33話 吶喊!
橋を渡り切った護送部隊は再び待ち伏せを避けるため、街道から外れて荒野を走り始める。
そしてしばらく走ったところで小休止となった。
広い窪地上になった場所だ。
かつて湖だか池だった場所らしいけど、今は完全に干上がってしまっている。
ホーンラビットを背もたれにして、横並びに地面にぺたりと座る俺達ドランキーラビッツの3人。
半分ほどの道のりを来たらしい。だけどまだミカエの顔を見ていない。
ハンターの噂によると結構な美人さんだという。
手配書の写真は、戦闘後の少しお茶らけた記念撮影での写真だったようだけど、それはそれで戦場に咲く花といった感じでエロっぽくてよかった。
2人の子供の母とは全然思えないほどのプロポーションでした。
護送車にはミカエを含んだ全部で5人が拘束されている。
ミカエの率いたチームのメンバーだ。
指名手配中のミカエのチーム名は『アベンジャーズ』という。その中でもトップクラスの腕だったのが護送車に乗っているミカエを含む5人のメンバー達だ。
しかしアベンジャーズのメンバーは15人ほどいると聞く。
つまり、あと10人ほどのメンバーがまだ指名手配中のままとなっている。
その10人はひっそりと身を隠してしまったのか、あるいは遠くへ逃げてしまったのかはわからない。
懸賞金欲しさにハンター達が必死で捜索しているが、10人の行方は謎のままだった。
俺は1人立ち上がると護送車の側まで黙って歩き出す。
色々考えてたら余計にミカエの顔を拝みたくなったのだ。
エミリーもミウも俺が歩き出しても何も聞いてこない。
みんな疲れているのだ。
俺が護送車の側まで来ると案の定、見張り役の保安官に「近づくな」と止められた。
やっぱりそうなるよな。
俺は渋々とホーンラビットに戻る。
そういえば、護送車の誰かがトイレに行くのも見たことない。
死んでないよな?
そして小休止は終わりさて出発だという時になって突然、見張りをしていった者が騒ぎ出す。
「襲撃だ! 敵襲、敵襲だあ!!」
叫ぶ見張り員の方を見ると、遠くに土埃が舞うのが見える。
俺は双眼鏡を取り出してそれを確認する。
「あれは……戦車部隊だ。こっちへ向かってくる。戦闘態勢だ。エミリー、エンジンを掛けろ」
エミリーが大慌てで戦車に乗り込み、エンジンを始動しながら言った。
「お兄ちゃん、本当に敵襲なの? 街道を外れて走る輸送部隊か何かじゃないの」
「いいや、あれはゴブリン製の戦車だ。しかも車種が揃えられてる、ってことは盗賊レベルじゃないぞ。軍隊かもしれないな」
盗賊レベルだと盗んだ装備なので、多種多様な車種となる。仮に同じ車種であっても改造や改修されていることが多く、決して同じ外観にはならない。
しかし今見えるゴブリン製戦車は、同じ種類の戦車で統一されている。
つまり一括購入していると考えることができる。
それはゴブリン軍か、あるいは有力ゴブリンの私設部隊である可能性が高い。
どっちにしろ練度は盗賊レベルとは比べ物にはならないという噂だ。
俺はそんなレベルとは戦ったことなどないから、どのくらい凄いのかはわからない。
ただし、他のベテランハンター達の様子を見た感じでは真剣そのもの。
やばいな。ここは俺達も腹をくくる気でいないとだめか。
俺達は対戦車砲部分だけがうまく飛び出るような地形に戦車を止める。
戦車はくぼみに収まっている。
これなら敵弾にも当たりにくい。
敵はまだ遠いが確実にこちらに向かっている。
近くの倒木や枯れ木を使ってついでに偽装もずる。
このホーンラビットは狙われたらおしまいだからね。
敵弾を跳ね返せるのはせいぜいライフル弾まで。
それでさえ場合によっては、砲手である俺やミウの体に直接当たることもあるくらいだ。
敵を待ち受けるならばせめてこのくらいはしておきたい。
緊張の中、ミウが小声で俺に聞いてくる。
「でも、なんでここの場所がわかったんでしょうか?」
俺は少しだけ考えて答える。
「そうだね、後をつけられたのかもしれないね。まあ、これだけの規模の護送部隊だから、少し離れても見失うことないだろうからね、後をつけられても不思議じゃないよ」
それを聞いたミウは覚悟を決めたようだ。
真剣な表情で照準眼鏡を覗き込む。
早くも敵の戦車砲が射撃を始める。
だけど移動射撃ではそう簡単に当てられるはずもなく、この干上がった池のあちこちに砲弾は着弾して爆発音と破片を振りまいている。
ましてやこちらは窪地の地の利を利用して、ほとんどの戦車は車体を窪地の中に入れたままだ。
敵から見たら砲塔だけが地面に出てるようにしか見えない。
狙う目標としたらかなり小さな標的だ。
その前に俺達部隊にはまだ射撃命令が出ていない。
敵にしたらこちらの位置も正確には把握していないはずでもある。
つまり今の攻撃は威嚇射撃なのかな。
こちらの潜伏位置を突き止めるためのおとりの射撃か。
そこまで考えているならゴブリンとしてはかなり優秀、というか精鋭部隊となる。
敵のキャタピラ音が徐々に近づいてくる。
時々俺達が潜んでいそうな岩陰や倒木へと射撃を加えている。
もうすでに敵部隊は肉眼でもはっきりと確認できるくらいまで接近してきている。
俺達の部隊と敵の部隊との間には数本の木や倒木、そして岩が点在するだけで遮蔽物は少ない。
そのため、戦車のハッチから顔を出す敵ゴブリンの表情まで見える。
エミリーが耐えられなくなって俺に聞いてくる。
「お兄ちゃん、なんで撃たないのよ、あんなに近くまで来てるのよ」
「隊長からの射撃命令が出てないんだよ。無線がない俺達は命令は知らされないから、射撃が始まらないとわからないけどな」
「それなら自己判断ってことで撃ち始めちゃいましょうよ。すぐそばまで来てるのよ。もう耐えられないわよ、私……」
敵が間近に接近している。
よく見るとゴブリン製戦車以外にも、ゴブリンが跨った魔獣が数匹交じっている。
魔獣使いのゴブリン達だ。
巨大なサイのような魔獣に箱のようなものを載せてその中に乗っている。
人間が馬や犬を飼いならして乗用したり狩りに使ったりするように、ゴブリンも魔獣を飼いならして狩りや荷役や戦闘にも利用する。
この点に関しては人間の方が劣る。
ゴブリンの方が圧倒的にテイマーの才能がある。
あらゆる魔獣を飼い慣らすのだ。
「エミリー、怖いのはわかるけどな。もう少し我慢しような。ここで勝手に撃ち始めたら後で何を言われるか――」
そこまで言いかけた時、右側面の10mほど離れた場所に陣取っていた味方戦車が、この緊張に耐え切れなくなったのか、戦車砲を派手にぶっ放した。
その発射された砲弾は、一番先頭を斥候のように進むサイに似た魔獣に直撃した。
背中に背負った箱にはゴブリン兵が数名乗り込んでいる。
砲弾は魔獣の右前足に着弾して前足を根こそぎ吹っ飛ばした。
すると魔獣は前のめりに勢いよく地面に倒れこみ、「ボキリ」という音を発して首を明後日の方向にひん曲げる。
すると背中に背負っていた乗員用の箱の中にいたゴブリン達が、悲鳴を発しながら雪崩のように地面に落ちていく。
その射撃を合図に攻撃の火ぶたが切って落とされた。
「エミリー、待たせたな。攻撃開始だ!」
俺の声に待ってましたとばかりにエミリーは攻撃魔法を――
――放たなかった。
エミリーはエンジンを掛ける。
俺は「どういうこと?」と思っているうちに、エミリーは戦車を走らせる。
折角隠した戦車が窪地を乗り越えて姿をあらわにする。
あり得ない角度で乗り上げて窪地から這い出す俺達の戦車。
この戦車にそんなパワーあったか⁉
一瞬、恐怖に耐え切れなくなって逃げるのかと思ったんだけど、エミリーは逃げることはしなかった。
敵の部隊の真ん中に突撃したのだ。
「吶喊!」
叫び声を上げながら戦車を操縦するエミリーは、物凄い勢いでガレ場を走り出すのだった。
その姿は勇ましいとかではなく、怖かった。
次話投稿も明日の予定です。
明日もどうぞよろしくお願いします。




