195話 エミリーの病気
士官学校へ行くまでに1週間しかない。
暫く俺がいなくなるんだ。
俺が出来ることはすべてやっておきたい。
万全な準備で出発したい。
幸いにもクロムニエル戦車はすぐに納車された。
列車で運ばれるとかで、居てもたっても居られずに、俺は物資の集積場のある駅へと行った。
結構沢山の物資が列車で運ばれてきているらしく、この辺りは凄いことになっている。
しかし、貨車に積まれているクロムニエル戦車は直ぐに見つかった。
やはり貨車に積まれていようが戦車は目立つのだ。
ちゃんと『ドランキー・ラビッツ』の部隊章まで車体に描かれていたし。
ただ、新品かと思っていたらすべての車両が使い古された中古車だった。
恐らく上位のハンターが使ってたんだと思うが、車体のあちこちには被弾の跡や、魔獣との激闘の跡が残っている。
しかし整備状態はかなり良かった。
これならきっとエンジンは快調だろうし、増加装甲の改造までしてあったりで文句はない。
軽量の魔獣の鱗を使った装甲を増設したようで、これまた速度を落とさない工夫で良い出来だ。
ただ、それは4両の内2両だけで、後の2両は整備はいき届いてはいたが増加装甲は無かった。
まあ、これで1個小隊は揃った。
だが、それで終わりではなかった。
クロムニエル戦車の積まれた貨車のすぐ後ろの貨車に、部隊章の描かれた車両を発見してしまった。
ゴブリン製の装甲車が2両と砲塔のない戦車が2両だ。
砲塔が無い車体だけをどうするんだか。
ちなみに砲塔なしの車両はⅠ型軽戦車と38型戦車の車体だ。
その時、ちょうどリッチ少尉とその部下数名が客車から降りてきたので声を掛けた。
「リ、リッキー少尉。お疲れでした」
俺が走り寄って敬礼するとリッチ少尉もそれに応えてくれる。
そして俺が疑問に思っていることを聞こうとすると、それを察したのかリッチ少尉から先に話し出す。
「これの事が聞きたいんだよな」
リッチ少尉は砲塔が無い車両をあごで指し示しながら話を続ける。
「ちょっと前から流行り出しているらしんだがな、戦車の車体に速射砲を載せる自走砲ってやつだ。この2両はその自走砲に改造する予定だ。確かオーク製の野砲があるだろ。38型にはあれを使う。それとⅠ型軽戦車の車体には、後ろの貨車に分解されて詰まれている50㎜対戦車砲を積むつもりだ。これでスチームアート軽戦車とゴブリンの装甲車を入れて全部で装甲車両が6両になるだろ。後はお前らの251ハーフトラックに37㎜対戦車砲を搭載すれば、1個中隊分の車両がすべて完成だ」
「あの~、予算は足りたんですか」
「ああ、安心しろ。足らせた。その代わりクロムニエル戦車が使い古しになったがな」
そういうことか。
だけど流行りの自走砲って……
まあいいか。
しかし自走砲の使い方は難しいからなあ。
「あの~、自走砲なんですけど、自分も前に乗ってたんですよ。それが結構扱いが難しいんですけど大丈夫でしょうか」
「ああ、それなら安心しろ。猟兵隊の8人が乗り込む予定だ。スチームアート軽戦車は新人でも扱えるから、俺達以外に回す」
猟兵部隊のメンバーなら大丈夫かな。
少しは安心して出発できそうだ。
そしていよいよ明日士官学校へ出発という段階になって、やっとエミリーが退院した。
2~3日っていう話だったんだが、ここまで伸びたのはちゃんとした理由があった。
破片の摘出手術は直ぐに終わり経過も良好だったんだが、以前からのエミリーの病気なんだかわからんが、例の豹変ぶりのことだ。
ついでに軍医殿に診てもらったのだ。
そうしたら大変な事態になった。
野戦病院内でエミリーが豹変したのだ。
たまたまその場に俺は居たので、持っていた“飴ちゃん”でなんとか静めて事なきを得たんだが、軍医殿は大慌てだ。
それで退院した途端に入院となった。
しかしそのお陰か、エミリーの豹変の原因が少しだけ判明した。
それは『ライカンスロープ症』もしくは『バーサーク症』のどちらからしい。
「ねえ、お兄ちゃん。ライカンスロープ症? バーサーク症? それって何?」
野戦病院を退院して直ぐに、エミリーはそう聞いてきた。
どうやらエミリーは軍医には詳しい症状など聞いていないらしい。
これはまいった。
てっきり説明を受けているとばかり思ってたからな。
軍医殿が言うには興奮すると症状が現れるらしいのだが、治療方法はまだ解ってないらしく、これといった治療法もないとの事だ。
まさか「興奮すると狼になるか狂人になる病気だよ」なんて本人には言えないよな。
それと現段階ではライカンスロープ症なのかバーサーク症なのか区別がつかないらしい。
症状が悪化して最終的に狼に変身するようになればライカンスロープ症で、筋肉が隆起して狂人になればバーサーク症なんだと。
症状が悪化しないとわからんってことかい!
ただ興奮させない様にしてくれと。
症状が悪化すると人格も変化するから注意してくれと。
だからと言ってエミリーの命には別状ないというのがせめてもの救いだ。
この症状に効く薬は今のところないが、状態異常を治すポーションならば興奮を鎮静化することが出来る為、結果として症状を抑えることが出来る。
ただしあくまでも興奮を抑える効果であって、この病気を治療するポーションではない。
エミリーには「興奮すると発症する発作みたいな感じだよ」と説明したら「ふ~ん」と言って納得してくれたようなそうでないような。
とりあえずその場をしのいだ感じ。
本当の事はちょっと怖くて言えなかった。
俺はそんな妹を残して翌日には士官学校へと行かなければならなかった。
実はギリギリになって断ろうとしたんだが、それは無理だった。
ここは軍隊だ。
いくら私兵となっても覆すことが出来ない事はあるのだ。
俺が行く士官学校はケイやタクやソーヤが入学した、地方の新兵訓練所に特設されたような戦時急造のものではなく、軍隊が創設された時に作られた由緒正しい学校だ。
特別推薦枠で入学する俺はそこへ行けと。
しかし、そこで入学してくるのは全員が貴族だ。
その中へ平民の俺がただ1人入って行くのだ。
という事は、まわりは全部敵ってやつか。
そして出発の日、ドランキーラビッツのメンバーと猟兵隊のメンバーが、駅まで見送りに来てくれた。
「お兄ちゃん、辛いことがあったら手紙に書いて送ってね」
「ケンさん、貴族の中でも特に男爵以上はきっと威張り散らしてきますから気を付けてください。俺とソーヤも戦車学校で苦労しましたから」
「ケン隊長、校舎裏の呼び出しはお約束ですからね」
「ケンちゃん、はい、ヒールポーションよ!」
おい、なんでイジメられる事が大前提なんだよ。
それにポーションって、ボコられる事も決定なのかよ!
猟兵部隊のメンツだけは黙って敬礼で送り出してくれる。
ありがとう!
列車の出発のベルが鳴る。
特に悲しい場面も一斉なく、誰1人涙を流す者はいない中、列車はゆっくりと走りだした。
俺が泣きそうになった。
さて、新たな展開が始まります。
エミリーの病気?も徐々に明らかになってきました。
しかし暫くお別れです。
ケンちゃん1人でのストーリーが進みます。
時々DR中隊の話も挟むかもです。
Ⅰ型軽戦車→ドイツⅠ号戦車が元ネタ
38型戦車→LT-38戦車、ドイツ軍名称は38(t)戦車が元ネタ
ちなみにですが、本文中にⅠ型軽戦車に載せるのは“50㎜対戦車砲”となっています。
47㎜砲ではありません。
それとLT-38にロシアの75㎜野砲を載せると言えば……
という事で次回もよろしくお願いします。




