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第19話 遠征隊救出 中編

 手早く食事を済ませた俺たちは、小休止を終えて遠征隊との合流のために林へと馬車を向けた。

 ジオールが魔法で固めた土の道は十分な幅があり、馬車が乗るとまるで石畳の上にいるような硬質な音がする。

 馬車の速度を少し上げさせてみたが、今までの草原に比べて振動や騒音もはるかに少ない。馬車が通った後の路上を見てみたが、路面にはひび割れやへこみなどもなく、きれいなものだった。

 馬車はそのまま林の中へと入っていったが、道路のおかげで速度が落ちることはない。


「この道、けっこうすごいんじゃないか? 同じ道を開拓地の周りに作れたら、移動がかなり楽になるぞ」


 声をかけてみたが、ジオールはあまりいい顔をしていない。


「すごいのは、事前に撃たれていた破壊魔法のほうだの。魔法の余剰魔力が土に多く残っていて、それが土の操作を楽にしてくれたにすぎぬ」

「それにしたって、この短時間でこれだけの道が作れるのは大したものだと思うけどね」

「道と言うにはちと頼りないの。馬車が走ってる路面と、木が生えておる地面には段差があるだろう?」


 窓から見てみると、確かに道路のほうが一段下にある。


「破壊魔法でえぐった上に、魔法で土の密度を上げたのだ。そのぶん路面の土の量が減って、だいぶ低くなっておる。雨でも降ったら、あたりの雨水がここに集まってくるぞ」

「そうか。水の逃げ場がこの道になるのか」

「雨が降らずとも、しょせんは固めた土だ。強度には限界がある。使う者の数が増えれば長くは持つまい。それに、ほれ」


 ジオールが首を前に向ける。

 馬車の先、土の路面の先のほうに、まだ固められていない荒れた土が見えた。


「一度に土を固められる量や距離にも限度がある。何度か魔法をかけなおさなければの」


 ジオールは馬車を止めると、地面に降りて足元に両手をかざす。

 彼の魔力が大地に広がり、でこぼこに荒れた土が馬車の通れる道路へと変わっていった。

 俺も槍を持って馬車から降り、いつ魔獣が出てきてもいいように備えておく。


 後ろを見ると、林と草原の境目はもう見えないくらいにまで遠ざかっていた。

 道の左右に生える木々の数はまだそこまで多くはなく、無理をすれば馬車でも通れなくはない。だけど、ジオールの作る道を使わなければ抜けるのに数倍の時間がかかるだろう。

 この道の作り方、もう少し手を加えればもっと便利になりそうな気はする。

 固められた土の上に、木の板や砕石を置いたりするだけでも耐久性が上がるだろうし。


 そんなことを考えていると、道を作り終わったジオールが立ち上がった。


「うむ。ここは大丈夫だ」

「お疲れ様。進もうか」


 俺たちが乗り込み、再び馬車が動き出す。


「同じことを、あと何回か繰り返すことになると思うぞ」

「それって、魔力が持つのか?」


 魔力切れを起こした者はその場で気を失い、回復するまで目覚めない。

 この状況でジオールが倒れでもしたら困るぞ。


「魔力回復の薬なら持ってきてるけど」

「いらんわ。あんなマズいの、よほどのことがなけりゃ飲まんぞ」

「まあ、気持ちはわかるけども」


 今ある魔力回復薬は豆粒くらいの飲む錠剤だ。かんだりなめたりする必要はないのだが、口に入れただけで煮つめた土と雑草のような苦みとエグみが鼻の奥に半日は残り続けるシロモノである。できるなら使いたくない。


「この道を作るのに魔力はどれくらい使う?」

「たいして使わん。破壊魔法の余剰魔力のおかげで、今ぐらいの使用頻度なら丸一日でもやれそうだぞ」


 そう言ってジオールがにやりと笑う。

 この後も何度か道が途切れ、そのたびにジオールが土を固めていった。

 魔法が苦手な俺からするとこんな大規模な魔法を使うことによる魔力消費の感覚はわからない。

 だがジオールは余裕そうで、むしろ慣れてきたのか道を作る速度が上がっている。

 この様子なら魔力切れの心配はなさそうか。


 そうして林の中を進み続け、やがて太陽が木の影に隠れかかった頃。

 馬車の中で眠そうにしていたガウが顔を上げ、あたりのにおいを嗅ぎ始めた。クォンが馬車の窓を抜け、屋根の上によじ登る。


「アニキ! 聞こえるかい!」


 ガウの首飾りから、マールの声が響いた。


「ガウがにおいを嗅ぎつけた。何十人かの人と、少しの血。あと、近くに大ネズミのにおいもするって」

「方角は?」

「馬車の正面!」

「わかった、急ごう」

 

 御者台の兵士が手綱を振り、馬車のスピードを上げる。

 ほどなくして、木がまばらになり視界が開けた。

 馬車の先には茶色い土山を背にした壮年の男と、それを取り囲む十人ほどの者たちがいる。

 男のほうは俺たちもよく知った顔だ。騎士たちのまとめ役で遠征隊のリーダー、聖騎士ルスカ。

 彼は手にした剣を前に構え、彼を囲む者たちを近づかせないようにしている。


「ルスカ!」


 俺が叫ぶとルスカが顔を上げ、彼を囲んでいた人影のうちの何人かが振り返った。


「うげっ」


 そいつらを見て、俺はつい変な声をあげてしまった。

 その顔は、灰色の毛皮の、ネズミ。

 胴体のサイズは人間の子供程度。それだけなら、マールの言う弱い魔獣、ただの大ネズミだ。だが、人間のように二本の足で立ち上がっている。

 その腕と足は兵士並みに太く、胴体の小ささとは不釣り合いだ。

 こちらに顔を向けたネズミ人間たちは、鳴き声を上げることもなく、ただ無感情な黒目をこちらに向けていた。


「なんだ、ありゃ」

「わからんの。あんなのは見たことがない」


 俺の横に出てきたジオールがつぶやく。


「なんにせよ、ルスカが襲われてる。助けないと」

「そうだの。考えている場合ではない」


 ジオールが腰に差した手斧を抜き、振りかぶって投げつけた。

 手斧は勢いよく回転しながら飛んでいき、ルスカのほうを見ていたネズミ人間の背中に突き刺さった。そいつはそのまま土山に叩き付けられ、地面に転がる。

 他のネズミ人間たちが一斉にこちらを向いて身構えた。


「行くぞ!」


 俺は槍をつかみ、馬車から飛び出した。ネズミ人間へ走り寄り、足元を狙って横なぎに槍を振るう。

 ネズミ人間たちは横に跳ねて避けた。その速さは並みの人間よりは早いが、ネズミそのものよりはずっと遅い。

 手近のネズミ人間に突きを入れると、そいつは避けきれずに肩を切り裂かれ、悲鳴を上げた。

 横から飛びかかってきたネズミ人間は、槍の柄で殴り倒す。


「ネズミどもが、ちょろちょろするでないわ!」


 ジオールが背中の大斧を振りかぶり、地面に叩き付けた。

 重音が鳴り響き、ネズミ人間がそちらに気を取られる。その隙に、俺が槍で近くの二体を仕留めた。


 ネズミ人間たちがひるんだところで、馬車からガウがのっそりと降り立ち、とがった歯の並んだ口を開く。


「ガアアッ!」


 ガウの吠え声が空気を震わせた。

 腹まで響くクマの威嚇を受けて、ネズミ人間たちは地面に身体を伏せ、四つん這いのまま散り散りに逃げ出した。


「やれやれ。すばしっこいのは苦手だわい」


 周囲から敵が消えたのを確認して、ジオールが大斧を背中に戻す。


「なまじ武器で立ち向かうより、ガウの声のほうが効果があったな」

「ウ」


 俺が槍を下ろしてガウを見ると、彼女は当然だと言いたげにうなずいた。

 

「来てくれたんだね。助かったよ」


 剣を収めた聖騎士ルスカが、そう言って柔和な微笑を浮かべた。

 ルスカは俺よりも背が高く肩幅もある大柄な男だが、温和で思慮深い性格の年長者で、開拓騎士団内の人望も厚い。

 さらに、新大陸では数少ない治癒魔法の使い手で、俺たちは何度も助けられている。「聖騎士」の名を持つにふさわしい男だ。


 そのルスカは額に浮かんだ汗をぬぐうと、ため息をついて目元を押さえた。

 しわの目立ち始めた褐色の顔には、疲労がありありと見える。普段は清潔感のある灰色の短髪も今は乱れ気味だ。

 本来は白銀に輝く胴鎧も、その上にかけた白い外套も、土や泥で汚れている。


「大変だったみたいだね。無事でなにより」

「ありがとう。あの紫の光のせいで、無事とは言いがたいけどね」

「他のみんなは?」

「この中だよ。土魔法の使い手たちで協力して、避難所を作ってもらった」


 ルスカが一歩下がって、後ろの土山を指さした。

 改めて見てみると土山はかなり大きく、複数の馬車をすっぽり収めるだけの高さと横幅がある。

 ジオールが近づいて土の壁に手をかざし、うなずいた。


「なるほど、しっかり作られておる。しかし、お前さんだけ外へ出ていたのか?」

「ああ。今まともに戦えるのは私だけだからね。避難所の周りの確認だけするつもりだったけど、あんなのに囲まれるとは思わなかった」

「あのネズミ人間か」


 俺たち三人の視線が、地面に倒れたネズミ人間たちに集まる。

 改めて見ても、不気味なやつらだ。普通の大ネズミや他の魔獣とくらべても、どこか異質な気がする。

 頭や胴体、しっぽは普通の大ネズミのサイズ。だが手と足だけが、人間並みに肥大化している。

 それに、大ネズミが人間を直接襲うことはまずない。襲うとしたら、よほど腹を減らしたか、ムダに追い詰めたときくらいだ。魔獣としても危険度は最下級に分類される。

 さっきのように、獲物を囲んで逃がさないようにするような行動は取らない。


「不格好なやつだが、大ネズミの亜種かの。ロンは知っておるか?」

「いや、知らない。ここの固有種かもしれないけど、ルスカは何か知ってる?」

「わからない。この地域は大ネズミが多かったけど、このネズミのようなものが襲ってきたのは今回のがはじめてだよ」

「うーん。マールなら知ってるかな? ガウ、クォン、ちょっと来てくれるか」


 俺は周囲を警戒しているガウとクォンを呼び寄せた。


「マール、この大ネズミみたいなやつが見えるか? 何か知ってることがあれば、教えてほしい」


 ガウとクォンの首飾りが光り、彼女たちの瞳が琥珀色に変化する。


「うえ、なにこれ」


 首飾りから、マールの気味悪そうな声が響いた。


「オイラ、こんなネズミは知らないよ。そもそも、こんな不自然な体つきの生き物は見たことない」

「獣使いの魔法とかで、動物をこんなふうに変化させることはできるか?」

「無理だって。動物はそのままで十分強いんだ」


 俺たちのやり取りを見て、ルスカが目を丸くしている。


「あの、ロン? この女性たちって、もしかしてマールの?」

「そうか、ルスカは知らないよな。開拓地の防衛隊も紫の光のせいでいろいろあったんだけど、マールは使い魔が人間になったんだ」

「そんなことが……。では、まさかこのネズミも?」

「それよりもさ。ガウが言ってるよ。まだ風上からネズミの臭いがする。そいつら、まだ近くにいるよ」


 マールの言葉で、俺たちは周囲に目を走らせる。

 見える場所にネズミ人間の影はないが、こういう場面でマールの言うことに間違いはない。おそらく木や草の影にでも潜んでいるんだろう。

 ルスカが大きく息を吸って、俺たちに向き直った。


「いろいろ話したいところだけど、時間がないね。今すぐここから脱出して開拓地に戻りたい。準備を手伝ってくれるかな」


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