第53話 再調査その10 ネズミの細道
「わしが前を行こう。このような坑道じみた場所を歩くのは慣れておる」
ジオールが先頭に立って岩壁の道へと入っていき、俺もすぐその後に続いた。
今までの明るい道から暗いひび割れの中に入って、一瞬目の前が真っ暗になる。
「クァオ、これ持ってて」
「あい」
俺の後ろで、マールがカンテラについたロープをクァオのキツネ腕の手首に引っ掛けた。
カンテラの光があたりに広がるが、ここの岩壁は今までと違ってあまり光を反射しないみたいだ。
上側も奥側も、少しでっぱった岩の先は濃い影になっていて光が通らず見えにくい。
「砂が積もっておるおかげで足場は安定しとるが、壁面は荒れておるな」
早足で進むジオールがつぶやく。
「とがったところに身体や持ち物を引っかけないよう気をつけろ」
この暗さでもジオールの目には周囲がしっかり見えているようだ。さすがは夜目の利くドワーフってとこか。
「そう言われてもなぁ。こう暗いと俺じゃよく見えないぞ」
少しは目が暗闇に慣れてきたが、俺にはジオールも岩壁もその輪郭がぼんやり見えるくらいで、細かいところまではわからない。
こういう狭い場所だと槍は不便だ。俺は槍を立てて足や胴体に密着させ岩にぶつけないようにするが、これはこれで槍が足にこすれて歩きづらい。
上には余裕があるから天井に槍を引っ掛ける心配をしなくていいのが救いか。
「そこの角をすぎたら、広場まであと半分くらい」
どうにか足を止めずに進んでいると、マールが進行状況を教えてくれた。
幸い、目的地はそれほど遠くはないみたいだ。
「ネズミどもはどうしておる?」
「後ろに集まってきてるけど、まだ近づいてはこない。あっ、広場からゆらゆらが出てきた。こっちに来るよ」
マールの声に、前を行くジオールが歩調を緩めた。
「数は?」
「ひとつだけ」
「大ネズミかの」
「わかんない。他のより少しでっかい。ちょっと待って」
マールの声が少しずつ大きくなっていく。
「走ってくる。けっこう速い、なんか長いの持ってる!」
足を止めたジオールが両手に一本ずつ手斧を持って身構えた。
俺もその後ろで槍を構えるが、この道の狭さではジオールの横に並ぶのは無理だ。
うまく援護できればいいが。
「飛び跳ねて、壁を蹴った! 上から来る!」
視線を上げると、墨を塗りたくったような暗闇の奥で動く影が見えた。
その影は壁の表面を跳ねるようにしてこっちに突っ込んでくる。
影は空中で棒状のものを振りかぶり。
「キシャアアアアッ!」
叫びと共に、全身を使って真上から振り下ろした。
狙いはジオールだ!
「ぬぐっ!」
二本の手斧を頭上で交差させたジオールが相手の攻撃を正面から受け止める。
激しい金属音が鳴り、衝撃でジオールの両肩が揺れた。
手斧に受け止められた相手の得物、その刃がカンテラの光を浴びて鈍く光る。
あれは槍だ。
しかも見覚えがあるぞ。
前の遠征隊救出時、ネズミ人間に持っていかれた俺の槍だ!
「キキッ!」
槍を振り下ろした影がかん高く鳴いた。
ネズミの頭と身体に、肥大化した手足。ネズミ人間だ。
後ろに下がったそいつは、俺の槍を握ったまま細かく首を動かしてこちらの様子をうかがっている。
あいつは前に見たネズミ人間よりも身体がでかいような気がする。
さらに右腕は左腕に比べて一回り大きく、毛皮の上からでもわかるくらい筋肉がついていた。
前は群れで襲ってきたのに一匹で出てくるあたり、こいつは腕に自信があるらしい。
「やっと出てきおったな、ネズミめ」
手斧を握りなおしたジオールが一歩前に進み出た。
「気をつけろよ。前に見たのより大きい」
「うむ。それに色も違うの」
「色?」
そっちは意識してなかった。
改めてネズミ人間を見てみるが、この暗い中だと色まではよくわからない。
「ギャアッ!」
ネズミ人間がまた槍を振りかぶった。ゆっくり観察させてはくれないようだ。
槍がジオールに向かって勢いよく振り下ろされる。
「ちっ、やりづらい」
再び手斧で受けたジオールが舌打ちした。
ネズミ人間は、槍の長さを活かして刃先部分をジオールに叩き付けてくる。
あの距離でジオールが斧を振ってもネズミ人間には届かないだろう。片手で収まる手斧と長柄の槍では届く範囲が違いすぎる。
「ロン、おぬしならやれるか?」
「ああ」
「任せたいがこの狭さではの。入れ替わらせてくれるかどうか」
「俺が後ろから手を出す。あいつが止まったら交代だ」
「わかった」
俺は相手が振り下ろそうとするタイミングを見計らい、上段から槍を突き出した。
ジオールの頭上を越え相手の手指を狙う不意打ちじみた突きだったが、ネズミ人間は後ろに飛び退いて避ける。
動物らしい大した反射神経だ。
だが、隙は生まれた。
身体を引くジオールに合わせて俺が前に進み、お互いの位置を入れ替える。
「頼む」
下がったジオールが短くつぶやいた。
後ろのカンテラの光が陰にならない位置に移動し、俺の視界を確保してくれる。
「ギキャアッ!」
ネズミ人間が足を踏み込み槍を振るう。
さっきまでジオールが受けていたのと同じ、ただのまっすぐな振り下ろしだ。
力任せで、技術もなにもない。
ネズミ人間が体重を前に乗せる瞬間、こっちの槍で正面から突く。
突きの軌道は相手の槍の持ち手をかすめるように。
「ギッ!?」
重心が前に寄ったネズミ人間は飛び退くことができず、代わりに身体をひねって避けようとした。
結果、相手の槍は俺から外れて地面に叩き付けられる。
俺の槍は直撃こそしなかったが、ネズミ人間の右腕の表面を切り裂いた。
ネズミ人間は慌てた様子で後ずさり、身を守るように槍を前に構える。
あの槍の穂先、刃が少し欠けてないか?
元は俺の槍だってのに、乱暴に扱いやがって。
その刃先はキュウの鱗の破片を使って鍛えたんだぞ?
今のキュウはもう鱗が生えてこないんだぞ?
それをお前は。
「クキキキキキキ」
小さく鳴きながら首をせわしなく動かしていたネズミ人間は、俺の真似をするように槍を腰に構え、正面から突きかかってきた。
走る勢いと腕の力だけを使った突きだ。軌道も読みやすい。
俺は前に出した槍を軽く揺らし、穂先をしならせて相手の槍に絡める。
ネズミ人間の踏み込みに合わせて槍を斜め下へ振ると、絡まった相手の槍の狙う先も斜め下へとずれた。
槍の振り抜きに相手の槍の勢いが加わって、俺の槍の柄が縦に大きく回転する。
俺はその回転の勢いを後押しするように手を添え、相手へ向けた。
半回転した槍の刃の反対側、石突きの部分がネズミ人間の鼻面に叩き付けられる。
「ブギャアッ!」
顔を思い切りぶん殴られたネズミ人間は悲鳴を上げてその場に倒れこんだ。
ヤツの手から槍が離れ、地面に落ちて乾いた音を立てる。
地面に手をついたネズミ人間が床の槍を槍を拾おうと近づいてきた。
俺は地面の槍を足で踏みつけて確保し、手元の槍を振るう。
避けきれず足を切られたネズミ人間は転がるように俺から離れた。
「容赦ないのう」
「やっぱ強いよねアニキ」
後ろからジオールとマールの声が聞こえてくる。
あんな感じの槍同士の戦闘って、竜騎士の新人時代に訓練で散々やらされてるんだよな。
まさかネズミ相手にやるとは思わなかったけど。
「キチチチチ」
ネズミ人間はしばらく地面の槍を見つめていたが、やがて俺たちに背を向け、足を引きずりながら道の奥へと消えた。
「逃げたか」
「追うかの?」
「他のネズミ次第だけど、マール?」
振り返って聞いてみたが、マールが首を横に振った。
「前からは来てない。後に集まってたのは」
「グルアッ!」
マールの声にかぶせるようにガウが後方へ向かって吠え声を上げた。
「逃げたっぽい」
「グウゥ」
最後尾のガウが不満そうに両手のクマ爪を素振りしている。
どうやら彼女も戦いたかったようだ。
「いつの間にか、広場のゆらゆらもほとんど消えてる。アニキと戦ってたネズミが負けたのを感じとったのかもね」
「拍子抜けだの。しょせんはネズミか」
息をついたジオールが俺の横を抜けて前に立った。
俺は床の槍を拾い上げ、背中に結び付ける。
この槍、今は使わずに持って行こう。無理に使って刃が折れたら嫌だ。
開拓村に戻ったら研ぎなおしたいけど、キュウの鱗の予備はもうほとんど残ってないんだよな。
それからまたしばらく道を進み、いくつかの角を越え、大きく張り出した岩の下をくぐったところで。
「む、あれがマールの言っていた広場か?」
ジオールが声を上げて振り向いた。
「うん、あそこ」
マールの指さす先は直線になっていて、奥のほうでは上から陽の光が射している。
そこからは進むたびに道の横幅が広がっていき、視界も開けてきた。
広場の光が道の一部にも射しこみ、壁面が青黒く照り返されているのが見える。
その道の端、光から隠れるような位置にさっき戦ったネズミ人間がいた。
疲労しているのか、その動きはずっと遅くなっている。
四つんばいになったネズミ人間は、広場の中央へと向かっているようだった。
通路から出て広場に入ったネズミ人間が、頭上の陽光を見上げて身震いする。
この時、俺は初めてネズミ人間の色の違いに気づいた。
普通の大ネズミの毛は灰色だが、あいつはもっとくすんだような黒に近い灰色だ。
そして、発達した右腕の表面には、稲妻のような形をした黒紫色の紋様が刻み込まれていた。




