第18話 遠征隊救出 前編
<<ロン視点 開拓地を離れて>>
俺たちを乗せた馬車は、飛竜に乗って飛ぶエンテの誘導を受けながら草原を走っていた。
「ロン様。先導の竜騎士殿から合図です」
御者台に座る兵士から声をかけられ、俺は彼の隣まで身を乗り出した。
馬車の前に広がる光景は、左側に林、正面と右側に岩まじりの草原。
兵士の指さす空中では飛竜が旋回しており、その上に乗るエンテが左手を大きく左右に振っている。
「速度を落としてくれ。何か見つけたようだ」
兵士が手綱をゆるめ、馬車を引く四頭の馬たちが反応する。
高速で走っていた四頭立て大型馬車の振動が、少しだけマシになった。
やや間を置いて、前方の地面に茶色い土の線が見えてくる。
草原の緑色の上に、真横に切りつけるように伸びた、むき出しの土の茶色。
その線に添って、エンテの飛竜が低空飛行していた。
エンテは昨日の夕方、空から遠征隊を探していた途中、林の中から放たれた破壊魔法の光を見たそうだ。
あの土の線が、おそらくその破壊魔法の跡だろう。
その魔法の発生元を探していたら遠征隊を発見できたが、遠征隊は紫の光のせいで馬車を動かせる人間が全員腕をやられ、動けずにいたらしい。
それを聞いた俺たちは遠征隊と合流する作戦を立てたが、内容は単純そのもの。
一、開拓地側から馬車を動かせる兵士を連れていく。
二、破壊魔法の跡をジオールが土魔法で固め、馬車を高速で通れるようにする。
三、遠征隊と合流後、連れて行った兵士に馬車を運転させて開拓地まで急いで戻る。
雑と言えば雑だが、ケガ人の多い遠征隊に時間の余裕はないだろう。のんびり作戦を練っている時間はないと判断した。竜騎士の警句で言う「危地で翼を止めるな」ってやつだ。
「あの土の線の横で馬車を止めてくれ」
「承知しました」
俺は御者台の兵士に声をかけたあと、振り返って荷台側を見た。
「全員注目!」
馬車が立てる騒音に負けないよう、深呼吸して大声を出す。
「破壊魔法の跡と思われる場所を発見した! これから停車した後、俺が先に降りて周囲の安全確認をする。問題なければ食事を兼ねて小休止だ!」
「おう!」
「了解!」
「グウ!」
「ククッ!」
荷台に乗るジオールと数名の兵士、それにガウとクォンから返事が返ってくる。
ガウとクォンはしゃべれないので鳴き声だけど。
やがて馬車は土の線まで到着し、きしむ音を立てて停止する。
俺は馬車から降りて、車体の周囲をぐるりと一周しながら安全を確認した。
今のところ、見える範囲に魔獣などの影はなさそうだ。
「よし、ガウとクォンで周辺警戒。兵士たちは馬車に乗ったまま携行食と水の準備だ。馬の分の水を先に頼む。小休止の途中で襲撃があった時には馬車を急発進させる可能性があるから、不用意に馬車から離れないようにな」
急ぎではあるが、休憩なしでは馬が持たない。
馬たちも今日はまだまだ走らされることをわかっているのか、もう休憩気分で足元の草を食べ始めている。
今回連れてきた兵士たちは全員が馬車を動かせる者だが、足が不調で動かしにくい。無理に歩かせることはせず、できるだけ馬車内で行動をしてもらう。
魔獣の急襲があって馬車を発進させなきゃならないとき、離れたところに足の不自由な兵士がいたら、そいつを見捨てることになってしまう。そんな状況は避けたい。
クォンがリスしっぽを揺らしてバランスを取りながら、馬車の車体をよじ登る。動物のころと同じように、屋根の上で見張りをするんだろう。
ガウはゆっくりと地面に降り、前かがみで鼻をひくつかせて馬車の周囲をうろつき始めた。その様子はまさに自分の縄張りを歩くクマである。
「ジオールは、ここの土を見てもらえるか?」
俺が声をかけると、ジオールがふらふらしながら馬車から降りてきた。
身体には鉄片つきの皮鎧、腰に手斧と短剣、背中に大斧をかついだ戦闘態勢だが、その顔色は相変わらず悪い。
「大丈夫か?」
「揺れすぎて気持ち悪い。まるで岩山から転げ落ちたような気分だの」
「まあ、開拓地から今までずっと馬車の上だったからなあ」
開拓地を出たのは朝だが、今はもう太陽が真上まできている。
その間、俺たちを乗せた馬車は休まずに草原を走り続けていた。
俺は飛竜に乗り慣れているので多少の揺れは我慢できるが、ジオールにはきつかったようだ。
ジオールは無言のまま草原に引かれた土の線まで歩いてくると、ひざをついて土に手を当て観察し始めた。
俺も土の線に近づくと、掘り返された土と草のにおいに混じって、かすかに焦げたにおいを感じる。
黒みがかった土の中には、砕けた木や石が混ざりこんでいた。
「確かに、これは魔法だの。複数属性の破壊魔法が使われておる。土は確実で、あとは火と風かの?」
「複数属性ってことは、やったのはユニかな」
「おそらく、そうだの」
これほど規模の大きい破壊魔法は、まず間違いなく「術騎士」ユニが使ったものだろう。
ユニは寡黙な学者気質の女性で、開拓地に来たのは魔法関連の道具に使う新素材研究が目的らしいが、本人が使う魔法そのものの実力も高い。
破壊の跡の右側、草原のほうからエンテの飛竜が静かに飛んできて、俺たちの近くに降りた。
「念のため土の跡にそって草原を飛んでみたが、見えるところに人影はなかった。遠征隊はまだ森の中だろうな」
左側を見ると、土色の破壊の跡は林の奥まで続いていた。破壊魔法の射線上にあっただろう木は、周囲の木々を巻き込んで左右になぎ倒されている。
「遠征隊がいたのは、あの先ですか?」
「ああ」
俺が聞くと、エンテはうなずいた。
「だが、遠征隊がいた場所からここまで、それなりの距離があったはずだ。地面をえぐるような威力の魔法が、これほど遠くまで届くとはね」
「まあ、術騎士ならいけると思います。彼女の全力は見たことがありませんが、相当な魔力の持ち主です」
俺自身は魔法が苦手だし他人の魔力の大小なんてわからないが、前にユニと一緒に開拓地周辺の魔獣狩りをしたとき、彼女は涼しい顔で破壊魔法を連発し魔獣を次々と仕留めていた。同行していた兵士に言わせると、並みの魔法使いが同じ魔法の使い方をしたら、すぐに魔力切れで倒れるそうだ。
ユニ本人は、魔力の制御を正確にすればこれくらいでは倒れないよ、と言っていたが。
「おお、こっちもすごいな」
エンテの声で振り返ると、破壊魔法の跡にあった土がへこみ、集まり、踏み固められた道のように変化しつつあった。即席の道路が、川を流れる水のように林の奥へと伸びていく。
両手を地面につけたジオールが、顔を上げてこっちを見た。
「破壊魔法の残留魔力が土に染みておる。思ったより楽に道が作れそうだぞ」
ドワーフのジオールは、土の魔法を得意としている。開拓地の兵舎を建てるときには、土台作りに魔法を使ってもらったりしていた。
できあがった道路を、エンテが確かめるように指でつついている。
「たいしたもんだ。魔法に関しちゃ凄腕ぞろいだな」
「そこまで言われるほどでもないぞ。開拓地に来てから魔法を使う機会が多くて、鍛えられたのはあるかもしれんがの」
立ち上がったジオールが馬車のほうを見た。馬たちは地面に置かれた水桶から水を飲んでいる。
少し離れたところで、エンテの竜も水を飲んでいた。俺はいつも自分でキュウに水をやってるから指示を忘れてたが、兵士たちが気を利かせて用意してくれたみたいだ。
「さて、気分もだいぶマシになった。わしも飯を食うかの」
「なら、兵士と一緒に先に食っててくれ。俺は開拓地に報告しておく」
ジオールとエンテは、並んで馬車の中に入っていった。
馬車の近くで座っているガウに近づくと、眠そうにしていたガウが半目でこちらを見る。
「お疲れさん。今、マールと話せるか?」
「ウ」
ガウはちいさくうなずいて、自分の首にかけられた琥珀色の首飾りに手をかざした。
首飾りが薄く光り、点滅し始める。
「マール、聞こえるか」
「お、アニキ。聞こえるよ」
「こっちは今のところ順調だ。昨日の話にあった、破壊魔法の跡のところまで到着した」
ガウを通じて、マールたち開拓地側のメンバーとお互いの状況を伝え合う。
開拓地側も今日は平和で、魔獣の襲撃などはないらしい。
「こんなところかな。ところで、そっちだけど」
「なんだい?」
「キュウはどうしてる?」
わざわざ口に出して聞くのは少し気恥ずかしいが、気になるんだから仕方ない。
「逃げ出そうとしたり、俺たちを追いかけようとしたりしてないか?」
「あー、最初は寂しそうだったけど、今は元気だよ。さっきから竜騎士の人と仲良く話してる」
「ん? 仲良くって、ダイラ様と?」
「いや、ノエルって人のほう」
新人の子か。
俺にはちょっと無愛想な感じだったけど、竜騎士なだけあって竜のキュウとなら仲良くできるのかな。
あとでお礼でも言っておこう。
「まあ、それならいいや。他になにかあるか?」
「こっちからはないけど、ガウとクォンが飯を食いたいってさ」
「わかってるよ。交代でちゃんと食わせる。それじゃ通信を終わるよ」
「気を付けてね、アニキ」
首飾りから光が消えた。そのすぐ後、目の前のガウの腹から空腹を訴える低音が鳴り響く。
「ウ!」
「わかってるって。マールが用意した干し肉があるから、馬車へ行こう」
ガウはにっこり笑うと、立ち上がって馬車へとまっすぐ歩いて行った。
あの子も含めて、マールの使い魔って人間になってから表情豊かなんだよな。
「おう、報告は終わったか」
ガウと入れ替わりで、エンテが馬車から出てくる。
「ええ、先ほど。向こうも問題はないそうです。この後は予定通り、あの林の中に入って遠征隊と合流します」
「そうだな。俺はまた竜に乗って周囲の警戒に入る。わかっていると思うが、林の間には飛竜だとなかなか降りられない。魔獣が出ても援護は期待するなよ」
「はい。エンテ殿は主に草原側をお願いします。林の出口を魔獣にふさがれると面倒なので」
「あいよ」
エンテはうなずくと、自分の飛竜に飛び乗った。飛竜はすぐに羽を広げ、空へと飛び立つ。
キュウが飛べなくなった今、目の前で竜騎士に飛ばれるのは少し寂しい。
いつも俺の隣にいたキュウが、今はいない。
俺はそれ以上考える前に、空を羽ばたく飛竜から目をそらして馬車に向かった。
今の俺にできるのは、遠征隊と合流して、早くキュウのもとへ戻ることだ。