80話 帰還
チョコレートを持つ俺の手がプルプルと震える。
いかん、口に出しちゃいけない事言ってしまった。
しかし俺の予想した事とは裏腹にエミリーは普通の顔で答えた。
「別に今じゃなくてもいいよ。“街に帰ったら食べきれないほどのチョコくれる”って約束だから」
そこはしっかり覚えてんのかい。
ああ、でも助かったのか。
「そ、そうだな。帰ったら買ってやるからな」
「うん。楽しみにしてる」
敵がいない今ここでスイッチが入ってたら大変なことになっただろう。
俺は胸をなでおろすのだった。
ミウが深いため息をしてうな垂れたのが見えた。
ミウ、妹が世話をやかせてすまん。
かなり危なかったけどそのおかげで、ウルフライダーの狼の毛皮をいくつも手に入れた。
こいつの毛皮は結構な価格で買い取ってもらえるのだ。
毛皮には銃弾で穴が空いたり戦車の蹂躙でかなりの傷が入ってしまったりだが、それでもそれなりの値段はつくはずだ。
大急ぎで戦利品を回収し終わってさて出発しようという段階になって、タクが俺の耳元でこっそりと質問してきた。
「ケン隊長、さっきのあれは何だったんですか?」
「そ、それはだな……え、えっと、エミリーがちょっと本気だしたんだ。ただ、エミリーは気にしてるから詮索はしない様にな」
おお、我ながら完璧な言い訳だ。
タクは少しだけ眉を寄せるような表情を見せたけど、それ以上は何も質問してこなかった。
ソーヤとケイにも同じように説明しているみたい。
ここで長居をしているわけにもいかない。
追手がまた来る可能性もあるので、俺達はさっさと戦利品を回収してその場を後にした。
しばらく進んでやっと初めに通った道に出た。
そこからは簡単だ。
道を進めばストマックレイクの中継所までたどり着ける。
そこまでくれば街まではあと少し。
エミリーとミウとケイの女性陣はゆっくり湯船に浸かりたいと言い、男性陣はそれぞれ自分の好みの食べ物の話をし、無線の交信内容がさながら旅行へ行くかのようだ。
俺達は戦争をしているとは思えないほど気楽な雰囲気だった。
しかし廃墟の街へたどり着く頃にはその雰囲気が一変した。
誰もが口を閉ざし、その表情は悲壮感が漂うものへと変貌していた。
廃墟の街に駐留していた人間側の兵隊が誰もいなかったからだ。
遠くから廃墟の街の様子を見る限り、そこには人間の姿など見えず、そこにいるのはオークの兵士だけだった。
これは緊急事態だ。
すぐに偵察のためにタクとソーヤにカメラを渡して偵察を指示した。
しばらくして無事にタクとソーヤが帰ってくるなり、いきなりその場で嘔吐した。
「オーク共が、人間を焼いて……ぐふっ」
オークは人を食べる。
それを近くで見てしまったんだろう。
偵察したタクとソーヤによると、完全にオークに占領されていて、捕虜は確認できず、多数の人間が串に刺されて焼かれているという。
酷い有様だ。
確かにそれを見たら吐くわな。
しかしたった1日であれだけの人間部隊が壊滅させられるとは、それもオークが参戦してくるとは思ってもみなかった。
ゴブリンなら正直楽勝とか思ってた。
例え戦車部隊で来てもどうせゴブリン軍の主力戦車はブレタン戦車程度だ。
それに対して人間側の軍隊の主力は、量産性に優れているモデル4シーマン戦車と聞いている。
明らかに性能が違う。
ゴブリンの戦力など、せいぜいランクの低いハンターの戦車に対抗できる程度でしかない。
兵士の士気も個人武器の質も圧倒的に人間が上だ。
しかし、敵にオークが加わると話は全く違ってくる。
過去に人間とオークは小競り合いはあっても大きな紛争は起こったことがないのだが、オークの持つ装備や武装はだいたい見当がつく。
一番怖いのは戦車だ。
オークの戦車をいくつか目にしたことがあるんだけど、ひとつは前に鹵獲した60型のような軽戦車というか豆戦車の類。
そのほかに恐ろしく速く走る中型の戦車。
それと砲塔が複数ある多砲塔戦車も見当た事がある。
死んだ親父に聞かされた話だと、人間が製造する戦車に匹敵するほどの性能がある上、戦車の数でも質でもオークが圧倒的に勝るため要注意と言っていた。
だからゴブリンよりオークの戦力の方が怖いのだ。
それが中小規模ではなく、軍隊規模で動くとなると危機的状況のような気がする。
このことは人間側の軍のお偉いさん達には伝わっているのだろうか。
俺は少し考えた後、まずは味方がいる後方へ下がることにした。
本当ならばもう少し偵察でもして情報を仕入れたいところだが、その情報を軍が買ってくれるとは思えない。
それだったら無駄にリスクの高いところに首を突っ込むこともない。
とっとと中継所を目指そう。
中継所を目指して街道を走っていると、急に銃撃を喰らった。
機関銃での銃撃だ。
しかしそれは敵からではなく、味方の前哨陣地からの銃撃だった。
どうやら敵陣から出て来た俺達は敵を間違えられたらしい。
ということは、今まで俺達は味方のいない敵陣の真っただ中にいたことになる。
最前線の近くどころではなかったようだ。
俺がハンター協会のマークの入った旗を振ってところでやっと銃撃が止んだ。
折角追手から逃れてきたのに味方に撃破されたんでは悔やみきれん。
対戦車砲で撃たれたらおしまいだったな。
こうした晴れて人間の支配地域へと入って行った。
俺達が見たこと知ったことを簡単に説明すると、何故か軍の車両の護衛付きでストマックレイクの中継所まで護送されることになった。
なんか嫌な予感がするんだが。
中継所に到着するとすぐに責任者である俺は軍のお偉いさんの所へ呼ばれた。
見てきたことをすべて詳しいく話せという訳だ。
もちろん撮影したフイルムも没収されそうになる。
「待って、下さいよ。それはハンター協会に渡すものです。ここで没収されたらハンター協会に怒られますよ」
ハンター協会は意外と軍に対しても権力を持っているらしい。
ハンター協会という名を出した途端に、俺を尋問する士官の表情が変わったからだ。
俺が必死に訴えると、なんとかフィルムのネガは返してもらえることになってほっとした。
何度も同じことを聞かれたり、何度も地図を見せられて、やっとのことで俺は解放された時には3時間が経過していた。
もちろん情報料など貰えるはずもない。
しかし全くの無駄な時間だったかというとそうでもない。
燃料と弾薬補充は約束してくれたのだ。
これは非常にありがたい。
激しい戦闘をしてきたばっかりで、そのすぐ後に拉致同様に連行されての取り調べと、心身ともにぐったりして皆のところに帰ると、なんか和気あいあいと楽しそうにくつろいでいる。
なんか腹が立つ。
話を聞くと尋問を受けたのは俺だけではなく、みんな受けたそうだ。
だけど俺みたいに何時間もかかってないという。
やっぱり腹が立つ。
軍から解放されて中継所の広場に行くと物凄い兵士の数だ。
特に負傷兵の数が半端じゃない。
どうやらオーク軍に押されて撤退してきた兵士達のようだ。
その辺の情報はすべてエミリーが兵士から集めてくれたそうだ。
俺達が得た情報はまず、オーク王国が宣戦布告して一気に侵攻してきたこと。
人間側は軍がまだしっかり整っていないため劣勢な状況であること。
特に弾薬の不足は深刻らしい。
弾薬不足はハンター達にとっても深刻だ。
ハンター家業で生計を立てている身なので、弾薬不足は生活に直結する。
特に借金を抱える俺達兄妹とミウにとっては人生に関わる重大事件だ。
今回は軍から補充できたとはいえ、この先どうやって確保するかが問題だ。
俺達ドランキーラビッツは頭を悩ますのだった。
やっと味方勢力圏内へと戻ってこれましたが、戦況は不利な状況へと傾いているようです。
次回、ハンター協会から正式な依頼を受ける主人公。
果たしてその依頼とは……
次話投稿は明日の予定ですが時間は未定です。
明日もどうぞよろしくお願いします。




