85話 追撃
「どうなってんですか、いったい!」
俺が声を荒げるとサクラさんは軽いノリでこう言った。
「いやあ、敵の指揮官が誰なのか確認する任務だったんだけど、つい魔がさして撃ち殺してしまったのよ」
あ、この人ダメな人だ。
オークの指揮官が誰なのか判別できれば、装甲部隊中心なのか歩兵部隊中心なのかなど、部隊の編成がだいたいわかるらしい。
その判別が任務だったらしいのだが、目の前に現れたから勢いで撃ち殺したという訳だ。
それで現在俺達は森の中を逃走中だ。
もちろんオークの追手が凄いことになっている。
その追手に対して応戦しているのは主に葉っぱの人達だ。
交代で応戦しながら後退していく、遅滞戦闘というやつだ。
俺達はというとなんか守られているVIP扱いのようで、邪魔になるから手を出すなと言われた。
葉っぱの奴らは確かに戦闘慣れしているから、俺達が口を挟む事なんかもできない。
楽は楽なんだけどあまりいい気持ちはしない。
それはタクも同じだったようで我慢しきれずに擲弾筒をぶっ放した。
すると擲弾はオーク2匹を吹っ飛ばし、タクが「よっし」と声を上げる。
しかしそこからがまずかった。
敵が擲弾筒射手が厄介だと考えたらしく、タクがいるところへ射撃が集中したのだ。
タクがいるところ、つまりエミリーと俺もいるところへだ。
「伏せなさいっ!」
俺達3人と一緒に行動しているサクラさんが、動作の遅いエミリーとタクの頭を地面へと押しやる。
その後すぐにタクはサクラさんの説教の猛攻撃を浴びる事となる。
説教している状況じゃないだろ。
この先にハーフトラックと自走砲が待機している事を教えると、なんとかそこを目指して進むことになった。
葉っぱの人達は遅滞戦闘をしているというのに、途中にブービートラップまで仕掛ける余裕があるらしく、それがオーク追手の追撃を遅らせているようだ。
葉っぱの人達まじすげえ。
しかし余裕があったのも最初だけだった。
遠くから徐々に聞きたくない金属音が聞こえくる。
戦車のキャタピラ音だ。
銃を撃ちながらサクラさんがつぶやく。
「対戦車武器は持ってきてないぞ」
戦車がいるかもしれない敵にわざわざ喧嘩売ったくせに、対戦車兵器を持っていないってどういうことだよ。
俺達はなるべく戦車が入れなそうな場所を通るが、そんなのお構いなしに木を踏倒して追いかけてくる。
敵戦車は速度が速いタイプ7戦車で45㎜戦車砲を搭載している。
葉っぱの人が逃げ切れず近くの木の後ろに隠れたのだが、隠れた木ごと戦車砲で吹っ飛ばされてしまった。
吹っ飛ばされた葉っぱの人は血だらけになってはいるけど、まだ息はあるようで必死に張ったまま逃げようとしている。
しかしその両脚は膝から下がなくなっていた。
近くにいたもう1人の葉っぱの人が直ぐに助けに向かうも、今度は戦車の機銃によって倒された。
そして戦車は倒れていいる2人を踏み潰して進み、もはや人だったという面影も残さない。
近くの草の中に隠れていた別の葉っぱの人が飛び出して、戦車の側面から走り寄る。
その手には手榴弾が握られていた。
手榴弾を握ったまま軽やかに戦車に飛び乗って、砲塔にあるハッチを開こうと手を掛けた瞬間、後ろから来たオーク兵に銃撃されて、手榴弾を握ったまま戦車から転げ落ちる。
そして数秒後には手榴弾が爆発して自らの体を粉砕した。
これで葉っぱの人はサクラさんだけになってしまった。
サクラさんは急に立ち止まる。
なんか嫌な予感がするんだけど。
サクラさんがその場ですっくと立ちあがった。
その顔は怒りとも悲しみともとれる複雑な表情だ。
もしかしてエミリーのように突然スイッチが入って、オーク共を蹴散らすのかと思ったけどそうはならなかった。
突然「びえ~」と泣きながら機関銃を撃ちまくり始めたのだ。
それも機関銃の弾はあっちこっちへと検討違いの方向へと飛んでいき、全然命中する気配さえない。
身長が低いだけに人間の子供が駄々をこねているようにさえ見える。
そこへ先ほどのタイプ7戦車がサクラさん目掛けて突進してくる。
生きたまま踏み潰そうというのだろう。
俺はサクラさんを後ろから抱きかかえて逃走に入る。
「エミリー、タク、逃げろ!」
俺の声で我に返ったようで「はっ」とした表情で立ち上がると全力で走り出す2人。
そこへ戦車砲の発射音が森に響いた。
やられるっ!
そう思って肩をすくめたんだが、数秒経っても俺は何事もなくサクラさんを抱えて走っている。
なんか様子が変だ。
こんな状況なのになぜか俺は足を止めてしまう。
そして恐る恐る振り返る。
俺の後ろにはタイプ7戦車が迫ってきているのだが、なぜか停車している。
何が起こった?
俺は戦闘中ということも忘れて、好奇心で敵戦車に向かってとぼとぼと歩き出してしまう。
そこへ再び砲撃音がしてタイプ7戦車の砲塔に『カツン』と穴が空いたのが見えた。
その途端、敵戦車は爆音を上げて炎に包まれた。
俺は激しい爆風と迫りくる熱でその場にうずくまる。
砲撃音のした方向に目を移すと、そこには砲口からゆらゆらと煙を出す、見慣れた自走砲の姿があった。
エミリーが声を上げる。
「お兄ちゃん、丸太戦車が来てくれたよ」
助かった。
「エミリー、タク、急いで乗り込め!」
俺達は丸太戦車へと走っていく。
それを阻止しようとオーク兵がライフル銃を発射するが、そう簡単に当てられはしない。
敵戦車から逃れたのにオーク兵にやられたんでは悔やみきれんからな。
結構な距離を走り切り、やっとのことで丸太戦車にたどり着く。
丸太戦車はソーヤが操縦して主砲操作をミウとケイが担当していた。
俺達が乗り込んで直ぐにいつもの配置へと着く。
エミリーが操縦手、ミウが砲手、装填手がケイ、そして俺が戦車長だ。
タクとソーヤはサクラさんをハーフトラックへ運んでもらう。
榴弾をぶちかまそうとも思ったけど、敵オーク兵はゴブリンと違ってちゃんと散開してやがる。
これだと砲弾がもったいない。
敵が歩兵なら機関銃で終わらせようと思い、26型軽機関銃を構える。
新しく増設した機関銃用の銃架には、26型機関銃が搭載できるようになっている。
もちろん前方に射界が向くように戦闘室の右側装甲板の上に増設したのだ。
俺が今までのお返しとばかりに機関銃を撃ちまくるのだが、ゴブリンとは違ってそれだけでは引き下がらない。
それどころか装甲車両だと知っているにもかかわらず、ライフル銃で丸太戦車を撃ってくる。
装甲が薄いのは認めるけどね、ライフル銃で撃ち抜けるわけないでしょ。
ちょっと悔しいから50㎜砲を撃ち込んでやった。
前に搭載してた75㎜砲とはやはり威力が違うんだけど、オーク兵1人に対しては十分過ぎるほどの威力を持っている。
もちろんオーク兵は一発で消し飛んだ。
気を良くした俺は、もう1発撃ち込んでやろうかと次の標的を探していると、またしても耳障りな金属音が聞こえてくる。
それはキャタピラ音、それも複数が森の奥から聞こえてきたのだった。
戦車戦闘はまだ続きます。
次話投稿は明後日の予定です。
次回もどうぞよろしくお願いします。




