193話 校長先生
ここは参謀本部にある建物の一室で、そこには2人の高級将校が高そうな葉巻を吸いながら、テーブルを挟んでいる。
少将の階級を持つ初老の男性と中将の階級を付けた30代の男性だ。
どうやら2人は知り合いのようで、若かりし頃の戦の話を懐かしそうに話している。
中将にとって少将は恩師らしく、階級が上にも関わらず常に敬語で話している。
そんな中、少将が突然話を切り替える。
「そうじゃった。そういえば面白い小僧が戦車学校に入隊してな。その小僧からずっと目が離せなかったんじゃよ。まさかあれ程の奴が現れるとは思わんかったのう」
すると興味を引いたのか中将が身を乗り出す。
「面白い小僧、ですか。師がそんなこと言うのは珍しいですね。それで、そいつはどんな奴なんですか」
すると嬉しそうに少将は口を開いた。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉ。あの小僧はワシらの斜め上をいく奴じゃったよ」
そう言うと戦車学校での出来事などを面白おかしくも語った。
話を聞くうちに中将は徐々に前のめりとなり、頷きながらもその英雄伝でも聞いているような語り口に聞き入っていく。
そして話が終わったところで大きく息を吐き、興味津々の様子で中将が確信を突く質問をした。
「師よ、それでその小僧とは何者なんですか?」
すると薄笑いを浮かべた少将が言った。
「あれは数百年に1人の逸材じゃ。それがお前んとこのドランキー・ラビッツ中隊にる小僧じゃよ。まあ、少し残念なところもあるんじゃがな」
それを聞いた中将が驚愕の表情を見せる。
「そうですか……確かに報告は上がって来てますが、師の話を聞くとあの報告書の内容は事実ってことですか。配属早々に勲章まで授与されていますし」
「おお、そうかそうか。勲章をのう。ああ、じゃがな、残念ながら平民の出なんじゃよ。しかしのぉ、ああいう生きの良い奴が士官になったら面白いんじゃがなあ」
そう言いながら少将は遠くに視線を置くのだが、チラッと中将に目線を配る。
それに気が付いた中将が少しだけテーブルを見つめてしばらく考えた後、突如顔を上げると少将に向かって言った。
「その兵隊、たしかモリス軍曹だったと思います。いや、今日にも曹長になったんじゃないでしょうか」
それを聞いた少将が驚いたそぶりをみせながらも高笑いをして言った。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ。それはやってくれたのう。曹長とはなあ。だがじゃよ、あの小僧は平民出なんじゃな。もったいないのう。ああいう生きの良いのが士官になれんとはのう。そう思わんか?」
その恩師からの投げ掛けに対して、腕を組んでしばし考えてから中将は答えた。
「そうですね……師よ、それでは私からの提案ですが、彼、モリス曹長を特別士官候補生として私が推薦状を書きましょう」
恐らく少将は初めからそう言わせたくて話を誘導したようだ。
そして少将はしてやったりという表情を浮かべて言った。
「ほほぉ、平民じゃがいいのか? それに特別士官候補生など、ここ何年も扱いがないぞ」
「確かに平民の最高階級は曹長ですが、それはあくまでも軍の風習みたいなもんです。正式に軍で決まりがある訳でもありません。それにかつての3英雄の1人は平民の出身でしたが、特別士官候補生を経て士官として戦場で功績を上げました。そして国王から爵位まで賜ったのです。確かあの時の推薦状は師が書かれたんですよね」
「そうだったかのう。昔の事はあまり覚えとらんわい。まあ良い。お主がそこまでやってくれるのならワシも安心じゃ。これでまた楽しみが増えたぞ」
「はい、私にお任せください、根回しもしっかり致しますんで。そういえば、今日は何用でこちらにこられたのですか」
すると少将は「うむ」と言ってから話を始める。
「この老体の儂に前線への復帰命令が出たのじゃよ。人が足りんらしい。それとな、ここだけの話じゃがな、近々じゃが他の種族も参戦することになるらしいぞ。兎人族とリザードマンが人属の陣営に加わることになるようじゃ」
「それはすばらしい。我々は人員消耗が深刻化していますからね。少年兵、少女兵にまで招集がかかっているくらいですから、新たな種族の参戦は願ったりです」
しかしそこで少将の声のトーンが下がる。
「しかしじゃな、ゴブリンとオーク陣営にも参戦する種族が出るかもしれんのじゃ」
「それは嫌なはなしですね、それでどの種族ですか」
「これはトップシークレットの情報じゃ、他言無用じゃからな――それは魔族じゃよ」
現在、人族と魔族はお互いに中立という立場でいる。
その為、人属と魔族の間では商売取引も盛んに行われている。
反対に魔族はゴブリンやオークとの交易も多少はあるが人族ほどではない。
だからどちらの陣営につくかと言えば、人族ではと誰もが思う。
そういった認識から中将は驚いた表情で聞き直す。
「そ、それは確かな情報ですか?」
「ああ、そうじゃ。情報部から聞いた話じゃからな。理由までは聞いとらんがのう、事実である確率は高いようじゃな」
「魔族の武器がオーク陣営に流れるというのは、ちょっと問題が深刻ですね」
魔族というのは外見は人間と変わらないのだが、肌の色が緑色だ。
つまりゴブリンの肌に近い。
そういった外見から交易こそあるが、それ以外の友好的な交流というのは少ない。
人族にとって彼らとの交易は魔人属の科学的技術の輸入が目的であって、魔族にとっては人族の医薬品を得ることが目的であり、お互いに人種差別的な思いがあった。
人族と魔族の関係はあくまでも取引相手であり、友好なのは表面上なだけであった。
このあとしばらく2人は何やら話を続けたのだが、時間が来たからという理由で少将は部屋を後にしたのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
俺達が敵砲兵陣地をぶっ潰して自分たちの野営地まで戻って来たのは、翌日の夕暮れだ。
強力なポーションを使ったからエミリーの傷はふさぐことができたのだが、野営地に着く頃になるとエミリーの様子に異変が生じた。
「エミリー、早く出てこいよ。どうした?」
いつまでたっても戦車から出てこないエミリーを心配して、俺は再びⅢ突Gの車内へと入って声を掛けたんだが……返事がない。
異変を感じた俺は慌てて操縦席に近寄りエミリーの肩を揺らすと、か細い声でやっと返答してくれた。
「お兄ちゃん……ごめん。なんか……具合悪いかも……」
俺は改めてエミリーの負った脇腹の傷を見てみるが、ポーションのおかげか出血は止まっている。
恐らく傷口も塞がっているんだと思う。
だけどこのエミリーの様態は変だ。
俺は車外まで聞こえるような声で叫ぶ。
「衛生兵っ!!!」
俺の絶叫に近い叫び声に反応して、大慌てで衛生兵の1人が駆け付けて、操縦席に座らせたまま様態を確認した。
そして衛生兵が言った言葉。
「軍曹、これは破片が体内に残ったまま傷が塞がる事による炎症です」
「えっと、わかるように頼む」
ちょっとだけ呆れ顔で衛生兵が俺に説明してくれる。
「こちらの上等兵さんは負傷したんですよね?」
「おう、そうだよ」
「それでポーションを使ったんですね」
「まあ、そういう事だけど、何だよ」
「やっぱりそうですか。よくあるんですよ、こういった炎症は。砲弾の破片や銃弾を体内から取り出さずにヒールポーションを使うとですよ、小さな破片とかなら自然と体外に排出するんですが、大きな異物となると傷口は塞がるんですが、身体がその異物に拒絶反応を起こすんですよ。それが今の状態です。わかりましたか?」
「ちょっと何言ってるかわかんない」
「はあ、ったく。簡単に言うと手術が必要です」
「まて、それで直るのか? もしエミリーが死んだらな、お前の家族、恋人、親戚、飼っている金魚まで皆殺しにするぞ」
「大丈夫ですって! なに恐ろしい事言ってんすかっ。死ぬことはありませんから安心してください。ちょっと破片を取り出すだけですって。だいたい僕の実家で金魚飼ってるってなんで知ってんですかっ」
いや、なんとなく彼の顔が金魚っぽかっただけなんだけどね。
こうしてエミリーは野戦病院へと連れていかれた。
衛生兵が言うには2~3日で戻って来るんじゃないかと。
それならこの期間に戦車の整備と修理をしておくか。
そんなところへ突如、死神が姿を現した。
しかし俺は瞬に反応した。
「おおおおお、お願いしますっ、エミリーを連れて行かないでくださいっっ!」
俺が地面に頭を擦り付けてお願いしていると、地獄の奥底から発したような低い声で返答があった。
「モリス軍曹、俺だ。リッキー・アンデロ少尉だ」
こ、こいつ、ワザとこのタイミングで出て来やがったなぁっ。
「あ、リッ、リッキー少尉ですか。ど、どうしたんですか」
俺はなんとか怒りを抑えて何事もなかったかの如く取り繕った――はずだが、声が微妙に震えていた……
「ああ、戦車の都合がついたんで許可を貰いに戻って来た」
なんだ、そういう事か、ビビらせやがってもう。
しかし早いな。
でもちょっと楽しみだし。
「それで戦車の車種はどうなりました?」
と俺が聞くと少しだけ自慢げにリッチ少尉は言った。
「ああ、予算内で見繕っていくつか案を持って来たんで、そこからモリス軍曹に選ばせてやる」
なんと選び放題ときたか!!!
俺は早速選び放題のリストに目を通すのだった。
前半部分は3人称で書いています。
今後時々こういった書き方での場面を挟む予定です。
世界大戦の様相になってきました。
魔族はドイツ戦車を扱っている設定ですのでⅢ突G同士での戦闘も出て来るかも。
兎人はポーランド戦車を扱っています。
TKSや7TPなどですが、それだけだとあまりにひ弱ですので、もう一か国ほど車種を組み込みますか。
リザーゾマンは……
という訳で次回もよろしくお願いします。




