第10話 竜騎士流の恐怖対策
<<ロン視点>>
「不安か、そうじゃないかと言われたら、不安だな。けっこう怖い」
そう言った俺に対して、マールは口をへの字に曲げた。絶対に納得していない。
こいつがこんな顔をするのは、めったにない。いつもは、何かトラブルがあったときでも、もっと楽観的で明るい顔をしているんだけどな。
自分の使い魔たちが人間になったショックは、今も続いているようだ。
彼の後ろにいる使い魔の女の子たちも、表情がどこか暗い。
俺は竜に乗り、マールは動物を使う。人間でない生物を相棒とするという点で、俺たちは同じだ。頼りにしていた相棒が、人間に変わってしまったというのも同じ。
そしてマールは、年齢的にはまだ子供と言ってもいい。本人が開拓地に行きたいと言ってはいたが、それに協力してこの開拓地に連れてきたのは俺だ。
そんな俺のことを、マールはアニキと呼んで慕ってくれている。
このままマールを放っておきたくはない。せめて、少しでも不安を取り除いてやりたいんだが。
ひとまず、竜騎士の先輩に聞かされた心得から話してみるか。
「不安や恐怖心ってのは、誰の心にもあるもんだ。それは仕方ないことで、別に恥ずかしがることじゃない。まずいのは、不安にとらわれすぎて、動けなくなることだ」
「よくわかんないよ。オイラには、アニキが怖がってるようには全然見えない」
「まあ、怖がってもどうにもならないからな。泣いたり叫んだりして解決するなら、俺はそうするぞ」
「なんだよそれ」
「たとえば、今この会議室で、俺たちが怪我とかで動けなくなったなら、助けを求めて叫ぶのはアリだ。兵士の誰かが叫び声を聞いて、助けてくれるだろう。迷子と同じさ。迷子は助けを求めて泣くんだ」
「俺たちと迷子を一緒にしないでよ」
マールがあきれたように笑った。まだ不機嫌そうだが、少しは落ち着いてきたようだ。
「そうそう。笑うのも効果があるぞ。無理にでも笑うのがいい。そうすれば、恐怖が薄れる。恐怖ってのは、放っておくとふくらんでいき、他人へ広がるもんだからな。俺たち正騎士が不安そうにしてると、それが兵士にも伝わる」
「そんなこと言われても、兵隊さんなんてみんなオイラより年上の、大人じゃないか。使い魔のみんながいるときならともかく、オイラだけを見てる人なんていないよ」
「兵士たちはけっこう見てるもんだけどな。まあ、兵士たち相手ってのがピンとこないなら、使い魔のためにと思ってやってみるといい。俺はキュウのためなら、けっこうやれる自信があるぞ」
そう言って、俺は顔の筋力で笑顔を作ってから、隣のキュウを見た。キュウは俺の顔を見て、知らない人を見た時のように目を丸くしている。
無理があったかー。
俺って作り笑いすると怖いって言われるんだよな。
それでも近づいてきてくれたキュウの頭に手を伸ばし、軽くなでる。キュウは安心したように微笑んで、気持ちよさそうに目を閉じた。
ああ、やっぱり俺は自分の筋力で作るより、キュウの喜ぶ顔を見るほうが自然に笑顔になれる。
マールのほうを見ると、あいつは両手を自分のほっぺたにあてて、指の力で笑顔を作ろうとしていた。
それを見ていた使い魔たち三人も、マールの真似をして自分のほっぺに手を当て、顔をぐにぐにしている。
そのうち、お互いがお互いの変な顔を見て、自然に笑い出した。
あいつらのほうがよほど笑顔の才能があるじゃないか。
「どうだ。少しは怖くなくなっただろ?」
「そうかな。無理やりじゃない?」
「だが、さっきまでの思いつめた顔よりはだいぶマシに見えるぞ。それじゃあ緊張の抜けた今のうちに、やれることの確認だ」
俺はマールを連れて外に出ると、使い魔たちの能力がどう変わったかの確認をさせた。
最初、マールはみんなの力を疑うみたいだと嫌がっていたが、俺はキュウを例にして、彼女たちに無理させないため、今できることを知る必要があると言って説得した。
飛竜と連携が必須になる竜騎士にとって、個体差の大きい飛竜の能力確認は大事なことだ。これをやらないと、竜を乗り換えたときなんかにひどい目に合う。
で、確認の結果、マールの使い魔たちは全員が動物だったころの能力をある程度残していることがわかった。
ガウは嗅覚が人より鋭く、風上にいる見えない位置の巡回兵士の数を言い当てた。腕力は、俺が腕相撲で普通に負けるぐらいには強い。クマの手では武器が持てないが、とがった大きな爪で木の皮を軽く引き裂くことができた。
クォンは目がよく見え、身軽で、リスしっぽでバランスを取りながら素早く木を登り、枝の飛び移りも余裕だった。
地上を走るのも早く、瞬間的には馬に近いスピードを出していた。
クァオはまだ子ギツネなのもあって非力だがジャンプ力があり、助走をつけずに自分の身長よりも高く飛べる。
夜目も利くようで、明かりを消した倉庫でも中にある物を確認できた。
また、目や耳、鼻を使わなくても物の位置がわかる能力があり、たとえば外にいながら兵舎の内部の形がなんとなくわかるそうだ。
見張りをしていたクーにも来てもらって確認したが、フクロウのころに持っていた優れた聴覚と夜目は残っていた。自由に飛ぶことはできなくなっていたが、翼を広げて高いところからジャンプすれば滑空して軟着陸するくらいはできる。
さらに筋肉ムキムキの見た目を裏切らない運動能力の持ち主で、フクロウそのままの鳥の足指で太い木の枝をつかみ、そのままへし折ったり爪でバラバラにすることもできた。戦闘になれば並みの兵士よりも上の実力があるだろう。
そして今までどおり、マールが獣使いの首飾りを使うことで使い魔との五感の共有や遠距離の会話もできた。
一緒にキュウの能力も見てみたが、腕力が大人並みにあるものの、視覚や聴覚といった感覚部分は普通の人間とそれほど変わらないようだった。
やっぱり今のキュウに無理をさせるわけにはいかない。
ひととおり確認し終わって、クーは見張りに戻っていった。
他の使い魔たちとキュウは、運動能力を確認してるうちに身体を動かすのが楽しくなってきたようで、今は兵舎前の広場で追いかけっこをしている。
俺たちは少し離れたところで、彼女たちの走る姿を眺めていた。
「いろいろわかったな。見張りは全員ができそうだし、魔獣が出てきても逃げるくらいの能力はある。ガウやクーなら、ある程度は戦えそうだ」
さっきまで使い魔たちと一緒に走り回っていたマールは、ついていけなくなって俺の横で座り込んでいた。下を向いて肩で息をしている。
「これで、少しは怖さを減らせたかな」
「そう、なのかな?」
「自分たちができることを知ることも、不安を乗り越える方法のひとつなんだそうだ。何ができるかわからないってのは、それだけで不安の原因になる。危険が迫った時でも、自分たちにできることが何かを知っていれば、それを元にして対策を考えることができる。何も知らないより、だいぶマシになる、ってね」
「……そうだね。そうかもしれない」
マールはつぶやくように言うと、俺を見上げる。
「アニキはすごいよ。オイラだったら、そんなことまで考えられない」
「この考え方は、竜騎士の先輩たちに教えられたことなんだ。俺がすごいわけじゃないぞ」
竜騎士は数が少なく、竜の運動能力に単独でついてこれる人間はまずいない。結果、竜騎士は単独行動することが多くなる。そして単独行動中に竜が傷ついたとき、対処できるのは竜に乗った騎士だけだ。
だから竜騎士の新人には、戦闘訓練と並行してさまざまな知識や心構えも一緒に叩き込まれる。
竜と騎士、ふたりだけのときに緊急事態に巻き込まれても、混乱せず、冷静に対処し、竜と共に生き延びられるように。
「それでも、アニキはちゃんとできてるじゃないか」
「お前にもできるようになるさ」
「無理だよ。オイラは、アニキみたいに強くないんだ」
「俺も強くはないぞ。俺ひとりでは、たいしたことはできない。いつも、キュウを含めて他人に頼ってばかりだ。キュウを大事にすること以外で俺がやっているのは、わからないことを調べ、できることを探す。やれることはやるが、無理だったらできる人にお願いする。お願いを聞いてもらえたなら、そのお礼をする。それくらいかな」
他人に頼ってばかり、のところで、マールの肩が少し震えた。
「オイラに、みんなを元に戻す方法はわからない。誰にお願いしたら、それを教えてくれるかな」
「俺も知らない。まずは、知っていそうな人を探すところからだな」
「探すって、どうすればいい?」
「同じようなことが他の場所で起きていないか、開拓本部に調べてもらう。原因がジオールの言う毒水晶なら、近くに毒水晶の現物が残っている可能性があるから、それも探す。他にも、似たような効果を出す魔術があったら、その仕組みや解除法が参考になるかもしれない。そのへんは、遠征隊に参加してる騎士の中に詳しいのがいるはずだ。みんなが戻ったら聞いてみよう」
マールは視線を足元に戻すと、小声で俺の言葉を繰り返した。
「だが、この開拓地の安全が確保できないと俺たちは動けない。まず、援軍が来るまでしっかり防衛する。調べ始めるのは、援軍が来た後だな」
「うん」
「なーに、まだ誰も死んでいない。援軍は呼んだし、この開拓地の建物は壊されていないから、防衛もできる。食事も水も、寝床もある。なんとかなるさ」
「ん!」
そう言ったところで、マールは勢いよく立ち上がり、こっちに顔を向ける。
そこには、いつもの無邪気な笑顔が戻っていた。
どうやら立ち直ってくれたらしい。
「ありがとうアニキ。なんとかなりそうな気がしてきた!」
マールは大きく伸びをすると、頭上に輝く太陽を見て目を細めた。
「もう交代の時間は過ぎてるよね。これからはオイラが見張りをするから、アニキは休んで大丈夫だよ!」
「ああ。お願いするよ」
俺はマールと並んで、走り回るキュウと使い魔たちを迎えに行った。




