第61話 新大陸各地の調査報告
「お邪魔しますよっ、と」
ムスタは窓枠に飛びついて身体を乗り出し、そのまま勢いをつけて会議室に入ろうとする。
「あー、のぞき魔ー」
「なっ!」
ユニの言葉に、ムスタの顔がさっと赤くなり。
「んごヴぉえっ!」
窓枠に足を引っかけて体勢を崩したムスタは、空中で半回転して会議室の床に顔面から着陸した。
「くおおおお……」
床にうずくまって顔を押さえ痛みをこらえるムスタに、カエデが冷ややかな視線を向けている。
「ここは女湯じゃないですよ?」
「そうだそうだー」
「そんなことは知ってんだよ!」
カエデもユニも、こないだの事件をまだ根に持ってるんだな。
ついこの前、開拓村に新しく風呂場ができた。
けっこう大きい風呂で、村のみんなにも好評だ。
だけどまだ一か所だけなので、そこはひとまず公衆浴場となり時間帯によって男女交代で使うことに決まった。
そしてある晩、女湯の時間帯にムスタが風呂場に入っていったのだ。
それも正面から堂々と、さも当然のような顔をして。
当然、ムスタはその場で取り押さえられた。
だがその時の言い訳の中で、あいつは自分の身体が女に変化していることを告白したのだ。
それに対する反応は人それぞれだったが、ムスタ女体化という事実自体は開拓村内に知れわたっている。
ちなみに騎士たちでの協議の結果、その後の公衆浴場は時間によって男湯、女湯、ムスタ湯の三種類に分かれることになった。
「何度言ったらわかるんだ! あれは事故だったって言ってるだろ!」
「どうだかー」
「信用できませんね」
事故なあ。
まあ性転換のこともあるし、今の自分の身体が女だから深く考えずに女湯に入っていったという可能性がないわけじゃない。
でも、下ネタとエロ話大好きのムスタだからなあ。信じてもらえないんだよなあ。
日頃の行いって大事だ。
「これはまた、にぎやかだね」
「なにかあったのかあ?」
「どうしたのムスタのおっちゃん。顔が赤いよ?」
そうしているうちに、他の騎士たちも会議室に入ってくる。
「おーい、机の上をあけてくれんか。物を置くぞ」
最後尾にいるヒゲを落としたドワーフの岩騎士ジオールは、大きい横長の木箱を両手で抱えていた。
「ひとまず、そこに置かせてもらうぞ」
リアラとカエデがお茶セットを片付け、ジオールが会議室の大机に木箱を置いた。
箱のなかの中からガチャリと硬質な音が鳴る。
ムスタとジオールは、野外調査の後に協力して呪術対策の品の開発をしてたはずだ。
あの箱の中身が、その成果なんだろうか。
「これ、なーにー?」
「これはだな」
ユニが木箱をつつき、ジオールが答えようとしたが。
「おいおい、後にしてくれよ。長くなるからそれの話は最後にするって決めただろ」
自分の鼻の頭を押さえていたムスタが止めた。
「今日の会議の議題、最初の担当はルスカだったよな?」
鼻から手を離し、気だるそうに銀髪をかきあげたムスタが半眼で聖騎士ルスカのほうを見る。
「そうだね。全員揃ったみたいだし、早速始めようか」
今日の会議の主催はルスカとムスタ、ジオールの三人合同だったな。
内容はどれも、俺たちが受けた紫の光と、そこから発生した不調に関するものだ。
あの木箱の中身も気になるが、後回しか。
会議室の扉と窓が閉められ、この開拓村に所属する正騎士九人が席についた。
獣騎士マールのそばには使い魔四人。
俺の膝の上にはキュウ。
いつもの会議の光景だ。
「ではまず私から、毒水晶に関する外部からの情報の共有をさせてほしい。資料も回すから、それも見ながらね。読み終えたら横に回してもらえるかな」
ルスカが立ち上がり、隣の盾騎士マクシムに資料を手渡した。
「それは昨日届いた、開拓本部の調査報告だ」
「調査ぁ?」
資料を受け取ったマクシムが首をかしげる。
「他の地域で毒水晶の情報がないか調べるって話、ダイラ氏が言ってたのを覚えてるかい?」
「ダイラ? ダイラ。誰だっけなあ。聞き覚えはあるんだけどなあ」
「ダイラさんって、前にオイラたちがが毒水晶の光を受けたときに助けてくれた竜騎士の人だよね」
マールの捕捉を聞いてマクシムが自分の膝を叩いた。どうやら思い出したらしい。
「ああぁ、あの人かあ。オラぁ治療中だったから、ろくに話もできてねえんだよなあ」
「そうだったね。書類の最後には、そのダイラ氏の署名もある。あの人も開拓本部のほうでいろいろ動いてくれたみたいだが」
話していたルスカの眉間にシワがよる。
「結論から言うと、進展なしだったようだね」
「ええっ、そうなの?」
「ま、そうだろうなぁ」
マールが驚きの声をあげ、ムスタが予想通りとばかりに肩をすくめた。
「今のところ、この新大陸で我々の他に毒水晶の被害を受けた地域はないそうだ。類似した現象も含めて、ね」
そのあとルスカの話を聞きながら、回ってきた報告書の内容を確認した。
他の開拓地域では、毒水晶による被害どころか発見報告自体がないらしい。
資料を読み進めてみると、普通の水晶は新大陸の各地で見つかっていた。質はバラバラみたいだけど。
前にジオールが言っていたとおり、水晶は鉱石としてはありふれたもののようだ。
だが、中から光を発する毒水晶のような鉱物の報告は、現時点だと俺たちの一件のみだということだった。
「さらに、こっちは私が個人的に取り寄せたものだが」
次にルスカが取り出したのは、割れた赤い封蝋と金色の飾り紐がついた羊皮紙だ。
「また豪華なお手紙だねぇ。どこからだい」
「聖癒教団だよ」
「おいおい」
軽い調子だったムスタの表情が固くなる。
聖癒教団といったら、旧大陸の主要地域に根付いた一大宗教だ。
ルスカもその教団の一員だったはず。
聖癒教団は治癒魔法の創始者と言われる過去の偉人「聖者」を信仰する宗教だ。
教団は治癒魔法の使い手を中核にして構成され、世界各地で治療を中心にした様々な活動を行っている。
とはいえ、実際に他人を治療できる魔術士はそもそも数が少ない。
教団に所属している治癒魔術士もそこまで多くはないが、彼らを守るように組織された教団の規模は大きく、その影響力は計り知れない。
珍しそうに羊皮紙を見つめていたムスタが、視線をルスカに戻した。
「見た目からして重要なものっぽいけど、中身はなんだい」
「この新大陸で教団が行った治療記録の抜粋だよ」
「治療記録って、いわゆる機密文書ってやつじゃないの?」
「そこそこにはね」
ルスカが一瞬、自分の胸元に視線を落とす。
あそこはルスカが紫の光を受けた場所だ。
「今の私が請求して回答が返ってくるかどうかは賭けだったけど、どうやら勝てたみたいだ」
「はぁー。お前さんの口から賭けとはね」
のけぞったムスタが黙り、入れ替わりにマールが身を乗り出した。
「なんで賭けなのさ。ルスカのおっちゃん、その教団に入ってるんでしょ? 知りたいことがあったら教えてもらえるんじゃないの?」
「私が教団に入れたのは治癒魔法が使えたからさ。でも、今の私は使えないからね。立場も変わるだろうし、資格喪失ってことで教団から除名の可能性もあり得る」
「あー」
うなだれたマールが席に座り直し、頭を下げる。
「ごめんよ。おっちゃんも大変なんだね」
「いいさ。こうして正式な返事も来たことだし、私も一応はまだ聖癒教団の所属になってるようだ」
寂しげに微笑んだルスカが、羊皮紙を広げた。
「それはそれとして。治療記録というのは教団関係者以外に直接見せることはできない。だからこの手紙も回覧はしない。悪いが、許してくれ」
そのことに文句を言うのは誰もいない。
ムスタでさえ、珍しく真面目な顔でルスカの言葉を待っている。
「こっちも結論から言うと、この新大陸で毒水晶による被害、あるいはそれに類するケガなどの治療記録は無かった。組織、個人を問わずね」
「組織と個人とで、なにか変わるのですか?」
「治療の内容自体は同じだけど、これの記録から得られる情報は開拓団のものと少し変わってくる」
カエデの問いにルスカがうなずいた。
「組織相手、たとえば開拓騎士団や町ぐるみの依頼だと、公的で大規模になりがちだ。たいていは相手組織側の記録に残るし、噂にもなりやすい」
そうだな。
開拓団が教団に助けを求めるとしたら、大規模な魔獣の襲撃とかでケガ人が大量に出たときとかだ。
そんな事件があったら自然と噂になるし、伝達事項として開拓本部から各開発地区への連絡文にも載る。
「対して個人が相手だと、残るのは治癒魔術士の記録くらいだ。ケガ人が自分で言いふらさない限りはね」
ルスカが手に持つ羊皮紙の表面をはたいた。
「我々のように大人数でなく、一人か二人の少人数が毒水晶による被害を受けていたなら、こっちに記録が残ってるかと思ったんだ。結果は空振りだったけどね」
全員が黙りこむ中、ルスカが羊皮紙を丸め、飾り紐で縛る。
「開拓団も教団も、調査自体は継続するらしい。そのうち、この村にも調査の人間が送られてくるかもしれない。だけど現状、毒水晶の被害について我々以上に詳しいところは無さそうだ。他の地域からの情報は期待しないほうがいいだろうね」
書類を片付けたルスカが、机の上に額を乗せているムスタを見た。
「悲しい結果になってしまったが、私からは以上だよ。さて、次はムスタだったかい?」
「次はって、気楽に振ってくれるよなぁ。この空気で話すのかよ」
顔を上げたムスタが、ゆっくりと上体を起こす。
「ま、いいや。僕からの話は、今回の件についての呪術的な見解と対策だ。最初に言っとくが、あんまり期待すんなよ?」




