194話 辞令
「あれ? 戦車選び放題と違うんですか」
戦車リストを見て真っ先に出た言葉がこれだった。
するとリッチ少尉が若干呆れた様子で答える。
「そのリスト3つの中から選ぶんだ。先に言っておくがリスト3つの中での戦車組み合わせ変更は不可能だ。あくまでもその組み合わせでの交渉結果だからな」
どういうことかと言うと、リストには全部で3種類の枠があり、その中の1枠だけを選べると。
すべての枠で予備パーツと弾薬を付けてくれるそうだ。
①枠目:クロムニエル戦車〈75㎜砲〉が4両
②枠目:Ⅲ型戦車Lが3両、Ⅳ型戦車F2が1両
③枠目:3号式戦車チヌーが1両、97号式戦車チハ短が5両
リストを見てみると、どう考えても③枠目はウケ狙いだろ。
そもそも3号式チヌーの75㎜砲は野砲の時のままらしく、動いてる目標はとてもじゃないが狙えないって言うし。
それにチハ短5両合わせたから何って感じだし。
何故リストに載せた?
となると2択になるんだが、②枠目のⅢ型Lは50㎜砲でオーク戦車とだと心許無い。
となるとやはり①枠になるんだが、このクロムニエル戦車ではタイプ34との戦闘には不安が残る。
この75㎜砲の威力だとタイプ34には決定力不足だ。
まあこれはシーマン戦車の75㎜砲も同じようなもんか。
ただ、速度が優れている。
データ上は最高速度が64㎞だったか。
これは偵察で使う予定のスチームアート軽戦車よりも早い。
リッチ少尉にはかなり期待したんだが駄目だった。
なんでも市場で出回っている戦車も品数がかなり減っているらしく、闇市場にまでその影響が出ているんだそうだ。
これはただ事ではないとか言ってる。
そうまで言われたらそれ以上文句も言えない。
「しょうがない、それじゃあ①枠のクロムニエル戦車にしますよ」
「すまないな、それと話が違うが闇ルートからの情報を仕入れてきた」
闇ルートの情報なんてそれこそ信用できないだろうと思うのだが、一応聞くだけ聞いてみるか。
「で、その情報ってなんですか」
「兎人とリザードマンが人属側に参戦するって話だ」
闇情報なんですよねえ。
ってことは単なる噂じゃないのか。
「それが本当ならかなり助かりますね。人族は押されているって噂ですしね。俺達はこの地域の戦況しかわかりませんからね。他の地域の戦況なんて噂程度しか入ってきませんから何とも言えませんけど」
するとリッチ少尉は戦況に関する情報を教えてくれた。
「全体的戦況で言えば噂通り人族が押されている。戦線は徐々に後退している。原因は人員不足だよ。兵士はもとより武器を作る人員まで足りてない。反対にゴブリンは繁殖力が高いし成長も早い。オークとて人間よりも繁殖力がある。それが奴らの最大の武器だからな。ただな、この地域だけは人族が優勢だ。モリス軍曹、おまえのせいでな」
俺のせいってのは言い過ぎでしょ。
しかし人族は人員不足か、どおりで陣営を広げる事に消極的な訳だ。
さらにリッチ少尉が「かなり不確かな情報だが」と前置きしたうえで、もう一つの情報の話を始めた。
「敵として魔族が参戦する。それとどっちに着くかはわからんがコボルトも動きそうだ」
魔族の参戦には驚いた。
人族の間で魔族製の戦車はかなりの数が浸透している。
現に俺達のⅢ突Gも251ハーフトラックも魔族製だ。
その魔族が敵側に着くということは、魔族製戦車の輸入が無くなるってことだ。
Ⅲ突Gもパーツはもちろんの事、251ハーフトラックの予備パーツも手に入らなくなるし、拡張パーツも今後手に入らないってことだ。
それに敵軍が魔族製戦車を使うことになる。
オーク製戦車でさえ手こずっているのに魔族製戦車まで敵になったら、人族はさらに不利な状況になる。
コボルト製戦車?
どうでも良い。
だけどこんなにも沢山の種族が参戦する戦争なんて、昔、3英雄が活躍したときの戦争以来じゃないだろうか。
それとリッチ少尉にもケイと父親とのやり取り、そしてスチームアート軽戦車が手に入った事、それと今回の戦闘での戦利品の話などを報告した。
するとリッチ少尉は珍しく目を見開いてちょっと驚いた様子。
そしてぼそりと言った。
「あと1個小隊そろえれば中隊規模になるじゃないか。それは何としても、もう1個小隊分の戦車を見繕うか」
いや、それで戦車の性能を落として数を揃えられても困るしな。
それに関してちょっと疑問を投げかける。
「そんなに無理して揃えなくても良いですよ」
するとリッチ少尉はいつもの凄みをのある眼つきで俺を見ながら言った。
「何を言ってるか。中隊規模ならば独立戦車中隊として、一般の命令系統が外れられる。もっと言えば、理由があれば上層部が立てた無茶な作戦行動を無視できる。これは本来ならば金持ち貴族の特権みたいなもんだがな」
それは知らなかったな。
まあ、予算が足りれば文句は言わないよ。
でもクロムニエル4両の契約したからもう無理だろ。
しかし、「リッチ少尉は何とかする」と言ってその場を後にした。
ふと、気が付くとエミリーも野戦病院へと運ばれたらしく、いなくなっている。
さらに「大隊本部へ行ってくる」と言い残してケイもこの場からいなくなる。
他の中隊メンバーも戦車を整備部隊へと引き渡すために移動させたりと、結構忙しそうに動き回っている。
だが俺はどうにも動く気になれない。
近くにあった切り株に腰を下ろしてボーッとしていると、1人の若い下士官が俺の前で立ち止まった。
「モリス軍曹、いえ、曹長。後ほど中隊長から辞令を渡されると思いますが、階級章が別で到着してしまったんで、先に渡しておきます。これをどうぞ」
そう言って曹長の階級章を俺に手渡し、その若い下士官は去って行った。
渡された階級章をじっと見る。
思い返せば入隊してからあっという間にこの階級だ。
別に好きで入った訳でもない軍隊だが、下士官の最上級階級まできてしまった。
嬉しくないという訳でもないのだが、なんかハンターの時とは違う。
ハンターの時はランクが上がればそれなりに嬉しかったんだが、今はそこまでではない。
俺はなんとなく歩き出し、気が付いたら野営地の新しくなった小隊長用のテントへと入っていた。
俺の新しいテントは何故か士官と同じ区域の個人用テントだ。
そこで新しくなった簡易ベットに横になると、いつの間にか俺は寝てしまったようだ。
――誰かの声で俺は目が覚めた。
「ケンちゃん、いる? 入るよ」
ケイの声だ。
俺が起き上がるのと同時にケイがテント内へと入って来た。
目をこすりながら俺は答える。
「ああ、ケイか。いつの間にか、寝ちゃったみたいだ。どうしたんだ、何かあったか」
「一大事なのよ、それが」
ケイが目をキラキラさせながらそんなことを言う。
「何嬉しそうに。それでなんだその一大事ってのは」
すると満面の笑顔でケイが言った。
「ケンちゃん、士官学校へ行けって命令よ」
俺は直ぐには理解できなかった。
曹長に昇進の辞令だとばかり思ってたところへ、いきなり士官学校って言われてもなあ。
だいたい俺は平民だぞ。
しかも自慢じゃないが先祖代々平民だ。
それなのに士官学校?
「ちょっと何言ってるかわかんない」
「だーかーらー、士官学校への入学が認められたのよ、ケンちゃんがっ」
何故か思いっきり指を差されている。
俺はその指をギュッと握るとケイが「あっ」と小さく悲鳴を上げるが、それを無視して反論開始。
「だーかーらー、俺は平民だって。だから曹長が限度枠だってのに」
するとケイが俺の握る手を振りほどいて、持って来た書類を俺の目の前に差し出す。
でも、そんなもの出されても俺にはわからない。
「ケイ、これはどういう書類なんだ?」
「特別枠の推薦状よ。作戦参謀からのね」
作戦参謀って言われてもな、凄く偉い人なんだろうけど。
その人がなんで俺に推薦状を書いてくれるんだよ。
「なあ、ケイ。俺さ、そんな偉い人に知り合いなんかいなんだけど」
「その辺は私も事情は知らないけどね。ケンちゃん勲章とか貰ってるじゃん。だからじゃないの。とにかくよ、士官学校へ行けって命令だからいってらっしゃいよ」
戦車学校は意外と面白かったからな、それもありか。
「士官学校ね。でもそれって結構な期間行かなきゃいけないんだろ。隊の方が心配なんだけど。特にエミリーね」
「戦時下超短縮とか言って、私達が行ってたよりもさらに短いって話だから大丈夫よ」
「で、それはいつから?」
「来週よ」
いよいよケンちゃんは士官候補生へと歩き出しそうです。
クロムニエル戦車とは英のクロムウェル巡航戦車が元ネタです。
QF75㎜砲装備バージョンです。
この辺の戦車はハンター向けに市場に出回っているという設定です。
リッチ少尉がコボルト情報を持ってきましたが、これは軍の情報部でも手に入っていなかった情報です。つまりはリッチ少尉の闇情報の方が上をいっているという事です。
という事で次回もよろしくお願いします。




