第13話 一夜明けて
<<ロン視点>>
「ウウウゥゥ……」
わきの下あたりから響くキュウのうなり声で、俺は目が覚めた。
かけていた毛布をめくると、俺のわき腹にしがみついて眠るキュウがいた。
その手は握りしめられていて、寝息は浅く小刻みで、苦しそうに顔をゆがめている。
「キュウ?」
「ウゥ」
呼びかけてみたが、キュウは小さく首を動かすだけで、目を開けない。
少し姿勢を変え、キュウを横から抱き留めるようにして、呼びかけ続けた。
「キュウ。大丈夫か、キュウ」
びくりと身体を動かしたあと、キュウがゆっくりと目を開けた。
キュウは俺の顔を見てから、胸にためていた息を大きく吐き出す。
呼吸は元に戻り、その表情から苦しさが抜けた。
痛がったりする様子はなく、具合を悪くしたわけではない、と、思う。
「ずいぶん、うなされてたな。悪い夢でも見てたか?」
「キュオン」
軽く頭をなでると、キュウはちいさな鳴き声をあげて、俺の胸に顔をうずめた。
泣いてはいないようだが、その肩は小さく震えている。怖がっているようだ。
俺は、キュウに話しかけることはできる。
キュウは、人間の言葉を理解しているとは思う。
キュウの表情や仕草から、感情を読み取ろうとすることはできる。
だけど、そこまでだ。
俺がキュウの言葉を聞くことはできない。
キュウが何を感じて、何を思っているか、言葉にして教えてもらうことができない。
今、キュウがなにを怖がっているのかがわからず、慰めることもできない。
思えば、昨日の朝にジオールと紫の光について話していたとき、キュウは俺の背中を叩いていた。あれは、俺を呼んだわけではなく、俺の背中に紫の光があることを伝えたかったんじゃないだろうか。
だが、俺が自分の背中にある紫の光に気づいたのは、昼頃にマールと話していたときだ。
こうなると、使い魔の言葉がわかるマールがうらやましくなる。
今のキュウの姿は人間なのだし、なにか話ができる手段があればいいんだけど。
そんなことを考えながらキュウの頭や背中をなでていたら、彼女が顔を上げてこっちを見た。
「おはよう」
「キュ!」
昨日と同じ、可愛い笑顔を見せてくれた。どうやら落ち着いてくれたらしい。
「さあ、起きよう。援軍が来るまで、開拓地をしっかり守らないといけないからな」
窓の外を見ると、夜闇が薄くなっている。もうすぐ夜明けだろう。
俺は鎧を着こみ、キュウの手を引いて部屋から出た。
開拓地は静かで、今は落ち着いているようだ。見張り用のかがり火にくべられた、薪の燃える音がよく響く。
近くの兵士にジオールの居場所を聞くと、彼は会議室でクロスボウを作っているとのこと。
キュウと一緒に会議室に入ると、クロスボウの台座部分らしい木材を持ったジオールが、目だけをこちらに向けた。
「む。おぬしか」
深呼吸したジオールは、顔を上に向けると、自分の目元を太い指で押さえた。
会議室の大机の上には、ジオールが使う工具やクロスボウの材料などが広げられていた。
俺もここで書類仕事をやっているし、会議室は騎士たちの作業場になりつつある。
「もう交代の時間だったか。こんなに調子が悪いのは初めてだの」
「そうなのか? 確かに顔色は悪そうだけど」
俺はジオールの隣に座って、その顔を見た。
いつものジオールは血色のいい赤ら顔だが、今日はずいぶん青白く、目の下にはクマもできている。
「夜の間にクロスボウを作ろうと思ったんだがの。頭痛がひどくて作業が進まん。できあがったのは、そこのひとつだけだ」
不機嫌そうにジオールがあごを向けた先、大机のすみっこに、レバーで弓を張るタイプのクロスボウが置かれている。
キュウが興味深そうにクロスボウを見ていたが、その手は俺の左腕をつかんだままだ。
「さび止めも防水もしておらん。事態が落ち着いたら、バラして作り直すぞ。専門外とはいえ、そんな中途半端な出来のものを残したくない」
しっかり作られているように見えるが、俺みたいな素人にはわからないところがあるんだろう。
台座の木材や弓の金属部分は素材の色そのままで、飾り気のないシンプルなものだ。
ジオールは視線を手元に戻し、木材の台座に金属部品を組み合わせはじめた。
「悪いが、早めに見張りの引き継ぎを頼めるかの? せめて今日中には、もう一個ぐらいクロスボウを作っておきたい」
「わかった。夜の間に、異常はあったか?」
「畑のほうにヤツメヘビが一匹出たくらいだの。兵士たちが追い払っただけで、仕留めてはおらんそうだ。兵士の被害はないが、畑が荒らされたかの確認は明るくなってからと思って、まだしておらん」
ヤツメヘビ。文字通り目が八つの、太さが人間の太ももぐらいはある大蛇だ。
毒は持っていないが、素早い上に体力があり、兵士が一人で退治するのはやや厳しい。
それでも、このあたりの魔獣としては大人しいほうであるが。
畑のほうは、あとで実際に行ってみるとして。
俺はジオールの様子のほうが気になっていた。
いつもより口数が少ないし、指の動かしかたもぎこちない。
「調子が悪いって言ってたが、頭痛のほかに何かあるか?」
「なんだ。心配するほどのことではないぞ」
「いつもなら、それで済ませるけどな。今は毒水晶のことがあるだろ。小さなことでも、不調があるなら教えてくれ」
「むう」
ジオールは少し考えたあと、こっちに向き直った。
「今は収まったが、起きたときは吐き気があったな。あとは、やたらのどか渇く。だが、熱などはないと思うぞ」
「それだけ聞くと、二日酔いだな」
「馬鹿を言うな。生まれてこのかた、二日酔いなんぞしたことがないわ」
ジオールが笑うが、今ひとつ元気がない。
まあ、確かにジオールが二日酔いをしたところは見たことないけど。
「昨日は酒を飲んだのか?」
「状況が状況だからの、わきまえるわい。寝かけに一杯だけだ」
「まあ、一滴も飲まないとは思ってないけどさ」
「しかし、そういえば、飲んでからの記憶が……」
真顔になったジオールが、視線を足元に落とした。
「ロンよ。二日酔いとは、どんな症状が出るんだ?」
「ん? そうだな。俺もあまり二日酔いはしないけど、頭痛、ふらつき、吐き気、のどが渇く、気分が落ち込む、大きい音が頭に響く、とかかな」
「むう、むううむ」
ジオールは頭を押さえ、黙り込んでしまった。
窓を見ると、外はだいぶ明るくなっている。
「まあ、他に症状が出たら教えてくれ。きついなら、衛生兵に相談して薬でも飲むといい」
「むう」
「それと、クロスボウは今すぐ必要ってわけじゃない。体調が悪いなら、作業は適当なところで切り上げて休んでくれよ」
「むう」
「それじゃ、俺は外の見張りを引き継ぐよ」
「むう……」
生返事を繰り返すジオール。今はもう話が続かなさそうだ。
俺が立つと、キュウも一緒に立ち上がり、俺の左手を握りなおした。
会議室を出ようとしたところで、出入口のそばにある小机が目に入った。机の上には水差しとコップが乗っているが、中身は空になっていた。
あとで、兵士の誰かに水を持ってこさせようか。
防衛任務を引き継いだ俺は、当番の兵士から話を聞きつつ、ヤツメヘビが出たという畑に向かった。
ここは、周辺の土でなにが作りやすいかの確認用に作られた畑で、あまり広くはない。
作物の成長は早く、大半は俺の腰ぐらいの高さまで育っている。
この畑は、防衛範囲から外していた。食料自体は兵舎内の倉庫に確保してあるし、畑が荒らされることは承知の上で、兵士の安全を優先しての判断だ。
夜は兵舎に近いところだけ火で照らすように指示してあったが、昨日のヤツメヘビは夜中に畑から出てきたところで巡回の兵士たちに見つかり、遠くから矢を射かけられて畑の外に逃げたらしい。
畑の中央、図体のでかいヤツメヘビが通ったところは、わかりやすく作物がなぎ倒されていた。
ヤツメヘビ自体は肉食だが、ヘビのエサになる小型の動物が畑の周りにいるということだろう。
防衛範囲を狭めたぶん、動物や魔獣の行動範囲が広がっている。
今の兵士の状態では、彼らを畑に近づかせないほうがいいだろう。作物の影から魔獣に奇襲でもされたら、ただでは済まない。
俺は今まで通り、畑には近づかないよう兵士に指示しておいた。
荒らされた畑の中に、土にまみれた野菜が転がっているが、今は放置だ。
この結果は想定していたものだし、被害は畑だけで兵士が無事だったのは判断が正しかったとも言える。
しかし、実際に畑が荒らされているのを見ると、割り切れないものがあった。
早く解決の目途がつけばいいんだけど。
俺はその後も、兵舎からあまり離れない範囲で巡回を続けた。
とくに問題はなく、兵士たちも普段通りだ。今日も晴れていて遠くまでよく見えるが、大型魔獣の影はない。
気になることと言えば、昨日よりキュウの距離が近い。かなり近い。
俺の左手は常にキュウに確保されていて、触れているところからキュウの体温が伝わってくる。
頭ならなでてやるから、人前で指を口にくわえるのは止めてください。すれちがう兵士がめっちゃ見てるから。




