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第57話 ネズミの目で見る陰騎士ムスタ 後編

『ツナグ! ツナゲル! 見テ、見テ!』


 地面に伏せたワーラットの背中、その紫色の部分が一瞬光ったように見えた。

 直後、身体が浮かび上がるような感覚と共に視界が大きくぶれ、縮んでいく。

 まるで記憶読みの術のかけ始めみたいだ。


 そして、今まで見ていた景色が小さな球体になったところで、別のものが近づいてくる。

 夕暮れの空の赤と岩の白、木々の緑の三色が混ざった球体だ。


 あれって広場の外にいるワーラットの見ている景色だよな。

 つなぐって、他者との感覚の共有かよ。

 強力な媒介がないと使えない術のはずなんだが、こいつらは魔道具も無しにあっさり使いこなしてやがる。

 テレパシーといい、ワーラットどもはこういう能力と相性がいいのか?


「ギイアアアアアッ!」


 視点の移り変わった先は、修羅場だった。

 岩場の中央では背を向けた巨大な馬が首を真上にあげ、鳥のように高い吠え声を上げている。

 十数匹のワーラットがその周りを囲んでいたが、半数が傷つき血を流していた。


 吠えるのを止めてこっちに向き直った馬の顔は血に染まった羽毛で覆われ、中央に鋭いクチバシがついている。

 馬の身体にワシの頭ときたら魔獣ヒポグリフだが、こいつはけっこうなデカブツだ。

 クチバシについた血をなめ回してるが、夕飯でも探しに来たのかね。

 ヒポグリフの縄張りは草原だと思ってたが、こんな森の奥も狩場にしてるんだな。


 ワーラットも少しは立ち向かっていて、ヒポグリフの横っ腹にはいくつか傷がついている。

 血で見にくいが、顔面にはそこそこ大きな横一文字の傷もあった。

 だがヒポグリフは意に介さず、血とヨダレにぬれたクチバシで手近のワーラットに食らいつこうとしていた。


『同胞タチヨ! 逃ゲロ!』


 大柄のワーラットが叫びながらヒポグリフの前に飛び出した。

 黒い毛皮をしたそいつは、両手を横に広げてその場に立ち止まった。

 まるで、自分から食われるように。


『コッチダ! コノ四本足メ!』


 ワーラットがヒポグリフをにらみ、叫ぶ。

 ヒポグリフは一瞬だけ足を止め、狙いを変えてその大柄のワーラットに迫ってきた。


『サア、食ッテミロ! 我ハオ前ノ内側カラ食イ破ッテ』


 テレパシーが聞こえたのはそこまでだった。

 クチバシを大きく広げたヒポグリフは、大柄のワーラットに頭からかじりついていた。

 ヒポグリフが無抵抗のワーラットを口に入れ、一歩進んで胴体を半分ほど飲み込み、かみ砕こうと首の筋肉をふくらませる。


 陶器が砕けるようなかん高い音と共に、紫色の粉があたりに飛び散った。

 一度は閉じたヒポグリフのクチバシが開き、紫色の舌が飛び出す。


「グゲエエェェェ」


 大口を開けたヒポグリフが、カエルみたいな間抜け声を上げた。その口の端から、紫色の砂状のものがこぼれ落ちている。

 どうやら、あの大柄なワーラットも死んで身体が変質したみたいだな。

 食ってる途中の肉が喉の奥で砂になったようなもんだろう。そりゃきついわ。


 ヒポグリフは紫の砂を吐きたくても吐けないようで、しばらく下を向いて肩で息をしていた。

 やがて諦めたのか、首をぶるっと震わせて顔を上げる。


 あ、やばい。目が合った。

 あいつ、この視点の持ち主を食うつもりだ。

 まっすぐこっちに近づいてくる。

 しかもこの視点、動かねえぞ。逃げないのかよ! 腰でも抜けたのか!?


「グゲエアッ」


 僕の目の前でクチバシが開き、紫色に染まった口内が迫ってくる。

 生臭く、暖かい吐息が僕の顔に触れ、クチバシが閉じるか閉じないかのところで、視界が暗転した。


 改めて呼吸してみるが、もうなんの臭いもしない。

 だけど冷や汗が止まらず、ノドがカラカラだ。

 悪い夢を見た直後のようで、だけど視界は暗闇のまま戻らない。


 あー、しくじったな。

 呪術を切るのが遅れちまった。

 まさか感覚の共有先が死ぬとはねぇ。


 ま、しゃーない。

 それよりも、意識を保て。考え続けろ。

 意識を保ったまま時間が経てば、感覚が僕の身体のほうに戻っていくはずだ。


 死の直前で呪術を強引に解除したからまだ反動が少ないけど、このまま眠っちまったら、ちょいとやばい。

 僕の身体が二度と目覚めなくなる、かもしれない。


 幸い、考えることは山ほどあるしな。

 今まで得た情報を整理しようか。


 あの広場は毒水晶とやらの晶洞だった、ってジオールが言ってたな。

 毒水晶ってのは砕けると紫の光を発し、その光を受けたヤツに不調が発生する。

 その性質から、毒水晶は高濃度の魔力を内包する天然の魔道具とも考えられる。

 それを判断するのは今回持ち帰る毒水晶の砂をきっちり調べてからだが。


 そして、その毒水晶の晶洞跡を巣にしていたワーラット。

 知性を持ち、同族とはテレパシーで会話できる。

 中にはかなり頭と口が回るヤツもいた。

 そいつは、紫の光がもたらした新たな力、と言っていた。


 そしてワーラットどもは憎き捕食者ども、毛無しの二本足とも言ってたな。

 二本足ってのは恐らく僕ら人間のことだろう。

 憎い、憎いとわめきちらしてた。


 ネズミを食った覚えはないんだけどなぁ。

 殺しはしたが。

 ま、あいつらにとっちゃ食われるのも殺されるのも大差はないか。


 となると。

 呪術の構成要素、揃ったなぁ。


 術者がワーラットども。

 形ある触媒が、魔力を持つ天然素材、毒水晶。

 形ない触媒が、捕食者への憎しみ。

 そして対象者が、連中の巣に近づいた僕ら開拓騎士団。


 今回の事件の真相は、ネズミどもが捕食者を憎みながら毒水晶をかじってたら偶発的に発生した、いわば呪術災害ってとこか?


 人間ですらなく、ただの小動物が術者、ねぇ。

 術者がどこぞの国の暗部とか犯罪者組織だと予想してた僕が考えすぎだったのかな。

 いや、この新大陸では小動物すらここまでの大呪術を発生させ得るってことを危険視すべきか?


 それはともかく。

 この仮説が合っているなら、触媒である毒水晶の砂を使うことで僕らの不調に有効なものが作れるだろう。

 村に戻ったら実験だ。


 だけど、まだまだ推測に頼る部分が多いな。

 記憶読みが途中で失敗したのは痛かった。

 できれば別のワーラットを捕まえて記憶読みしたいとこだけど、この大自然の中で特定のネズミを探すってのも現実的じゃないなぁ。

 どうしたもんかね。


 ……しっかし、なんかさっきから微妙に揺れてるな。

 この揺れはやけに優しくて、気持ちいい。眠っちまいそうだ。

 なんか頭にふわふわしたのが当たってるし、落ち着くにおいするし。


 いや、しっかりしろ。

 寝たらまずいんだぞ僕。

 指に力を入れろ、目を開け。


「ん、起きたかムスタ?」


 ロンの声が聞こえる。

 しかも、やけに近く。


「お、お」


 起きたよ、と言おうとしたけど、口が全然動かない。

 思ったより術の反動がきつかったか?

 額にはまだ何かふわふわしたものがあるけど、汗でも拭いてくれたのかね。


「おっちゃん、大丈夫?」


 横からマールの声もした。なんとか目を開けると、マールが下のほうから僕を見上げてるのがぼんやり見える。


 見上げる?

 マールと僕の身長は同じくらいのはずだよな。

 そもそも僕が術の反動で意識を失ってたんなら、寝っ転がってる僕をマールが見下ろしてるのが自然だが。


 それに、ゆさゆさが止まらない。

 起こそうとして揺すられてると思ったけど、違うなこれ。

 というか、寝かされてないぞ僕。身体は起こされてて、なんかに寄りかかってて、それごと運ばれてる。


「無理するなよ。倒れた時は顔が真っ青だったぞ」


 額の上のふわふわが動いて、すぐ上からロンの声が降ってきた。

 しまった! ここはロンの背中だ!

 ロンにおんぶされて運ばれてるんだよ僕!

 ふわふわはロンの後ろ髪か!


 だめだ近い! それは近すぎる!

 早くロンから離れないと!

 このままだと、ときめいてしまう!


「お、う、お」


 くっそ、しゃべれねえ!

 動けよ僕の舌ぁ!


「おーいおい。だいぶ消耗してるな。無理にしゃべらなくていいよ。このまま運ぶから」


 やめろ、優しくするな! ドキドキしちゃうから!

 この調査中、ただでさえ若い男に囲まれて困り果ててたんだぞ!

 僕の心をこれ以上かき乱すな!


「このまま進んでいいのかの?」

「ああ。野営地まで戻ったほうがよさそうだ。ここじゃまともに休めない」

「うむ、そうだの」


 ジオールと話し始めたロンが顔を前に戻し、ロンの後ろ髪が戻ってきて僕の額にぶつかり、そこから汗のにおいがふわっと広がってしまった。

 あぁ、これぃぃかも。


 いや、落ち着いちゃダメだ! 僕が落ち着くべきは女のにおいとぬくもりだ! 男のじゃねぇ!

 僕は生まれた時から息子様が生えてるんだぞ! 身も心もなぁ!

 ダメだ息子様の有無でここまで感覚が変わるとは思ってなかった!

 帰ったら戻すぞ! 痛くても戻すぞ!

 あのクソネズミども絶対許さないからな! 僕の息子様を出張させるようなことしやがって!


 あー、さっきまでの呪術の考察が頭から吹っ飛んだぞクソが!

 思考がまとまらねえ!

 ロンの背中って広いんだなチクショウ!


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