第48話 再調査その5 ムスタ先生の呪術講座 説明篇
「うわ、なにその羽根」
マールが気持ち悪そうに身を引きながら、横目で紫の羽根を見る。
他の羽根は、先端が茶色で根元にいくほど色が薄くなっていく自然な色合いをしている。
だが、その一本だけは染料に漬け込んだように色ムラのない不自然な紫一色。
それも、俺たちの身体につけられたのと同じ、薄く光を放っているようにも見えるギラついた紫色だ。
「ちょっと貸してくれ」
「おう」
羽根をムスタに手渡したジオールは、右手の岩を懐にしまってムスタの向かい側に座った。
ムスタは羽根に顔を近づけ、じっくりと観察し始めた。
指で紫の羽毛をかきわけ、角度を変えながら眺め、不意にナイフを取り出して羽根の中央に刃を立てる。
羽根はガリッという硬質な音を立てて二つに切られた。
その断面、羽根の中心を走る軸の部分も芯まで紫色に染まっている。
「この羽根の持ち主っぽいの、たとえば紫の鳥とか魔獣は見かけた?」
「いや、周囲にはいなかった。その羽根はどれも岩の亀裂や隙間に挟まってたものだの」
「んじゃ、近くに人がいた跡もなかった? 足跡とか、鳥をさばいて料理したような血痕とか」
「そういうのも見当たらなかったのう」
「そっか。見たとこ折れたりはしてないし、根元に傷や血もない。ただ自然に抜け落ちた羽根っぽいかな」
ひととおり観察し終えたムスタが上半分になった紫の羽根を指で弾くと、陶器のように乾いた高い音が鳴った。
ムスタが指を離すと、羽根はかまどの熱気を受けてふらふらしながら、ゆっくりと地面に落ちていく。
「普通の羽根に比べて硬質化してるけど、風を受け止める軽さやしなやかさは残ってるみたいだ」
俺は落ちた羽根を拾い上げ、自分の手で確かめた。
確かに硬い。触れた感じは金属に近いけど羽根らしい弾力はあって、軽く曲げてもすぐ元の形に戻る。夕陽にかざすと、先端にある細かい羽毛が光を反射して赤紫色にきらめいた。
紫の光と同じ色という先入観がなければ、きれいで珍しい工芸品に見えたかもしれない。
俺の横からマールが羽根に顔を近づける。
「色は全然違うけど、ヒポグリフの羽根っぽい?」
「確かにそうだな」
マールの言うとおり、色を無視して形や大きさだけを見るならヒポグリフの背に生えた羽根と似ている。
ヒポグリフは前半身がワシで後半身が馬という姿の魔獣だが、体色は元になった生物と同じだ。
翼の部分なら基本は濃い茶色で、そこに黒や灰色が混ざる。たまに黒一色のものも見かける。
だけど、紫色のヒポグリフなんてのは見たことがない。
「この色からして、俺たちが受けた紫の光と無関係ってことはないよな?」
「そうなのかもね」
俺のつぶやきに、ムスタがあいまいに返す。
「なにか思い当たることがあるのかの?」
「おっちゃん、なにか知ってるの?」
ジオールとマールがさらにムスタへ問いかけた。
だがムスタは手元に残した下半分の羽根を見つめたまま難しい顔をしている。
「仮にこの羽根が、僕たちが受けたのと同じ紫の光の影響を受けたものだとしよう。でも、この羽根ひとつだけじゃ、なにがあったかまではわからないよ」
「だが、これはおぬしの言う調査の手がかりになるのではないのか?」
「そうだよ。それにおっちゃん、なにを探すかってはっきり言ってないじゃないかよ。これが違うってのなら、なにを探せばいいのさ」
確かにそうだ。
ムスタはこの調査を始める前、参加者である俺たちに「途中、なにか不自然なものがあれば教えてくれ」とは言っていた。
だが具体的にこういうものを探せとまでは言われていない。
「今回の調査、ムスタが真剣に取り組んでいるのは理解してるつもりだ。けど、もう少し詳しく話してくれてもいいんじゃないか?」
調査することを決めてから今まではずっと準備や移動で慌ただしくて、ムスタに詳細を聞く時間がとれなかった。けど、俺だって気にはなっていたんだ。
今なら問い詰めるいい機会だろう。
「もう今日は移動しないんなら、説明の時間はあるよな?」
「そうだそうだ」
「うむ」
ムスタは羽根を切ったのとは別のナイフで塩漬け肉を刻んでいたが、俺たち全員の視線が集まってるのに気づいて少し身体を引く。
「わかったわかった。みんなしてそんなマジな顔で見つめるなって。ドキドキするだろ。話すからみんないったん落ち着けよ」
湯気の立つ鍋に塩漬け肉と香草を入れたムスタが、皆を鍋の周りに座らせる。
「まず僕の方針として、呪術に関する事柄については僕なりの確信が持てるまで詳しい話をしないようにしてるんだ。今回の件に限らずね」
ムスタは木のおたまで鍋の中身をかき混ぜながら、小さくため息をついた。
「ただでさえ、呪術ってのは誤解を受けやすい。排除すべき邪法と言い切るヤツまでいる。実際、呪術は危険物だ。半端な知識で使えば周囲を巻き込む大事故が起きる。そんなものを人の多いところで詳しく話す気にはなれないよ」
ムスタの言い分も理解はできる。
魔術と違って呪術は多くの人に忌避感を持たれている。使い手が少なく、呪術というものの詳細を知る機会もなかなかない。
強い呪術がもたらす恐怖や病気、苦しんだ末の死などという悲惨な結果ばかりが強調されがちだ。
「さらに言えば、呪術は要素がひとつ加わっただけで結果が大きく変わる。呪術の全容を把握していない状態では突っ込んだ話をしたくなかったってのも説明を控えてた理由のひとつだ。変な先入観を持たれたあげく、それに気を取られて真の原因を見逃したりしたら困るからな」
鍋に顔を向けたままのムスタが、目だけで俺たちを見る。
「お前らは、そもそも呪術のことを詳しく知らないんだよな?」
「まあ、そうだな。俺はほとんど知らないと言っていい」
俺が答え、マールとジオールも首を横に振る。
呪術に対する俺の認識は、術者のムスタが道具を握ってなんか念じたら、なんか効果が出る不思議な術って程度だ。
そこまで言ったらあきれられそうなので黙ってるけど。
「お前らなら分別もあるだろうから呪術の基礎的な部分の説明も含めて話すけど、無意味に言いふらしたりはするなよ?」
「もちろんだ」
「よーし。長くなるけどちゃんと聞くんだぞ? 僕がなにか教えるなんて滅多にないんだから、ありがたーく聞くように」
「はい先生」
「ぶっ」
終わり際は茶化すような口調のムスタだったが、真剣な表情のマールに先生と呼ばれて自分の口元を押さえ顔をそむけた。
「あれ、どうしたのムスタ先生。師匠のほうが良かった?」
「お前に先生とか言われると思ってなかったから驚いただけだよ。まあ好きに呼んでくれていいけどさ」
小さく咳払いしたムスタが、改めて俺たちのほうを見た。その顔は少し赤い。
「まず、あの紫の光が呪術によるものだと仮定しよう」
ムスタが空いている左手で自分を指さし、次にその指を俺たちに向ける。
「被害者は、ここにいた遠征隊の僕らと、開拓村にいたお前らの合計で二百五十人以上。これほどの大人数かつ広範囲へ同時に影響を及ぼすのは相当な大呪術だ」
それはわかる。
ここから開拓村まで、仮に一直線の道が通っていたとしても馬で丸二日以上はかかるぐらいの距離がある。
それだけの範囲に影響を及ぼすものなんて、魔術でも聞いたことがない。
「さて、呪術の対策をするには、その呪術がどんなやり方だったのかを詳しく調べなきゃいけない。具体的には、その呪術を構成する三要素がなんだったのかを知る必要がある」
ムスタが握った左手を前に出した。
「ここで呪術の基礎知識な。呪術を構成する三要素ってのは、それぞれ術者、対象者、媒体と言う」
話に合わせてムスタが指を一本ずつ立てていく。
「質問だよムスタ先生」
興味深そうに聞いていたマールが手を上げた。
「はいマール君」
「その三要素だと、ひょっとして光を受けたオイラたちは対象者になるの?」
「そうだね。今回の件で言うと、呪術の対象者は紫の光を受けた僕たち全員になる」
「術者は呪術を使う人だよね。媒体ってのはなに?」
「媒体とは、術者と対象者を呪術的につなぐものだな。形があるものと、ないものがある。形ある媒体としてよく使われるのは、対象者の肉体の一部。血や髪の毛とか爪の切れ端なんかだ」
ムスタが自分の前髪をはじくと、その細い銀髪がふわりと揺れた。
「他だと、対象者の愛用品や縁ある物とかか。対象者と関わり深い媒体ほど呪術の効果が高まる。そういうのがない場合、魔道具みたいな魔力を持つ物品でも代用できる」
「ふーん。オイラの首飾りみたいなもんかな」
マールが自分の首に下げられた琥珀色の首飾りに指を絡ませた。
マールは、あの獣使いの首飾りを使って使い魔たちと会話や感覚共有をしてるんだよな。ガウとクァオも、この場にいないクーとクォンも全員が同じ首飾りをつけていたはずだ。
術者がマール、対象者が使い魔たち、媒体があの首飾りと見るなら、その構成は呪術っぽくも見える。
あの首飾りは獣使いの里で作り方を学んだって以前マールから聞いたけど、呪術的ななにかが関わってるんだろうか。
「次に、形のない媒体。これは術者が持つ対象者への感情だ。たいていは怒り、憎しみ、ねたみ、殺意っていう負の感情だな。そういう感情を強く集中させることで呪術の力を増幅させるんだ」
「むう」
怒り、憎しみと聞いたジオールが眉をひそめる。
「ただ、感情ってやつはすぐにブレる。媒体としては不安定だ。大規模な呪術は複数の術者が必要になるけど、激しい負の感情を多人数で共有するってのもなかなか難しい。だから、複数の術者で行う呪術はだいたい儀式って形をとる」
「呪術の儀式というと、なんというか、おどろおどろしいのが思い浮かぶのだがのう」
「祭壇を作って生贄をまつりあげ、それに向かって術者たちがひれ伏し呪いの言葉を吐きながら一心不乱に祈る、ってな感じのやつ?」
「うむ、そんなものだの。正直、ああいうのは形式だけで意味はないと思っていたが」
「けっこう効果あるんだぞ。複数人で呪う相手の名前を言い、同じ恨み言を口にして同じ姿勢で祈る。そうすることで感情というあやふやなものを明確にし、術者同士で共有化してるんだ。っと、こっちはそろそろ煮えたか」
ムスタが鍋からおたまを取り出した。鍋の中身はお湯の中に刻まれた肉がほどよく散らばり、薄黄色になっている。
「そういう儀式は絶対に必要ってわけじゃないが、やれば呪術が安定するし効果も高くなる。さあ、お椀を出せお前ら」




