第50話 再調査その7 男娚男女男女
各々の手でスープが取られ、空になった鍋がかまどから外される。
鍋のあった場所に焚き火が顔を出し、かまどの石を赤く照らした。
「ウゥ」
「ん、手を出してよ」
ガウに声をかけられたマールが、さっき拾い集めていた木の実を取り出した。
目の前に差し出されたガウのクマ爪が光る手のひらに、マールがクルミのような木の実を乗せる。
ガウがもう片方の手で上から叩くと、乾いた音とともに実の殻が割れた。
「みんな食べるよね?」
マールの問いに全員がうなずいた。
ガウが殻を割って取り出した乳白色の実を、マールがつまんで木の串に刺していく。
人数分の串に木の実を刺し終えたマールが、その串を火にかざすように置いた。
「好きな焼き加減で取ってね」
マールが手を引っこめた後は、誰もが静かに火にあぶられる木の実を見つめていた。
みんな黙ってるのは、長い話の後だし移動の疲れもあるんだろうな。
ゆらゆらゆれる炎を眺めていると、木の実の表面が焼けて色が変わってゆく。
そろそろいい感じだ。
俺は自分の串を取り、かすかに煙の上がる木の実を口に入れた。
実をかみ砕くと、焼きたての香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
味はほとんどしないが、歯ごたえと香りが楽しめる野営ならではの素朴なデザートだ。
「ああ、そういえば」
自分の木の実を食べ終えたムスタが、何かを思い出したように顔を上げた。
「ジオール、さっき羽根と一緒になんか持ってきてたよな。あれってなんだったんだ?」
「む、あれか。忘れておったぞ」
右手の黒パンを直接火にあぶっていたジオールが、左手で岩を取り出した。
その節くれだった指に握られた岩へ俺たちの視線が集まる。
「普通の石ころみたいだけど、アニキはどう? なにかわかる?」
岩を眺めていたマールが確かめるように俺を見た。
「んー、そのへんに転がってるのと同じに見える」
見た目は何の変哲もない岩で、おかしなところは見当たらない。
「僕にもただの岩に見えるな。お前から見ると不自然なやつなの?」
「不自然というものではないがの。まあ見ておれ」
大口を開けたジオールが表面の焦げた黒パンにかじりついた。固そうな黒パンは歯でがっちり固定され、彼の両手が開く。
ジオールは岩を足元の地面に置き、腰の工具入れから短くとがった金属棒とハンマーを取り出した。
彼が短い金属棒の先端を岩の上にあて、その逆側をハンマーで小刻みに叩くと、岩の表面に小さいヒビが入る。
黒パンをくわえたままのジオールが、金属棒のあてる位置を細かく変えながら金属棒を叩き続ける。ヒビは少しずつ広がっていき、やがて岩の表面を一周した。
「ん」
工具を置いたジオールが岩を拾い上げ、ヒビの状態を確認してから俺のほうへ突き出した。
岩を受け取った俺がジオールを見ると、彼は両拳を合わせてから角度を曲げ、開くようなしぐさをする。
「割っていいのか?」
「んむ」
ジオールが小さくうなずき、くわえられていた黒パンが縦に揺れた。彼はパンに手をかけ、音を立ててかみ砕く。
俺が岩を両手で持って軽く力を込めてみると、岩のヒビが深くなり、あっさりとふたつに割れた。
そして、その中身がかまどの炎の光を受けてきらめく。
「おお!」
「わあ!」
「くぁー!」
岩の中身を見たムスタ、マール、クァオが歓声を上げる。中でもムスタの声の音が一番高かった。
ガウも声こそ出さなかったが、目を見開いて岩を見ていた。
ジオールを除く全員が身を乗り出して岩の断面を見つめている。
俺も見てみたが、そのまぶしさに思わず息を飲んだ。
そこには、水晶が詰まっていた。
白い岩の部分は表面側だけで内側は空洞になっており、そこには小さくも大量の水晶が競い合うように伸びている。
水晶の先端は鋭くとがっていて、触れようとしたら指先を切ってしまいそうだ。
炎と夕陽の光を浴びて赤色に染まった水晶は、見ていると意識を吸われそうな不思議な輝きがあった。
「鉱石の中には、そのように岩の中で結晶となるものがあるのだ」
黒パンを半分ほど飲み込んだジオールが、木の実が刺さった串で水晶の塊を指し示す。
「その結晶が詰まった岩のことを山の言葉でガマという。晶洞と言ったほうがなじみ深いか」
ジオールには悪いけど、どっちの言葉も聞いたことない。
ただ、似たようなのは前に旧大陸の店で見たことがあった。それは球状の岩を半分に割り、磨いて置物に加工されたもので、岩の内側に小さい白色の水晶がびっしりと並んでいたのを覚えている。
「ふむ。ずいぶん透き通っておるのう。大体はくすんだ色をしておるものだが」
水晶を見たジオールが意外そうにつぶやいた。
そういえば、俺が前に見た晶洞の白水晶はかなりにごった色をしていたな。
今回の晶洞にある水晶は、根元の岩の部分が薄く見えるくらいには透明だ。
「この晶洞って珍しいものなのか?」
「そうでもない。鉱脈のある場所ではよく転がっているぞ」
俺が聞くと、ジオールが平然とした様子で答えた。
「逆に言えば、ガマがあるということは近くで同種の鉱石が採れるという目印だの」
「ってことはもしかして、この岩壁の中にこの水晶の鉱脈とかがある?」
「うむ。わしはそう見ておる。だがこの岩壁は鉱山と言うには小さいし、鉱脈も小規模であろうな」
「それでもなあ。水晶鉱脈か。すごいな」
そう意識して岩壁を見直すと、さっきと変わらないはずの岩壁がどこか違って見えてくる。
あそこを掘れば水晶が出てくるかもしれないのか。夢があるなあ。
宝の山、というのは大げさだろうけど。
「あらかじめ言っておくが、それほど価値のあるものではないぞ。水晶自体はありふれた鉱石だからの」
「あれ、そうなのか? 水晶って宝石の一種なんじゃないの?」
「宝石扱いされるのは品質が相当高いものだけだの。それに最高品質だったとしても、ダイヤモンドやルビーといった貴重な宝石に比べればどうしても価値が劣る」
「そうなんだな。でも、水晶の質は期待できるんじゃないか? これだけきれいな水晶のダマってのが普通に落ちてたんだし」
「ダマでなくガマだの。そのガマの輝きは悪くないが粒が小さすぎる。それに鉱石の質というのはそう簡単に予測できるものでもない。あまり期待しすぎないほうがいいぞ。もう夢中になっておる者もいるようだが」
ジオールの視線の先、マールの膝上にいるクァオはキツネの両手で自分のほっぺたを押さえ、伸びた爪の間から水晶を見つめている。
ムスタも人の両手で自分のほほを押さえ、伸ばした指の間から水晶を見てた。
ふたりとも同じ姿勢で、うっとりとした表情のまま水晶を眺め続けている。
「どうした、妙な顔をしおって」
「いや、女の子ってのはみんなこういうのが好きなのかなーって思って」
ジオールに聞かれて、考え中だった俺は思っていたことをそのまま口に出してしまった。
確かに女の子っぽい反応だなぁと思ってしまったのは事実だが、クァオはともかくムスタに対して抱く感想じゃないな。
なんと表現すべきなんだろうか。
「はっ!?」
そして俺が発した女の子という単語にムスタが反応した。
どうやら今やっと我に返ったらしい。
「はは、あっはっはー。そうだな、うん。女はこういうの好きだぞ。僕にはピンとこないけどな。口説くときの小道具に使うといいぞ。思ったより効果あるからなー」
ムスタがそう言って笑うが、棒読み口調で嘘っぽく聞こえるし目が笑えていない。
というか顔に冷や汗がにじんでるように見える。
あれか。女の子はこういうの好きっていう感覚を実感というか体感しちゃったのか。
「さーて、日が落ちたらここは真っ暗だぞー。食い終わったならさっさと寝るぞー」
ムスタがぱんぱんと手を叩いて立ち上がった。
まだ棒読み口調が治ってないあたり、さっきの発言をごまかすつもりなんだろう。
とはいえ、太陽は木の陰に隠れつつあり、冷たい風が吹き始めている。もう夜が近い。
俺たちは食器を手早く片付け、かまどの火に砂をかぶせて消した。
腹がふくれて、眠気も強くなってきている。とっとと寝たいところだ。みんなも同じだろう。
だが、今夜の寝床になる土壁に囲まれた岩壁に来たところで、ムスタが雷に打たれたように身体をびくんと震わせて立ち止まった。
「しまった」
ムスタのささやくような独り言が聞こえてくる。
「くっそ忘れてた。若い男どもと密室で一晩かよぉ……」
ああ、そうね。普段の野営でも男女で寝る場所を分けてるよね。
今回ジオールが土魔法で作ったのは一部屋だけっぽいけど。
「そうだよ。って、あーそうか」
ムスタのつぶやきを聞いたマールが、ガウとクァオの顔を見る。
「見た目は女の子になっちゃったんだよな。オイラとは別々に寝たほうがいいのかな」
「やー!」
マールの言葉をクァオが即座に否定した。
そのキツネしっぽの毛が威嚇するようにふくらんでいる。
ガウのほうは眠そうな目でクァオを見るだけで、別にどっちでもよさそうな感じだ。
「おぬしらは別に一緒でもいいんじゃないかの。今からもう一部屋作るのはきついわい」
ジオールがそう言ってから大あくびをする。
まあ、無理に引き離すこともないだろう。
あの子たちは人間に変化する前からマールと一緒に寝てるしな。俺とキュウみたいに。
「気になるなら、マールたちとそれ以外で分かれればよかろう。こっちは三人固まって寝るかの」
「やめろ。やめてくれ。やめてください」
ジオールの言葉に、今度はムスタから即座の否定が入った。
「なんじゃい」
「固まるのはやめよう? 眠れないよ。僕が」
「もしかして、わしはそこまで汗臭いか?」
「そういうことじゃなくてだな! いや今の僕に刺激的なのは確かだけども」
目を伏せたムスタが、両腕で自分の身体を抱きしめている。
俺たちの隣で寝るのがよっぽど不安らしい。
まあ今は調査中だしなあ。ムスタが眠れなくて疲れが抜けないなんてことになっても困る。
「お互い寝る場所を大きく取ってもいいんじゃないか? 今回は場所が広いんだし、明日も調査だ。手足を好きに伸ばせる余裕があったほうが身体を休められるだろ」
「それはそうなんだがのう」
「そうだ! それがいい! 多少は距離があったほうが寝やすいってもんさ! 僕は繊細だからな!」
俺が助け舟を出すと、ムスタが食い気味に飛びついた。
ジオールはまだなにか言いたそうだったが、ムスタはお構いなしに寝床の一番奥まで走っていき、荷物を広げて自分の場所を確保する。
「それじゃ僕はここで寝るよ! お前らも距離を取って寝ろよ! 呪いのこととか考えたいから、僕にはあんまり近づくなよ!」
「むう」
フォローしといてなんだが、必死過ぎるだろムスタ。ジオールが不審な目で見てるぞ。




