第52話 再調査その9 白と光の洞窟
ムスタに続いて俺たちも亀裂に入る。足元は砂が多く、踏むとジャリッと硬質な音が鳴った。
マールの言うとおり、亀裂の中は入り口より広い。
自然の洞窟らしく曲がりくねっているが、場所によっては俺たち全員が横に並べるぐらいの余裕がある。
俺たちは隊列を組んでゆっくりと洞窟の中を進んでいった。
ムスタを先頭にして、その次は武器を構えた俺とジオール。その後ろにクァオを背負ったマール、最後尾は両手のクマ爪をむき出しにしたガウだ。
「しっかし明るいねぇ。ランタンいらないじゃないの」
前を行くムスタが首を周囲にめぐらせる。
「そうだね。まぶしいくらいだよ」
「うー」
後ろでマールとクァオが返事した。
俺たちの行く道は、昼間に窓を全開にした部屋の中くらいには明るい。
上を向くと岩の天井のあちこちに穴が開いていて、そこから晴れた青い空が見えた。
天窓のように空いた穴から陽光が入りこみ、それを白い岩壁が反射、拡散している。
「明るいはずだの。あそこを見るがいい」
ジオールが指さす先の岩壁では、岩のとがったところが太陽の光を浴びてきらめいていた。
周囲の岩も光を反射して明るく見えるが、そのとがった先端部分はひときわ強い白色に輝いている。
「あれって水晶?」
「うむ。小粒だがの。やはりここの岩には水晶が多く含まれておるようだ。あれだけではないぞ」
よく見ると、岩壁のあちこちに同じような光る部分があった。
ひとつひとつの大きさは指先ぐらいのものだが、お互いが光を反射し合って洞窟の奥まで光を届けている。まるで天然の照明だ。
「おかしいなあ」
しばらく進んだところで、背後からマールの不思議そうな声が上がった。
ムスタが肩越しにマールのほうを見る。
「なにがだい?」
「岩の隙間のゆらゆら、たぶん大ネズミだけど、変な動きしてるんだ。半分くらいはオイラたちを追ってきてる。普通の大ネズミなら人間が近づいたら逃げるか、同じ場所に隠れ続けるのに」
「残り半分は?」
「遠回りしながら移動してる。奥のほうに集まろうとしてるみたいだよ」
「ふーん、なるほどねえ。まるで奇襲でもするつもりみたいな動きじゃないの」
ムスタが持っていたナイフの柄で自分の額を叩く。
「前にこの辺の大ネズミには知性があるかもって話があったけど、正直なとこ半信半疑だったんだよな。誰かに操られてるって言われたほうがまだ信じられる」
「でも、動物を何十匹も同時に言うこと聞かせるってすごく難しいよ?」
「そうだろうなあ。呪術も魔術も、対象が増えれば増えるほど手間がかかるしな。ネズミどもの中には勝手に動いてる奴っていないの?」
「うん。感じる中にはいないっぽい」
「そっかー。そろそろ認めるべきなのかね。でもネズミに知性なぁ」
マールの言葉にムスタが小首をかしげながら先へと進む。
この近くにいるはずの大ネズミたちだが、まだ俺たちの前にまでは出てこない。
たまに上のほうの岩棚をちらっと動く影があったり、壁の中をなにかが歩くかすかな音が聞こえるくらいだ。
「あそこを走っていったのも大ネズミかの」
「それっぽい臭いだね」
「何匹おるのかのう」
今度はジオールとマールが話し出した。
「この近くだけでも三十はいるよ。オイラやクァオでもわからない離れたとこには、もっといるんじゃないかな」
「むう。それほどおるなら、水晶鉱脈があったとしても荒らされた後かもしれんのう」
「あれ、そうなの? ネズミは水晶なんて興味なさそうだけど」
「あやつらは食い物とは別に硬いものをかじるのだ。木でも石でも、鉱石でもな。溶かして固めなおす鉄などはともかく、宝石をかじられたら価値がガタ落ちだの」
「そっか。歯が伸びるからなー。うちのクォンも前はいろいろかみついてたなぁ」
「リスもそうなのか。開拓村の石材置き場にある石はかじらせんでくれよ?」
「そのへんはクォンも区別つくよ。人になってからはかじらなくなったし」
そんな話を聞きながら改めて岩壁をよく見ると、確かに不自然な傷があった。槍の穂先みたいなとがったものを突き立てたような削り跡だ。その大きさはバラバラだが中にはけっこう深い傷もある。
傷の場所のほとんどは地面近くのところで、その付近の壁が黒っぽく汚れていた。あそこは大ネズミの通り道なのかもしれない。
そんな調子で、洞窟内を観察しながら奥へ奥へと進んできたのだが。
「ちょっと待って。なにかありそう」
マールが緊張した声で俺たちを止めた。
彼におんぶされたクァオのキツネ耳がぴくぴく動いている。
「けっこう大きい広場みたいな場所があったよ。床がまっすぐ平らで、すみっこに物が積まれてる」
俺たちは足を止めて周囲を見回したが、ここは今までと同じ狭い岩の洞窟だ。とくに変化のある部分は見当たらない。
「見える場所じゃないよ。岩の向こう。クァオの感覚で見つけたんだ」
「すみっこの物ってのは何かわかるか?」
ナイフを握りなおしたムスタが聞くと、マールは首を横に振った。
「そこまではわかんない。直接見てみないと。あと、中がすごくゆらゆらしてる。たぶん大ネズミが集まってるよ」
「呪術の儀式場跡だったらいいが、ただの大ネズミの巣って可能性もあるか。方角は?」
マールが岩壁の一点を指さす。
見た目は他の岩壁とまったく同じだ。
「あそこ。あの岩の反対側に人がギリギリ通れるくらいの隙間があって、その先をまっすぐ進めば行けそう」
「あの岩って、壁じゃないか」
「うん。でも、あのへんが一番薄いみたい」
「薄いって言ったってなぁ。他に行けそうな道ってないの?」
「うーん。あることはあるけど、かなり遠いよ? それに、そっちの道の入り口はけっこう高いから岩の壁を登らなきゃいけなさそう」
「そこまで岩の先を見通せるのか。ドワーフ顔負けだのう」
目を細めて岩壁を眺めていたジオールがムスタのほうを見た。
「この岩を割れば先に行けるかもしれんのだな。やってみるかの?」
「お? これ壊せるの? けっこう硬そうな岩だけど」
「おそらくはの。まあ見ておれ」
ハンマーを取り出したジオールが、岩壁に耳を当て、ハンマーで岩の表面を軽く叩いていく。
反響する音を聞いているらしい。
「どうやら内側から圧力がかかっておる部分があるな。奥に砂か水でも詰まっておるのだろう。これなら少しヒビを入れるだけで勝手に割れそうだの」
岩壁から耳を離したジオールが腕を大きく横に振った。
「割るぞ。下がっておれ。岩が割れたと同時に中のものが流れ出すだろう。近くにいると足を取られるぞ」
言われた通りに俺たちが壁から距離を取ると、ジオールは岩壁のわずかなくぼみに鉄の杭を差し込んだ。
彼が小刻みに、だが力強くハンマーを杭の頭に叩き付ける。
「くぁっ」
けたたましい音が洞窟内に響き、クァオが小さく悲鳴を上げて自分の耳を押さえた。
やがて杭のつきたてられた部分にクモの巣のような形のヒビが入り、叩かれるたびに広がっていく。
「よし、こんなもんだの」
杭を引き抜いたジオールが岩壁から離れて俺たちのほうに走ってくる。
岩壁のヒビはジオールが叩かなくとも勝手に広がっていき、バキンという木が折れたような破壊音と共に砂があふれ出てきた。
白い砂が次から次へと大量に出てきて、地面に落ちて砂煙を上げる。
まるで割られた砂時計だ。あるいは破れた小麦粉袋か。
細かい砂は地面の傾斜にそって小川のように流れていき、洞窟の床面を埋めていった。
しばらく待っていると少しずつ砂の流れる勢いが弱まっていき、やがて止まった。薄れた砂煙の先に、新たな亀裂の道が姿を見せている。
その道幅は人一人が通れるかどうかという狭さで、かなり暗い。今までと違って上側に穴は開いてないみたいだ。
「これがマールの言ってた隙間か」
「うん」
「どれどれ?」
ムスタが右手にカンテラ、左手に手鏡を持って隙間の奥をのぞき見ようとする。
「上に何かいる!」
マールの警告の声とほぼ同時に、ムスタの頭上の岩陰から毛むくじゃらの腕が飛び出した。
「うおっ!?」
とっさにムスタが身を引く。
その毛むくじゃらの手はムスタから手鏡を奪い取り、すぐに陰の中へと戻っていった。
「くっ、あいつ!」
ムスタがナイフを抜いて岩壁の小さな突起部に片足をかけた。
「待てこの野郎!」
ムスタが壁を走るように登っていき、そのまま岩陰の先へと向かって突き進む。
「おいムスタ止まれ!」
ジオールが叫んだが、ムスタはもう岩陰の中へ消えた後だった。
上のほうで岩を蹴るガリガリという音が鳴っていたが、それが少しずつ道の奥へと遠ざかっていく。
あっという間だったのではっきりと見えなかったが、あの腕の毛は灰色だった。もしかしてネズミ人間か?
「ごめん、気づけなかった。砂煙に紛れて近づいてきてたのかな」
マールが悔しそうに道の先を見つめている。
「過ぎたことは仕方あるまい。それよりマール、この先に分かれ道はあるかの?」
「ううん、ないよ。この隙間は上に長いけど穴は開いてない。この先はグネグネしてて広場までは一本道。ムスタは上のほうに張り付いたまま先に進んでる」
「あやつも器用なことをするのう」
暗いとはいえ、分かれ道がないなら道に迷うこともないか。少なくとも広場までは。
「行くか。ムスタを放ってはおけない」
「うむ。どちらにせよここを進むつもりだったのだしの」
「うん、行こう」




