3話 対戦車砲陣地突入
対戦車砲があるであろう敵陣地の辺りまでくると、1匹のゴブリンがしきりに遠くを見ようと首をひょこひょこと動かしている。
銃声がした方向を確認しようとしているみたいだ。
俺がマシンガンをぶっ放したからだ。
俺は改めて敵の陣地を偵察する。
ゴブリンにしてはたいそう立派な陣地を作っている。
石や倒木を使った堅牢な掩蔽壕だ。
人が作った物に比べるとそりゃ程遠いけど、ゴブリンが作ったと考えると驚かされる。
倒木と倒木の間から砲身が伸びている。
予想通りの対戦車砲だ。
それをゴブリンだけで扱っているというのは信じられないが、目の前でそれを見たら信じるしかない。
盗賊であるゴブリンが、対戦車砲を使ったなんてことは聞いたことが無い。
過去に重機関銃を使用していたという事例は、何回か噂で耳にしたことはあるけど、対戦車砲は聞いたことが無い。
そういえばゴブリンの社会にも、人間界のハンターみたいな制度が最近できたと聞いた。
もしかして人族が魔獣を狩るように、ゴブリンも人族を狩ろうっていうつもりなのか?
それで俺達の装備である戦利品をゴブリン社会で売りさばこうっていうことなのか。
考えると恐ろしくなってきた。
あとはやっぱりゴブリンの軍隊の可能性がちょっと怖い。
でもゴブリン軍は崩壊しているはずなのでこれは可能性は低いはず。
ましてやゴブリン王国があった場所からこの地は程遠いしね。
一応辺りを見回すが人間や亜人の姿はない。
やはりゴブリンしかいないようだ。
人間の盗賊が居ればまだ理解できる。
人間界ならば対戦車砲くらい普通に手に入るからだ。
俺達はさらに掩蔽壕の後ろまで回り込む。
後ろに回り込むと陣地内部が丸解りだった。
口径37㎜の人属が作った対戦車砲みたいだ。
ゴブリン製の粗悪品ではない。
人間や亜人がいないという事は、恐らく人属を襲撃して手に入れたんだろう。
でもまさかそれを使いこなせる個体が盗賊のゴブリンにいるとは驚きだ。
赤いバンダナを左腕に巻いているゴブリンがここのリーダー格みたいだな。
そいつが他のゴブリンに指示を送っている。
俗にいうゴブリンリーダーという奴だ。
左耳にイヤリングをしているから恐らく魔法も使える個体。
ゴブリンは魔法が使える個体は必ず左耳にイヤリングをする風習がある。
リーダークラスで知恵があり、魔法も使えるのは厄介だ。
俺は小声でエミリーに話掛ける。
「なあ、手榴弾を放り込めばすぐに終わりそうだけどさ、あの対戦車砲を無傷で手に入れたらすごくね?」
少し考えた後、エミリーは答える。
「う~ん、お兄ちゃんの好きにすれば。私はどっちでもいいよ」
「そっか。それじゃあ突っ込むからいつもの様に援護頼むな」
言うが早いか、俺は短機関銃を構えて掩蔽壕へと突撃した。
最初に狙いを定めたのは当然ゴブリンリーダーだ。
突然の襲撃者と目が合った驚愕の顔面へ、弾丸を3~4発ほど叩き込む。
一番の強敵は真っ先に倒すのがセオリーだ。
顔面が血だらけで倒れかかったゴブリンリーダーの顔面を踏み台にして、俺はすぐそばにいた新しい標的に数発の弾丸を撃ち込む。
すると陣地内に残った3匹のゴブリンが這うようにして掩蔽壕から脱出しようとする。
その背中へと容赦なく俺は狙いを定めて引き金を絞る。
背中を向けて逃げようとしたゴブリンを短機関銃が立て続けに2匹とも薙ぎ払う。
その2匹の生死の確認をする暇もなく、反対側にある倒木を乗り越えようとするゴブリンの背中に一連射をお見舞する。
背中に弾丸を喰らったゴブリンは「ギッ」と短く呻き声を発してその場に倒れた。
使い慣れた愛用の短機関銃ならではの芸当だ。
ゴブリンはリーダー含めて全部で5匹いた。
5匹目、足がすくんで動けなくなった最後の1匹に、残りの全弾を叩き込む。そして安堵の溜息を吐きながら弾倉交換をする。
しかしそこが俺の油断したところだった。
「お兄ちゃん、後ろ!」
エミリーの声で直ぐに振り返ると、血みどろになって倒れていたはずのゴブリンが、俺にナイフで襲い掛かってくるところだった。
ゴブリンが凄い形相でナイフを振りかざす。
俺は咄嗟にゴブリンのナイフを持つ手首を掴む。
「くっそ、油断した!」
この時の俺の身長は160cmに対してゴブリンが130cmほどだろうか。
ひ弱な体格のゴブリンを上から力でねじ伏せる様に掴んだ手首に力を加える。するとゴブリンはいとも簡単に膝を付いた。
ゴブリン種族はどれもひ弱な体格で身長120~140cmくらいしかない。
1対1での力比べでは人間の俺が負けるはずがない。
「惜しかったな。でもこれまでだ」
俺の台詞とほぼ同時にエミリーの風魔法が、細いゴブリンの首を撥ねた。
魔法が使えない俺にはよく分からんが、風刃という魔法らしい。
エミリーは俺と違って魔法の素質がある。
行こうと思えば魔法学校も推薦で入れたんじゃないか。
俺とは血の繋がりがないのは明らかだな。
悲しい……
「お兄ちゃん、また油断したでしょ」
エミリーが両腰に手を当てて仁王立ちだ。
俺は他のゴブリンの生死を急いで確認した後、エミリーに向き直る。
「いやあ、すまん。また助けられたよ。でもさ、見てくれ。おかげで無傷でこの対戦車砲を手に入れられたからな」
俺は対戦車砲を紹介するように手の平をひらりと返す。
「でもこれ、どうやって持って帰るの」
「そんなもん、あの輸送トラックで引っ張ってもらうに……」
俺が味方の輸送トラックの止まっている方向を指さそうとして固まる。
停車してあるはずの場所から輸送トラックが消えていた。
俺があたふたしだすとエミリーがあきれ顔で言葉を挟む。
「とっくにUターンして逃げて行ったよ。お兄ちゃん、気が付かなかった?」
俺はへの字口でエミリーの顔を見つめるしかできなかった。
本日24時までに4話目を投稿予定です。