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第40話 ちょっとした新問題

 持っていた布でキュウの手をふいていると、ケトルを持ったリアラがやってきた。お湯が入ってるみたいで、ケトルの注ぎ口から湯気が出ている。


「待たせたのう。今開けるのじゃ」


 彼女が扉の鍵を開け、俺たちを部屋に招き入れる。


「茶を淹れるゆえ、座るがよいぞ」


 リアラが戸棚から茶葉入れやカップ、ポットなどの入ったお茶セットを取り出し、カップを俺たちの前に置いていく。


「マクシムからどれくらい話を聞いてるかの?」

「顔を出してくれって言われただけで、詳しいことはなにも聞いてないよ」

「ふむ、では最初から話すのじゃ。用件はふたつあってのう。ひとつ目は、除草剤の作成や使用についておぬしの了承を得たかったのじゃ」

「俺にか?」


 お茶を用意する手を止めたリアラが俺の顔を見た。紫の光を受けて変色した彼女の瞳が、不規則に揺らめいている。


「ここの正騎士の中で一番強く反対するとしたら、おぬしじゃからの。キュウが飛竜の姿であれば、主な食事は牧草や干し草じゃろ?」

「ああ、そういうことか」


 確かにキュウが飛竜のままの状態で除草剤のことを言われたなら、俺は否定から入ったかもしれない。

 飛竜はその手の薬の臭いにけっこう敏感で、薬が直接かかっていない干し草でも臭いがついていたら食べたがらないことが多い。

 それでなくても、除草剤を使うってことはエサになりうる草地が減るってことだからな。


「なあキュウ。今、草って食べたいか?」


 そう言って隣を見ると、キュウは上目遣いに俺を見ながら首を横に振った。


「いああい」

「いらない、か?」

「キュ」

「そっか。今のキュウの食べ物は人間と同じだしなぁ」


 紫の光のせいで飛竜から人の身体に変化した今のキュウは、食べ物も人間と同じになった。たまに思い出したように干し草をつまんでかみついてるけど、その時はしばらく口の中で草をもぐもぐしてから、残念そうな顔をして吐き出す。

 この紫の光の元凶と思われている毒水晶の悪影響は、自然治癒するまでに数年はかかると聞いてる。これから少しずつ治っていくうちに干し草を食べたがるようになるかもしれないが、今すぐの話じゃないだろう。


「キュウのことは置いておくにしても、ある程度の牧草地は残すんだよな? 馬だってたくさんいるんだし」

「もちろんじゃ。除草剤を使うのは必要なところだけじゃよ。無意味にばらまいたりはせぬ」

「というか、リアラ自身はいいのか? 森の民エルフは除草剤なんて忌み嫌うと思ってたけど」

「ん? まあ個人的に思うところがないわけではないのじゃが、エルフたちが暮らす村でも薬草や茶の栽培のために周囲の草を刈ったりしておるし、草を枯らす除草剤を扱うことが禁じられているというわけでもないのじゃ」


 それから、リアラの淹れたお茶を飲みながら詳しい話を聞かされた。

 草木と共に生きる森の民エルフのイメージがあるからか、リアラのところには草花についての相談がけっこうくるみたいだ。


 今回の除草剤に関する相談内容としては、まず雑草が思った以上に開拓や建築の邪魔になっていること。雑草の中には抜いた次の日に芽を出してるものもあって、ちょっと手入れをした程度の土地は数日もすれば草原に逆戻りだ。

 そして村の外周部の防壁。前にユニの破壊魔法でざっくり掘った土が防壁の材料だが、そこには掘った時の草が大量に混ざっている。防壁は土魔法を使って固められているが、その中に混ざった草が腐ることで土魔法の効果が弱まり防壁の強度を下げるらしい。いずれ防壁を作り直す必要があるけど、その前にあらかじめ外周部の草を取り除いておきたいそうだ。

 また、開拓村の周囲でレンガや焼き物などに使えそうな土がないかドワーフの岩騎士ジオールを中心に探してもらってるのだが、道中から候補地までずっと草まみれなので、そのへんの草刈り労力軽減のためにも除草剤が欲しいと要望が出ているとか。


「ずいぶん困ってるんだな。そういうことなら俺も賛成するよ。そんなに必要な人がいるんじゃ仕方ない」

「うむ。わかってもらえたようで何よりじゃ」


 説明し終えたリアラが、壁に並んだ薬棚の中からいくつかの草や粉末の入った薬ビンを取り出している。


「で、もうひとつの用件ってのは?」

「大したことではない。これからムスタに除草剤のことを話しに行くのじゃが、それに同席してほしいのじゃ」


 ここで陰騎士ムスタの名前が出るとは思ってなかった。ムスタも薬づくりに関わってはいるけど、あくまで手伝いで本来の得意分野は呪術だったはずだ。


「なんでまたムスタに」

「除草剤自体はわらわでも作れるが、ここの草は生命力が強く既存のものでは効果が出ぬ。薬効を強くすることはできるのじゃが、あまり強くすれば近くの作物はおろか人体にまで影響が出かねん」

「そこまで行くと危ないな」

「うむ。まさに毒物じゃ。そこで、除草剤にムスタの呪術を組み合わせて、特定の草だけを枯らすような薬を作れないかと思っての」

「呪術ってそんなこともできるのか。だけど、俺は薬も呪術も詳しくないというか、ほとんど知らないぞ? 一緒に行ってもなにもできなさそうだけど」

「細かい話はわらわがするのじゃ。あやつは、わらわやユニが相手だと冗談が過ぎて話がなかなか進まんのじゃよ。それに、反対しそうなおぬしが横で賛成してくれるだけでも話が早くなろう」

「まあ話を聞くくらいならいいけどさ。いつもキュウを見てもらってるし」

「うむ。助かるのじゃ。さっそく行こうぞ」


 薬ビンをカバンにいれたリアラが、テーブルに残ったお茶セットを手早く片付ける。


「キュウも来るか?」

「あい」


 うなずいたキュウの頭をひとなでしてから、俺たちはリアラの部屋を出た。向かう先は兵舎の中にあるムスタの部屋だ。視力の落ちたリアラの手をキュウが引いて歩き、俺はその後ろをついていく。

 空はきれいに晴れていて、少し東風が吹いている。キュウが飛竜だったら絶好の飛行びよりなんだけどな。


 のどかな空気の開拓村を三人で歩き、兵舎の中へ入る。警備中の兵士の横を通ってムスタの部屋まで来ると、リアラが扉をノックした。


「誰だい?」


 中からムスタの声が聞こえてきた。前までは紫の光の痛みもあってか常にだるそうな声だったが、最近はわりと調子が戻ってきている。


「わらわとロンとキュウじゃ。少し話があるのじゃが、時間はあるかの?」

「ああ。扉は開いてるから入ってきなよ」


 俺たち三人が部屋の中に入ると、ムスタが窓の近くに干された青い布をいじってるのが見えた。その長い銀髪と黒い羊のような巻き角が、窓から入る日の光を受けてきらめいている。

 前にこの部屋で紫の光について調べるための実験に付き合わされたことがあった。あの試薬に染められた青色の布はその時の実験に使ってたやつだが、干された布の数はずいぶん増えている。

 結論は出てないって聞いたけど、今も実験を続けてるんだな。


「珍しいな、お前ら二人で用事だなんて。いや、三人か。おばあちゃんとお兄ちゃんがその竜の子になにかねだられたかい?」

「相変わらず一言多いのじゃ。ここしばらくは大人しくなっておったというのにのう」

「いつまでも沈んじゃいられないさ」


 軽口を叩くムスタが机について、俺たちも彼の前に座る。

 リアラがカバンから薬ビンを取り出して机の上に並べ始めた。


「で、どうしたの。改まっちゃって」

「除草剤が必要なんだってさ」

「えっ」

「除草剤じゃよ」


 リアラが言うと、それまで余裕を見せていたムスタの顔が引きつった。


「女装罪ィイ!?」


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