第43話 ムスタの主張
「どうしたらいいのじゃ……」
俺が考え込んでいると、リアラが消え入りそうな声でつぶやいた。
耳をふさがれたままのキュウが、リアラを不思議そうに見上げてる。
「いや、どうしようもないんじゃないか? 本人に聞くわけにもいかないだろ」
「ぬ、うむ、それはそうなのじゃが」
「実害がないのなら、触れてやらないほうがいいと思うよ? 別に言いふらすようなことでもないし」
「まあ、そうじゃけども」
「リアラ、冷静になれてないだろ? 顔が真っ赤だぞ。ひとまず部屋に戻って落ち着いたほうがいい」
「むうう」
口をへの字に曲げたリアラは、キュウの耳から手を放してうつむきがちに歩き出した。
除草剤のことがうやむやになってしまったけど、まあ仕方ないんじゃないかな。大至急必要ってわけでもないし。
それよりも俺はムスタの息子様が無くなったっていうことのほうが気になった。
毎日、朝から翌朝まで股間が痛み続けるってのは、男である俺としては想像するだけできついものがある。どんな手段を使っても解決したいという気持ちは分からないわけじゃない。
でもなあ。
まさか自分の股間のアレを無くすとは。
なんか新しいトラブルが生まれなきゃいいんだけど。
結局その日は会議の告知だけされて終わったが、翌朝に兵舎内の会議室に正騎士の九名とキュウや使い魔たちがそろったところで。
「僕は紫の光の原因についての野外調査実施を提案する!」
立ち上がったムスタが会議室の机に両手をつき、身を乗り出してそう言った。
歯を食いしばった必死の形相というやつで、その場の全員に緊張が走る。
俺の膝の上にいるキュウもちょっとびっくりしてのけぞり、俺の胸に後頭部をぶつけた。
「おいおい、落ち着けって」
なだめようと俺が声をかけると、ムスタは信じられないとでも言いたげに首を横に振る。
「これが落ち着いていられるかっての。むしろ、お前らはなんでそこまで冷静でいられるんだ? この場にいる全員、あの紫の光の被害者だろ? 僕はつらいぞ。この苦しみが頭から離れたことはない」
そう言ってムスタが正騎士たちの顔を見回した。誰もが口を結び、沈んだ表情をしている。
「いつも僕より早起きだった息子様が、あの日から毎朝ぐったりしてて顔色が紫なんだ」
黙って見てたら、ムスタがなんか反応に困る内容を語りだした。
「夜中にトイレへ行ったらランプの油が切れてて、唯一の光源が僕の息子様だった時もあった! 暗闇の中で股下から紫色に照らされたときの僕の気持ちがわかるかい?」
ムスタの口調がだんだん感情的になっていく。だいぶストレスがたまってるらしい。
「百歳以上年下の小娘に「むらさきちんちーん」って言われた僕の心の傷の深さがわかるのか!? あの時の感情、なんて表現したらいいんだ!」
「ぶっふぉあ!」
「おいマクシム、ここ笑うところじゃないから!」
大きく噴き出した盾騎士マクシムをムスタがにらみつける。マクシムは口を押えたけど、笑いをこらえきれなくて肩が震えていた。
机の反対側で術騎士ユニがほっぺをふくらませている。
「あたし悪くないもーん。アホの子って言われたから言い返しただけだもーん」
なるほど、ムスタに言ったのはユニか。
悪口の内容はどっちもどっちな気がするけど、ムスタのほうに同情してしまうのは俺が男だからだろうか。
「調査か。また急な話だね」
場の空気が少し緩んだところで、聖騎士ルスカが口を開いた。ムスタが勢いよくルスカのほうをを向く。
「そんなことはないだろ? あの紫の光が降ってきてから何日たったと思ってるんだよ」
「正確な日付は記録を見ないとわからないけど、七十日から八十日くらいかな」
「だよね? もうそれだけの時間が経ってる。遅いぐらいだ」
まあ、調査が遅くなっているというのは確かにムスタの言う通りだ。
紫の光の原因を探るための野外調査は、ずっと後回しにされていた。
理由はいくつかあるが、一番大きなのは人手不足だ。
遠征隊と合流した直後はケガ人の治療や安全確保で手いっぱいだった。援軍の受け入れ後は開拓民第一陣の受け入れ準備のため村の土台作りを優先した。
「でも、調査をするだけの余力が無かったのはムスタだって分かってるだろう?」
「知ってるよ。僕だって見てきてるんだ。この前の開拓民の受け入れは大変だったよな」
ムスタの言葉にみんながうなずく。
そう。開拓民の受け入れ後なら少しは余裕ができると思っていたが、実際はそうでもなかった。
これまで共に行動していた兵士や補給隊に援軍の所属人員は、開拓騎士団所属の兵士たちだ。
彼らは事前に開拓本部で開拓に必要な体力づくりや集団行動の訓練を受けているし、組織上の上官である俺たち正騎士の指示に部下として従ってくれる。
だが、この前に来た開拓民は違う。ほとんどは兵士の経験がない一般人だ。
特別な訓練は受けていないし、騎士団内で使っていた合図やルールも知らない。
たとえば、見張り台の兵士が鳴らすラッパ。起床や昼食の合図と、魔獣の襲撃時の合図ではどう違うのか知らないし、襲撃があったときの避難先や移動経路、迎撃の手順だって知らない。
そういうのを最初から説明したり、分かりづらい部分なんかを修正したりしないといけない。そういった作業にずいぶん手間を取られていた。
事前に防壁や空堀を作っておいて助かった。あれがないと村内の安全が確保できなくて説明とかの時間がとれず、もっと大変だっただろう。
「この前にあった本部からの連絡だと、次に来る開拓民は少なくとも百五十人以上だっけ?」
「そうだったね。もう少し増えるかもしれないとも書いてあった」
「人だけでなく、動物も来るんですよね」
剣騎士カエデの言うとおり、次に来る開拓民の第二陣にはヒツジ、ヤギ、ニワトリなどの家畜も一緒に来る予定だ。
それらが開拓村に定着すれば、今後の食事にはヒツジにヤギの乳とかチーズなどの乳製品、ニワトリの卵なども出せるだろう。いずれは羊毛なんかも採れるようになるはずだ。
でも当然、その家畜の管理という仕事が増える。エサや家畜小屋、放牧場とかも増やさないといけない。村の警備範囲もあわせて広がる。仕事はどんどこ増えるのだ。
「やることいっぱいー」
「きっついねえ」
「もうちょっと時間の余裕があればなあ」
みんなの会話内容がだんだんグチっぽくなってきた。
「考え方を変えてくれよ。調査で外に出るなら、第二陣の連中が到着する前である今しかない」
ムスタの発言に全員が注目する。
「大変だったとはいえ、ひとまず今回の開拓民受け入れはひと段落したし、次の開拓民が来るまでまだ時間があるよな。今なら、少しは動ける」
何人かが控えめにうなずいた。
確かに、開拓民もここの生活に少しずつ慣れてきている。騎士や兵士がよく巡回しているのもあってか、村に住む者同士のもめ事も起きてはいない。
一応は落ち着いていると言っていいだろう。
「大人数を村の外に出すのは厳しいってのも分かってる。だから調査の参加者もごく少数だ。最悪、僕一人でも構わない」
一人で、のところで会議室が少しざわついた。
「調査する行き先はだいぶ狭い範囲にまで絞り込んであるんだ。単独でもなんとかなる。たとえこの場で否決されても、僕は調査に行くよ」
「だからって、一人じゃ危ないぞお。前は痛みで動けないとか言ってたじゃないかあ。そんなんで魔獣のいる村の外に出かけられるのかあ?」
「おっ?」
マクシムに言われてムスタが言葉に詰まったが、一拍置いてから慌てたように手を横に振る。
「お、おう! そりゃ、あれだよ、対処したからな! 今は痛くもかゆくもないぞ!」
「おお、そうなのか。すげえなあ」
「相当特殊な手法で、無かったことにしたんだ」
無かったことかあ。確かに昨日のリアラの証言では股間ごと無かったことになっていたようだが。
リアラのほうを見ると、彼女が下を向いて口をもにょもにょ動かしてるのが見えた。気にしてることは気にしてるけど、わざわざなにか言うつもりではなさそうだ。まあ言っても場が混乱するだけだろうし、俺も黙ってるのが正解だろう。
「でも、僕が自分に使った方法は一時的なもので悪影響もでかいし、なにより僕自身にしか効果がない。調査の主目的は紫の光の原因を探ることだけど、紫の光のせいで起きた不調を緩和したり治療する方法の手がかりも探すつもりだ」
顔を引き締めたムスタが改めて全員を見回す。
「で、どうなんだ。調査に同行してくれるやつはいるかい? 誰も行きたくないって言うなら、それでもいい」
すぐには誰も答えられず、それぞれが黙り込んで考え始めた。
俺も、即答することはできなかった。
正直なところ、あの紫の光の原因を探りたい気持ちはある。
紫の光による不調は今でこそ安定していているけど、今後どんな変化があるかわからない。それはキュウだけでなく紫の光を受けた全員に言えることだ。
調べられることがあるなら、調べておくべきなんだろう。
だが、調査となったら開拓村の外で何日も行動することになる。今のキュウを魔獣の出る外に連れていくわけにはいかない。
迷っている俺の腕が、ぺしぺしと叩かれた。
「ん?」
下を見ると、俺を見上げているキュウと目が合う。
「キュウはどう思う?」
そう言ってから、キュウがまだうまくしゃべれないのを思い出した。どうもうまく頭が回っていない。
キュウは俺の顔を見つめていたが、やがて目をそらして俺の膝から降り、イスに座る俺のわき腹をつついた。
俺が立ち上がると、キュウは俺の背中に自分の頭をぶつけ、ぐりぐりと押し付けてくる。
「キュゥア」
キュウがしっかりと一声鳴く。俺を元気づけるように。
これはキュウが竜の姿だったときにもやってきた仕草だ。
俺が迷っているとき、俺の背中に首を向けて頭を押し付け、文字通り背中を押してくれる。「やりたいようにやっていいよ」っていう合図だ。
俺が背中に手を回すと、指先が軽くなめられる感触があった。
「その調査、俺も参加していいか」
俺が聞くと、ムスタは一瞬びっくりした顔をしてから、ニヤリと笑ってうなずいた。




