63話 妹のスイッチ
俺は75㎜砲の支払いの際のあらゆる想定を考えた。
もし、お金が揃わなかったらどうなるか。
60型軽戦車を売っても50,000シルバに届かなかった場合だ。
すると75㎜砲装備の自走砲が手に入らない。
契約上、期限内に支払いがない場合はすべて没収だ。
つまり75㎜自走砲がまるまる没収ということになる。
もちろん大損だ。
するとどうなるか。
エミリーが怒る。
いや、激怒するだろう。
するとどううなるか。
スイッチオン!
やばいよやばいよ。
街中でのスイッチはまずい。
エミリーのスイッチが入ることは非常に珍しい。
俺も本気でのスイッチオンは1度しか見たことない。
あれは確か守備隊も10人ほどしかいないような、小さな休憩所でラズベリープリンを買った時だ。
生クリームとラズベリーで飾り付けた贅沢なプリンで、たまたま移動販売車がこの休憩所へと来て販売していたのだ。次はもっと遠くの街へ行くと言っているので、ここで食べなければしばらく食べる機会がなくなってしまう。
そう聞けば、エミリーが黙って見過ごすはずはなかった。
早速プリンを購入すると、エミリーはそれを持ってベンチに座り、嬉しそうにプリンにスプーンを差し込んだ瞬間だった。
爆発音が響いた。
突然砲弾が休憩所を襲ったのだ。
警報のサイレンが鳴り、場内放送でコボルトの襲撃と連絡が入る。
爆発はコボルトが迫撃砲を撃ち込んできたものらしい。
俺達のすぐ近くにも迫撃砲弾が炸裂した。
俺は爆風で吹っ飛ばされるもすぐに立ち上がる。
幸いにも大した怪我は負ってない。
迫撃砲の攻撃と同時に近くに潜んでいたコボルトが正面門めがけて殺到した。
コボルトの数匹が決死隊となり正面門を爆破。
そこから多数のコボルトを乗せた兵員輸送車が入り込んだ。
休憩所内へと入り込んだ兵員輸送車からは次々に武装したコボルトが降り立って、辺り構わず銃撃を繰り返す。
俺は慌てて武器を持ってエミリーに声を掛ける。
「エミリー、無事か、敵襲だ。急いで武器を――エミリー?」
エミリーも先ほどの迫撃砲の着弾で爆風を受けたようで、全身が煤で真っ黒だけど無事のようだ。
でもエミリーは煤だらけの顔のままベンチに座って固まっている。
左手はプリンの器を持っている恰好、右手はスプーンを持っていいる恰好のままだ。
ただしプリンもスプーンも爆風で消し飛んでいて実際は何も持っていない。
エミリーはプルプル小刻みに震えている。
俺の声が聞こえているのか聞こえていないのか、声を掛けるとすっくと立ちあがって歩き出す。
「エ、エミリー?」
するとエミリーは俺達のオンボロカーの運転席に乗り込んだ。
俺も急いで助手席に乗り込む。
その時、エミリーが小さな声でぼそりとつぶやいた。
「わたしのプリンを……よくも……」
そこからエミリーは豹変した。
まるで人格の違う別人のように動き出した。
その表情は狂気だった。
タイヤを激しく回転させながら車を走らせると、門を壊して侵入してきたコボルトを車で跳ね飛ばしまくる。
それはいつものエミリーが運転しているとは思えないくらいの激しい運転だった。
我に返った俺も助手席から短機関銃で掩護する。
しばらくすると、壊れた門から一回りも二回りも大きなコボルトが出現した。
『コボルトチャンピオン』だ。
通常のコボルトならば身長130~150㎝といったところだが、コボルトチャンピオンになると身長が2mを超す。
手に持つ武器は対戦車ライフル。
恐らく単発式の14.5㎜クラスの口径の物だ。
人間だったら地面にバイポッドと呼ばれる2脚での保持をして伏せて撃つものだ。
それを立ったまま軽々と撃ってくる。
エミリーはその怪物に自動車の向きを変えた。
さすがにあれは跳ね飛ばせない。
だからと言って今のエミリーを止められる自信が俺にはない。
アクセルを全開にしたオンボロカーがコボルトチャンピオンに突撃していく。
コボルトチャンピオンもそれに気が付いてこちらを睨みつけ、手に持った対戦車銃をこちらに向ける。
俺は割れてなくなったフロントガラスから短機関銃をぶっ放す。
しかしコボルトチャンピオンには全く効いていないように見える。
そしてコボルトチャンピオンはゆっくりと手に持った対戦車銃を構えると、ニヤリと笑みを漏らす。
次の瞬間、対戦車銃の銃口からパッと発砲炎が光る。
すると俺達の乗るオンボロカーに着弾の衝撃が走り、ボンネットのフタが宙を舞う。
それと同時に車体が真横になって横滑りをしていく。
俺は車内で踏ん張るのが精一杯だ。
オンボロカーはそのままコボルトチャンピオンの真ん前まできて横向きのまま止まった。
エンジンからは白い煙が立ち上る。
コボルトチャンピオンは勝ち誇ったように笑いながら次弾装填を始めた。
突如運転席の扉が開ける。
車から出たのはエミリーだ。
エミリーはコボルトチャンピオンに笑い返すようにして右手をかざして言った。
「プリンの恨みを思い知れっ」
コボルトチャンピオンは「何だ?」と言う表情を浮かべる。
そこへエミリーの手から出現した巨大な火の玉が、コボルトチャンピオンのポカンと開けた口の中へと叩きこまれた。
燃え盛る炎に口を押えて苦しがるコボルトチャンピオン。
それをただ茫然と立ち尽くしたまま見つめるエミリー。
コボルトチャンピオンは物凄い咆哮を上げる。
するとそれが撤退の合図なのか、戦闘中のコボルトは急に撤退を始めた。
そのうちの何匹かがコボルトチャンピオンに集まり、連れ去るようにして兵員輸送車に乗り込んでいく。
その集団の後ろ姿に何度も風の刃の魔法攻撃をするエミリーだった。
こうしてこの時の襲撃は収束したんだが、エミリーは自分がしたことを覚えていなかった。
そしてエミリーが唯一覚えていたこと。
「プリン……」
俺はその時のことを思い出して身震いしながら、75㎜砲の代金は絶対支払うと改めて決意するのだった。
エミリーのスイッチの秘密が少し解き明かされました。
ただしまだ疑問は残りますよね。
次回は遂に自走砲を手に入れるために、モリ商会へと向かう主人公とガキンチョ達。
しかしそこで75㎜砲に関して揉めることとなる。
果たして75㎜搭載の自走砲はどうなるのか?
次話投稿は明日の20時の予定です。
明日もどうぞよろしくお願い致します。




