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第41話 じょそうざい

 こっちが驚くくらいの大声を上げるムスタ。リアラがその音量に耐えられず自分の両耳を押さえた。


「なんじゃなんじゃ、素っとん狂な声を上げて。おぬしらしくないのじゃ」

「いや、だって、女装罪とか」


 除草剤の発音がちょっとおかしい気がする。

 キュウやマールの使い魔たちとの発声練習につきあってて過敏になってるのかもしれないけど。


「そ、そんなもの、必要なの? そもそも存在するの?」

「存在って、そりゃあるじゃろ。この開拓村には今まで無かったがの」

「必要なんじゃないかって意見が増えてるそうだ。ぜひ欲しいってさ」

「なに言ってんだよ。そんな、突然」


 ムスタが明らかに挙動不審になっている。俺たちから顔をそむけ、キョロキョロと部屋のあちこちを見回し始めた。

 リアラはムスタの視線の先を追おうとしてるけど、紫の光を受けてるリアラの眼ではきついんじゃないだろうか。


「だって、そんなの、使うべき状況が限られすぎだぞ。今まで女装罪がなくても問題なかったんだろ? なんでわざわざそんなの作るの。他にも作らなきゃいけないものはいっぱいあるんだし、なきゃダメだってわけでもないよな?」

「必要なんじゃよ、遺憾ながらの」

「遺憾って、それだけかよ。だいたいリアラ。サラっと女装罪とか言ってるけど、その前にリアラは一人のエルフとして女装をどう考えてるんだ?」


 両手を横に広げたムスタが、早口でリアラに問いかける。

 エルフとして除草をどう考えているか、か。俺も似たようなことを聞いたけど、やっぱりムスタもエルフは草花を大事にするってイメージがあるのかな。


「む。みな同じような質問をするのう。そりゃ個人的には思うところはあるのじゃが、必要なのじゃから仕方あるまい」

「えっ、必要なら女装しても問題ないってこと?」

「もちろん節度を守った上での話じゃぞ? 除草そのものを頭ごなしに否定はせぬ。エルフをなんだと思っておるのじゃ」

「いやむしろ、なんとも思ってなかったというか、思いもよらないところから衝撃の事実を突きつけられたというか。そっか、エルフ的には必要なら女装はアリってことなのか。文化の違いってあるんだな……」


 下を向いて頭を横に振ったムスタが、目だけをリアラに向けた。


「でもそれなら、なんで女装罪を作るって話になったんだ?」

「除草剤については、多くの兵士や開拓民たちからぜひ欲しいとの意見を受けておるのじゃ。ジオールも必要だと言っておったぞ」

「ジオールがかよ。石と土にしか興味なさそうなあいつがわざわざ言うなんて、なにか事件でもあったのか?」

「事件というほどのものはないが、村の外周の防壁に影響があるとのことじゃ。次また防壁に手を付ける時までに除草剤を使えるようにしてほしいと言っておる」

「あー? 防壁に女装罪?」


 そこまで言って、ムスタが自分の口元を押さえた。


「まさか、防壁の近くで女装してるやつがいるのか? 防壁のせいで物陰が増えたのは確かだけど、野外だぞ? 勇気あるな」

「そりゃ屋内なら除草剤は必要ないじゃろ。除草剤を使うのは野外じゃ」

「あ。そうだな。そうだよな。女装罪は野外限定だよな」


 ムスタは少し安心したように表情を緩めたが。


「まったく、なにをそんなに気にしておるのかわからんのじゃ」

「確かにな。除草なんてムスタも少し前にやってたじゃないか」

「っ!?」


 俺の言葉にムスタが絶句する。


「ほう、ムスタが除草しておったのか。意外じゃな」

「ロ、ロン。お前、まさか、見てたの?」

「まあ偶然だけどな。たまたま巡回中に通りがかったら見えたよ」

「そんな、バカな。僕の幻術は、完璧、だった、はずなのに……」


 絞り出すようなムスタの声。その肩が震えはじめている。

 あれ、俺なにかまずいこと言ったか?


「どうじゃ、やってみるとそれなりに手間がかかって大変じゃろ?」

「ち、違う! 違うんだ!」

「む? 違うもなにも、除草といったら」

「やめろ! いいか、女装ってのは、男がやるから女装なんだ! あのとき僕がやってたのは、そう、あれだ、正装だ! 盛装と言ってもいい!」

「んん? 言葉が食い違っておる気もするのじゃが、そもそも除草も清掃も似たようなものではないか?」

「いや違うだろ! 大違いだから!」


 取り乱しまくって両腕をばたばた振り回すムスタを見てると、なんだかかわいそうになってきた。よくわからないが俺の発言がきっかけっぽいし、止めておくか。


「あー、リアラ。この話題はいったん止めないか。別に除草と清掃の違いは問題じゃないだろ?」

「む、まあそれもそうじゃの」


 エルフほどでないにしろ、長命な種族インプであるムスタの価値観は古いところがある。

 容姿端麗な美青年を自称するムスタにとって、地面にしゃがみこんで草を手で一本ずつ抜いてる姿を見られるのは格好悪いなんて思っているのかもしれない。


「ふー。ふー。ああもう」


 ムスタはしばらく顔を両手で隠すようにしてたが、やがて呼吸が整ったのか、指の間から俺のほうを見た。


「で? ロンはどう考えてるんだ?」

「除草剤のことか? 俺も賛成したよ」

「キュ」


 俺の言葉に同意するようにキュウが鳴き声を上げた。横でリアラもうなずいている。


「キュウのこともあるし反対されるかとも思ったのじゃが、賛成してくれたのじゃ。のう?」

「ああ。さっきリアラから話を聞いたけど、いろいろな人が必要としてるってことは理解したし、仕方ないかなと思う」

「お前もかよ。というか、えっと、女装にその竜の子が関係すんの?」

「そりゃ除草じゃからの。キュウの好物が減ってしまうのなら、ロンが絶対反対するじゃろう? 今は構わないということで納得してもらったのじゃが」

「好物って、いや、そうか。そうなのか。なんてこった」


 ムスタは椅子の背もたれに寄りかかって脱力し上を向くと、大きくため息をついた。

 そんな深刻な反応をするとこだろうか。


「僕にはそこまで考えが及ばなかった。その竜の子、まさかそういうのが好きだったのか。それで、ロンはその子の要求に応えてるんだな」

「んー? まあ、キュウの望むことなら、やれることは全部やるつもりだけど」

「こやつにはいつものことじゃ」

「そう、か。そこまでやるか」


 ゆっくりと姿勢を戻したムスタが、まっすぐ俺を見た。


「僕にはそんな理由で女装なんてできないだろう。仮に惚れた女から要求されたとしてもな。まして、そんなふうに堂々と宣言するなんて僕には無理だ。ロン、お前はすごいよ」


 真剣な表情のムスタから、なんか尊敬というか諦めというか、不思議な視線を向けられる。その顔を直視できなくてリアラのほうを向いたら、リアラもこっちを見てた。


「なあリアラ、なにか変じゃないか?」

「んー、どうも話がかみ合ってないように思えるんじゃが」

「俺もそんな気がしてる」

「キュウ」


 横で手を一回叩く音がした。キュウもそう思ってるらしい。


「なあムスタ。改めて言うけど、俺たちが言ってるのは除草剤のことだぞ? 草とか地面にふりかける、液体とか粉とかの薬だ。なにか勘違いしてないか?」

「ん? 薬?」


 目を丸くしたムスタは、何回かザイ、ザイとつぶやいたあと、なにかに気づいたように目と口を大きく開けて自分の膝を叩いた。


「あー! あーあー、それね! その女装ザイの、ザイって、薬って意味の剤のほうね?」

「そりゃそうだ」

「ああ、なるほど。そっかそっか。そりゃそうだよな。いや、びっくりしたよ。てっきり、犯罪のほうのザイかと思った」

「いやいや、そんなわけないじゃろう」

「そうだよなー。そんなわけないよな! あはははははは、は?」


 ムスタは一人で笑っていたが、唐突に真顔になる。


「いやでも、それはそれでおかしくないか? なんで女装剤ってのが必要になるんだよ」


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