64話 75㎜砲の性能
75㎜砲の支払いまでまだ何日かある。
もう少しこの地で稼ぎたいんだけど、負傷してしまった俺はポーションで傷は癒えたとはいえ、しばらくは体に違和感があってまともに動くことはできない。
ポーションや治癒魔法で傷を癒した場合の後遺症みたいなものだ。
今回は傷口が複数あったもんだからあちこちに違和感が残る。
少し早いけどアシリアへ帰るか。
一応ガキンチョの3人にも聞いてみる。
すると予想した通り、彼らもアシリアへ行くという。
あくまでも同じパーティーメンバーと言う認識らしい。
夜明けとともに俺達はストマックレイクの中継所を後にした。
まだ夜が明けて間もない時間帯とあって辺りは薄暗い。
朝日が昇り始める中をハーフトラックと軽戦車とサイドカー付きのバイクが街道を走る。
まるで護衛付きの物資輸送の車列みたいだな。
1時間ほど走って無事にアシリアの街へと到着した。
真っ先にバイクを返却して壊してしまった賠償金の支払いを済ませる。
そして買取所の行きつけであるモリじいの店へ行きたいところだけど、その前にいくつか他店を回って60型軽戦車の買取相場を調べたい。
買取金額によっては75㎜砲の代金の支払いができなくなるからだ。
そこは足元を見られない様に前情報は入手しておきたい。
いくつか店を回ってたどり着いた相場は“44,000~45,000シルバ”という微妙な金額だった。砲塔のひび割れが査定を低くしているみたいだ。
タクめ!
その後ハンター事務所へ行ってオークとゴブリンの討伐報奨金を受け取り、ゴブリンの装備などのこまごましたものは個人装備専門の買取所で売り払った。
予想通り大した金にはならなかったけど、4等級ハンター4人分の稼ぎと考えればそこそこの金額にはなっている。
戦車の代金と比べてしまうと金銭感覚がくるってくるな。
ただ戦車の代金は俺が独り占めでも大丈夫みたいだが、さすがにゴブリンの装備品と討伐報奨金は彼らに譲ろうと思う。
その話をするとガキンチョ共は驚いた表情を見せる。
どうやら今までは雇ったパーティーメンバーが戦利品のすべてを持っていっていたので、自分たちの手元には何も残らなかったらしい。
それで雇ったハンターが戦利品を持っていくのが普通と思っていたらしい。
どういう契約をしたかはわからないけど、たぶん騙されていると思うぞ。
しかしそこは黙っておこう。
俺の目の前では自分たちで勝ち取ったお金を握りしめて大喜びのガキンチョ共がいた。
彼ら上流階級の者にしたら今回手にした金など端金だろう。
でも自ら命がけで得たお金というのは、彼らにとってはすごく意味のある事なんだろうと思う。
すこし早いが俺はモリじいの元へと行ってみることにした。
60型軽戦車の買取金額によっては急いでまた金を稼がないといけないからね。
ガキンチョ達も興味本位で付いてくるらしい。
俺が店に入って行くといつもの席に座ったモリじいが声を掛けてくる。
「なんじゃ、ケン坊じゃないか。自走砲の支払いまでまだ日があるのにどうしたんじゃ」
相変わらず客は1人もいないな。
「ああ、ちょっと見てもらいたい品があるんだけどいいかな?」
俺の後ろにいるガキンチョ共に一瞬視線を送るモリじいを見て、俺は慌てて3人の紹介をする。
「ごめん、こいつら紹介するよ。こっちからタク、ソーヤ、ケイだよ」
俺の紹介にガキンチョ3人も軽く挨拶する。
するとモリじいが意味ありげなことをぼそりと告げる。
「ほお、いい身なりをしているのじゃなあ」
あれこれ詮索されるのはまずいな。
俺はそんな言葉は無視して話を進めることにする。
「えっと、外に置いてある60型軽戦車を査定してほしんだよ」
モリじいは窓から見える戦車を目を細くして見ている。
「ちょっと待ってろ。今確認に行くからな。おお、そうだ。ケン坊に渡す予定の自走砲はもう仕上がってるぞ」
そう言ってモリじいは「よっこらしょ」っと重そうに腰を上げて外へとゆっくりと歩いて行く。
「なんだよ、それは先に言ってよ」
俺の言葉にニヤニヤするモリじいは、倉庫のドアを開けて俺達を自走砲へと案内した後、自分は60型軽戦車へと向かって行った。
倉庫へ入って行くと、俺の目の前に75㎜対戦車砲を乗せた2型戦車が鎮座していた。
そのそばには小麦色の肌に金髪ポニーテールの女性が自走砲を磨いている。
サファイヤちゃんだ。
相変わらず肌の露出の激しい服を着ている。
俺は逸る気持ちを抑えきれずに自走砲へと駆け寄る。
後ろにいたガキンチョも珍しそうに自走砲の側に集まってきた。
形はというと2型戦車の砲塔を外し、車体だけの上に75㎜砲を砲架ごと載せて、その周りを装甲板で覆って戦闘室とした感じだ。
前のちょんまげ――ホーンラビットの時のようなほぼ剥き出しの状態よりは良くなっている。
ただし装甲の厚さは小銃や爆風を防ぐ程度のもので、さらに戦闘室の後方部分には装甲板が張られていなかった。
それでも今度は37㎜の豆鉄砲とは違う。
メンタル社製の75㎜砲を搭載しているのだ。
これでほとんどの戦車の装甲を撃ち破れるはずだ。
俺が自慢げにガキンチョ3人に説明していると、ソーヤ1人だけが不思議そうに75㎜砲を触っている。
どうしたのか俺が声を掛けるとソーヤは言った。
「あの、これってメンタル社製の正式な75㎜対戦車砲とはちょっと違いますよね」
俺は何を言い出すんだとちょっとムッとしながらソーヤに聞き返す。
「どういうことだよ?」
「この75㎜砲はスランプ軍が使っていた97型野砲をメンタル社製の40型75㎜砲の砲架に載せた物ですよ。正式名称はたしか7.5㎝97/40と言ったと思います。だから砲架だけみたら40型の75㎜対戦車砲と間違えますよね。あ、でも一応メンタル社製で改造はしてますからメンタル社製といえますかね」
「えっと、つまり40型の75㎜砲とはどう違うの?」
「そりゃあ性能が全然違いますよ。旧型の野砲ですから発射速度もだいぶ違うと思いますし、そもそも初速が全然違いますから威力も格段に違いますよ」
俺は自走砲を磨いているサファイヤちゃんをじろりと睨む。
すると、そおっとこの場から立ち去ろうとするではないか。
俺は逃げられない様にサファイヤちゃんのショートパンツをの後ろを掴む。
するとこの場を逃げようと下着も露わにしながらジタバタして命乞いをしだした。
「まって、ちょっと待ってもらえるかな。ケン君、勘違いしてるよ。私はあの時はこの大砲が40型なんて一切言ってないよ。嘘は一言も言ってないからね」
俺は記憶をたどると確かに彼女は75㎜砲の名称は言ってない。俺が勝手に思い込んだだけだ。
そうだ、契約書を見れば。
そう思って契約書を取り出して見てみる。
するとそこにはしっかりと7.5㎝97/40と書かれていた。
やられた……。
俺の負けじゃねえか。
でも75㎜砲には間違いない。
37㎜砲よりは性能が良いはずだ。
一応この砲のスペックをソーヤに聞いてみる。
するとソーヤが説明してくれた。
「初速は40型の7割くらいしかありませんから1000mも離れると60㎜の装甲板も撃ち抜けないんじゃないですかね。それに初速が低いってことは動く的にも当てにくいってことですしね」
でも60㎜の装甲板を貫徹できるんならば、この辺を活動する戦車相手なら問題ないような気がする。
初速が低いってことは砲弾を発射してから目標に命中するまでに時間が掛かるということだ。つまり目標が移動している場合、砲弾の到達に時間が掛かればその間に目標が移動するということ。
だから初速が遅いとそれだけ目標の移動距離が長くなり、命中させるのが難しくなるということになる。
確かに命中率が低いのはちょっと問題だけど、こっちには命中魔法が使えるミウがいる。
彼女が砲手ならば元々の砲の性能である命中率なんかあまり関係ない。
仮に命中率が恐ろしく良い砲だとしても、ミウが魔法なしで普通に撃つとほとんど当たらんからな。
あれ、この性能でも十分いけるんじゃないか?
査定を終えたモリじいが倉庫にやってきた。
俺がサファイヤちゃんのショートパンツを引っ掴んでいるのを見て、何事かと慌てている。
ここは少し強気に出た方がいいかもしれないな。
そう思った俺は自分よりはるかに年上の店主に強気の交渉をするのだった。
とうとう75㎜自走砲が完成です。
でもどうやら主人公が考えていた物とは違ったようです。
さて、次回はモリ商会との交渉が始まります。
ちなみにPak97/40という対戦車砲がww2のドイツ軍で実在しています。
フランス軍の捕獲した野砲をPak40の砲架に載せ鳥かご式のマズルブレーキを取り付けていたそうです。
次話投稿も明日できそうです。
明日もどうぞよろしくお願いします。




