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第49話 再調査その6 ムスタ先生の呪術講座 問題編

 それぞれが自分の食器を出し、ムスタの前に出す。マールはガウとクァオ含め三人分だ。

 こういう少人数の野営における男衆の定番料理、塩漬け肉と香草のスープがムスタの手で配られていく。

 具材の分量は作り手の気分次第、食えれば上等のテキトー料理である。自分用の調味料や食材を持ってるならお好みで追加してもいい。

 もしこの場にカエデがいたら、絶対に「こんないい加減なのは料理じゃありません」って言うだろう。

 これはこれで趣があっていいと思うんだけどな。


「んじゃ、ここでひとつ問題だ」


 スープが全員にいきわたったところで、ムスタが俺たちを見回す。


「今回の原因が呪術だったとして、この調査で僕らは何を探すべきなのか? これまでの話を踏まえて考えてみなよ。食いながらな」

「えー。食ってるときに呪いのことを考えさせるのかよ」

「僕だってメシ前に呪術の話をしたくはなかったさ。少しは僕の苦悩を共有してもらわないとな」

「むー」


 ほっぺたをふくらませたマールに構わず、ムスタが手元のスープにそっと口をつけた。

 俺は自分のスープに固パンをひたし、柔らかくしてからかじりつく。まだパンが固かったので、追加でスープを直接口に入れた。

 スープに溶けた強めの塩気が口の中に広がり、歩き疲れた体に染みる。香草の香りもほどほどで鼻につかない。

 そのとき入れた材料のバランスや湯加減で味がかなり変わる野営スープだけど、今日の味はなかなかの当たりだ。


 しかし、俺たちは何を探すべきか、か。

 ムスタは最初、不自然と思うものがあれば教えるように言っていた。

 この森林地帯に入ってから今まで見たもので一番不自然に思えるのは、やっぱりあの紫の羽根だ。

 だけど、ムスタはあの羽根ひとつだけじゃわからないと言った。


 他に不自然なものといったら、遠征隊救出のときに出たネズミ人間たちもそうだな。今回の調査だとまだ姿を見せてないが。

 マールも言ってたけど、あいつらの身体は胴体が普通なのに手足だけがやたら発達していて、まるでネズミの身体に別の生き物の手足をくっつけたみたいだった。思い返してみても不自然そのものだ。

 ただ、あいつらの体色は紫じゃなかったな。少なくとも、今まで姿を見せたやつらは普通の大ネズミと同じ灰色だった。

 そして、ムスタはネズミ人間をそこまで問題視していないみたいだ。


 皆の顔を見てみたが、それぞれが自分なりに考えているのか、真剣な顔をしながら黙々と食事を進めていた。

 かまどの中の焚き木が燃えるパチパチという音だけがよく聞こえる。


「さーて、どうだ?」


 そんな静かな夕食がひと段落したところで、ムスタが軽く手を叩いた。


「そろそろ思いついたかい? 一人ずつ言ってみてもらおうかな。まずはマール君から」

「うーん。よくわかんないけど、やっぱりさっきの紫の羽根が気になるんだよね」


 ムスタに最初に指さされたマールは、頭をかきながら話し始めた。


「オイラたちの他にも、紫の光を受けた人や動物がいるかもしれない。だから、変な色とか形をした生き物がいないか探したほうがいいんじゃない? 一匹だけじゃわかんなくても、たくさん見つければそこからどんな呪術だったかが予想できるかもしれないし」

「ふむふむ。では次にジオール君」

「わしは、探すべきは術者、すなわち人間がいた痕跡ではないかと思う。それが見つかれば、そこから術者の足取りを追えるかもしれん」

「ほほう。ジオールは自分の目でもそういう痕跡を見分けられるかい?」

「うむ。新たな鉱脈を探して未開の岩山に入るというのは、ドワーフの生業のひとつでの。わしも何度かやっておるのだが」


 ジオールが身をかがめ、足元の小石を指で弾いた。


「人が山を通れば、そこには足跡に折れた枝、払われた土や石が残る。岩肌を覆う均質なはずの砂の厚みが偏り、その色が不自然にゆがむ。目を凝らして鉱脈を探しておれば、そのような痕跡は嫌でも目に入ってくるものよ。隠そうとしても隠しきれるものではない」


 焚き木を拾い上げたジオールが、ふたつに折って火にくべる。


「ムスタが人のいた痕跡がないか気にかけていたのも、そういう理由ではないか?」

「ま、そういう面もあるね。では最後にロン君」


 ムスタが持っていた木のスプーンを俺に向けた。

 まだ考えがまとまってないが、しかたない。


「この周辺はなんとなく不自然だと感じてるんだ。人の手は入ってないようだが、それにしては動物も魔獣も姿を見せないし全体的に静かすぎる。でも、遠くに動物の臭いはするんだよな?」

「ウ」


 俺が見ると、マールの後頭部に顔をうずめていたガウが小さくうなずいた。


「開拓村のほうには普通に動物や魔獣が出るんだし、この地域に特別な何かがあるとは思う。だけど、正直に言って情報が足りない。今俺が考えつくのは、ジオールの言ったとおり人がいた痕跡を探すくらいかな。ただ、相手に飛竜みたいな飛行手段があったとしたら人の移動や補給の痕跡は残らないかもしれない」


 人が乗れて空を飛べる魔獣は飛竜だけではない。有名どころだと羽の生えた馬ペガサスがいるし、野生だと気性の荒いヒポグリフも生まれたころから世話し訓練すれば乗りこなすことが可能だ。

 もっと言えば飛行魔術というのだってある。使いこなせる魔術師はかなり少ないらしいけど。


「探すとしたら儀式の跡のほうかな? 魔獣の襲撃を気にせず複数人が儀式に集中できる空間となると、それなりに大きいはずだ」

「なるほどねえ」


 俺が言葉を切ると、ムスタはうんうんと嬉しそうにうなずいた。


「みんな自分の視点からちゃんと考えてるな。先生は嬉しいぞ」


 なんか楽しそうだなムスタ。ついさっきマールに先生って呼ばれた時は戸惑ってたのに、自分から先生って言いだしてるし。


「さて、それぞれの考え方は間違っちゃいないが、それだけじゃ足りない。んじゃ何を探せばいいかというとー?」


 ムスタはもったいつけるように一拍置いてから、大げさに両肩をすくめた。


「正解は、わからない、だ」

「はあ?」


 ムスタの言葉に全員が脱力し、気の抜けた声を出した。

 これだけ前振りして、わからないときたか。


「なんだよそれ!」


 一呼吸置いてマールが不満げに自分の膝を叩いて身を乗り出すと、ムスタが押しとどめるように両手を前に出した。


「慌てるなって。別にふざけたわけじゃない。現状だと、そう言うしかないんだよ」

「よくわかんないんだけど!」

「お前の気持ちもわかるよ。すごくな。まあ座れって」

「うー……」


 マールは姿勢を戻したが、眉の間にしわが寄っていて不機嫌さを隠そうともしない。


「今回の件、納得のいかないことが多すぎる。呪術の三要素にしたって、術者と媒体の二要素は未だに不明だ。完全にな。これってかなり特殊な例なんだぞ? 普通はもっと大量の証拠がボロボロと出てくるもんだ」

「そんなもんなの?」

「強力な呪術の術者は、激しい怒りや憎しみに取りつかれてる。そんなヤツの行動ってのは、勢いはあるけど後先考えてないの。証拠隠滅なんてことまでやる精神的余裕なんてないし、やったとしてもテキトーなもんさ」


 それは俺も分かる。

 冷静さを失ったヤツは動きが雑になり、戦闘ではそれが大きな隙になる。

 だから、竜騎士は乗る竜が怒りで我を忘れないように気を使わないといけない。それができなければ、竜と乗り手の両方が危険にさらされることになる。

 キュウが怒って先行しようとしたら俺が手綱を引いて止めるし、俺が怒って前に出ようとしてもキュウが鋭く鳴いて止める。

 まあ、キュウも俺もどっちかが傷つかない限りは滅多に怒らないけど。


「ところが、今回はまだ手がかりになりそうなものは見つかってない。術者がよっぽど狡猾なのか、僕が思いもよらない手段を使っているのか? 結論はまだ出せないけど、一筋縄ではいかないってことだけは確かだよ」

「そういえば、けっこう前に青い布を身体に貼り付ける実験をやってたよな。あれで何かわからなかったのか?」

「あー、あれ?」


 以前に実験に付き合わされたのを思い出したので聞いてみたが、ムスタは首を小さく横に振る。


「紫になった皮膚部分から、対象者の魔力が外へと流れ出ているのは分かった。だが、厄介なことに魔力の流れる方向も質も量まで個人ごとに違う」

「普通はそうじゃないのか?」

「ああ。同一の呪術が複数人にかけられた場合、症状はほぼ同じになるはずなんだ。けど今回は、まるで別々の呪術を受けたみたいにバラバラ。あげくのはてに、魔力の流れ方が日によって変わるんだよ。昨日は南に少量で今日は北に大量、みたいにね」


 ムスタが両手の指を互い違いに動かす。


「これだけデタラメな症状だと、汎用的な魔道具での対処は無理でね。形ある媒体が手に入れば対処に使えるかもしれないけどな」

「じゃあ、その媒体を探せばいいの?」

「それも目的のひとつだけど、その媒体がなんなのかも分かってないんだよねえ」

「えー。それじゃお手上げってやつじゃん」

「今はまだ手がかり集めの段階だ。焦っちゃいけない。お前が言ってた、ひとつじゃわかんなくてもたくさん見つければって考え方は間違っちゃいないのさ」


 むくれているマールをなだめるようにムスタが語る。


「今回みたいな真実がわかっていない状態での手がかり集めに先入観は無用、むしろ有害だ。だから僕は、ただ不自然なものがあれば教えてくれとだけ言ったのさ。お前らは僕とは違う視点で物を見てる。僕が見落としたなにかに気づくこともあるかもしれない。見つけたものを教えてくれれば、僕が呪術方向での判断をするから」

「ぬー。わかったような、わかんないような」


 まだ苦い表情のマールを見て、ムスタが小さく笑った。


「難しく考える必要はないよ。お前らの感覚で変だと思うものがあれば言ってくれるだけでいいのさ。マールは動物的な感覚が使えるし、ジオールは土や岩の専門家だろ? ロンは、あー、竜にうるさい」

「なんか俺だけ評価が雑じゃないか?」

「冗談だって。お前の意見も参考になってるよ。さっきロンの言った、術者側に飛行手段があるかもって考えは思いつかなかった。確かに空を移動するなら道中は障害にならないし、手がかりも減りそうだ」


 手元のスープを飲み干したムスタが、鍋に残ったスープをおたまですくう。


「スープ、もうこれだけか。欲しいやつは早く取らないと無くなっちまうぞ」

「あ、オイラ欲しい。ガウの分も」

「俺も少しもらえるかな」

「わしはもう十分だの」


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