第44話 再調査その1 避難所跡にて
それから三日後の早朝。俺とムスタに加えて聖騎士ルスカ、岩騎士ジオール、獣騎士マール、さらに兵士二十名で編成された調査隊は、開拓村から北西に位置する林の中にいた。
マールの使い魔は三体がこっちに同行しているが、リスのクォンだけは連絡役として開拓村に残っている。もちろんキュウも開拓村だ。
俺の背後には、複数の馬車が入れられるくらいの大きさの土山がある。以前、紫の光が降ってきたときに遠征隊が集まっていた避難所だ。
昨日、俺たちはこの中で夜を明かしたのだ。
土壁で半球形に囲われた避難所は前に来た時より荒れていた。
脱出時にジオールが土壁に開けた穴の周囲はボロボロになっていて、触った端から土がこぼれ落ちていくぐらい劣化していた。地面には馬車が通った跡のほかにも動物や魔獣らしい足跡が無数につけられていて、そいつらが何度も出入りしていたらしいことがうかがえる。
ひとまずジオールの土魔法で土壁を固め直し、馬車で持ってきた資材を使って簡易的な門を設置した。ムスタが周囲に魔獣よけの香水をまいたし、しばらくはここを拠点として使えるだろう。
先に出発準備を終えた俺は、見張りとして避難所の入口に陣取っていた。
横にはマールの使い魔、フクロウ老紳士のクーも立っている。
今のクーは肩から先や背中は今まで通りフクロウの翼だが、胴体に黒の袖なしベスト、下半身には黒く無地のスラックスを履いている。黒のベストと首元の白い羽毛の間で、マールが作った獣使いの首飾りが控えめな琥珀色の光を放っていた。
本部から送られてきた服とマクシムの使ってない服を組み合わせたコーディネートで、胸から下を見ればどこかのお屋敷の執事っぽい恰好だ。
さすがに猛禽類のカギ爪に合うような靴はないので、足元はフクロウの素足のままだけど。
「クー、少し聞いてもいいか?」
俺が声をかけると、クーが首をこっちに向けた。
「なんでしょうか?」
今のクーの会話能力はかなり高く、ほとんど人間と同じような会話ができる。
落ち着いた口調に服装も合わさって、以前の蛮族老紳士のイメージはだいぶ薄れた。
まあ首元とかから見える服の下の肉体は相変わらず筋肉ムキムキなんだが。
「紫の光を受けて人間に近い格好になって、感じたことを教えてほしいんだ」
「ふむ、そうですな」
クーは視線をやや上に向け、右の翼をあごの下に置いて考えるような仕草をした。
「率直に申し上げれば、不便ですな」
「不便?」
「はい。私の場合、鳥であったときのように思うまま空を飛ぶようなことはできなくなりました」
「そう、だよな」
「キュウ殿のことを気にされているのですかな?」
「ん……」
言葉に詰まった俺を見て、クーがそっと目を細める。
「誤解なさらぬよう。不便ではありますが、不満はさほどありませぬ。地面に立って生きる人間の視点というのも、私にとってはなかなか新鮮なものなのです。ここしばらくは楽しい日々を過ごしておりますよ。ホッホッホッ」
クーが軽く笑い、豊かな白髭が揺れた。
「同族で協力して建物を作り、畑で作物を育て、夜は寄り添い合って眠る。そういった人間の生活は、空から眺めることで多少なりとも知っていたつもりでした。が、実際にその一員となってみると、知らなかったことの多さに驚かされますな」
「そういうものなのか」
「はい。その上で、この翼が人の指であればと思うことがよくありますな。この翼では物をつかんだり道具を操るということができませぬ。その点では、人の指を持ち人と同じく物に触れられるキュウ殿が少し羨ましくもあります」
「羨ましい?」
「はい。そして、先ほどこの姿が不便と申し上げたのは、そういう意味からです。どうせなら今のような中途半端な姿でなく、もっと人か鳥どちらかの姿に寄せてもらいたかった」
そこまで話して、クーは目を閉じて首を横に振った。
「まあ、この状況の原因が解らないことには、自分の姿の変化について思い悩んでも詮無きこと。皆様がこれから行われる調査の結果を期待することにいたしましょう」
「だけどなあ。いつも心のどこかに引っかかってるんだ。キュウをなんとかしてやれないかって」
「私に言わせれば、ロン様も我が主マールも、我らの身体の変化を気にしすぎておられる」
クーの大きな黒目が正面から俺を見据える。
「自然において、不意の事故で翼折れ地を這い、動けぬまま他の者に食われるということはままあります。それに比べれば、主たちと共にある今の我らの状況がどれだけ恵まれていることか。身体が人の似姿となったことなど大した問題ではありませぬ。それなのに、主である皆様方がいつまでもそのような不安顔をされては、こちらが困ってしまいます」
そこまで言い切ったクーは、息をついて肩の力を抜いた。
「とはいえ、今まで申し上げたのはあくまで私の意見。他の三体の使い魔にもそれぞれ別の想いがありますし、キュウ殿はまたさらに別の考えがあるやもしれませぬ。もっとも、日ごろのキュウ殿の笑顔を見るに、今の姿を嘆いているようには思えませぬが」
「そうかな」
「時間があるときに、他の使い魔の意見も聞かれるとよいでしょう。ガウとクァオはまだうまく言葉を話せませぬが、我が主マールから聞けばよろしいかと」
「そうしてみる。ありがとう」
話が途切れたところで、背後から土と木のこすれる音が響いた。
避難所の門が開かれ、出てきたジオールが俺たちに顔を向ける。
「異常はないかの?」
「ああ。静かなもんだよ。そっちは?」
「やることは終わった。土壁を内側から補強し、保存食を奥に積んでおいたぞ。前の脱出時に運びきれなかった物資も整理し終えておる。だがのう」
ジオールが後ろを見ると、硬い表情のルスカが避難所から出てきた。
「置いてきた物の量が明らかに少なくなってるんだ。泥で汚れた食料や壊れた武器防具をすみっこに置いておいたんだけど、ほとんどが無くなってる」
「食い物なら魔獣に食い荒らされてもおかしくないけど、武器も無いのか?」
「ああ。他にも、馬車の内装とかが引きはがされてる。あの馬車は車軸が折れただけで、中身はそのままのはずだったのにね」
「そいつは妙だな」
少し離れたところからムスタの声がする。そっちを見ると、木々の間を抜けてムスタとマール、それにガウとクァオがこっちへ歩いてくるところだった。
「魔獣よけの仕込みついでに近くを回ってみたけど、人がいたような痕跡は見つからなかったぞ」
「オイラたちも一緒に見たけど、足跡とかはなかったね。残ってた臭いは大ネズミとか魔獣のだけだよ。ガウもクァオも人間がいたような跡は見つけてない」
マールがそう言って使い魔たちのほうを見る。
「ウ」
「あいー」
大きく胸を張って立つクマのガウと、彼女に肩車されたキツネのクァオがそろってうなずいた。
ムスタが近くの木に寄りかかって腕組みをする。
「誰かがいるのかね。僕ら全員に気づかれずに行動できるような凄腕の誰かが」
「ネズミ人間が持っていったのかもしれない」
「そんなバカな」
俺のつぶやきにムスタが反応する。
「僕は実物を見てはいないけど、そのネズミ人間ってのも魔獣だろ? 凶暴とはいえ基本は動物の延長だ。物なんて持って歩けないんじゃないの?」
だが俺は以前、馬車の上でネズミ人間に襲撃されたときのことを思い出していた。
「あいつらに俺の槍をつかまれたことがある。少なくとも物を持つことはできるはずだ。腕力もけっこう強かったぞ」
「でも、だからってネズミが食い物でもない道具類を持っていく理由があるか? 使い方もわからないだろうに。まさか、あいつらには知能があるって言いたいのか?」
「そうかもしれない。集団で避難所を囲んで、狩りの真似事みたいな行動もしてたしな」
「あのときは肝が冷えたね」
ネズミ人間に囲まれていた当事者のルスカが肩をすくめる。
「さて、どうするムスタ? ここから別行動の予定だったけど、不安要素が出てきた以上は引き返すのもありだと思うよ?」
ルスカが提案し、全員の視線がこの調査の発案者であるムスタに集まる。
「少しだけ考えさせてくれよ」
ムスタが自分の額に指を当てて目を閉じた。
そう。予定ではこの避難所を拠点として整備し終えたら、兵士たちとルスカ、クーは開拓村に引き返す予定だった。
今回の調査は、魔獣の討伐が進んでいないこの森林地帯を少人数で強行する形になる。途中ではぐれた者を探す余裕はない。
だから、はぐれた者は一人でこの避難所や開拓村まで戻らなければならない。
そのため、この先を調査する人員は単独でこの森林地帯を生き延びられる者たちだけにすると事前に決めていた。
実際に調査するのはムスタに俺、ジオール、マールの四人とガウにクァオの二体だ。
ルスカやクーも実力的には一人でこの森林地帯を脱出できるだろうけど、彼らは兵士たちを連れて開拓村まで戻ってもらうことになっている。
あまり戦力を分散させないようにするためだ。
今、開拓村に残った正騎士の中である程度安定して戦えるのはマクシムとカエデぐらい。その二人にしても紫の光のせいで本来の力が出せる状態じゃない。
「いや、調査はやる。今を逃したら、次はいつ動けるかわからない」
目を開いたムスタが、俺たち調査の参加者を見回す。
「引き返したいやつがいるなら、それでも構わないよ? 僕一人でも調査はやると最初から言ってるしね」
「オイラは行くよ」
「ウ!」
「いうー!」
マールが即答し、使い魔の二体が続いて声を上げる。
ジオールと俺も無言でうなずいた。
ムスタは少し顔を緩めてから、それをごまかすように咳払いした。
「頼もしいねえ。よし、そんじゃ行こうか。ルスカ、兵士たちは任せたよ」
「ああ。そっちも気を付けて」
ルスカが胸に手を当てて祈りの姿勢を取る。
「そんじゃクー、またね」
「はい。ご無理はなさいませぬよう」
マールが手を振り、クーがわずかに頭を下げて応える。その視線が俺のほうにも向けられた。
「ロン様もどうかご無事で。キュウ殿のためにも」
「ああ」




