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第54話 再調査その11 砕けた広場

「うわ、やな色してる」


 マールも色の違いに気づいたらしい。ネズミ人間を見て顔をしかめている。


「変色しておるのは右腕だけかの」

「そうみたいだね。一か所だけ色が違うってのはオイラたちと似てるけど」


 マールが自分の背中のほうをちらっと見た。

 その背中の皮膚には、今も紫色の光があるはずだ。今は背負われたクァオと長髪で隠れているが。


「あいつはオイラたちとはちょっと違うよね?」

「うむ。あのネズミは右腕も動かしておる」


 ジオールの言うとおり、はいずるように移動する黒紫のネズミ人間は右腕も普通に使っている。

 むしろ右腕を使ったときの移動距離が他の部位を使ったときより長い。

 見た目通り、右腕の力が段違いに強そうだ。


 先を行く黒紫のネズミ人間は、俺たちのほうをちらりと見て動く速度を上げた。

 そいつの向かう先、がらんとした広場には、柄の曲がった槍を握った灰色毛皮のネズミ人間が一匹いるだけだった。

 灰色のネズミ人間は槍の柄を抱きしめるように持って広場の真ん中で座り込んでいる。よく見るとその肩は少し震えていた。


「ギキキキキ。ギキッ」


 膝立ちになった黒紫のネズミ人間がもう一匹のほうを見て低く鳴く。

 まるで話しかけるように。

 だが灰色のほうは鳴き声を出さず、震えながら首をかしげるだけだ。


「クキッ、クコキッ!」


 鳴き声を荒げた黒紫のネズミ人間が槍を奪い取る。

 そいつは曲がった槍を握りしめ、俺たちのほうへ向き直り不格好ながらも構えた。

 どうやらまだ戦う気らしい。


 俺が前に出ると、灰色のネズミ人間が黒紫のほうへ近づき、すがりつくように手を伸ばした。

 その右手に、黒色の、爪とは違う細長い何かが握られている。


 それは静かに、だが勢いよく黒紫のネズミ人間の首筋に振り下ろされた。


「カハッ!」


 俺たちのほうに意識を向けていた黒紫のネズミ人間が息を吐きだし、目を見開く。


「よーし、うまくいった」


 後ろに飛び退いた灰色のネズミ人間が聞き覚えのある声を出した。

 俺たちが反射的にそっちへ武器を向け直すと、そいつは両手をあげて降参の姿勢を取る。


「止めて止めて。僕だよ」


 そのネズミ人間の灰色の毛皮がゆらぎ、ぼやけていく。

 入れ替わりに、黒い巻き角を頭に生やした小柄な人影が姿を見せ始めた。


 先行していたムスタだ。

 どうやら幻術かなにかでネズミ人間になりすましていたらしい。

 あいつが幻術や肉体変化の魔法が得意だってのは知ってるが、この短時間であそこまでうまく化けたのか。


「おぬしか。驚かすでないわい」

「すごいねおっちゃん。全然わかんなかった」


 ジオールが構えた手斧を下ろし、マールが感心の声を上げる。

 俺も普通にわからなかった。

 勘の鋭い動物にも気づかれない精度で変化し、背を向けた標的への鮮やかな奇襲。

 陰騎士と称されるほどの隠密技術は今も健在らしい。


「コ、コカカ……」


 黒紫のネズミ人間は自分の首に刺さった黒塗りのナイフを抜こうとするが、背中側から深く刺されたそれをつかむことができないようだ。


「他のには逃げられちまったもんでね。お前さんだけでもここで死んでもらう。悪く思うなよ」

「クカ」


 無表情で語りかけるムスタに、黒紫のネズミ人間が感情の読めない大きな黒目を向け、口を大きく開けた。

 だが、そいつはそれ以上のことはなにもできず、その場に倒れ伏した。

 放り出された四肢やしっぽから力が抜け、荒かった呼吸音が弱まっていき、やがて止まる。


「ふいー、疲れた」


 ムスタが肩の力を抜き、その場に腰を下ろした。


「大丈夫かムスタ」

「ああ、問題はないよ」

「そのわりには浮かない顔だの」

「あん? あー、そうだな。鏡が取られちまったままだからな。あれ気に入ってたのに」


 俺たちが話しかけると、ムスタは気だるそうに手を振った。


「あの泥棒ネズミは足が速くてね。すぐに引き離されたよ。しょうがないから幻術でネズミに化けて、こっそり近づいて盗み返そうとしたんだけどね。この場所に気を取られてる間に逃げられちまった」

「この場所?」

「ああ。あっちを見てみなよ」


 ムスタが首を曲げ、親指を上に向ける。

 見上げると、大量の光の輝きが目に飛び込んできた。

 あまりにまぶしくて、とても直視できない。


「うわぁー」

「くぁー」


 横からマールとクァオの嬉しそうな声が聞こえる。

 俺は首の角度を正面に戻すと、顔の前に手をかざして目を薄く開け、光に慣らしながら少しずつ視線を上へと動かすようにしてみた。


 半球の内側のような形状をした青黒い壁面は、上にいけばいくほど色が薄くなり、濃紺、紺、青、水色と変化している。

 壁には水晶らしい輝く石も多く混ざっているようで、上にいくにしたがって光の反射量が増えていった。

 そして俺たちの頭上の光源、太陽の光はやや青みがかかっていて、やけにぎらついていた。


 目を細めつつよく見てみると、太陽がひび割れているように見えた。

 いや、違う。太陽と俺たちの間に何かがある。

 でこぼこしていて光を通す、半透明の岩壁に似たなにか。

 あれが光を乱反射しているせいで、いつも以上に太陽が輝いて見えるんだ。


「あれってもしかして、水晶か?」

「そうみたいだね。まさかまさかの水晶製の天窓だ」


 俺のつぶやきに、ムスタがあきれたような高い声で答えた。


「んで、壁は水晶入りの石材だぞ? 豪華なお家だよなあ。旧大陸の王城だってここまで気合い入ってないだろ。同じのを作ろうとしたら金がいくらかかるんだろうな? ネズミの住み家にはもったいなさすぎる」

「信じられん」

「ああ、ほんとだよ」

「ありえん。信じられん。まさかこんな」


 横から深刻そうなジオールの声が聞こてくる。

 視線をそっちに向けると、ジオールは地面に両手をついて足元を凝視していた。


「どうしたんだ」

「これを見てみろ」


 ジオールが地面の砂を両手ですくいあげて立ち上がり、俺たちの前に持ってきた。

 その砂は黒に近い紫色で、光を反射する粒が多い。


「砂、だよな。これがどうかしたのか?」

「わしも実物を見るのは初めてだが、こいつはおそらく毒水晶だ」

「毒水晶!?」


 それって前にジオールが話してたやつだよな?

 俺たちの不調の原因と思われている、謎の多い鉱石。

 キュウを竜から人に変えたもの。


「おーいおい。毒水晶って、これがかよ?」


 立ち上がったムスタがジオールの手にある砂に顔を近づける。


「ただの黒い砂なんじゃないの?」

「よく見てみるのだ。かすかに粒の中がゆらめいておるだろう。それが毒水晶の特徴なのだ」


 俺も近づいてジオールの手の砂をよく見てみる。

 砂は粒がかなり細かい。ここの天井の水晶に比べたらずいぶん色が濃く、ほとんど透けないみたいだ。

 だが、ジオールの言う粒の中のゆらめきまではわからない。

 マールも身を乗り出して砂を見つめていたが、少ししてから首をかしげた。


「よくわかんないんだけど」

「僕も見えない。これだけ粒が小さいとなぁ」

「そうだな。表面が光ってるからなおさらだ」

「むう、わからんか」


 俺たち三人の言葉を聞いたジオールが不満そうに口を曲げる。


「毒水晶ってこんなに細かいの?」

「いや、本来は普通の水晶と同じくらいの大きさだと聞いている」

「だとすると、これは砕けた毒水晶なのかな」

「うむ」

「それって手で持っても大丈夫なのか?」

「問題あるまい。一度砕け、光を発した後の毒水晶は毒性が抜けると聞いておる」


 確か、毒水晶って砕けることで紫の光を出すんだよな。

 そして、その光を受けた人に不調が発生する。

 希少なもので詳しい性質はわかっておらず、ドワーフたちも研究用に探している。


 以前に聞いた毒水晶の情報を思い出しながら黒い砂を観察していると、俺とマールに挟まれていたムスタが少し身を引いた。


「お前ら、顔近すぎ」


 ムスタが恥ずかしそうに口元を手で押さえ、顔をそむけた。

 そんなこと言われてもなぁ。


「ここはおそらく毒水晶の晶洞だったのだ」


 身をかがめ、砂を足元に置いたジオールが膝立ちの状態で周囲をゆっくりと見回す。


「晶洞って、昨日の夜にアニキが割った、中に水晶がある石? 大きさが全然違うよ?」

「確かにこれだけ大きい晶洞は珍しい。まして、山の天井があそこか」


 ジオールが一度言葉を切り、天井を見上げた。


「この程度の低さの山にこれだけの規模の晶洞が根付く。確かに滅多にあるものではない。だが、絶対にないということではないのだ」


 この広場が晶洞だった?

 昨日ジオールが持ってきた晶洞は、片手で持てるくらいの大きさの岩の中に水晶が詰まってた。

 あれと同じなんだとしたら、この壁面に毒水晶がびっしり並んでたってことか?


「こんな浅い層の鉱脈など、旧大陸ならとっくに発見され掘りつくされていようものだがのう。人の手が入ってない未開の大陸ならでは、かの」


 淡々と言葉を続けるジオールに、マールが不思議そうな目を向ける。


「ジオールのあんちゃん、なんかいつもと違うね」

「む、そうか?」

「いつもなら、ちょっと違う石とか岩を見つけただけで夢中になって調べ回すじゃない。こんな珍しい石? 砂? だったらなおさらだと思ってさ」

「ああ、そうだのう。以前のわしならば手を叩いて喜んだのだろうが、今となってはちと複雑でな」

「今回は違うの?」

「未熟を自覚し功名心を恥じ、修練せねばと心に決めた後で、このような場所を見つけてものう」


 ジオールが感情を押さえた静かな口調で言い、目を伏せた。


「転がる岩の行く末はわからぬ、とはよく言ったものよ」

「なにそれ。ドワーフの言葉?」

「うむ。未来がどう転がるかなど誰にもわからない、という意味だの。転がる岩が谷底に消えるか、人に当たって傷を負わすか、割れてそこから宝石が顔を出すか」

「今だと、割れたら毒水晶が出てきたってことね。あれ、待ってよ」


 何かに気づいたのか、マールが目を見開いた。


「そんじゃ、もしかしてこの足元の黒い砂も全部?」

「うむ。ほぼすべてが砕けた毒水晶だろう」

「うええ」


 つま先立ちになったマールが気味悪そうに足元を見回す。

 彼に背負われたクァオは無言だが、キツネしっぽの毛が逆立っていた。

 そりゃまあ気持ち悪いって気持ちはわかるが。


 マールたちの隣に立つガウは、不機嫌そうに顔をゆがめて足元の砂を軽く蹴りつけていた。

 俺もどっちかといったら蹴りたい側だ。

 これがキュウの姿を変えた原因だと思うと、な。


「だけどな……。そうするしか……」


 いらだってきた気持ちを抑えようとしていると、横から小さな声が聞こえてきた。

 そっちを見ると、しゃがみこんだムスタが一点を見つめながらぶつぶつと独り言をつぶやいている。

 その視線の先にあるのは、あの黒紫のネズミ人間の死体だ。


「ムスタ? どうかしたか?」

「んー、あー、ちょっとな」


 俺が声をかけるとムスタは返事したが、どうも歯切れが悪い。

 その目はネズミ人間を見つめたまま動かないし。


「そいつ、ムスタの言う手がかりにあてはまるか?」


 俺たちが探している、不自然なもの。

 すなわち、呪術の手がかりとなるもの。

 ムスタがネズミ人間を逃がさずに殺すという手段を取ったのは、あの死体が手がかりになるのかと思ったが。


「あー、たぶん?」


 気の抜ける回答が返ってきた。


「いや、たぶんって」

「あーあー。確認する方法、あるにはあるんだよ。あるんだけど、ちょっとなあ」


 どうやらふざけたわけじゃなく、本気で悩んでるらしい。

 俺が返事を待っていると、大きくため息をついたムスタが上目遣いにマールのほうを見た。


「それをやってみる前に、ひとつ聞かせてくれないか」


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