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第38話 村の輪郭が見える

 そこまで言ったユニが、黙ってしまった。

 彼女は目を閉じ、しばらくうなっていたが、なかなか答えが返ってこない。

 俺が待っていると、ユニの腕から力が抜けて草の上に落ち、その呼吸音が大きくなる。


「すー……、ふしゅー……」


 いやいや。ちょっと。

 もしかして寝息かこれ。


「おいおい、寝るなって」

「むー」


 俺に揺すられて目を開けたユニは、不機嫌そうに顔をそらした。


「考えたら眠っちゃうのー。なにを聞かれたか忘れちゃったけど、今の質問は眠っちゃうからダメ。次は簡単な話題でお願いねー」


 なんか納得のいかないことを言われた。俺の研究はそんなに考え込むくらい難しいんだろうか。


「まあ、いいけどさ。簡単な話題ねえ」


 俺は少し考えたが、これっていう話のネタが思い浮かばない。


「あ、見たことない虫ー」


 何を話すか考えていたら、ユニが立ち上がって草むらを見つめだした。

 さっきまでは草の上に座ったまま足をパタパタ動かしてたし、その行動はまるで子供だ。


「羽、大きいなー。でも甲殻はないのね、残念」

「甲殻がある虫を探してるのか?」

「うん。甲殻って魔道具の素材になりやすいの」

「素材か。だけど虫から採れる量ってかなり少ないんじゃないか?」

「一匹だけならねー。でも少ないなりの使い方があるの。他の素材とくっつけて魔力の通り道にしたりー、土台のひび割れにはりつけて魔力もれを防いだり。あと甲殻とか抜け殻とかを砕いて加工すれば、魔道具用の塗料になったりするんだよー。他にもねー」


 それからユニと休憩しつつ、いろいろなことを話した。

 魔道具の素材の話の他にも、好きな食べ物、この開拓地に来る途中の話、人になったキュウと散歩したり昼寝した話など。

 というかキュウと一緒に昼寝してたのか。いつの間に。


 紫の光を受ける前のユニと俺は、接点があまりなかった。

 警備や偵察など拠点外での行動が多い俺と、魔道具作成のため建物にこもりがちになるユニでは顔を合わせること自体が少ない。

 たまに会っても、そのころのユニは必要なこと以外話さないので会話がまったく続かなかった。


 それが今ではユニのほうが話をしたがってるし、反応やそこから受ける印象は今までの学者気質とは真逆だ。ある意味、紫の光による変化が一番大きいのは彼女かもしれない。


 話が途切れたところで、ユニが立ち上がって背伸びした。


「んー。十分休んだし、そろそろ二発目いっとくー?」

「魔力は回復したのか?」

「それなりー」


 それなりって、どれくらいなんだろう。

 まあ土をえぐり飛ばして堀を作れる威力の魔法なんだし、この短時間で全快するとは思ってないが。


「次ってあっちに撃てばいいんだよね」


 ユニが、さっき魔法を撃ったのとは逆方向を指さしている。そっちにも目印になる木の棒が立てられていて、風を受けてかすかに震えていた。


「ちょっと待って」


 俺はユニを止めると、槍を背中に収めて彼女の後ろに回った。


「んー? なんでそっちに立つの?」

「さっき魔法を撃ったとき、反動がすごかっただろ。転ばないように後ろから支えるよ」


 あれを何度も繰り返してたらケガするぞ。あの勢いで地面の石とかに頭をぶつけたら危ない。


「おー、次はうまくやるつもりだけど。でも、んー」


 少し間を置いてから、ユニが笑って自分の背中を叩いた。


「それじゃ、最初からつかんでていいよー」

「いいのか? それじゃ遠慮なく」


 ユニの許可が出たので、俺はユニの肩に両手をあてた。

 ユニの背は俺より少し小さいくらいで、俺の目の前で彼女の大きな帽子がゆらゆら動いている。


「んへへへへ。お願いねー」


 くすぐったそうな笑い声を出したユニが、両手を前に出した。

 さっきのように、彼女の両手の間に白い光が生まれる。


「低くしてー、火をまぜまぜー、風をまぜまぜー」


 ユニの背中越しに、魔法の光が強まっていくのが見える。ユニの肩を支える俺の腕に、魔法が生み出す振動が伝わってきた。その力は思っていた以上に強い。

 ユニは魔法を撃つたび、毎回この振動を抑えてるのか。


「しぼるー、ぐるぐるー、しぼるー、ぐるぐるー」


 しかし、さっきより言葉が雑になってる気がする。大丈夫かこれ。


「前に、どーん!」


 などと思っていたら、ユニが思ったより早く魔法を放った。

 激しい反動でユニの身体が浮き、俺のほうに飛ばされてくる。


 急だったのもあって腕だけではユニの身体を支えられず、ユニの背中が勢いよく俺の胸にぶつかって呼吸が一瞬止まる。

 動けなくなった俺の顔に、飛んできたユニの帽子が叩きつけられた。


 破壊魔法の反動は、寝ぼけてじゃれついてきた飛竜状態のキュウの体当たりにも匹敵するぐらい強力で、俺たちは揃って草原の上に尻もちをつくことになった。


「うー、強くしすぎたー」


 帽子で顔を隠したユニが、俺の腹の上でうなっている。

 これ、ユニ一人だったらまたひっくり返ってたな。

 支えきれなかったのはちょっと情けないけど、彼女が背中や頭を打ちつけるのを防げただけマシと思おう。


 破壊魔法は狙った方向に飛んで行ったみたいで、目印だった木の棒が土砂と一緒に宙を舞っているのが見える。


「あーう、ごめんねー。重かったでしょ」


 俺と目が合ったユニが、慌てたように身体を起こす。


「いや、キュウに比べたら軽い軽い」

「それは言い過ぎだよー。キュウちゃん軽いもの」


 ユニは恥ずかしそうに手をふりふりしていたが、不意にその動きが止まる。


「もしかして、飛竜の時のキュウちゃんの重さと比べてる?」

「ん?」


 そりゃそうだろう。

 と言うところだったが、ユニが思っているのは人型のほうのキュウか?


「比較対象がおかしーい!」


 俺が黙っていると、ユニが大声を出して立ち上がった。俺の考えていたことを察してしまったらしい。


 だが、ユニはすぐにふらついて地面に手をつきそうになる。

 足が力が入らないみたいで、視線も定まっていない。

 俺も立ち上がって彼女の身体を支えたが、その肩は少し震えていた。


「魔力を使いすぎたみたいだな」

「うー」

「ユニの作業はここまでだ。完全に魔力が切れて倒れる前に休んでてくれ」

「納得いかなーい。続けたーい」

「ダメだって。ほら、兵舎に戻ろう。明日もあるんだから」


 ふらふらするユニを兵舎にある彼女の部屋まで連れて行って、そのまま休んでもらう。

 ユニは文句を言い続けていたが、部屋まで来たら大人しく中に入っていった。


 で、翌日。


「おっはよー!」


 機嫌も調子もすっかり元通りになっているあたり、本当に子供っぽくなったと思ってしまう。


 それから五日。

 ユニに撃ち続けてもらった破壊魔法により、えぐられた土の線が開拓村を一周した。


 ユニの魔法使用は最終日まで一日二回を厳守。

 用法用量を守って正しく使った結果、ユニが魔力切れで気絶することはなかった。

 破壊魔法が強力かつ大ざっぱだったせいで範囲が予定よりやや広くなってしまったけど、一応は許容範囲内だ。


「つながったねー」

「ああ」


 俺とユニは防壁のそばに立てられた新しい見張り台に登って、開拓村全体を眺めていた。

 まだ草の残る畑の開墾予定地、その緑の大地の外周を、ユニが掘り返した茶色い土の線がぐるりと囲っている。


 あの範囲すべてが、これから作られていく開拓村だ。


 土壁の作成はまだ途中で、護衛隊に守られた防壁作成隊が土壁を整形しているのがここから見える。


「こうして見てると、すごいよねー」

「そうだな。本当にそう思う。ユニには負担をかけたよな。おかげで助かったよ」

「どういたしましてー」

「最初にユニが土を掘り返したおかげで、土壁も作りやすいみたいだ」


 前にやった遠征隊救出のとき、ユニが放った破壊魔法の跡をジオールが土魔法で道路に変えたことがあった。

 あのときジオールは破壊魔法の残留魔力のおかげで土の道路が作りやすいということを言っていたので、今回も同じ効果が出せるかと思って最初はユニに魔法を撃ってもらったのだ。

 狙いはうまくいったようで、土壁の整形は予定よりも早く進んでいる。


 この調子ならあと三日もあれば大まかな壁の作成は終わるだろう。

 その後は強力な土魔法を使えるジオールとマクシム主導で防壁としての補強、仕上げをしてもらう。

 そうすれば、防壁は一応の完成だ。


 空堀を含めた防壁の高低差は、兵士の身長にして三、四人分ぐらいはある。

 それに外側の土は多めに削ってあるので堀自体の幅も広い。

 並みの魔獣程度なら堀の外から助走をつけて飛びついても防壁を越えるのは難しいだろう。


 川に接する部分から堀に水が流れ込まないように補強が必要だし、見張り台の増設に開閉式の門の作成、堀の底への罠設置など、作業自体はまだいろいろあるけど。 


「ああ、アニキ。そこにいたんだ」


 声のほうを見ると、見張り台の下でマールがこっちを見上げていた。

 マールは木組みの階段を早足で登ってきて、俺の横に立つと土壁のところを見回し始める。


「すっごいなあ。オイラのいた村よりずっと広いや」

「マールも防壁を見に来たのか?」

「うん。お堀が一周したって聞いてね。オイラだけじゃなくて、他のみんなも来るよ」


 マールの視線の先、兵舎のほうから何人かが固まってこっちに歩いてくる。

 聖騎士ルスカを先頭にして、その次に陰騎士ムスタと岩騎士ジオールが並んで歩き、その後ろには剣騎士カエデと弓騎士リアラが続く。

 リアラの手を引くキュウも一緒だ。

 その背後にはマールの使い魔たちが横一列に並んでいて、最後に盾騎士マクシムが全員を見守るようにゆっくりと歩いている。


 この開拓地の正騎士が勢揃いだ。


 彼らは一人ずつ、見張り台の上に登ってきた。

 全員が並ぶには狭い見張り台だけど、誰も文句を言うことなくお互いの場所を詰め、身体を入れ替えながら言葉少なに開拓地を見回している。


「広いもんだあ。いろいろあったけど、どうにか村ができそうだなあ」


 マクシムが感慨深げにつぶやき、騎士たちが無言でうなずく。


 新大陸に来てから今日まで、本当にいろいろあった。

 未知の土地を飛び回り、移動と調査を繰り返し。

 魔獣の襲撃を含め、トラブルも多くあった。


 極め付きは、あの紫の光だ。


 ここにいる騎士の全員が、紫の光のせいでなんらかの被害を受けている。

 ひとりひとり、心の中で思い悩んでる部分はあるだろう。

 それでも誰もが諦めず、能力が欠けてなお力を合わせることができたおかげで、開拓村をここまでの形に持っていくことができた。


 魔獣から身を守るための土台作りも終わりが見えてきたし、開拓団の第一陣、約百人の開拓民の到着も近づいてきている。

 昨日到着した早馬での伝令によると、すでに付近の補給基地は出発したとのことだ。

 彼らが到着すれば、畑の開墾が本格的に始められる。開拓村も活気づくだろう。

 

 忙しい日々はまだ続く。

 けど、それでも今ここにいる皆と一緒なら、なんとかなる。そう、思えた。


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