200話 新聞
短めです
だけどさ、どいつもこいつもさ、どうしてこうも血気盛んなんだろうかね。
その力を是非とも敵兵に向けてほしんだけどね。
「モグモグ君、ちょっと下がっててくれる」
モグモグ君は「僕はマクマクだから……」と小さい声で呟きながら下がって行く。
俺はそれを確認してからテーブルの上のスプーンを手に取り握り締めた。
するとギャラリーから「またスプーン使う気だぞ」「出た、スプーンだ、スプーン」などと声が聞こえる。
変なあだ名をつけられそうで怖い。
坊主頭が俺を囲むように移動する。
こいつら手慣れてやがるな。
ここまで来たらもう逃げられない。
しょうがないな、甘んじて怒られるとするか。
俺は右手を大きく振りかぶり、握っていたスプーンを思いっきり投げた。
俺が投げたスプーンはクルクルと回転しながら宙を飛び、食堂の入り口の扉のガラスを叩き割った。
ガシャーンとガラスが砕ける音が響き渡る。
食堂にいた誰もが「?」の文字を頭の上に描く。
モグモグ君が「え、どこに投げてんの!」と声を出した。
食堂内が静まり返っている。
坊主頭共は俺が投げたスプーンに、何か意味があるだろうと警戒しているようだ。
しかしフローラ嬢だけは違った。
「ええい、今のは揺動だ。惑わされるなっ」
その声に坊主頭共が動き出す。
だが、俺の作戦は上手くいった。
「誰だ、これを割った奴は!」
あの声は間違いなくエロリン教官の声だ。
俺がスプーンで割ったガラスの音に反応して駆けつけてくれたに違いない。
するとギャラリーの人波が2つに割れて、俺の視線の向こうに凄い形相をしたエロリン教官が立っているのが見えた。
その途端。
「モリ~~~~スッ!」
ガラスが割れるよりもデカい怒鳴り声が食堂に響き渡った。
助かった、危機一髪だったよ。
エロリン教官は怒鳴るや否や、2つに分かれた人波の間をツカツカと俺に向かって歩いて来る。
そして俺の目の前まで来ると立ち止まり、周囲を鋭い眼つきでぐるっと見回す。
すると、よそよそしい態度で坊主頭共がそっぽを向き始める。
そして最後に俺の方に向き直ってからエロリン教官は口を開いた。
「今すぐ教官室に来なさい」
一応は助かったと見て良いだろうけど、今度は教官室での精神的ダメージを回避する作戦を立てないといけなくなった。
俺が教官室を出るまでに1時間かかった。
おかげで授業には遅刻だし昼食もまともに食べられなかった。
でも説教だけで済んでよかったと思う。
最後にエロリン教官から「次は軍の規律に沿った処分を与えるからな」と釘を刺されてからやっと解放された。
そしてその騒ぎがあった翌日の事だ。
朝早く、まだ寝ている俺を叩き起こしたのはモグモグ君だった。
「もう、なんだよ、朝早くから」
眠い目をこする俺の顔の前に今日の新聞を差し出すモグモグ君。
「これを見てくれよ、凄いよ。ケン、いやケンさん。君の事が新聞に載っているんだよ」
何の冗談かと俺は眠い目をこすりながら身体を起こし、新聞を受け取って目を通した。
するとモグモグ君が言う様に、俺の写真がデカデカと1面に載っている。
「あ、これ、勲章を貰った時に撮った写真だな。っておい、何で俺の写真が載ってんの」
この写真は違いなく俺だ。
勲章を貰った時に記念写真を何枚か撮らされた記憶がある。
その時の1枚に違いない。
そして新聞の見出しを見るとそこには『英雄が現れる』と書いてある。
さすがに俺も新聞くらいは読めるようになっている。
その内容を読んでいくと、魔獣を素手で倒せる超人が現れたとか、1個小隊の戦車だけで難攻不落だった敵の拠点を粉砕し、人族の街を開放したとか大げさに書かれていた。
そして俺が過去に活躍した英雄の再来だと。
だが一番の問題は何で俺が新聞に載ってるかだ。
俺が冷静な態度でモグモグ君に写真を撮られるまでの経緯を説明すると。
「そういう事か。それならこれは軍によるプロパガンダってやつだよ」
「プロのパンダ?」
モグモグ君が何故か一瞬、顔に手を当てて下を向くも、気を取り直して言い直す。
「……プロパガンダだよ。そうだね、言い換えると軍による宣伝だよ。民衆とか兵士にやる気を起こさせるための宣伝と言ったらいいかな。そういえばこの間言ってた派閥の“ドランキーラビッツ”の事も書いてあるよね」
は? と思い、俺は再び新聞に目を移すと、確かにそこにドランキーラビッツの文字が書かれていた。
俺のことをドランキーラビッツ部隊創設者の1人で、軍内でドランキーラビッツ中隊の小隊長を務めると書いてあった。
ケイ・ホクブ公爵令嬢の後ろ盾によって創られた部隊だと。
なんか勝手に新聞にまで載せられて、軍の宣伝にまで利用されているなんて、ちょっと怖いんですけど。
それに勲章を貰ってからそこそこ経つんですけど。
記事としてはちょっと古いよ。
それと、せめて俺に対して「新聞載るよ」くらいの声掛けがあってもいいだろうに。
写真撮られてから十分すぎるほどの時間的余裕ならあったはずだ。
それに英雄とか言われるのは荷が重い。
俺はそんなすごい人じゃない。
俺は子供のころからモブだったんだぞ。
小学校をズル休みしても、エミリー以外気が付かなかったほど目立たない子だったんだからな。
だけどこの待遇は恐らく、ケイの公爵令嬢という後ろ盾が強いんだと思う。
むしろ、そう考えた方が気が楽だ。
モグモグ君は大絶賛するんだが、俺はなんとか冷静に自分の立場を見直すのだった。
その日、俺は士官学校で時の人となった。
実際の戦争でもよくある軍のプロパガンダにケンちゃん巻き込まれた感じです。
という訳で次回もよろしくお願いします。




