78話 手榴弾
俺達が遺跡の回廊を抜ける頃になってやっと、ゴブリン兵が組織立って動き始めた。
しかしもう遅い。
俺達はすでに逃走経路に入っている。
今から車両の準備をしても間に合わないよ。
俺は煙を上げる遺跡を眺めながら肩の力を抜いていた。
しかし、その遠ざかる遺跡の景色の中から黒い点が動くのが見える。
それも1つじゃない。
いや、徐々に増えている?
俺は双眼鏡を取り出してその黒い点を確認する。
「やばい、ウルフライダーだ!」
大型の狼に騎乗したゴブリンのことだ。
後方が見えない操縦席のエミリーが聞いてくる。
「え、またウルフライダー出たの? お兄ちゃん、私が蹂躙しようか」
また恐ろしいことをさらりと言う。
この自走砲で蹂躙とかおかしいから。
そういう種類の戦車じゃないから。
ああ、でもさっきトラックを蹂躙したんだっけ。
そんなことしているうちにもウルフライダーが迫りくる。
数を数えると8匹いる。
「エミリー大丈夫だから気にしないで前を見て操縦してくれ。ウルフライダーは俺とミウに任せろ」
俺がそう言うとエミリーは少し残念そうに操縦に専念する。
ミウのショットガンの射程からは外れているが、俺の軽機関銃ならば問題なく届く距離だ。
ミウに先頭を行くタク達に無線連絡してもらい状況を知らせる。
するとタクが早速34型機関銃を銃架から外して車体後方に持っていき、ウルフライダーに狙いを定め始める。
俺も26型軽機関銃を木箱に載せて安定させようとして思い出す。
やばい、弾薬箱じゃねえか!
戦闘室の後部には75㎜砲弾の砲弾ラックがあるのだ。
まずい、銃弾くらいなら弾き返せるけど、火炎瓶や手榴弾など投げ込まれたらまずい。
ウルフライダーは片手は手綱を握るから、もう一方の手だけで操作できる武器を好む。
つまり手榴弾か火炎瓶の投擲攻撃だ。
しかし投擲は接近しなければならいない。
それならば近寄らせてはまずい。
俺は直ぐにも射撃を始めた。
当たらなくても近づくのに躊躇してくれればそれでいい。
その間に逃げ切ればいいのだ。
前にガンキャリーで37㎜砲を牽引してた時に襲われた状況を考えると、今の方が圧倒的に有利だ。
こっちは機関銃が2丁にショットガンもあるし、何より攻撃に参加できる人数があの時とは違う。
しかしウルフライダーは巧みに回避行動や遮蔽物を利用して徐々に距離を詰めてくる。
くっそお、全然当たんねえ。
遺跡から出てしまったこの道は非常に荒れた道路だ。
街道からそれた道が整備されているはずもない。
悪路で速度は出ないし揺れるから弾は乱れて当たらない。
これじゃあ前の時と同じじゃねえか。
そんな中で俺は見覚えのあるウルフライダーを目にした。
赤い大きな骨で出来たイヤリングをしているゴブリンで、顔には大きな火傷の痕がある。
奴だ!
以前ガンキャリア―で襲われた時、『覚えていやがれ』と言うような勢いで俺に剣先を向けたゴブリンだ。
奴の顔の火傷は俺が火炎瓶で負わせたのだからはっきりと覚えている。
奴と俺の視線が合う。
奴も俺のことを覚えてやがるのか。
するとあの時と同じように引き抜いた剣先を俺に向けた。
それが合図だったのか、ウルフライダー達が周囲を囲むようにして、一気に距離を狭めてきた。
「エミリー、ガンキャリア―で襲われた時と同じウルフライダーだ。飛ばせ!」
「お兄ちゃん、いつもの事だけど無理言わないでよ。この丸太戦車だって性能に限界があるんだからね」
左右からウルフライダーが急激に接近してくる。
俺は右側に弾幕を張る。
「やった、1匹倒したぞ!」
ミウが左側のウルフライダーにショットガンをぶっ放す。
「あ、私も倒しました」
その時、後方にいた1匹のウルフライダーが急接近してきた。
火傷顔のゴブリンだ。
しかし奴は接近したと思ったら直ぐに自走砲から離れていく。
俺は不思議に思って戦闘室を見回す。
すると砲弾ラックの上に積まれた荷物の間に柄付き手榴弾が見えた。
「くそっ、手榴弾っ!!!」
俺はミウの頭を床に押し付けながら自分も床に伏せる。
物凄い爆風が多数の破片と一緒に辺りに巻き散る。
床に伏せたおかげで直接爆風と破片は受けずに済んだみたいだ。
爆発を終わると自分がまだ生きてることに驚きながらもミウに声を掛けると「大丈夫です、怪我もないようです」と答えが返ってきた。
俺も自身の無傷を確認して軽機関銃を再び構える。
するとちょうどこちらに乗り移ろうとしているゴブリンの目の前に俺は銃口を向けたらしい。
お互いに驚いて一瞬動きが止まるのだが、直ぐにゴブリンの顔へ弾丸を叩き込んだ。
そのゴブリン以外にも接近しているウルフライダーがいたので、俺の軽機関銃とミウのショットガンで蹴散らす。
特にショットガンは威力を発揮して、あっという間にウルフライダーを遠ざけた。
危ないところだったと思いながら砲弾ラックを調べるが、一応装甲板が張られているから大丈夫だったようだ。
しかし、見ちゃいけないものが目に入る。
チョコレートの木箱が先ほどの手榴弾の爆発で木っ端微塵となっていたのだ。
うおおお、折角の戦利品がぁ!
俺が操縦席のエミリーにそれを伝えると、その背中がピクリと動くのだが返答は何もない。
えっと、知らせない方がよかったのかな。
俺のこめかみに嫌な汗が流れる。
そう思った時には遅かった。
自走砲が急に右側に車体を向けて横滑りを起こし、くるっと車体の向きを180度回転させた。
急なことで俺とミウは戦闘室内ですっころんでしまう。
あうふっ、ミウのモフモフが俺の顔の前に……
続いてキャタピラが空回転する音が響き、ウルフライダーに向かって猛突進を始めた。
え、え、まさか、このタイミングでスイッチ入ったのかよ!
次回、エミリーが大暴れします。
次話投稿は明日の予定ですが時間は未定です。
明日もどうぞよろしくお願いします。




