5話 ウルフライダー遭遇戦
この装甲トラクター否、装甲車と敢えて呼ぶ。
意外と速度が出る。
見た目は貧弱そうな弾薬運搬車にしか見えないけど、走り出すと意外と良い走りを見せてくれる。
最高速度は30㎞くらいしか出ないけど、エンジンのメンテナンスでもしたらもう少し出るんじゃないかと思う。
ま、対戦車砲を牽引してこの速度ならしょうがないか。
街から離れた街道は道が整備してないから穴だらけで損傷が激しい為、車よりキャタピラの方がスムーズだ。
不整地になればなるほどこっちの方が速い。
エミリーも初めは操縦するのを嫌がってたんだけど今は逆に楽しそう。
ただね、いつエミリーのスイッチが入るのかが心配なだけです。
「お兄ちゃん、凄い、凄いよこのトラクター!!」
エミリーは初めからアクセル全開で、まるで新しい玩具を手にしたガキンチョだ。
まあ、それはそれでいいんですよ。
前の車と違って今度は装甲されているし、悪路でもキャタピラでゆうゆうと走破できるし。
ただね、装甲車なのに武装がないんだよねこれ。
右側の操縦席の隣に機関銃手席があるんだけど武器が付いてない。
機関銃を載せる空の銃架があるだけだ。
それから無線機が積んでなかったのは残念だ。
装甲も薄い。
ざっと見たところ装甲の厚さは1cmくらいか。
せいぜい爆風や小銃弾を防ぐ程度ってところだ。
12.7㎜クラスの重機関銃だと撃ち抜かれるかも。
魔獣の攻撃?
それは受けてみないと解らん。
まあそんな薄い装甲でも無いよりはましだけど。
エミリーに運転させて俺はずっとそんなことを気にしていた。
そんな時、エミリーが道路から少し離れた林の奥を見つめながらつぶやく。
「お兄ちゃん、あれ……」
「ん、何?」
俺はゆっくりと体の向きを変えてエミリーの視線の先を見る。
そこには破壊された輸送トラックとその荷物が散乱している。
その荷物をゴブリン達が物色中で、その脇ではトラックの乗員の死体を多数の狼が喰らっていた。
俺達が護衛して来た輸送トラックだ。
「エミリー、逃げるぞ、飛ばせ!!」
叫び声を上げながらエミリーが速度を上げる。
「いやぁ~! ムリムリ、無理だからぁ!」
俺達が通り過ぎた後、大慌てでゴブリン達が狼に騎乗し始める。
ゴブリン達は狼を上手に操りながら俺達を追いかけて来る。
狼が少しだけ開いた口元から舌をだらりと出し、よだれを風にたなびかせながら接近する。
ゴブリンは弱い魔獣という認識がある。
でも狼に騎乗したこの状態を見たらそんな認識は吹っ飛んだ。
「やばい、ウルフライダーが来たぞ。エミリー、もっと速度を上げろ。追いつかれる!」
「そんなこと言っても無理よ。対戦車砲なんか引っ張ってるんだよ。これで精一杯だから!」
ウルフライダーとは大型の狼に騎乗したゴブリンだ。
平らなところだと馬ほどの速度は出ないのだが、今走っている様なガタゴト道にはめっぽう強い。しかもちょこまかと小回りが利く。
そして接近してきてはクロスボウや槍や投石、もしくは銃で攻撃をしてまた遠ざかる。
そして奴らの最大の攻撃方法が手榴弾や火炎瓶の投擲だ。
オープントップ式のこの装甲車とは相性が非常に悪い。
天井がないこの装甲車では、火炎瓶や手榴弾などを投げ込まれたらおしまいだ。
「来るよ、お兄ちゃん。後ろに37㎜砲のお荷物なんて引っ張ってなければ、あんな魔獣軽く蹂躙してやったのに、う~ん悔しい!」
いや、それはよかったと思える。
妹がゴブリンを戦車で嬉しそうに踏み潰す光景など見たくないぞ。
だいたい車体が汚れるだろ!
そもそも、そんなことしたらエミリーはスイッチが入りそうで怖い。
「あとは任せろ、あいつらは近づけさせないから」
俺はヒザ立ち状態で後方へ短機関銃の銃口を向ける。
牽引している対戦車砲が射撃の邪魔をするがしょうがない。
捨てていくにはもったいないしね。
俺は揺れ動く装甲車から一番先頭を走るウルフライダーに狙いを定める。
短い点射を何回か繰り返すと、命中したのか先頭の狼が前のめりに地面に激突して、騎乗していたゴブリンを振り落とす。
振り落とされたゴブリンは地面に激突して、後続のウルフライダーに踏み潰されていく。
俺は小さく「よしっ」と声を上げつつ射撃を続ける。
ゴブリンはいいとしても、あいつらが跨っている狼は金になる。
狼の毛皮には良い値が付くんだ。
本当は回収したいけど今回は諦めるしかないみたい。
残念。
先頭の1頭を倒したらゴブリン達が怯んだみたいだ。
明らかに接近速度が落ちている。
と思ったら2頭が右側の林の中へ、もう2頭が左の林の中へと消えていく。
現在残りの2頭が俺達の真後ろに引っ付いている。
挟み撃ちする気か?!
ゴブリンってこんなに知能高かったか?
疑問を持ちつつも俺は接近されない様に牽制射撃を繰り返す。
右側の林の中からチラチラと見え隠れするウルフライダーから矢が飛んで来る。
クロスボウだ。
しかしこっちは装甲車。右側面の装甲板に「カツン」という音を残して矢がひしゃげてしまう。
拳銃を持っている奴もいるらしい。
銃撃音が聞こえて、やはり「カン」という装甲板に当たる音を残して弾丸を弾き返した。
なんとも頼もしい車両じゃありませんか。
拳銃弾くらいならなんなく弾き返せますね。
しかしこっちの攻撃はなかなか当たらん。走りながらの射撃は揺れが酷くて早々に当たるもんでもない。
最初の命中以来、全然当たらん。
でもこのまま上手く逃げ切っていれば他の輸送隊に遭遇するか、中継所や休憩所に到着できる。
そうすればさすがにゴブリン達も逃げて行くはずだ。
しかしその考えもエミリーの一言で覆される。
「お兄ちゃん、燃料がピンチかも!」
「そんな重要な事は出発前に言えよ」
俺の言葉にエミリーは頬を膨らませて反論する。
「だって初めて乗る乗り物だよ。燃費なんて解らないし。それにこの燃料計の針、さっきからずっと満タンの位置から動かないし!」
まて、それって燃料計が壊れてるって事だよね。
チーン。
終わた。
いつガス欠になってもおかしくないって事だよね。
こうして燃料の残量も解らないまま俺達は逃走するのだった。
明日、6話を投稿いたします。
どうぞよろしくお願いします。