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第47話 再調査その4 岩壁の野営地で

 身支度をしながら横を見ると、そこにいたはずのジオールがいない。


「ジオールは?」

「あっちだよ。さっきから近くの岩とか地面を調べまわってる」


 ナイフの刃を布でふいているムスタが、あごを横に向けた。

 その示す先、だいぶ遠くでジオールが大岩の表面を確かめるように手をついている。

 いつの間にあんな先まで移動したんだろう。全然気が付かなかった。


「ヒゲをそり落として年相応のツラになっても、中身はドワーフのまんまさ」


 つぶやいたムスタがナイフを腰の鞘に戻し、立ち上がってジオールのほうへと歩いていく。

 俺とマールがついていくと、俺たちに気づいたジオールが顔をこっちに向けた。


「お前は相変わらず石と土が大好きだな」

「おうムスタ、もう出るかの?」


 ジオールの手には赤黒い岩の破片が握られていた。彼が手をついていた岩の表面も同じ色をしているようだ。


「ジオールのお……、あんちゃん。なにか見つけたの?」


 マール、おっちゃんって言おうとしたな。

 まあ、今のジオールの若々しい顔を見ておっちゃん呼ばわりはないだろうけど。


「この岩には鉄が含まれてるようでな。ちと見ていたのだ」


 ジオールが手にした岩の破片を指でなでる。その一部が日の光を反射してきらめいた。

 鉄か。開拓村だと不足してるんだよな。

 開拓村の周囲では木材や石材なんかはたくさん採れるんだが、鉄がない。

 一方で、開拓村の人数が増えたことにより金属製品の消耗が早くなっていた。開拓本部からの補給が追い付かなくなりつつあるくらいに。

 もしこの近くで鉄が採れるのなら助かるんだけど。


「この岩、溶かせば鉄になるの?」


 マールが赤黒い岩肌をつつくと、ジオールが首を横に振った。


「なることはなるが、純度が低いからのう。この岩ひとつを加工しても採れる鉄は大した量になるまい。この岩を砕いて開拓村まで持っていく労力とは割に合わんだろうな」

「そんな岩、このへんにはゴロゴロしてるよ」

「ほう。そうなのか」


 ムスタの言葉にジオールの目つきが鋭くなったが、ムスタが手を横に振る。


「だーめ」

「まだ何も言っとらんぞ」

「ちょっと見て回ってもいいか? なんて言うつもりだったんだろ。今回は紫の光の調査で来たんだ、そっちを優先してくれよ」

「むう」

「そんな捨てられた子犬みたいな目で見てもだめだぞ」


 ぷいっと顔をそむけたムスタは、軽やかな足取りで丸石の上を跳ねるように進んでいく。


「しかたないのう」


 ジオールは残念そうに手元の破片を見つめたあと、それを懐にしまった。


「だが、その調査する場所というのはどこになるのだ。まだ遠いのか?」

「もう見えてるよ。あの壁だ」


 ムスタの指さす先、点在する大岩や木々の間に灰色の岩壁が見える。

 山から土がはがれ落ちた岩肌のようで、上部には木々が生い茂っていた。

 障害物が多くてここからでは岩壁の全体を把握できないが、少なくとも高さはけっこうありそうだ。


「あそこか。ちょっとした岩山だの」

「前回の遠征ではあの壁のとこまで行ったんだ。まだそこそこ距離はあるけど、今の調子なら日暮れ前には着けるだろうね」

「では、今夜はそこで野営かの?」

「そうだね。あそこには前に野営した跡もあるはずだし、それを使えれば楽ができる」


 頭の上に両手を乗せたムスタが、散歩のような軽い足取りで先へと歩き始めた。

 俺とマール、ジオールの三人が横に並んでその後に続く。

 最後尾はクァオを肩車したガウだ。ガウが鼻で、クァオが目で周囲を警戒する。


 俺たちはひと固まりになって進んでいったが、周囲は静かで生き物の気配を感じない。

 丸石だらけの河原のような地面の上を歩いていると、踏まれた石が立てるじゃりじゃりという音がやけに響いて聞こえる。


 ちょっと静かすぎるな。

 人の手が入っていない林の中なら、鳥の声ぐらいは聞こえるもんだけど。


「ムスタ。今って魔獣除けの香水は使ってるのか?」

「いや、使ってないよ。移動中に使っても効果が薄いんだ」


 俺が聞くと、ムスタが片手をひらひらと横に振った。


「香水を撒きながら歩いても匂いが拡散するし、風上には届かないからね」

「そうか。けど、それにしては魔獣が出ないな」

「そういやそうだね。前に来たときにはヘビやら山犬なんかが出たんだけどな」


 それからしばらく歩き続けたが、視界には生き物の影は見えず、それらしい物音や鳴き声も聞こえない。

 ガウの鼻によると遠くから動物の臭いはするけど、こっちには近づいてこようとしないらしい。

 結局、目的地である岩壁のふもとにたどり着くまで、動物や魔獣が俺たちの前に姿を見せることはなかった。


「おおー」


 マールが首を上に向け、広大な岩壁を見つめて声をあげる。

 俺も見上げてみたが、なかなかの迫力だ。

 ふもとから見る岩壁は白色に近い灰色で、ほぼ垂直に切り立っており相当な高さがある。頂上部分は日の光にかすんでよく見えない。ところどころには亀裂や凹凸があるが、登るのはさすがに厳しそうだ。

 地上に立って見る自然の壁というのは、大きい。キュウの背に乗って飛べるなら、この程度の壁くらい一瞬なのにな。


「なるほど。これは調べがいがありそうだの」


 ジオールがあごに手を当て、大樽の酒でも見つけたように楽し気な声を出す。


「先に野営の準備するぞー。ジオール、準備が終わったら日暮れまで好きにしていいから先にこっちを手伝ってくれよ」


 視線を戻すと、岩壁にそって横に進んだところでムスタが手招きしていた。

 そっちに行ってみると、地面の上に積まれた石と焦げた枝や灰が残っている。その近くの岩壁の一部はえぐれたようにへこんでいて、十数人が横になれそうな空間があった。

 ここがムスタの言っていた前の遠征時の野営跡みたいだ。


「ジオールはここの足元と寝床の入り口を土魔法で固めてくれるか? 今回は少人数だし、入り口は狭くしたほうがいいな」

「うむ」


 ジオールはすぐに野営跡に踏み込んで地面に手をついた。

 周囲の土が波打ってジオールの手元に集まり、眠る場所を守る防壁に変化し始める。


「早いって。やる気、出しすぎだろ」


 苦笑したムスタは、振り返って周囲を見回した。


「ロンとマールは近くの見回りを頼めるかい」

「ああ、わかった」

「焚き木集めだね。オイラ、木の実とかがあったら一緒に拾ってくる」

「それも必要だけど、人が生活してたような痕跡がないかも調べてほしい。見えた範囲でいいから」

「こんなとこで? オイラたち以外の人間はいないと思うけど」

「今朝、ルスカが言ってたろ? 避難所からいろいろ無くなってたって。物を持っていくような何者かがいると考えて動いたほうがいいだろ。普通の人間か、ロンの言うネズミ人間かまではわからないけどな」

「あー」

「だから頼むよ。調査の一環だと思ってくれ。ひょっとしたら持ち去られた物がこの近くに転がってるかもしれない」


 今回の調査行の提案者であるムスタにそう言われると断れない。

 俺とマールがうなずくと、ムスタは肩や指の関節をほぐすように動かした。


「そんじゃ、そっちは任せたよ。僕は先に魔獣除けの処理をして、その後は食事の準備をしておく」


 俺たちに背を向けたムスタは岩壁に手をつき、そのわずかなでっぱりに指をかけ、するすると岩肌を登っていく。

 ジオールが作った野営地入口の上あたりにまで移動したムスタは、ふとももの小ビンから黒っぽい木の切れ端を取り出し、岩の亀裂に詰め込みはじめた。あれはムスタがよく使ってる、魔獣除けの香水を木切れに染みこませたやつだ。

 あの余裕そうな様子だと、ムスタなら素手でも時間をかければ岩壁の頂上まで登り切ることができるかもしれない。


 野営の準備はムスタとジオールに任せて、俺とマール、それに使い魔ふたりはお互い離れないようにしながら周囲を歩き回った。

 岩壁を背にして右側方面は、今まで歩いてきたのと同じ河原に似た岩場のような地形で、草木は少ない。

 ざっと歩いた限りでは、人がいたような形跡は見当たらなかった。

 岩陰の倒木に茶色いキノコが生えていたが、毒があるかもしれないので採るのは止めておく。


 左側方面は岩が少なく木が多い。見通しも悪くて全体的に薄暗かった。

 これだけ木々が集まってたら森と言ってもいいだろう。

 足を踏み入れてみると、土の地面のあちこちから木の根っこが飛び出していて、木の葉や枝が散らばっている。なかなか歩きづらい。

 俺たちは焚き木になりそうな大きさの乾いた枝を選んで拾い集めつつ、森の中を慎重に進んでいった。


「これもダメだなあ。かじられてる」 


 足元の木の実を拾ったマールの眉がしょんぼりと下がる。

 そのドングリのような実の下側はいびつに削れていた。

 見つかる木の実は殻の硬いものばかりで、その半分くらいは動物や虫の食いかけだった。キイチゴのような柔らかく食べやすそうな木の実は見当たらない。


 そうやって森の中を歩き回るうちに、四人と二体で一晩過ごすには十分すぎるくらいの焚き木が集まった。

 その間も動物たちは姿を見せなかったし、とくに不自然なものも見当たらなかった。ガウやクァオにも意識して見てもらっていたが、人のいた痕跡は見つからなかったようだ。


 森から出る頃には、空が青からオレンジ色に変化していた。もう夕方だ。

 足早に野営地まで戻ると、そこではムスタが一人で食事の準備をしていた。大きな石を積み上げて簡易的なかまどを組み、その上に置いた鍋に水を入れている。


「お。ちょうどよかった。その枝を入れてくれ」

「あいよー」


 マールが持ってきた木の枝をかまどの下につっこみ、ムスタが魔法で生み出した小さな火の玉を投げ入れる。火はすぐに枝に燃え移り、かまどの中が赤く輝きはじめた。

 マールとムスタがかまどの火をいじってる間に軽く周囲を見回してみたが、ジオールの姿が見えない。


「ジオールはいないのか?」

「あいつは寝床の壁を仕上げたらすぐに岩壁を見に行っちまったよ。か弱い僕を置いて行くなんて薄情なやつだ」


 か弱い、のところでムスタが大げさに肩をすくめたが、俺はちょっと反応に困った。普段のムスタならただの冗談だが、今の性転換したムスタだと冗談なのか本気なのか判断がつかない。


「ちょいと火が弱いな。ロンの持ってる枝も入れてくれよ」

「ああ、はいはい」


 幸い、ムスタは固まった俺のことは気にならなかったようだ。

 俺が太めの枝をかまどの中に入れて位置を調整すると、火の勢いが安定する。それを見届けたムスタが顔を上げて俺たちを見た。


「で、なんか見つかった?」

「見た限り、人工物っぽいものは何もなかったな」

「動物も見なかったよ。見つけたのは木の実がちょっとだけだね」


 俺が言い、マールが持っていた布袋に入れていた木の実を取り出す。

 ドングリのほかに、クルミに似た丸い殻の実もいくつかあった。


「それ、煮るとアクが出るやつだろ。味が悪くなるから鍋には入れるなよ」

「わかってるって」

「ウ」


 のそのそと進み出たガウが鍋の近くに腰を下ろし、あぐらをかく。

 木の実をしまったマールがガウのあぐらの上に座り、クァオがマールの膝の上に乗った。マールたちのいつもの定位置だ。

 キュウがいれば俺も膝の上に乗せるとこだが、いないものはしょうがない。俺は一人でマールたちの隣に座る。

 鍋の水が温まり、湯気が立ってきたところでジオールが戻ってきた。


「おう、戻ったぞ」

「おかえり。なんか見つかったかい?」

「うむ。これを見てくれ」


 ジオールが両手にそれぞれ持っていたものを俺たちの前に向ける。

 右手には岩壁に似た白色の岩があった。だいたいリンゴと同じぐらいの大きさで、見た目には普通の岩に見える。

 そして左手には、数本の大きな鳥の羽根が握られていた。茶色と灰色の混ざった、羽根ペンにするには大きすぎるくらいの長い羽根。おそらくはヒポグリフのものだろう。

 だが、その中に一本、先端から根元まで紫色に染められた羽根があった。


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