192話 被弾と負傷
敵の砲兵陣地はあらかた潰したかな。
味方歩兵部隊は陽道で敵の正面に対峙したとはいえ、進軍はしていないから被害は軽微だと報告されている。
目標の敵歩兵陣地は壊滅的でこちらは損害軽微とくれば、作戦は大成功といっても良いだろう。
いやあ、楽な作戦だったな。
「ケイ、撤退命令を頼む」
ゴブリンの将校をハーフトラックに乗せ、さて俺達もとっとと撤退するかと思った矢先だった。
『こちら2号車、オーク支配地域方面に敵戦車複数発見――こっちへ来ます!』
タクのシーマン戦車からの連絡だ。
くそ、思ったより早かったな。
予想はしていたさ。
ゴブリンが街への攻撃部隊を編成してたんだから、オーク軍も同じように攻撃部隊を準備してるだろうと。
部隊準備をしているなら直ぐに動いてもおかしくはない。
ケイ、エミリー、ミウの3人が不安そうな表情で一斉に俺を見る。
「ケイ、このⅢ突Gが遅延戦闘で時間を稼ぐから、他の車両は撤退を急ぐように連絡してくれ」
俺達はオーク陣営に向かって走る。
撤退の為、直ぐにタクのシーマン戦車が通り過ぎる。
しかし通り過ぎたのはシーマン戦車1両ではなかった。
後続車両があったのだ。
ゴブリン製の装甲兵員輸送車と、それに牽引されるオーク製76㎜野砲がガシャガシャと音を立てて通り過ぎていく。
装甲兵員輸送車の荷台に積まれた沢山の荷物の上で、何者かが座ったままポーズをとって通り過ぎていく。
そいつは腰に手を当て自慢げにサムズアップするバルテン軍曹だった。
すげえ荷物の量なんですけど。
それに敵の装甲兵員輸送車に加えて野砲を頂戴するとはな。
さすがは戦場の火事場泥棒だ。
野砲はあまり金にならないが、ゴブリンの装甲兵員輸送車は良いものだ。
敵戦車の使用は禁止されているけど、敵車両類は使うことが出来るルール。
しかも装甲されている6輪オフロード・トラックで、251ハーフトラックみたいに使い勝手はよさそう。
あ、いかん、そんなこと考えている余裕などなかった。
見方が撤退する時間を俺達で稼がないといけない。
まずはちょっとした窪みに車体を入れて砲身だけを出しての待ち伏せだ。
この窪みに入った瞬間にすでに次に移動する場所を模索する。
「ケンちゃん、2時方向にオーク戦車……えっと3両」
最初に見つけたのはケイだった。
くそ、俺の所からは見えないぞ。
「エミリー、車体を2時方向へ」
「ケイは徹甲弾装填」
俺が言い終わらないうちに車体の方向がピタリと敵戦車の発見方向で止まる。
するとミウが敵を確認したことを伝えてきた。
「見えました、タイプ26が3両です」
「よし、俺も見えた。距離600、先頭車両を狙え。魔法射撃」
森の中を通る道を1列縦隊で進んでくる。
タイプ34ではなく、タイプ26だったのはラッキーだ。
「照準OKです!」
ミウのOKに合わせてすかさず発射命令を出す。
発射の反動で激しく車体が揺れる。
揺れが収まって命中確認が取れたところで次の射撃地点へ移動を命令。
こっちは1両しかいないのだ。
居場所がバレたらそれこそ取り囲まれて袋叩きもあり得る。
そうならない為にも1発撃ったら移動を繰り返す。
あわよくばこっちが複数いると勘違いしてくれたらラッキーだ。
敵が2戦級の戦車だからと侮ってはいけない。
Ⅲ突Gの側面装甲だったらタイプ26の45㎜砲でも貫徹できてしまう。
次の射撃地点に移動しながら戦果確認をする。
「良し、敵戦車炎上中だ。次弾装填」
敵はまだこちらに位置に気が付かない様子。
撃ち返してくる気配がない。
先頭車両がやられて2両目が横道にそれながら前に出ようとしている。
この森の中を通る道は、舗装などしてあるはずもなく、少し道を逸れるといきなり悪路となっている。
その為、炎上する車両を避けようとする後続車両は急激に速度が落ちる。
次の位置に余裕でたどり着き、俺は2射目の命令を出す。
「この位置で連続射撃する」
タイプ34だと正面装甲を撃ち抜くにも苦労するが、タイプ26なら側面に回り込む必要もない。
この位置は敵の正面に近い位置。
炎上する戦車を避けてやっと前に出たタイプ26に標的を絞り、2射目も魔法射撃で指示を出す。
結果、正面車体下部に命中して擱座させたが、それでも諦めないらしく、脱出もせずに砲塔を旋回させている。
これに通常射撃で止めの一撃を与えて爆砕。
残るとはあと1両。
最後の1両はこちらの場所を確認したらしく、炎上する2両の戦車の陰から応射を始めた。
この位置で3両目も破壊するつもりだったが、応射されては安全を期して移動する。
そう簡単に当たってたまるか。
最後の1両の炎上する2両を押しのけて、遂に前に出て来て速度を上げ始めた。
急速に接近してくる。
「接近されるとまずいっ、くそ、下がれ」
「待って、待って、前を向いたまま下がるの? 後ろを向けて下がるの? どっち?」
俺の命令にエミリーが混乱している。
確かに後面を見せての後退は、速度を出せるが後面装甲を撃たれるリスクがある。
かといって正面を向いたまま後進は速度が遅すぎる。
タイプ26の45㎜砲ならばⅢ突Gの後面装甲など撃ち抜くだろう。
「エミリー、正面を向けたままで後退」
「ケイ、徹甲弾装填。リモート機銃で牽制射撃」
「ミウは魔法射撃。吹き飛ばせ!」
覚悟を決めた。
タイプ26と正面からやり合ってやる。
回り込まれる前に仕留めれば問題ない。
ただ、砲弾が小さい向こうは装填速度が早い。
機関銃射撃の指示は敵の照準を妨げる単なる嫌がらせだ。
タイプ26の砲口から閃光が見えた。
「撃ってきたぞ!」
だが走行しながらの射撃などそう簡単に命中などしない。
――が、車体に衝撃が走る。
当ててきたのかよ!
車内の周囲を見るが皆はちょっとだけ縮こまっただけで、直ぐに戦闘行動に移っている。
命中弾には慣れたみたいだ。
すでに俺達はベテラン乗員に域ってこと。
「お待たせ、装填完了よっ」
「いつでも撃てます」
こっちは魔法射撃、移動してても照準器に標的が入れば絶対命中だ。
負けるはずがない。
「てっ!!」
こっちが撃つのとほぼ同時に敵の砲口から閃光が見えた。
しかし敵の45㎜砲弾は外れ、こっちの75㎜砲弾はタイプ26の正面装甲をぶち抜いた。
そして一瞬の間をおいてからタイプ26は空高く砲塔を舞い上げて爆散した。
だが、それで終わりでもなかった。
敵戦車はまだ他にもいたのだ。
車体がまたしても大きな鈍器で叩かれたような衝撃が走った。
ちょうと後進ギアから前進にギアを切り替えて、車体が停車する隙を狙ってだ。
予想しないタイミングで当てられてためか、車内で「きゃっ」っと悲鳴が上がる。
「なんだ、どっからだ。エミリー、とにかくこの場から移動だっ」
だが、依然Ⅲ突Gは停車したままだ。
するとミウが操縦席にいるエミリーを後ろから覗き込む。
「エミリーさん――にゃっ、だ、大丈夫ですかっ」
尋常じゃないミウの驚きように血の気がサッと引いて、俺は思わず大声を張り上げた。
「エミリーっ、どうした。エミリーに何かあったのかっ!!」
ちょうど俺の前に席があるミウの肩に掴みかかった。
するとミウが震える声で言った。
「エ、エミリーさんから血、血が……」
「エミリー~~~~~~っっ!!!」
俺がミウを押しのけて前に出ようとした直後、ケイが俺の頭を叩いて怒鳴った。
「10時方向に戦車よっ」
その言葉とほぼ同時に停車していたⅢ突Gがゆっくりとだが動き出す。
「エ、エミリー……生きてるのか」
「ちょ、ちょっと怪我しただけ。生きてるから大丈夫。だ、だけど、ポーション、使っても良いかな」
そう言いながら車体の方向をピタリと敵戦車へと向ける。
そこへ再び車内に敵弾の衝撃が襲う。
外からハンマーで叩かれたような衝撃。
しかし、直ぐにケイが言葉を放つ。
「くっ――装填できてるわよ、ミウ、やっちゃって!」
「はい、撃ちます!」
そしてミウが75㎜砲弾を放った。
エミリーの方を見て茫然とする俺を無視したまま、ケイがエミリーにポーションを渡している。
ケイはその後、ハッチから外を覗いて敵戦車撃破の確認をしてから言った。
「もう大丈夫だと思うよ。周囲に敵は見えないわね。でも早くここから逃げた方がよさげね」
そこで我に返る俺。
「あ、ああ、そうだな。すまない。エミリー、操縦変わろうか?」
するとエミリー。
「ありがとう、お兄ちゃん。でも血は止まったから大丈夫」
そう言ってⅢ突Gを動かし始めた。
落ち着いたところで車内を見まわすと、操縦席のすぐ横に被弾の痕跡が見られた。
操縦席近くの側面装甲に敵弾を受けたらしい。
わずかに内壁が割れている。
砲弾は車内へ飛び込んではこなかったようだが、その衝撃で破片がエミリーを襲ったのだろう。
貫徹していたらエミリーは……
想像したら恐ろしくなる。
正面の敵に気を取られていた俺のせいだ。
ゴブリン製の装甲兵員輸送車のオフロード・トラックですが、イタリアのドヴンクェ35装甲トラックが元ネタです。
タイプ26はT-26が元ネタです。
初速の早い45㎜砲が主砲ですが装甲は当初15㎜しかなく、防御面では最悪でした。
という事で次回もよろしくお願いします。




