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第20話 遠征隊救出 後編

 ルスカにうながされて、ジオールが魔法で避難所の土壁に穴を開け、俺たちが乗ってきた馬車を中に入れる。

 中では何人かの兵士たちが馬車に荷物の積み込みをしていた。

 入ってきた穴が再び土魔法でふさがれると、とたんに中が薄暗くなる。土壁の内側につけられたランプの煙が、天井近くに開けられた換気用の穴に飛んでいくのが見える。


「昨日の夕方に来た竜騎士の、確か名前はエンテ殿だったね。彼がこちらに接触してきた後から、移動の準備を始めているんだ」


 ルスカが避難所の奥にある横転した馬車を指さす。


「馬車も一部、車軸が折れたりして使えなくなっている。今ここにある馬車で、問題なく動かせるのはそこの三台だけでね。それぞれ重傷者用に一台、軽傷者を男女別に一台ずつで分乗させている」

「他の正騎士たちは?」

「全員、重傷者用の馬車の中だ。今は動かせる状態じゃないから寝かせているよ」

「それは、あの紫の光のせいかの?」


 ジオールが聞くと、ルスカが言いづらそうに馬車のほうを見た。


 昨日のエンテの話では、遠征隊に同行した正騎士たちの紫の光による不調の詳細については不明だった。日没まで時間がなく、そこまで確認する余裕がなかったらしい。

 竜騎士にとって、はじめての土地で夜の単独飛行なんてのは自殺行為だ。エンテが帰還を優先したことに文句は言えない。


 少しの間を置いて、ルスカは小さく首を振って口を開いた。


「それもあるし、普通のケガもある。今回の遠征は魔獣との遭遇が多かったのもあって、騎士も兵士も大なり小なり傷を負っているよ」

「しかし、ケガならルスカの治癒魔法があれば」

「使えないんだ」


 ルスカは視線を落とすと、自分の胴鎧をずらして首元を開いた。

 その胸元から、紫の光が漏れ出ている。


「紫の光を受けてから、魔法が使えなくなったよ」

「そんな」

「それでも、私はまだいいほうだ。腕や足は動くんだからね。他はみんな身体のどこかをやられていて、私たちは魔獣のいるこの森林地帯の中で立ち往生だ。なんとか避難所を作ったまではいいが、今はもう全員が疲れ果てている。一刻も早く安全なところまで帰還したい」


 そう言ってルスカが俺とジオールを見る。

 その視線はいつもの優し気なものではなく、背筋が寒くなるくらい鋭かった。


 今まで、この開拓騎士団のケガ人の治療はルスカを中心に行っていた。

 俺たちが開拓騎士団としてこの地に来てから今まで、ケガ人は出ても死人は出ていない。それは彼がいたからこそだ。

 ルスカが治癒魔法を使えないとなると、今の状況の危険度は跳ね上がる。彼自身もそのことを痛感していて、それが彼を今の厳しい態度にさせているんだろう。


「あのネズミのようなのも、まだ近くにいるんだよね?」

「ここで一夜を過ごさずに今から出発すると、おそらく途中で日が落ちるの。夜闇の草原を通って帰還することになるが、それでもいいかの?」

「承知の上だよ。森林地帯はともかく、草原なら夜行性の魔獣は少ない。私は、ここに居続けるほうが危険だと判断する」


 ジオールが最後の確認をし、ルスカが応える。

 それを合図に、俺たちは手分けして脱出準備の仕上げに入った。

 俺たちが連れてきた馬車を動かせる兵士を、全ての馬車の御者台に分乗させる。残っていた荷物もすべて馬車に積み終えた。

 避難所の中で、馬に引かれた四台の馬車が少しずつ向きを変える。

 準備が整ったところで、ジオールが避難所の土壁を大きく崩し、馬車が通れるだけの穴を開けた。

 俺が先に避難所の外に出て、周囲の様子を確認する。


「大丈夫だ。魔獣はいない」

「よし。では行くかの」


 俺たちが乗ってきた馬車が先頭に立って道路に進み出る。この馬車は先行しつつ道路を確認してもらうため、荷物は少なくした。護衛役、および道路破損時の修理役として、御者台には兵士と一緒にジオールが座っている。連絡係のクォンも一緒だ。

 二番目は重傷者を乗せた馬車で、護衛と看護役としてルスカが乗る。

 三番目に続くのは、女の軽傷者を乗せた馬車。護衛役としてガウが同乗したが、最初は半分クマなガウの姿を見た女性兵たちに驚かれたらしい。獣使いの首飾り経由でマールの説明の声が響いていた。

 そして最後の四番目、男の軽傷者が乗る馬車が出てきた。俺はギリギリまで徒歩で見張りをしてから、まだ速度の出ていない馬車の手すりをつかんで乗り込む。この馬車の護衛役は俺だ。


 直線の道を一列になって走る馬車は、来たときほどではなくても、それなりの速度を出して進んでいった。

 ケガ人にこの馬車の揺れはきついだろうが、我慢してもらうしかない。帰還を優先だ。


 馬車の車列はまっすぐに進んでいたが、できあがった道路は破損していないようで、今のところ一度も止まることはなかった。

 太陽は木々の影に完全に隠れていて、空の色は夕焼けの赤から夜の黒に変わろうとしている。

 夜目の利くジオールが先頭だが、それでも夜の森林地帯を走るのは怖い。周囲の木々の影がどんどん濃くなり、遠くが見通せなくなっていく。

 とはいえ、四台の大型馬車がそれなりの速度で走っているんだ。出す音や振動も大きい。それだけで、小型の魔獣は寄ってこない。

 中型以上の魔獣にしても、木が邪魔をする林の中から、道路を突っ走る馬車に向かって飛び出してくることは少ない。

 魔獣の襲撃があるとしたら、草原に出てからだと思っていたが。


「ネズミのにおいが近づいてる! 気をつけて!」


 前を走る馬車から、ガウの首飾り経由でマールの警戒の声が飛ぶ。

 あのネズミ人間ども、まだ俺たちを追ってきているらしい。


「俺が魔獣を迎え撃つ。開けるのは御者台側の扉だけだ。他の扉や窓には不用意に近づくなよ。馬車から落ちたら、助けられないと思ってくれ」


 馬車の中の兵士たちに言い残し、俺は前方の扉を開けた。御者台の先、走る馬たちの背中が目に入ってくる。横では緊張した顔の兵士が手綱を握っていた。四頭の馬はまっすぐ走っていて、おびえている様子はない。


 耳を澄ませると、馬車の出す騒音にまぎれて、木の葉や草がこすれる音がする。

 風に吹かれて出る音じゃない。何かが木々の間を走り抜けている。

 大きく横に張り出た木の枝から、灰色の毛の固まりのようなものが前の馬車の天井に飛び乗った。


 四つんばいで顔を上げたそいつは、間違いなくさっきのネズミ人間だ。

 続いて背後の馬車の上にも、何か重いものが落ちたような音が響く。

 振り返ると、ネズミ人間が馬車の天井のふちをつかみ、顔を出していた。


「ロン様、上です!」

「わかってる。お前は馬車を安定させてくれ。減速しても構わない。横転するよりマシだ」


 御者台の兵士に伝え、俺は槍を持って頭上のネズミに向き直る。

 その数、二匹。


「この馬車は開拓騎士団の貸切りでね」


 俺がつぶやくと、その言葉が聞こえているのかいないのか、ネズミ人間の片方が首を傾げた。

 初動を消した不意打ちの突きで、一匹の肩を突き刺す。

 もう一匹がこっちに飛びかかろうとしていたが、素早く槍を引いての二度目の突きでそいつの首元を貫く。


「勝手な乗車はお断りだよ」


 二匹とも、甲高い悲鳴を上げて馬車から転がり落ちていった。


「お見事です。さすがロン様、竜に乗らずともお強い」


 御者台の兵士が褒めてくれる。その顔は強張りながらも笑っていた。俺の調子に乗ったセリフもあってか、少しは緊張が抜けたようだ。

 だが、実は俺にはあんまり余裕がない。

 整った道路の上といっても、速度を出した馬車の上は不規則に揺れる。槍を振り回すことはできず、小さく構えて突くのがせいぜいだ。

 同じ揺れでもキュウの背中の上とは大違いだな。キュウとなら呼吸や羽の動きで次にどう揺れるかがはっきりわかるのに。


 前を見ると、ガウの雄たけびとともにネズミ人間が馬車から弾き飛ばされていた。

 あの馬車は今のところ問題なさそうだ。


 続いて馬車に飛び乗ってきた三匹目を槍で突き落としたが、四匹目が来たところで馬車が大きく揺れた。

 とっさに右手で馬車の手すりをつかみ、バランスをとる。

 左手に持っていた槍が、重くなった。

 一瞬目を離した隙に、ネズミ人間が俺の槍をつかんでいる。


「こいつ!」


 俺は振り払おうとするが、ネズミ人間は両手で槍をがっちりつかんで離さない。それどころか、槍を取ろうと引っ張ってくる。

 俺は槍を両手で握りなおし、身体ごと左右に振った。

 体重差でネズミ人間を振りほどけると思ったが、こいつはまだ手を離さなかった。

 この腕の力、並の人間よりも強い。


 ネズミ人間が身体を引き、槍を奪おうとする。俺はその動きに合わせ、槍を投げつけるように手放した。相手がバランスを崩してのけぞったところで、俺は腰の剣に手をかけ、抜く勢いのままに切りつける。

 足を切られたネズミ人間は、血しぶきを残して馬車の向こうに落ちて消えた。

 俺の槍をつかんだまま。


「くそっ、まだ来るか」


 五匹目を剣で切り倒したが、ネズミ人間の近づく音はまだ消えない。

 使い慣れた槍を失って、剣一本でどこまで戦える?

 周囲に目を走らせると、立ち並んでいた木が途切れ、馬車と並走するネズミ人間の群れが姿を見せた。

 左右を取り囲むように走るやつらの数は、およそ五十以上。

 御者台の兵士が小さく悲鳴を上げた。

 やつらが速度を上げ、車列の前に回り込もうとしてくる。


「ギュアアアアッ!」


 叫び声とともに、ネズミ人間の上を飛竜の影が駆け抜けた。


「キュウっ、いや」


 俺は思わずつぶやいて、すぐ思い直した。

 あれはエンテの飛竜だ。キュウじゃない。


 改めて周囲を見ると、俺たちの馬車は林を抜け、草原まで出ていた。

 さっきまでは木が邪魔だったが、この草原なら飛竜の独壇場だ。

 飛竜が身体を傾けて低空飛行し、背に乗るエンテが長槍を上段に構える。


「おら、消し飛べっ!」


 ネズミ人間たちの一角に、エンテの槍が振り降ろされた。地面すれすれを飛ぶ飛竜の爪と合わさった一撃で、十匹近くのネズミ人間が宙を舞う。

 残ったネズミ人間は、一瞬の間を置いてから、いっせいに林へと逃げ帰っていった。


 周囲に目を走らせるが、他の魔獣もいなさそうだ。エンテがあらかじめ追い払ってくれたんだろう。俺は胸にたまっていた息を吐き出して、剣についた返り血をぬぐった。

 エンテの飛竜が旋回し、俺たちの馬車に並んで飛行する。


「馬車を止めるな! そのまま行くんだ!」


 エンテが飛竜に乗ったまま叫ぶ。


「なにかありましたか!」


 俺が叫び返すと、俺を見つけたエンテの飛竜が近づいてきた。


「ヒポグリフがまだ近くにいる! 大半は追い散らしたが、どうしても離れない群れがひとつある。飛竜のクセを知ってるらしくてな。林の近くに居座ってて、近づくと林の中に隠れやがる!」

「数はどれくらいですか?」

「十匹近くだ! ボスは顔に傷持ちのデカブツで、よく統率された群れだ。俺と飛竜がいれば林からは出てこないだろうが、突っ込んでこられたらやっかいだ。そのまま走り続けて林から離れるんだ!」

「承知しました!」


 エンテの飛竜が高度を上げ、林と馬車の間に移動する。

 飛竜のことを知っていて障害物のそばに陣取る、顔に傷持ちのヒポグリフ。そいつはもしかしたら、キュウが竜から人になる前日、補給隊の護衛のときに追い払ったヤツかもしれない。


 林のほうをよく見ると、確かにヒポグリフらしき影がいくつかあった。

 しかし、この距離と暗さではヒポグリフの顔まではわからない。空は地平線の先にわずかな赤みを残すのみで、青黒い空に星がまたたきはじめている。

 御者台の兵士が、不安そうに俺を見た。


「このままで大丈夫でしょうか?」

「問題ない。ヒポグリフは昼行性だし、このまま開拓地へ向かえば林からは離れていく。林と馬車の間に飛竜がいれば、あいつらが近づいてくることはないだろう」

「わかりました。では、引き続き前の馬車に合わせて進めます」

「ああ。あとは開拓地まで一直線だ」


 俺は兵士の隣に座ると、周囲に広がる草原を見た。

 今夜は晴れていて、星明りが草原を紺色に染め上げている。

 馬車のほかに音を立てるものはなく、そよ風を受けて草が静かに波打っている。


「もうこれ以上のトラブルが起きなければいいんですけどね」

「大丈夫さ。俺たちと馬がそろって居眠りしなけりゃな」

「はは、そうですね」


 俺が軽口を叩くと、兵士は笑って手綱を振った。


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