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第16話 俺たちの行方

 少ししてキュウは泣き止んでくれたが、俺に抱きついた状態のまま離れない。

 俺の首筋を遠慮がちになめ続けている。


「しかし、ずいぶん懐かれたもんだね。まるで親竜に泣きつく子竜じゃないか」


 ダイラが微笑ましそうな目でキュウを見ている。


「親竜って、これでも一応は同い年ですよ。なんでも、俺とキュウは同じ日に生まれたと聞かされています」

「はたから見ると、とても同い年には見えないねえ。しかし、飛竜の寿命は人間の二倍はあると言われている。実年齢でなく寿命で比べて見るなら、見た目の差は今のお前たちくらいになるのかもね」

「そうなのですか?」

「まあ、人に飼われた飛竜は寿命の前に戦いで死ぬことがほとんどだ。二倍というのはあくまで予想だがね」


 飛竜の寿命については知らなかった。故郷の竜牧場では、すべての竜は成長すると他の飼い主の手に渡る。牧場で一生を終える竜はいない。

 俺とキュウは二十四歳だけど、仮に寿命が二倍の差というのなら、キュウは人間換算で十二歳くらいになるんだろうか。


「しかし、その子が落ち着いたなら服を着な。その恰好を兵士に見られて何か言われても、あたしゃ知らないよ」


 おーう。

 そうです。今の私は、背中の光を見せるため、上半身が裸なんです。

 その状態でキュウにがっちり捕まっているんです。


「まあ、街中で今のお前らを見たら衛兵に通報されるだろうな」

「なるほど。見た目は違法、でも同い年の幼馴染、理論上は合法、でも半裸は違法……?」

「すみません、着ますので少々お待ちください!」


 エンテとノエルが怖いことを言う。俺はこれ以上なにかを言われる前に、キュウをなだめながら手早く服を着る。

 着替え終わって振り返ると、エンテの目はさっきまでの厳しいものから、見覚えのある眠そうな半目に戻っていた。


 それから、俺たちは昼食を会議室に持ち込んで、食べながら情報共有を続けた。

 この開拓地周辺の地理、魔獣の駆除状況。

 食料ほか各種物資の備蓄量と、限界まで残り三十日ほどであること。

 遠征隊の状況が不明であること、遠征隊の予定進路、などなど。


 ダイラたちの話によると、ここから一番近い南東の補給基地には、紫の光による被害はなかったとのこと。

 その補給基地からここまで、馬車で十日から十二日。援軍は間に合いそうだ。


「至急やるべきは、援軍の編成と、遠征隊の状況確認だと考えています」

「そうだね。援軍を呼ぶとして、どれくらいの兵士を受け入れられる?」

「消費物資を持ってきていただける前提で、短期的には三百ほどでしょう。それ以上の人数だと野営させることになりますし、物資の保管場所にも限界があります」

「わかった。それくらいの数なら、あたしの権限ですぐ呼べるから問題ないよ」


 ダイラは一枚の書類を手早く書き上げた。


「ノエル。あんたはこの援軍要請書を、今朝までいた補給基地に届けな。司令官には出がけに話を通しておいてある。実際に来る援軍の人数と出立日が確認できたら、ここに戻っておいで」

「承知しました」

「エンテ。あんたは空から遠征隊の捜索だ。そいつらも毒水晶の影響を受けている可能性が高い。日が落ちてからじゃ遅いからね、すぐに頼むよ」

「へいへい。人使いの荒いことで」

「夜の暗闇の中で空から探し物するよりましだろ?」


 指示を受けたエンテとノエルが立ち上がる。


「エンテ殿、遠征隊には竜騎士用の携帯食料も持たせてあります。香りが残っていれば、それで追えるかもしれません」

「あいよ。俺の竜は鼻がいい、かぎつけられるかもな」


 竜騎士用の携帯食料には、竜にとって目印となる香りのハーブが練りこまれている。最近は雨も降っていないし、匂いをかぎつける可能性は十分あるだろう。


 二人が会議室から出ていき、ダイラは気だるそうに背伸びをした。


「さあて、話の続きだ。毒水晶から受けた不調の治療方法について、ドワーフの騎士は知ってたかい?」

「いえ、年単位での自然治癒を待つしかないと聞いています」

「変わってないか。あたしのほうも、これという治し方は見つかってない。簡単に治るとは考えないほうがいいだろうね」


 背伸びを終えたダイラが、こっちに向き直る。


「そうなると、足や腕をやられた兵士たちをどうするかって問題が出てくるかね」

「どうするとは?」

「今後の身の振り方だよ。いつかは治るにしても、今は兵士としては役に立たない。かといって、旧大陸に送り返すのも酷ってもんだ。移動もひと苦労だし、戻ったところで働き先なんて簡単には見つからないだろうよ」

「開拓本部で、なにか作業なりを割り当てることはできないのですか?」

「ひとりふたりならまだしも、ここの兵士二百人に補給隊五十人だろう? その数は無理だ。むしろ今、人は余り気味なんだよ。開拓に夢を見た連中が、今も旧大陸から集まり続けている」


 ダイラは少し考えてから、開拓地の兵士リストを指さした。


「ここの兵士たちに、警備や戦闘以外で何かできることはあるかい?」

「全員で兵舎や小屋を作ったので、建築関連の作業に大なり小なりの経験はあります。建材加工もさせました。あと、仕留めた魔獣の解体や加工もできますね。他には、道具類や矢、罠、薬などの必需品の作成なども分担してやらせています」

「ふむ。ならいっそ、そういった加工に従事する開拓民としてこの場所に受け入れるって手もあるよ」

「開拓民って、いやいや、まだ先の話でしょう」

「そうでもないさね」


 ダイラは書類のいくつかを自分の前に持ってきた。


「魔獣の駆除はだいぶ進んでいるようだし、周辺の調査も七割がたは終わってるじゃないか。今の遠征隊が戻ってきたら、残り三割も完了するんじゃないかい?」

「それは、そうですが」

「魔獣相手の防衛は、今回の増援にやらせる。さっき言ってた各種加工の作業を、今の兵士たちにやらせる。畑仕事や力仕事は、また別に開拓民を呼び寄せてやらせる。開拓地としての体裁は十分整うと思うがね」

「土地の整備がまだまだです」

「全部を兵士にやらせる必要はない。さっきも言ったが、人が余ってるんだよ。開墾やら建築やらは、ここに住みたがる連中にやらせるべきさ」

「ここに来るまでの安全が確保できていません」

「開拓本部から護衛兵を出すよ。それくらいはこっちでやるべきだ」


 ずいぶん、ぐいぐいと押してくる。

 俺が答えに詰まっていると、ダイラが声を一段低くした。


「詳しくは言えないがね。他の開拓地はトラブル続きで、ここはだいぶマシなほうなのさ。人が送れる開拓地があるなら、優先して送っておきたい」

「そうなのですか?」

「人を一か所にまとめておくにも限度がある。勝手に動かれて、魔獣のエサにさせるわけにもいかないしねえ。面倒な話さ」


 天井を見上げたダイラが、ため息をつく。

 紫の光のせいでガタガタになったここがだいぶマシとは。他の開拓地はどうなってるのか少し興味がないわけじゃないが、聞くのも怖いな。


「話を戻すが、ここの兵士たちも毒水晶を食らった当事者だ。今後のことについて不安は持っているだろう。放っておいたら士気も落ちる。対策は考えておくべきだし、案として覚えといておくれ」

「開拓民としてここに居続ける道がある、ですか。何年かすれば毒水晶の影響も薄れるから、それまでの辛抱だと言えば説得できますかね」

「開拓地の兵士は、もともと年単位でこの新大陸に駐在する契約だ。数年間ここでやっていく意思と根性は持ってる。連中も他に行く当てがないなら、その気になるだろうさね」

「なんにせよ、遠征隊が帰ってきて、正騎士たちが全員集まってからですね」

「ああ。揃ったら、よく相談してみることだ」


 それからダイラと細かい話をして、マールに情報共有し、ダイラたち竜騎士の部屋を手配し、起きてきた夜番のジオールにダイラたち竜騎士が来たことを説明し。

 そんなことをやっているうちに、日はだいぶ傾いていた。


 今日はたいして動いていないけど、気疲れで眠気がひどい。

 夕食を終え、沈みかけた夕日を見ながら大あくびをしていたら、キュウに真似された。

 大きく口を開けたキュウの頭をなでていると、空に飛竜の影が浮かび上がる。

 猛スピードで近づいてきた飛竜は、こちらの誘導を待たず、兵舎前の草原に降り立った。

 その背中には、エンテともう一人、ケガをした兵士が乗っている。


「ロン、重傷者だ。頭と足をやられてる」

「わかりました。キュウ、手伝ってくれ」

「キュッ!」


 エンテと俺、キュウとで、飛竜の背から兵士を降ろす。

 兵士の顔には見覚えがあった。遠征隊に参加していた兵士の一人だ。

 その頭に巻かれた包帯には血がにじんでおり、意識はない。右足は折れているのか、添え木と包帯で固定されている。

 呼吸は安定しており、危険な状態ではなさそうだが、その右腕には紫色の光があった。


「急ぎの報告がある。さっきの部屋を借りられるか?」

「ええ。今いる騎士たちを連れてきても?」

「頼む。ダイラ様も呼んできてくれ」


 俺は近くの兵士たちに、マールとジオール、ダイラに会議室へ集まるよう伝言を頼むと、ケガ人を兵舎に運び入れた。

 医務室のベッドに寝かせ、衛生兵に後を任せる。

 急ぎ足で会議室に入ると、すでに全員が集まっていた。


「遠征隊を見つけた。だが、ちょいとヤバい状況だ」


 俺が扉を閉めたのを確認し、エンテが口を開く。


「場所はここから北北西、山のふもとにある森の中だ。直線距離で言えばここから馬車で一日程度だが、道が悪い。全員が毒水晶とやらの被害を受けていて、ケガ人も多かった。俺が連れてきたのは、ケガが一番ひどいやつだ」

「他の人は彼よりマシだと?」

「ああ。命に危険のあるやつはいない。今のところは、だけどな」


 俺は机の上に地図を広げ、開拓地の北北西に目印のコマを置いた。

 森と岩場が混在し、空からは近づきにくい地域だ。


「詳しい話をお願いします」


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