毒水晶とネズミ、呪術的な相性がよかったんだろうな。この他人から奪うって性質が、噛み合っちまった」
ムスタが小石を目の高さまで持ってきて、指を放した。
「大ネズミがやらかした事自体は単純だ。鉱床を巣にしてた大ネズミが、毒水晶をかじったか落としたかして、割った」
石はまっすぐ机に落ち、乾いた音をたてて小さく跳ねた。
「それで出てきた巨大な魔力が、大ネズミどもの持つ人間を憎む邪念に誘導され、人間の力を奪う呪術となって発動した。と、僕は考えている。そして僕らの力を奪い自分のものとした結果、より人に近い大ネズミ、ワーラットが生まれた」
「ああー、それなんだけどなあ」
マクシムは言いにくそうに自分の青髪の頭をかく。
「オラぁ魔術とか呪術はよくわかんねえんだけどよ。大ネズミってのは魔獣で、動物だろお? 動物が呪術なんて使えるのかあ?」
「ああ、使える」
ムスタが、きっぱりと肯定した。
「ま、疑う気持ちもわかるよ。魔術も呪術も、人間が集中だの儀式だの一定の手順を踏んで発動させるのが基本だからな。そんなことを動物ができるのかって疑問は出て当然だ」
正直なところ、俺もそう思っていた。
あの紫の部位を持つワーラットを見るまでは。
「だけど、そうだなぁ。誰でもいいが、動物霊とか、動物の祟りって言葉を聞いたことはないか?」
問いかけるムスタに何人かがうなずいた。
「ああ、あるなあ。意味もなく動物を傷つけると呪われるぞお、とか」
「うちの地元でも、動物の霊が周りを荒らすという言い伝えがあって、それを鎮めるために石碑を立てて奉っているところがありますね」
マクシムとカエデが言いながら視線を合わせる。
「人間や動物を問わず、強い恨みをもった者の念ってのは周囲に害を呼ぶ。死んだあとでもな。そういう現象、僕に言わせりゃ立派な呪術だよ」
そう言ってから、ムスタは小声で「迷信なところもあるだろうけど」とつけ加える。
まあ全部が全部本物じゃないか。
「呪術でもっとも重要なのは、強烈な思念だ。それさえあれば、他の条件が弱くても呪術は発動する。今回の件がまさにそれだな。そして、物証としてはこんなのもある」
ムスタが透明なガラスの小ビンを机に置いた。
ビンの中には、光を反射する明るい紫色の砂が詰められている。
それを見て、眠そうにしていたユニの目が開いた。
「なにそれー。きれいー」
「こいつは、調査先で僕が殺したワーラットの死体の一部だよ」
「なにそれ汚ない!」
「手のひら返すの早すぎだろ」
苦笑したムスタがビンを軽く揺らした。
その中身は普通の砂のように散らばり、ビンの内側に広がる。
「見てのとおり、もとが生物とは思えないほど変質している。強力な呪術の反動で、術者の肉体がこんなふうになるって例はいくつかあるな」
「そのワーラットとやら、詳しく話を聞きたいのう。生きているときはどんな姿をしていたのじゃ?」
「お。聞くかい? この砂も、元は右腕のでかいワーラットでねぇ」
それから、ムスタは調査先でワーラットの特徴から、記憶を読んだときの話までをみんなに聞かせた。
岩山の巣に集まるワーラットたち。
そいつらが発する恨みの声。
言葉に頼らず会話したり、同族の感覚を遠距離で共有できる能力。
何体か存在する、身体が他より大きく変異したワーラット。
知性を持ち、他のワーラットへ指示ができるボスの存在。
「ふぅ。長くなっちまったな」
ひととおり話し終えたムスタが、自分のノドをなでた。
「いろいろ言ったが、元は大ネズミだ。手に負えないような相手じゃない。不意を打てば僕でも一撃で殺せたしね。問題があるなら、逃げたあいつらの居場所をどうやって探すか、だろうな」
そうムスタが締めくくったが、しばらくは誰もしゃべれなかった。
みんな、視線を落としてそれぞれの思いにふけっている。
「岩山にいたワーラットたちは逃げ出したそうだけど、彼らはこれからどうすると思う?」
「正直、読めないなぁ」
顔を上げたルスカが問いかけると、ムスタは肩をすくめた。
「あいつらが人間に対して敵意を持ってるのは確かだ。だがあいつらのボスは、新たな力に慣れる時間が必要だとも言ってた」
「では当面の間、向こうから襲ってくることはないと?」
「どうかね。ボスの指示でワーラット全部が今すぐ組織的に襲ってくるってことはないと思う。けど、こっちが少数でいるときを狙われたり、食い物目当てで村に忍びこもうとするワーラットはいるかもしれない。ボス以外の頭はそこまでよくなさそうだったし、はっきりした予測は立てられないな」
「なるほど。やっかいだね」
「ああ。それに、こっちもすべての予測に対策を立てられるほど兵士や物資に余裕があるわけじゃない」
そこまで言って、ムスタはアゴで机の上の木箱を示した。
「だから僕は連中への対策よりも、こっち側だけでやれる対策を立てることを優先しようと思ったわけだ」
「その対策というのが、その中にあるのかい?」
「そゆこと」
背伸びしたムスタが脱力し、イスに身体を預けて脱力した。
「まあ、そっちの説明はジオールに任せるよ。僕ぁしゃべり疲れた」
「ぬう? これにも呪術面の説明があるだろうに」
「お前からでも話せるだろ? 頼むって」
「仕方ないのう」
ムスタと入れ替わりにジオールが立ち上がる。
「わしは今、ムスタと合同で呪具なるものを作れないか試行錯誤しておる」
じゅぐ?
聞いたことのない言葉だ。
他の騎士たちも、よくわかってなさそうな顔をしている。
「呪具とは、呪術に使う物品全般のことを指すそうだ。そして今作ろうとしておる呪具は、わしらが受けた呪術の影響を弱める品だの」
「そんなものが作れるのですか?」
カエデが真っ先に反応した。
他のみんなも身を乗り出している。
「今のわしらは、紫の光を受けた場所に呪術的な傷がついている状態なんだと」
傷か。
痛みや出血みたいなのはないんだけどな。
「そこから抜け出た腕力や脚力などの力を、ワーラットどもが受け取って自分のものにしているんだそうだ。そこで」
ジオールが手のひらを広げ、それを自分のわき腹の上にあてた。
あそこはジオールが紫の光を受けた場所だ。
「紫色の部分に呪具を被せて、その傷口をふさぐ。そうすれば、吸い出される力の流れを止められるんだと。そうだのムスタ?」
「言っとくけど、完全に止められるわけじゃないぞ? マシになる程度だからな」
だるそうな表情のムスタが補足する。
「そして、これが試作品になる」
ジオールが身を乗り出し、机の上にある木箱の鍵を開けた。
木箱が開き、薄紫色の中身が姿を見せる。
「おおー?」
「なんじゃなんじゃ」
「へえ、きれいなもんだ」
騎士たちが立ち上がり、木箱の近くに集まる。
俺もキュウを膝から降ろし、近づいて見てみた。
箱の中には、薄紫色をした小物がいくつか入っていた。
それらの主な素材は木や革で、薄紫の半透明な塗料が厚めに塗られている。
「これがその、呪具なのか?」
「うむ。希望する何人かの兵士に先行して試させたが、効果はあった。個人差はあるものの、ほぼ元通りにまで回復した者もおる」
呪具を置いたジオールが、木箱を軽く揺らした。
「先日完成した鍛冶場の炉の調子は上々での。数を作ろうと思えば作れる。試作しているうちに加工法の見通しもついた。呪術をこめるのはムスタがやってくれる」
ジオールが言い、ムスタが無言でうなずく。
「それなら、光を受けた兵士たちにも行き渡りそうかな?」
「うむ。問題あるまい。だが、量産を始める前に、だ」
あごを引いたジオールがニヤリと笑った。
「この場にいる者の多くは光を受けた場所が違うの?」
そうだな。
兵士と同じ腕をやられたのはカエデとマクシムだけで、あとはみんなバラバラだ。
「どのみち個別に作らねばならんのだし、皆の要望に合わせたものを作ろうと思っておる」
「おっ」
「本当?」
「オーダーメイドってやつ?」
「どんなものが作れるのですか?」




