第14話 竜狂い
その日は結局、何事もなく過ぎていった。
午後を過ぎたらマールに見張りを任せ、昨日は途中で止めた防衛日数の計算を再開する。
補給隊の正確な人員を確認し、昨日実際に消費した物資量を含めて再計算すると、残り物資は四十五日分という結果になった。
もし援軍が来ないとなったら、ここを捨てて近くの補給基地へ脱出ということになる。
ここから一番近い基地は馬車で十日から十二日ぐらいだ。
この開拓地から補給基地まで全員で移動するとなったら、準備に三日、移動に十二日の計十五日を差し引いて、残りは三十日。
この三十日の間に援軍が来るかどうかで、この開拓地の未来が変わる。
もちろん、予想外のトラブルがなければの話だけど。
そして翌日。
ジオールの顔色が相変わらず悪かったのと、朝方に近寄ってきた大きく鋭いクチバシを持つ黒い鳥型の魔獣、ツルハシガラスを弓で追い返したくらいで、それ以外は静かな午前中だったが。
「警戒!」
太陽が真上にさしかかろうとしていたころ。
「南南東の方向、空に魔獣らしき影あり! 数は三体!」
兵舎の屋上に建てられた、この開拓地で一番高い見張り台から警告の声が響いた。俺とキュウはすぐに見張り台に駆け上がり、見張りの指さす方向の空を見る。
確かに、空に三つの黒い点が浮かんでいた。
まっすぐこちらへ近づいているようで、その姿がだんだんはっきりとしてくる。
あの見慣れた翼の動かし方は、騎乗用に訓練された飛竜のものだ。飛竜の背中に人影もあるし、野良の飛竜ということはないだろう。
「あれは飛竜だ。おそらく竜騎士。この開拓地の状況を確認に来たんだろう」
「おお!」
俺が言うと、見張り台にいた兵士たちが歓声を上げた。
みんな腕や足の不調を押して任務にあたっているんだ、気持ちはわかる。
だが、俺には少し違和感があった。
確かに援軍は呼んだが、来るのがずいぶん早い。伝書魔法を使ってからまだ二日目だ。開拓団本部はかなりの距離があり、飛竜でも四日以上はかかると見ていたのに。
「見張りを続けてくれ。警戒を怠るな。飛竜三体に近づく魔獣はいないだろうが、追い立てられた魔獣がこっちに来る可能性はあるし、別方向から何かが来ないとも限らない」
「はっ! 承知しました!」
「誰か、マールを呼んできてくれ」
「もう来てるよ、アニキ」
見張り台の下から、マールと使い魔たちが上がってきた。
「マール、あの飛竜に乗っている人たちがどんな格好をしているか見えるか?」
「ちょっと待ってて。クー、クォン、見てくれ」
マールの指示を受けて、クーが翼を広げて見張り台の屋根の上に昇った。クォンは手すりから大きく身を乗り出し、リスしっぽでバランスを取りながら空の点を見つめる。
獣使いの首飾りを握ったマールの目が、琥珀色に変化した。
「見えた。三体の竜に、それぞれ一人ずつ人が乗ってる。みんな、アニキみたいな竜の鱗の鎧を着てるよ」
「乗っている人の中に、三十代ぐらいで茶色髪の無精ひげを生やした、眠そうな顔の男はいるか?」
俺が来ると予想していた竜騎士、エンテの特徴を言ってみる。
エンテはいつも半目で気だるそうな態度をとっているが、実力は確かなベテラン竜騎士だ。新任竜騎士の指導もしており、俺も竜騎士になってからしばらく彼の後について旧大陸の各地を飛び回っていた。
今のエンテは開拓団の一員として、新大陸に散らばる竜騎士たちの取りまとめ役になっている。
「右の竜に乗ってる人がそれっぽいけど、眠そうな顔はしてないなあ」
「あれ、そうなのか」
となると、エンテとは違う竜騎士かもしれない。
彼が眠そうな顔をしていないとしたら、よっぽどの緊急事態のはず。
「あとの二人は?」
「真ん中の竜に乗ってるのは、白髪の偉そうなおばさん? 身体がガウぐらい大きくて、鎧がごてごてしてる。左の竜の人は、緑色の兜をかぶってて顔が見えないけど、三人の中では一番小さいかな」
偉そうなおばさんってのは、よくわからないな。思い当たる人がいない。
兜をつけているのは、新人か?
竜騎士は最初の飛行開始から一年間、平衡感覚強化の魔法がかけられた兜をかぶるのが義務だ。見習いを卒業し、飛竜を操作するのに慣れてくると、髪の毛で風を感じるようにしたほうが飛行感覚をつかみやすいので兜を外す者が多い。
最近は新人に接する機会がないので、こちらも思い当たる人はいない。
「あの竜騎士たちは、俺が応対する。マール、見張りの引き継ぎを頼めるか」
「わかったよ。まかせておいて」
「なにかあったら、声をかけてくれ。遠慮することはないからな」
そう言い残して、俺はキュウの手を引いて見張り台から降り、自分の部屋から飛竜誘導用の手旗を持ち出した。
外に出ると、飛竜たちは間もなく到着するくらいの距離まで近づいている。
俺は兵舎の正面、日当たりのいい草原で手旗を広げようとした。
「キュウ? 悪いけど、手を放してくれないか」
手旗は両手に一本ずつ持つのだが、左手をキュウに確保された状態では旗が振れない。
キュウは俺の手を放したあと、俺の背に隠れるように一歩下がった。
なんか、あの飛竜を確認してからキュウがずいぶん静かだ。その目は、空にある三体の飛竜をじっと見つめている。
飛竜たちは、俺の誘導を受けて静かに草原へ着地した。
三体ともよく鍛えられている飛竜で、体格が大きいわりに動作が鋭くムダがない。
竜騎士たちはすぐに竜から降りたが、茶色髪の竜騎士だけが俺へと近づいてきた。
残りの二人、大柄な白髪の老騎士と小柄な兜の騎士は、飛竜のそばでなにか話し合っている。
どちらも女性だが、あの白髪の竜騎士が着ている鎧は上級士官のものだ。
俺の前まで来た茶髪の竜騎士はエンテのはずだが、その顔はマールの言ったとおり眠そうにはしておらず、むしろ緊張でこわばっている。
「ロン、だな。俺のことがわかるか?」
「はい? エンテ殿ですよね。お久しぶりです」
エンテは先輩として色々教えてもらったし、世話になった。今でこそ立場的には同格の竜騎士なんだけど、どうしても敬語になる。
「ああ。援軍要請と聞いたが、お前は大丈夫なのか?」
「俺自身は無事です。ケガなどはしておりません。しかし、開拓地に大きな問題が発生しました」
エンテは俺とキュウを交互に見てから、空を見上げて目を閉じ、大きく息を吸った。
ずいぶん深刻そうな雰囲気で、話を続けていいかためらってしまうが、話さないわけにもいかない。
「詳細について相談したいのですが」
「いいか、ロン」
エンテは俺の言葉を途中で止めて、俺の両肩をつかみ顔を寄せ小声で話しかけてきた。
「後ろにおられる方は開拓本部の上級幹部で、旧大陸でも歴戦の竜騎士として名高い、白竜のダイラ様だ。お前からの援軍要請を見て、是非にと言われてここに来られた」
「白竜のダイラ様って、開拓団の竜騎士のトップじゃないですか」
「そうだ。急を要するってんで、相当すっ飛ばして来たんだぞ」
到着が早かったのはそのせいか。
「そのことを踏まえて、発言や行動は慎重にするんだ」
「わかりましたが、そんな偉い人がなんで開拓地の最前線に?」
「それは後だ。いいか? まず、これからお前にいくつか確認をする。落ち着いて答えろよ」
エンテが深刻そうにしているのは、ダイラが来ているせいだろうか?
上役がいるかいないかで態度を変えるような人ではないと思ったけど。
「援軍要請の書かれた伝書魔法紙は、俺も見せてもらった。飛竜が重傷のサインだったが、それで間違いないか?」
実際には、キュウはケガそのものはしていない。今も俺の後ろでしっかり立っている。そういう意味では、重傷ではない。
しかし、飛竜が飛べなくなり、治るかどうかわからないという状態を、伝書魔法紙のサインで伝えるにはどうするか。
無傷、軽傷、重傷、死亡の四択なら、重傷が一番近いだろう。だから、俺はあのときのサインに「竜の重傷」を選んだ。
「私の飛竜は生きていますが、飛べなくなりました。治るかどうかの判断ができない状態で、そのあたりの相談もしたかったのです」
その内容にあわせて、俺はあらかじめ考えておいた返答をした。明確に重傷とは言わず、事実を伝える。嘘はついていないぞ。
というか、こういうちょっとずるい言葉の使い方を教えてもらったのもエンテからだ。
「なるほどな。お前にとって、ショックがでかいのはわかる。そういうことなら、俺もかばうことができるかもしれん」
「かばう?」
「ロンよ。お前が七日に六日は竜と一緒に寝てるような竜狂いだってことはよく知ってる」
「この開拓地に来てからは七日に七日ですよ」
「悪化してるじゃねえか!」
声の大きくなったエンテが、一度深呼吸した。
「いいか。竜を傷つけられたり、竜に死なれた竜騎士は、精神が不安定になることがある」
「はい」
「おかしくなっちまうんだよ。お前のような竜狂いならなおさらだ」
「はあ」
「一見まともに見えても、傷ついた竜を無理に動かそうとしたり、それまで使ってた首輪や手綱に向かって竜の名前を呼んだり、他人を竜の名前で呼んだりするんだよ。で、それがおかしいと指摘されても聞く耳を持たない。ひどいのになると、狂ったように暴れだす」
「俺はそんなことしませんよ。大丈夫です」
「おかしくなった連中は、みんなそう言うんだ」
なんか、話が妙な方向になってきたぞ。
「竜になにもなかったと思い込んで、動けなくなった竜や、そこにいない竜とお話をしだしたりするんだ。返事なんか返ってこないのにな」
「俺はよく話しかけたりしてますが」
「くそっ、そういやお前はそうだったよな!」
エンテは首を左右に振ると、俺の背後を指さした。
「とにかくだ。そこの、飛竜の首輪をベルトにしてる子供について、納得のいく説明をしてもらうぞ」
「説明って、キュウのことですか?」
「そうだ。そもそも、こんな子供が開拓地にいるはずがないし、いや待て」
エンテの眉間にしわが寄る。
「お前の自慢の飛竜、名前は確かキュウだったよな」
「そうですよ」
キュウが俺のふとももを三回たたいた。
これは、「あぶないよ」のサインだ。
俺は背後のキュウを見た。
確かに、キュウは飛竜だったころの首輪をベルト代わりにつけている。
そして、外見は普通の女の子を、俺はキュウという竜の名前で呼んだ。
事情を知っている開拓地の人間ならともかく、事情を知らない他人が見るなら。
エンテが言っている、精神が不安定になった竜騎士の姿に、俺はぴったりあてはまる。
「あっ」
「あっ、じゃねえよ!」
エンテが俺の首元をつかみ、前後にゆする。
「おかしくなった竜騎士そのまんまじゃねえか! こんな子供を竜の名前で呼んでるんじゃねえよ!」
「違うんです! 気が付いたらこうなってたんですよ!」
「目を覚ませ! 違うって言うなら、本物の飛竜のところまで案内してみろ!」
「だから、この子がキュウなんですって!」
「まだ言うか!」
「兵士たちにも同じタイミングでひどいことになったんです! 毒水晶って知らないですか!?」
「知らねえよ! 知ってたって、何の関係がある!」
「待ちな」
毒水晶という単語を出したところで、よく響く低い声がエンテを止めた。
白髪の竜騎士が、老いを感じさせない大股でこちらへ歩いてくる。
「ダイラ様、まだ待ってください。こいつは」
「お前の心配もわかるがね。ここまで言われても暴れださないし、会話も成り立ってるじゃないか。ひとまずは大丈夫だろうよ」
「しかしですね」
「お前だって、竜を失ったやつを何人も見てきただろ? こいつは、そこまでおかしくなってはいない」
エンテは食い下がろうとしたが、ダイラの目を見て諦めたのか、俺をつかんでいた手を放して一歩下がった。
俺よりも頭一つ大きいダイラは、腰をかがめてキュウに目線を合わせると、しばらくキュウと見つめあっていた。
やがてキュウが無言のまま俺の左腕に抱きついて、ダイラがにかっと笑った。
「お前らの名前は、ロンとキュウだったね。お前の言う毒水晶について、詳しく話を聞かせてもらうよ」




