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第37話 防壁つくるよー

<<ロン視点>>


 開拓は順調に進んでいる。


 優先して建設を進めていた食料保存庫と仮設宿舎は、もうすべて完成した。

 他の土地の区分けも終わり、畑の開墾予定地や建物の建設予定地は分かりやすいようロープが張られている。


 畑の開墾自体はまだ一部だけど、そこに植えた農作物の成長ぶりはすごい。

 畑の管理を主任務にしているマクシムに言わせると、あまりに速く収穫できすぎて、ちょっと怖いくらいだそうだ。


 そして今、俺は開拓地の外周を囲む防壁作りに護衛として参加していた。


 現在の防壁は突貫工事で作った簡素な木の柵、それも途切れ途切れだ。

 今回はそれを撤去し、代わりに破壊魔法で開拓地の外周の土を掘り返し、出た土を魔法で集めて盛り上げて固め、村の全体を囲う大規模な土の防壁と空堀を作る。

 土壁に魔獣除けの香水、堀の底に罠を仕掛けることで、空を飛べない小型の魔獣はまず入ってこれなくなる。


 とはいえ、完璧とは言えない。

 いずれは土壁を木材や石垣で補強して本格的な防壁に仕上げなければいけないけど、さすがに今は人手も資材も足りない。そこまでやるのは、だいぶ未来の話だろう。


 そんな先のことはともかく、今はこの土壁だ。

 この作業がうまくいけば、予定していた開拓村作りの初期計画は完了することになる。


 今日の空は薄雲が多くて日差しは弱く、風も涼しい。力仕事をするにはいい天気だ。

 俺の後ろでは、土魔法を使える兵士たちで構成された防壁作成隊と、魔獣の襲撃に備えて武装した兵士たち護衛隊の二部隊が待機している。

 事前準備は完了していて、これから土を掘り返してもらうのだが。


「ロンー、あっちにまっすぐ魔法を撃てばいいのね?」


 俺たちから十歩ほど前の距離に立つ、破壊魔法での土掘り担当者にして今日一番の不安要素、術騎士ユニが無邪気な顔で平原の先を指さしている。

 

「ああ。あそこに立ててある目印の棒を狙ってくれ」

「はいはーい」

「少しずれても大丈夫なくらいの余裕はもたせてあるけど、あんまり大きく外しちゃダメだぞ? 近くには畑の予定地もあるんだから、そっちまで魔法に巻き込まれたら困る」

「わかってるってば」


 ユニは背伸びをしてから、そのままの姿勢で両手を正面に突き出した。

 日よけの大きな帽子の下で、紫と赤の混じった長髪がふわりと揺れる。


「それじゃ、いっくよー」


 彼女の両手の間に白い光が生まれ、それが少しずつふくらんでいく。


「土をめくるように低くしてー、火を混ぜてー、風を混ぜてー。ぎゅーっとしぼってー、ぐるぐるさせてー、まっすぐ飛ぶようにしてー」


 彼女がつぶやくたび、光は脈打って変化する。

 ユニの足元まで下がった白い光に炎の赤が混ざり、光に吸い込まれるような強い風が吹き始め、光そのものが荒々しく回転し始める。


 魔法の苦手な俺は魔力に対する感覚も鈍くて、あの光にどれほどの魔力が込められているかはわからない。

 だが、俺の手に負えない巨大な力がすぐそこに渦巻いているというのは肌で感じる。

 まるで飛竜に乗っているときに嵐の黒雲に飲み込まれたときのように。


「制御めんどくさーい! もう前に行けー!」

「ちょっと!?」

「眠くなっちゃう前に、どーん!」


 ユニの残念な発言に俺が恐怖を感じた瞬間、破壊魔法が射出された。

 地面に半分ほどめり込んだ破壊魔法の光は、激しく回転したまま土と草をえぐりながら突き進んでいく。


 その轟音は「どーん!」なんて可愛いものじゃなく、表現するなら「ゴリュドグラバシャアァボタボタボタァァ!」だ。


 土と岩が砕かれる重低音に、巻き上げられた土が文字通りの土砂降りとなって地面に叩きつけられる音も混ざって、それこそ嵐の中みたいにうるさい。


 幸い、破壊魔法の光は目標だった木の棒に向かって突き進んでいった。

 予定していた道筋を通って地面が掘り返されていく。

 魔法の光に巻き上げられた土の雨は前方にだけ飛び散っていて、俺たち側や畑のほうにまでは降ってきていない。


 緊張を解いてユニのほうを見ると、彼女は魔法の反動で地面にひっくり返っていた。

 揃った両足が、ぴーんとまっすぐ空に伸びてる。

 大きめの黒っぽいローブの下は野外用の頑丈そうな作業服で肌ガードは完璧だけど、それにしたって女性のとるポーズじゃない。


「ほわぁー、けっこう弱くしたつもりだったけどなー」


 足を地面に下ろしたユニが、ゆっくり上体を起こした。


「立てるか?」

「ん、ありがと」


 隣まで歩いていって手を差し出すと、ユニが俺の手を握って立ち上がった。

 揺れるユニの長髪は毛先が赤色、根元が紫色で、その境目が輝いて見える。


「いやー。やっぱり細かい魔力操作は無理だわー。考えることが多すぎて、途中で意識が遠くなっちゃう」


 帽子を押さえたユニが、ローブにくっついた草をはたき落としながらつぶやいた。帽子の日よけに隠れて表情はよくわからないけど、声の調子は少し悔しそうだ。


「それでも一応は狙った方向に飛んでいったな」

「そうだねー。今のは、魔法を前にまっすぐ進めるって部分に力を込めて、それの勢いで他の制御の甘い部分を引っ張ってる感じ。ま、撃つときの向きがずれたりしなければ、だいじょーぶだよ。毎回なんとなくで魔力を込めてるから、撃つたびに威力がちょっと変わっちゃうけどね」


 紫の光を受けたユニは、難しいことを考えると眠くなるようになったって言ってたな。

 以前のユニは、複雑な思考で魔法を制御することで魔力消費を抑えていた。

 だけど今は、思考能力が落ちて細かい制御ができないのを力技でなんとかしてるぶん、余計な魔力を消費してる感じか。


「無理するなよ。魔力の細かい制御なしであれだけの威力の魔法、何発も撃てないだろ?」

「休み休みなら、あと三発くらいは同じのが撃てるよー」

「本当かよ」

「あれくらいならだいじょぶだいじょぶ」


 前に畑の開墾の手伝いをやったときのユニは、調子に乗って魔法を連発し、予定より広い範囲の地面をボロボロにした上に倒れそうになったと聞いてる。無理はさせられない。


「仮にこれから破壊魔法を三発撃ったとして、その魔法に考えてたより多めの魔力を込めちゃったら、どうなる?」

「倒れるー」

「ダメだろそれ。今日はやってもあと二発、いや一発だな」

「えー? もっとできるよー」

「ダメだって。しばらく休憩だ」


 歩き出そうとするユニを止めて、俺は背後の兵士たちに合図した。

 防壁作成隊が前に出て掘り返された部分に入っていき、むき出しの土に向かって手をかざす。


 崩れた土は少しずつ集まって変形し、壁へと変化していった。

 その速度はジオールの土魔法ほどではないが、俺よりはずっとマシだ。


 護衛隊も予定通り防壁作成隊の周囲に散らばって警戒を始める。


「ロンは行かないのー?」

「俺はユニの護衛だよ」

「あたしだって戦えるのにー」


 ユニがほっぺたをふくらませるが、彼女を一人にさせるわけにはいかない。


 今のユニに魔獣が襲ってきたら、彼女はとっさに全力で魔法をぶっ放す可能性がある。

 そうなったら、魔力を使い果たしたユニはその場で気絶するだろう。


 で、その魔法がもし外れたら。

 あるいは別の魔獣が襲ってきたなら。

 気絶して動けないユニは、そのまま魔獣に殺されかねない。


 ついでに言えば、ユニの全力魔法の射線上に無関係のなにかがあった場合、そっちはもれなくバラバラの大惨事だ。

 どっちにしても危険すぎる。放置できるわけがない。


 ユニは草の上に座ると、足を伸ばしてこっちを見上げた。


「ロンって過保護なとこあるよねー」

「え、そうか?」

「キュウちゃん相手だと前からそうだけどさー。最近、他の人を相手にしてても細かいとこまで気にしてなーい?」

「うーん、どうだろうな」


 あんまり自覚はなかったけど、ユニはじっと俺を見つめてくる。


「いつも兵士に混じって巡回してるし、その途中でいろんな人の手伝いもやってるしさ。前にカブトイノシシが出たとき、一人で囮になったって聞いたよ?」

「そんなこともあったなぁ」

「みんなのことをキュウちゃんぐらい大事にしてくれるのは嬉しいけどさー? 今の調子じゃ身体がもたないでしょ。一人で無理しちゃダメだよ?」


 心配そうな表情のユニに、少し戸惑ってしまう。


「ん……。気を付けるよ」


 良くも悪くもマイペースなユニに、こんなことを言われたのははじめてだな。

 確かに、焦ってた部分があるかもしれない。

 少しでも早く開発を進めて、キュウを守れる開拓村を作らなければ、という気持ちが常に心のどこかにあった。


「でも、よく見てるよな。自分じゃ意識してなかった」

「んー? そりゃねえ。観察は研究の第一歩なのだよ」

「俺は研究対象なのか?」

「やー、最初はキュウちゃんだったんだけどねー」

「おいおい、どういう意味だよ」

「ちょっとー、怖い顔しないでよー」


 ユニは俺から目をそらして、空を見上げる。


「まず竜ってだけで興味深いの。鱗や爪、角、骨。身体の全部が他の生き物とぜんぜん違くて、そのひとかけらだけで魔道具の素材になるくらいの強い力が秘められてるの。その上、飛竜ってあの巨体で空を自由に飛べるでしょ? すごく不思議でおもしろいのよー」

「そういうものなのか?」

「そうなの。でも飛竜なんて、なかなか近くで見ることないじゃない?」

「まあ、そうだな」


 人に慣れた飛竜は基本的に竜騎士用で、つまりは軍事用だ。

 俺みたいに実家が竜牧場とかならともかく、竜と関係ない一般人だと飛竜に近づく機会は滅多にない。


「でもさー。この開拓地に来たら飛竜がすぐそこにいるじゃない。それも、すっごく人に懐いてる子が」

「それがキュウか」

「うん。これはチャンスって思ってね。お近づきになれないかって思って、ちょこちょこ観察してたのー」

「そういえば前に、昼寝してるキュウの翼に頭を突っ込んで寝てたことがあったな」


 まだキュウが竜のころ、非番の俺とキュウが昼寝してたとき。

 俺はキュウの翼を毛布のかわりにして寝てたんだが、目が覚めたら珍しく俺より先に起きてたキュウと目が合った。

 キュウが動こうとしないので、どうしたのかと思って俺の反対側の翼のほうを見てみたら、そこでユニが寝てたのだ。


「あっははは、あったねえ。あのころは魔道具の素材研究に煮詰まってたんだけど、徹夜明けでちょっとテンションおかしくてねー。キュウちゃんの羽がなにかヒントになるんじゃないかって気になって気になって、近くで見てたら寝ちゃったー」


 あの時のユニ、起きた後に「お邪魔しました」とだけ言って走って逃げられたから訳が分からなかったけど、そんな理由だったのか。


「そんな感じで、キュウちゃんには前から興味ありありだったのですー。今の女の子状態も可愛くて好きだけどねー」

「なるほどねえ」


 研究って言葉にちょっと引っかかったけど、まあキュウに危害を加えるようなことはしていないし、責めるようなことじゃないか。今も仲良くしてるみたいだし。


「キュウというか飛竜が研究対象なのは一応わかったけど、俺が研究対象ってのはどういうこと?」

「ん? それはねー、なんて説明すればいいかな」


 草原に寝転がったユニが、額を手で押さえる。


「あそこまで竜を、人間でない他生物を最優先に扱う人は見たことなくて、愛犬家とかと似てるけどちょっと違くて、対象を愛するあまり他が見えくなることがあって、でも排他的でなく他人との社交性はあって、その特異な精神構造に仮説を立てると、んー……」


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