34話 爆笑戦
我が戦車、ホーンラビットは味方防衛陣地を飛び出して、敵の部隊の真正面へと突っ込んでいく。
池の跡地の近辺であれば、まだ倒木や大きな岩などの遮蔽物もあったのだが、そこを出てしまったらもう荒野だ。
戦車が隠れられるほどの大きな遮蔽物はあまりない。
ミウがエミリーの行動を理解したのか軽く頷くと、魔法詠唱を始める。もちろん「命中」魔法である。
いやいや、俺は全然理解できませんから。
ミウはなに勝手に理解して頷いてんだか。
だいたい敵の真正面から突っ込んでいくバカがどこにいるんだよ。
でも俺は戦車から振り落とされないようするのが今は精一杯。
エミリーを止める余裕などなかった。
あれ?
もしかしてエミリーさん、スイッチ入ってやしないかい?
ホーンラビットは激しく上下左右に揺れ動く。
命中魔法を掛け終わったミウが引き金を引く。
最初に狙ったのは赤い旗を砲塔に立てたブレタン戦車だ。
恐らく隊長車だと思う。
もはや驚かないが、走りながらの射撃で走っている敵戦車に命中させた。
しかも初弾での命中だ。
うん、驚かないぞ。
たぶん、味方部隊の連中は驚いてるんだろうな。
しかし命中した砲弾はブレタン戦車のキャタピラを破壊しただけだった。
ちょいと残念だが、命中したことに変わりはない。
撃破はできなかったが移動不能だ。
おそらく乗員は脱出するだろう。
ブレタン戦車の正面装甲は30㎜近くある。
当たる角度によってはこの37㎜砲だと弾かれる可能性もある。
一流メーカーの37㎜砲なら撃ち抜けるんだけどなあ。
愚痴を言ってもしょうがない。
キャタピラに命中したのはそれでまた良かったのかもしれない。
でもそんなことを長々と考えてる余裕など俺にはなかった。
「ケンさん、次弾装填急いでください!」
ミウの早く次の弾を撃たせろの催促だ。
俺は激しく上下に揺れる車上で砲弾ラックから37㎜徹甲弾を取り出す。
地形の関係で突然車体が跳ね上がる。
それに合わせて俺の体も宙を舞う。
周りを見るとエミリーも座席から座ったままの状態で操縦桿だけは離さずに跳ね上がり、ミウは照準眼鏡に目を付けた状態で下半身だけが宙を舞う。
ミウなんか顔の高さよりも高くお尻が跳ね上がっているし。
でもなぜか尻尾はピンと立っている。
俺は手で砲弾ラックに掴まって下半身が空を飛ぶ。
車外へ吹き飛ばされないように俺も必死だ。
しかしそれも一瞬ですぐに元の位置にドスンと体は収まる。
そして何もなかったようにエミリーは操縦をミウは照準作業を続ける。
その一連の行為が妙に可笑しく思えて、ずっと俺は笑いを堪えていた。
が、装填完了を知らせようとミウを見た途端、耐え切れずに吹き出してしまった。
だってミウも笑いを堪えてるんだもん。
肩が微妙に震えて歯をかみしめてるし。
どう見ても笑うのを耐えてるよね?
俺が笑い出した途端、ミウとエミリーも声を張り上げて笑い出す。
エミリーが操縦しながら苦しそうに言う。
「お兄ちゃんがびよーんって!、ふひゃひゃひゃひゃ。もう耐え切れませんって!」
ミウも耐え切れずにしゃべりだす。
「ふふ、ふふふ、エミリーさんなんか座った格好でボンヨヨヨ~ンですよ。もう、苦しい、ふふ、くっくくく」
「ふっはははは、何言ってる。ミウなんか照準眼鏡に掴まってるから下半身がフンワカワッカだったぞ。お前はムササビかっ。それに尻尾はピ~ンって!」
こうなると笑いは止まらない。
敵部隊の真っただ中へ躍り出た俺達は、笑い声を上げながら敵部隊の中を走り抜ける。
37㎜砲は進行方向に対して90度の位置で狙いを定めている。
すれ違いざまに敵戦車の正面よりも薄い側面装甲を叩こうというのだ。
ミウが笑いながら引き金を引く。
もちろん2射目も命中した。
ブレタン戦車の側面装甲に命中だ。
至近距離からの命中ということもあり徹甲弾は装甲をぶち抜いて、ブレタン戦車内部へと侵入した。
すると敵戦車は急に進行方向を曲げ、そのまましばらく進み、先ほどキャタピラを破壊された戦車に激突する。そして勢い余って車体の後部が跳ね上がったところでやっと停車した。
それを見ていたエミリーがまたも笑い出す。
「ふひゃひゃひゃひゃ、今の、今の見たでしょ、ひひひ、跳ねたわよね、跳ねたのよ、ふひ、ふひっ」
こうなると誰にもこの笑いは止められない。
俺達3人は笑いの神が降臨した状態で戦う羽目になった。
俺が砲弾を込めようとした時、車体が激しく上下した。
その時、俺が持っていた砲弾が宙を舞う。
そしてくるくると2回転ほどしたのち、俺はかろうじてその砲弾をキャッチして装填完了する。
もちろん一同大爆笑だ。
まるで漫画だ。
何もかもが可笑しくてしょうがない。
味方戦車が撃った砲弾がブレタン戦車の装甲に弾かれて、隣のブレタン戦車に命中するも再び弾かれてしまう。
それを見ただけでエミリーが「ピンボール、ピンボール」などと言って大笑いする。
そこへ我らがエースのミウが後ろの薄い後面装甲へ徹甲弾を叩きこむ。
するとエンジンから炎を上げてブレタン戦車は停止した。
そして中からゴブリンの搭乗員が煤まみれの顔で逃げ出しにかかる。
地面に降り立ったゴブリン搭乗員は必死に逃げる。
そこへエミリーは笑いながら蹂躙を仕掛ける。
戦車戦闘をしている場合、このホーンラビットは敵の歩兵などへの攻撃方法がない。
機関銃を搭載してないのと、そもそも機関銃を担当する者がいないからだ。
そうなったらもはや戦車で蹂躙するしかない。
対戦車戦闘をしているのに、いちいち37㎜砲に対人用の榴弾を込めて撃つなんて余裕などないからだ。
エミリーが笑いながら逃げ惑うゴブリン達を跳ね飛ばし、そしてペシャンコにしていく。
怖すぎるよ、エミリーたん。
でも笑いのおかげなのか、スイッチは入らなかったみたいで助かったよ。
気が付くと俺達は敵部隊を通り抜けてしまっていた。
そこでなんとか笑いにも落ち着いてきたところで、敵戦車部隊後方から猛追撃を試みる。
すでに敵部隊は大混乱だ。
味方防衛陣地前で右往左往して徐々に数を減らしている。
しかし味方陣地からもいくつか煙や炎が上がっているところをみると、少なからず味方にも被害が出ているようである。
これは早く片をつけなくちゃと俺達も再び突撃する。
しかしこの位置からだと味方からの砲弾も飛んでくる。
しょうがない、少し移動して真横からの射撃をするかと前線から側面へと抜けていく。
すると遠くでキラッと光る何かが目に入る。
ここから数百メートルは離れているかと思われる岩場でそれは光った。
俺の脳裏に「誰かに見張られている」という言葉が思い浮かんだのだった。
次話投稿は明日の予定です。
明日もよろしくお願いします。




