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第46話 再調査その3 使い魔の想い、俺の想い

「んー」


 マールが視線を背後に向けた。そこではガウがマールを後ろから抱きしめていて、彼の頭上で鼻を鳴らしている。


「ガウは、人間と動物どっちでもいいって言ってる。どっちも良いところと悪いところがあるし、やることは大して変わらない、って」


 ガウの顔を見ると、彼女は黙ったままうなずいた。

 確かに、ガウの行動は動物のときと人間のときであまり変化はない。常にマールや他の使い魔を見守るように動き、周囲のにおいを嗅ぎまわる。危険があれば率先して味方の前に出て、魔獣をそのクマの爪でなぎ倒す。


「クァオは人間の姿になれて嬉しいって言ってる。クォンもね。ふたりはキツネとリスでもともとの身体が小さかったから、人間と同じぐらい大きくなれたのがよかったみたい。クァオはまだ子供の大きさだけど」

「あーい」


 マールの膝の上で寝そべったクァオが同意するように声を上げた。

 毛づくろいを終えたマールがクァオの背中をなでると、彼女は身体を起こしてマールのほうに向き直り、正面から彼に抱きつく。


「あーうぅ、あっこ」


 クァオはまだうまくしゃべれないが、あれは俺でもわかるぞ。マール、抱っこ、だな。


「もう抱きついてるじゃないかよー」


 マールが自分の胸に顔をうずめたクァオの後頭部をなでる。

 クァオはマールに身体を預け、気持ちよさそうに目を閉じた。彼女のキツネしっぽが犬みたいに左右にふりふり揺れはじめる。

 あのクァオの甘えっぷりはキュウに通じるものがある。さらに言えばクァオはまだ幼いのもあってか甘え方に遠慮がない。


 俺と違って、人目に付くところでのマールと使い魔の触れ合いは別に止められていない。

 マールは正騎士ではあるけど成人前の少年だ。そのせいか、ああいう使い魔とのじゃれ合いは仲の良い幼なじみやきょうだいみたいで微笑ましいという扱いになる。

 だが、今のキュウが俺に同じようなことをやろうとすると他の騎士に止められる。

 世の中は不公平だ。


「クォンはもともと人間の生活に興味があったから、今の姿でもっといろいろやってみたいって言ってたね。手が動物のままだから、オイラができることなら手伝うこともあるよ」

「そうなのか」

「キュウにも手伝ってもらったことがあるんだって。クォンが他の人と話して色々教えてもらって、キュウが手を動かすんだってさ」

「そういえば前に二人並んで収穫した作物の選別みたいなのをやってたな」


 キュウには日中、マールの使い魔たちや正騎士の誰かと一緒に行動するようにお願いしてる。

 今の俺の主な任務は兵士を連れての巡回警備や魔獣警戒だ。戦闘の可能性があって危険だからキュウを連れて歩くことはできない。

 他の騎士やマールの使い魔たちとキュウは仲良くしてて、今のところ何か問題が起きたとは聞いてない。とくにユニとは相性がいいみたいで、暇なときはよく一緒に過ごしてるらしい。

 とはいえ、そういう話をキュウの口から直接聞くことはまだできないんだけど。

 単語は少しずつ話せるようになってるが、会話はまだ難しいようだ。


「みんな人間に近くなったことを受け入れてるんだな。ちょっと意外だった」

「オイラも最初は人間の姿になって悲しんでるかと思ってたけど、そうでもないみたいだね」


 動物から人間になったことでの悲しみ、苦しみみたいなことは言われなかったんだろうか。

 あるいは、気を使って言わないでいるのかもしれない。


「まあ、クーは不便だって言ってたけど」

「聞いたよ。今の中途半端の状態より、人間か鳥どちらかの姿に寄せてほしかったって」

「そうそう」

「お前ら、相変わらずお供の話ばっかりしてるな」


 ムスタが俺たちの話に割り込んできた。

 食事は終わってるらしく、気だるそうに脱力して石の上に足を投げ出している。


「マールもロンも、今の変化したお供たちとはうまくやれてるんじゃないかって思うけど?」

「いろいろ考えるんだよ。俺の場合はキュウと直接話すこともできないし」

「僕には、竜の子とお前はずっと会話できてるように見えたけどな。そもそもロンがこの調査に参加するとは思ってなかったよ。そりゃ来てくれれば戦力的に助かるけど、お前はあの竜の子のそばから離れる気はないだろうって考えてた」

「それはまあ俺も離れたくはないし、迷ったさ」

「でも、結局はこっちに来たよな。なんでだ?」


 何気ないムスタの問いかけだったが、俺はすぐに答えられなかった。

 視線を落とすと、自分の着ている竜鱗の鎧が目に入る。

 この鎧に使われている竜の鱗は、キュウの鱗だ。共に生活しているうちにはがれ落ちた鱗。

 今のキュウに、この鱗はない。尻尾もない。翼も、ない。


「俺は紫の光の原因を知りたい」


 キュウの姿を一変させた紫の光。


「なぜキュウが人間の姿にさせられたのかを知りたい」


 今でも思い出せる。

 人の姿に変わったことにショックを受け、不安そうに眉を下げた目。

 夜、夢にうなされて、苦しそうに震えるキュウの顔。

 他の飛竜と、人になった自分の姿を交互に見つめる、寂しそうな瞳。


 空から落ちて死んだ竜騎士の話を聞いて、キュウは初めて泣いた。

 でもキュウはあの話を聞いただけで泣き出したわけじゃない。竜から人に変わった後、ずっと泣きたいのを我慢していて、あのときに限界がきただけだ。

 キュウはあの紫の光を受けた日から、いつも不安そうにしていた。いつ泣きだしてもおかしくなかった。

 あの光がキュウを泣かせた。脅えさせた。悲しませた。苦しませた。


「紫の光のことは、今までずっと後回しにして考えないようにしてた。解決の当てもないしな」


 なんとかしたいとは思ったが、紫の光について大規模に調査する余力はなかった。

 この広大な開拓地を、俺一人で手がかりもなく走り回っても何も見つけることはできないだろう。

 それどころか、周囲のみんなの足を引っ張るだけだ。

 だから俺は、紫の光そのものへの思いを心の中にしまいこんで、ふたをした。

 開拓村の設立と安定、維持のほうに心を向けた。

 それが人間になったキュウを守ることにつながると思って。


「だけど、やっぱり気にはなるんだよ」


 今でこそキュウは落ち着いたが、あのつらそうな顔は今も俺の目の中にちらついている。

 俺とキュウが竜牧場で初めて出会ってから、だいたい二十年近くだ。

 その間、俺たちはずっと一緒に生きてきた。一緒に育ってきた。

 竜騎士になって魔獣と戦うようになって、キュウには何度も命を救われたし、俺だって何度もキュウを助けてきた。

 キュウは俺の無二の相棒ってやつだ。俺の半身と言ってもいい。


 そのキュウが、あの紫の光のせいで一方的に傷つけられた。ひどく傷つけられた。

 あんなつらそうなキュウは見たことがない。

 二十年で一度もだ。


「キュウのことを思うなら、今もそばにいてやるべきなんだろうな。それでもキュウを開拓村に残して調査に参加したのは、俺のわがままだ」


 今回の調査に参加することで、傷ついたキュウに対して俺のほうから離れるような形になってしまった。それはキュウのことを思うなら間違っているのかもしれない。

 だけど。


「この調査で、なにかわかるかもしれないんだろう?」


 行き先が絞り込まれているという今回の調査。

 発案者のムスタはものぐさで腰が重いが、動いたときは何らかの結果を残す優秀な騎士だ。

 そのムスタが自分から、一人ででも調査に行くと言い出したんだ。なにか確証に近いものがあるんだろう。この場所で紫の光に関わるなにかが見つかる可能性は高い。

 それなら。


「それなら俺は、キュウの姿を変えた原因をこの目で調べたい」


 キュウを苦しめた元凶をこの手で突き止めたい。

 そして、もしその原因を見つけることができたなら。

 せめて一撃、槍でも拳でも叩き付けてやりたい。

 そうでもしないと、俺の気が済みそうにない。


「わかった。わーかったよ。そのへんにしてくれ、ロン。そんな思いつめた顔するなって」


 顔を上げると、肩をすくめて両手を広げたムスタが目に入ってきた。


「こんな話を振った僕が悪かった。だから落ち着いて、その顔を元に戻してくれ。そろそろお前の口が裂けて牙が生えてきそうだ」


 おどけたムスタの姿を見て、俺は胸にたまっていた空気を吐きだした。いつの間にか息を止めていたらしい。


「そんな顔してるか?」

「気の弱い女が今のお前の顔を見たら泣き出すぞ。マールだって身構えてるじゃないか」


 隣を見てみると、首を縮めて上目遣いのマールと目が合った。

 彼に抱きしめられたクァオも横目で俺を見ているが、そのキツネ耳は伏せられ、しっぽが地面に垂れ下がっている。

 ふたりの後ろにいたガウが、責めるような半目で俺を見ていた。

 どうやら俺は相当ひどい顔をしてたらしい。

 冷静にならないとな。


「そろそろ出発するぞ。準備しとけよ」


 そう言って、ムスタが手元のナイフを点検しはじめる。

 俺も膝の上に置いておいた食料入りの革袋のひもを腰に結びなおした。


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