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第55話 ネズミの目で見る陰騎士ムスタ 前編

<<ムスタ視点>>


「それをやってみる前に、ひとつ聞かせてくれないか」


 ムダなあがきだとは思うけど、一応な。一応。


「マール、そいつの腕にある模様ってどう思う? 自然にああいう模様がつくと思うか?」

「んー。つかないんじゃないかな」


 僕のかすかな希望は、マールの可愛い声にあっさり否定された。

 そりゃそうだとは思ってたけどよう。


「動物の模様って、だいたい全身に出るんだよね。虎のしましまとか。足だと、右と左で同じ模様になりやすいよ。馬の足元の靴下みたいな色違いの毛とかさ」

「片腕だけの模様ってのは自然にはありえない?」

「絶対ないってわけじゃないけど、珍しいと思う。それに腕の太さが右と左で違うっていうのも、ほとんどないはずだよ。前足と後ろ足の太さが違うのはよくあるけどさ」

「なるほどねぇ」


 動物には詳しくない僕にだって、こいつの身体つきがどっか不自然なのは感じる。

 それに、逃げ散る前のネズミどもの中にもいくつか妙に目立つヤツがいた。


 群れの中央にいた、頭部が紫色のと、背中が紫色のが一匹ずつ。

 そいつらの前にいた、左腕がやたら太いのが一匹。


 それに何より、僕の手鏡を盗んだネズミ野郎。

 僕は奪われた手鏡よりも、あいつの下半身に気を取られた。

 あんな見苦しい紫色のモノを自慢げにブラブラさせやがって。

 アレは明らかに僕の……。


 いや。

 落ち着け自分。

 今アレを思い出してもイラつくだけだ。

 先入観を持ってはまずい。先入観に気を取られるほど、真因を見逃す。自分で言ったことだぞムスタ。


 とはいえ、だ。

 不自然に変質した紫混じりのワーラットども。

 そいつらは、人目につかない岩山の中にある毒水晶とやらの晶洞跡を巣にしてた。

 さすがに、これが呪術に無関係とは思えない。突っ込んで調べる意味はある。


「ムスタ?」


 呼ばれて顔を上げると、心配そうなツラをしたロンと目が合った。

 そんな表情で見つめられるとドキッとするからやめてほしいんだが。


「なんだい?」

「ずいぶん迷ってるみたいだけど、さっき言った確認する方法ってのは危険なのか?」

「危険か。ないことはないな。それに、やってる間は僕が動けなくなるんだよ」


 ま、簡単に説明しとくか。

 動けない間は、こいつらに守ってもらわなきゃならんし。


「そこのネズミ野郎、そうだなぁ、ワーラットとでも呼ぼうか。このワーラットの記憶を読み取る」

「おおう、そんなこともできるんだな」

「ああ。呪術と幻術の併用による精神干渉ってやつだな」

「死んだ相手にも使えるのか?」

「使える。むしろ、やるなら死にたての今だ。生きてる相手だと抵抗されてうまく読めないし、死んで時間が経ったら腐敗と共に記憶も散り消える」


 僕がこのワーラットをきっちり殺したのは、記憶を読むためだ。

 読み方を間違えると、刺されてから死ぬまでの苦しみまで読んじまうんだけどな。

 まして殺した相手は僕自身だ。

 うっかりしたら、ネズミの目を通して僕自身の顔を見ることになる。殺そうと決めたときの僕の顔を。


 そういう時の記憶を見たら単純に気分が悪いだけでなく、こっちの精神が疲弊して術が不安定になる。

 下手をすると、死の記憶に引きずられてこっちの心臓まで止まりかねない。


「ねぇ、本当に大丈夫なの? 死体から記憶を読むなんてさ」


 今度はマールが僕を見つめてくる。

 背負われた子ギツネちゃんと合わせて四つの大きな目が僕を映していた。


 まいったね、子供らに心配されるとは。

 やりたくないのが顔に出てたか?

 だがまぁ、やるしかないんだけどな。


「心配すんなって」


 この気色悪いワーラットの記憶から、呪術の手がかりがつかめる可能性がある。

 なら、やるべきだ。

 僕の息子様が人質に取られてるんだから、なおさらな。


「ちょっと嫌な感じがするんだ。この死体だって、なんかおかしいよ」


 しゃがみこんだマールが、木の串を取り出してワーラットの死体に向けた。


「おかしいって、どこがだい?」

「んー、なんていうかさ。このしっぽとか」


 マールが持つ串の先、ワーラットの細長いしっぽは、固まった状態で少しだけ地面から離れ、浮かんでいた。

 ま、よくあることだ。

 死体ってのは放っておくと縮み、硬くなる。

 ワーラットのケツの肉が固まるのに引っ張られて、細長く軽いしっぽが浮き上がったように見えてるんだろう。

 まあ固まるのがずいぶん速い気はするが。


「待て。そのしっぽ、少し色が変わっておらんか?」

「ん? どのへん?」

「そこだ。ちょうど曲がった部分だ」


 ジオールの手が添えられた木の串の先端が、ワーラットのしっぽの真ん中あたりをかすめる。

 その瞬間、串が触れた部分が崩れた。


「えっ!?」


 マールが串を引っこめ、大きく飛び退く。

 落ちたしっぽの切れ端は、そのまま粉々に崩れて散った。まるで最初から砂で作られてたみたいに。

 後に残ったのは、やけに紫色に光る砂だけだ。


 呪術による変質か?

 ここまで派手な変質は相当強烈な術だぞ?


「お前ら、これ以上触るなよ。少し離れてろ」


 僕が言うと、マールたちはおとなしく従ってくれた。


 こいつの身体はだいぶ脆くなってるようだ。近くを歩く振動でも崩れるかもしれない。

 足音を殺してワーラットの死体へ近寄ってみると、その異質さが僕の目に入ってくる。

 死体側に残ったしっぽの断面部分はざらついた砂のようになっていて、骨と肉、皮の区別がつかない。


 僕がこいつを後ろからナイフで刺した時には、刃が皮と肉を突き破る柔らかい感触があったんだけどな。

 ってことは、死んでから一気に変質したのか?


「しょうがない。今から記憶読みの術をやる」


 上半身のほうはまだ原形をとどめてるが、あれが崩れるのも時間の問題だろう。

 本当は術を安定させる事前処理をしたかったとこだけど、それをやってたら間に合わないな。

 こいつの全身が崩れきる前に読めるだけ読まないと。


「術を使っている間、僕は意識を術のほうに持っていかれるから動くことができない。しばらく護衛を頼むよ。ネズミどもが戻ってこないとも限らないからね」


 ロンが黙ってうなずき、槍を構えなおした。

 マールとクマの子も僕に背を向けて身構え、周囲に意識を向ける。

 頼もしいねぇまったく。


「ああ、ジオールは別に頼みごとがある」


 僕が呼び止めると、背中の大斧を抜きかけてたジオールがこっちを見た。


「このあたりの砂が砕けた毒水晶ってんなら、持てるだけ拾い集めてくれないか。呪術の媒体に使われた可能性があるから、開拓村で調べたい」

「ふむ。それはいいが、持てるだけ運ぶとなると革袋にぎっしり詰めることになる。移動中に砂同士がこすれて傷つきかねんぞ。大事に扱わんでよいのか?」

「いいさ。どっちみち潰したり溶かしたりするんだ。質より量が欲しいな。お前さんだってその砂いじりまわしたいだろ?」

「そうだの。わかった」


 大斧を戻したジオールが、僕らから少し離れた場所で革袋を広げ始めた。

 ほんと、鉱石がからむと素直だよなぁあいつは。


 さて、やりますか。

 まずは呪術の媒介として、僕の生き血を少々。

 ナイフの先を僕の手の甲に軽くあてて、ちょいとだけ血を取る。

 術者である僕と対象者のワーラットがこの至近距離なら、僕の血一滴で十分つながるはずだ。

 この血をワーラットに塗りたいとこだけど、触って崩れたら困るな。上からたらすか。 


 ワーラットの額に落ちた僕の血が、染みこむように消えていく。

 その血と同じように、僕の意識をやつの額に飛ばし、染みこみ、同化させるよう意識する。

 僕の視界に砂嵐のようなものが混じり、色が消えて白黒になっていく。

 やがて今いる場所の景色が小さい球となり、違う色と形の球が周囲にいくつか浮かび上がった。


 よし。僕の意識の分離とワーラットの記憶への接続、うまくいってるようだな。

 あとはこのまま、あの球に刻まれたワーラットの記憶を調べて回ればいい。


 さぁ、このネズミ野郎。お前の記憶を見せてみろ。

 できるだけ昔の記憶からだ。

 しぼれるだけ、しぼり取ってやるぞ。


『イィィィィィ』


 お、聞こえてきた聞こえてきた。

 あれが残ってる一番古い記憶か?

 暗がりに住むネズミだけあって音だけがよく響くな。

 もっと意識を近づければ……。


『ミゥンイツゥンゥ』


 あん?


『識我眩頭ラキ割ァァィンア流ァハウタ減ナチン知ア熱イアァゥ!』


 うるせぇ!?

 なんだこりゃ!?


『痛ハァュィァンィ腹ッァァァィィハチァンァ々ィチウンィカア我ァガィシ何我ッ!!』


 だめだ何言ってるか全然わかんねえ!

 いったん離れないとまずい!

 このまま聞いてたらこっちの頭がおかしくなる!


『アァァァァ』


 くっそ。記憶から離れたのに、まーだあの声が耳に残ってやがる。

 なんなんだよあの声は。

 まるで十人ぐらいから同時に叫ばれたみたいだった。しかも耳からじゃなくて、頭の中に直接だ。

 複数の意識が混ざってたのか?


 とにかく、あの時点の記憶に触れるのはダメだな。あんなごちゃ混ぜの声を聞き続けてたら、記憶読みの術が解けちまう。

 別の、もうちょっと個別に分かれた記憶は無いのかよ。


『キチチチチチチ』


 あっちの記憶から聞こえる鳴き声は単独っぽいな。

 ゆっくり近づいて、あの記憶と僕の意識同調させて。


『チチ』


 よし。いける。他の声も混ざってない。


 この記憶は音だけじゃなく視覚もはっきり残ってるな。

 足元に黒い砂、上は水晶の天窓。僕らがいた元晶洞の広場っぽいか。空が赤色だから夕方か?


 しっかし、ずいぶん色鮮やかだな。まぶしいくらいだ。

 手がかり探しにはありがたいけど、ネズミの目ってこんなによく見えるもんか?

 動物の視界ってのはもっとぼんやりしたのが多いんだけどな。


 記憶の中の広場は大量のワーラットどもが埋めつくしていて、中央が少しだけ空いていた。

 この記憶の持ち主は広場を見渡せる位置にいるらしい。


『キキキ』

『アノ 二本足ノ バケモノ ドモ』

『チチッ』


 かん高いネズミの鳴き声に重なって、耳障りなダミ声が響く。

 さっきの混ざりあった雑音のような声と違って、意味の通じる人間の言葉だ。


 声の方向は広場の中央だった。

 そこには五匹のワーラットがいて、そのうちの一匹が他の四匹に向かって首を突き出している。


 これはワーラットの記憶だから、自力で首を回して周囲を見回すなんてことはできない。

 今ある視界だけでの判断だが、少なくとも見える範囲に人らしい姿は無かった。

 ってことは、今しゃべったのは中央にいるあのワーラットか?


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