186話 軍曹と中尉
その日は暗い雰囲気のままこの街で夜を明かした。
ハンター時代には結構こういうの経験してきたつもりなんだけど、なんかその時の感情とは全然違う。
そういえば考えても見なかったけど、エミリーが死んでしまったら俺はどうなっちゃうんだろう。
普通にしていられるのかな。
なんか、立ち直れない気がするんだが。
一晩寝たら、俺の気持ちも少し落ち付いた気がする。
だけどソーヤは最低限の言葉しか発しなくなった。
ずっと視線は下向きで前髪が邪魔をしてその表情もはっきりとは伺えない。
昼過ぎになると別の歩兵部隊やら補給部隊が到着して、この街の守備隊として当面駐屯するという。
到着した歩兵部隊の兵隊は口々に「後方で待機中だったのに」と文句を言っている。
つまりこの街を奪還したのは想定外だったという事か。
よし、俺達が勢いでやったってのはこの人達には黙っておこう。
俺達K小隊と猟兵部隊も一旦補給や戦車の整備の為、丘の向こう側の駐屯地へ下がれとの命令だ。
ケイに話を聞いたら、俺達が丘を占拠したり街を奪還なんかしたもんだから、この地域だけが前線で突出してるらしい。
ということは両側から挟み撃ちにされる恐れもある。
街の右も左もまだ敵支配地域なのだ。
そうなった原因は俺達なんだが。
これに関しては駐屯地へ戻ったら作戦本部にケイが出頭しなければいけないらしい。
俺には関係ない事だと思ってたら「あ、そうそう。ケンちゃんも一緒に出頭命令が出てるからよろしく」ってケイに言われた。
だからなんで伍長の俺が出頭しなきゃいけないんだよ。
俺が断固抗議をしようと口を開いた瞬間、ケイが言った言葉に言葉が詰まる。
「そういえばケンちゃんさ、今日付で軍曹に昇進だってさ。おめでと」
「え、え、はぁ? なんで?」
それしか言葉に出てこない。
だって命令違反はしたけど昇進するようなことしてないよね?
それにはケイが説明してくれた。
「良くわかんないけどね、丘の占領とかの功績じゃないの」
「いや、それに対してはなんかすごい勲章を貰ったよ」
「あの勲章は魔獣討伐に対してでしょ。ケンちゃん1人で魔獣倒したって言う。丘の占領に対してじゃないよ。それとも、そうねえ、この街の奪還の功績かな、あるいは歩兵部隊救出の功績かな。戦車撃破多数に対しての功績かもね。一応そういった情報は私だってちゃんと本部に報告はしてるからね、それにしては決定がちょっと早いか。それに命令無視に近い事もしちゃってのよねえ」
「今言った功績が認められたなら、隊長だったケイも何かあっても良いだろう」
「そうね、私も何故か中尉に昇進だって」
マジか。
これは何か裏がありそうで怖いぞ。
どのみち作戦本部へ出頭すれば解かることだ。
しょうがない、出頭してやるか。
K小隊は猟兵部隊と一緒に、鹵獲したタイプ34に装甲車や小火器やら弾薬を満載したトラックなどを引き連れて、さっそうと俺達の駐屯する野営地へと凱旋した。
ただ一様に皆が暗い雰囲気だったのは歪めなかった。
野営地へ到着して直ぐに下士官が俺とケイを待っていて、その場で本部へと連れていかれた。
俺とケイが連れていかれた場所は、てっきり連隊か師団本部かと覚悟していたんだが、そんな遠い場所ではなく直ぐ近くにある中隊本部だった。
中隊本部の天幕の前に立つ俺とケイ。
俺達を連れてきた下士官兵に中に入るように促され、恐る恐る天幕の中に入ってみると、野戦テーブルを囲んでお偉いさん方が数人椅子に座っていた。
少佐や中佐の階級を付けた各部隊の大隊長と、包帯でぐるぐる巻きになった幼女中隊長の他に、中佐の階級章を付けた髭を生やした連隊長だ。
50歳代の物静かそうな紳士といった感じの人で、高そうな葉巻を吸いながら目を細くして俺を見ている。
俺は慌てて敬礼をすると、それに倣いケイも急いで敬礼をする。
そして一呼吸開けて俺は出頭したことを告げた。
「モリス伍――軍曹、ホクブ中尉、只今出頭しました」
俺、軍曹になってるんだよな。
あ、本当は上官であるケイが言うセリフだったかも、ミスったかな。
しかし連隊長とか直接会うの初めてだ。
ちょっと緊張する。
簡単な挨拶の後、連隊長からあれこれ質問されることになり、その都度何故か隊長であるケイではなく俺が説明することになった。
「――そうか。それで丘を占領した事についてだが……」
丘の監視所を破壊するという命令だったのを、破壊したうえで丘の敵陣地を占領した事について説明を求められた。
説明と言われても、その場の戦況に対して臨機応変に動いた結果とでも言うしかない。
本当は監視所を破壊するために突進したら、敵陣地を占領することになっっちまったという結果なんだけどね。
「――それでは、命令無視をして街に残った理由はなんだね?」
おうふっ!
命令無視って言葉を使いますか。
やばいよ、やばいよ、ゾンビ軍団の仲間入りが目の前に迫って来たよ。
これは慎重に言葉を選ばないと取り返しがつかないぞ。
俺は撤退命令に従った場合は、歩兵部隊に大損害が出ると思ったこと、そして歩兵部隊の撤退の時間稼ぎの為に街に残って敵を攪乱しようと思ったことを説明した。
「――ほほう、それで敵の戦車中隊と歩兵大隊に大打撃を与えたうえで撤退させ、街を占領したと。しかもしっかりと味方歩兵部隊も救ったらしいな。だいたい、それをやったのが貴様ら戦車隊1個小隊だけというのも本当らしいな。それも伍長である下士官が指揮を執ったと、いや報告書にはモリス伍長の指揮の補助でとなっていたか。まあ、大体報告書通りってことか」
連隊長の余りの威圧感で俺は小さな声で「はい……すいません」としか言えなかった。
「まあ良い。報告書を見たんだがな、さすがに儂も信じられなくてな。それでモリス伍長、ちょっと気になってな、戦車学校の事も調べさせてもらったよ。学校じゃ相当なやんちゃぶりだったらしいな。だが学校での報告書を見れば今回の事も納得がいくか」
連隊長はここまで言い終わると、葉巻を灰皿に押し付けて大きく煙を吐き出し、しばらく沈黙する。
え、え、何、この間は?
何この空気感は!
ケイと俺に緊張が走る。
ここまで黙っていた幼女中隊長もちょっと目が泳ぎ始める。
俺が何か言わなきゃ気が狂いそうだと口を開こうとした時、連隊長が再び話を続けた。
「――それで今回、部隊の編成を行うことになった。ケイ・ホクブ中尉は同部隊の中隊長に、ケン・モリス軍曹は小隊長に任命する」
俺、軍曹になったばかりだし。
そもそも小隊長は尉官クラスだって聞いたんだけど!
「あ、あの、お言葉ですけど。俺――でなくて、自分の階級は軍曹なんですけど……」
「ああ、安心しろ。すぐに曹長に昇進させる。戦時下の場合は曹長でも小隊長は可能だ。さすがに2階級特進はさせられないから2段階に分けさせてもらう。メリッサ・ボス大尉がこんな有様だしな。空いたポストに貴様らを入れることにした。これは師団長からの指示でもあるから留意せよ」
メリッサ・ボス大尉、別名『幼女中隊長』が入院するそうで、その代わりにケイが中隊長に格上げ、俺が小隊長に格上げなんだと。
そもそも、連隊長よりも上の将官からの指示って言うのがちょっと怖い。
それともう一つ重大な話が合った。
新しく中隊長となったケイの中隊が再編成されるという。
中隊にはJ、K、Lと3つの小隊あるんだが、その内のL小隊がまるまる入れ替えらしい。
その入れ替えで入って来る小隊というのが、聞いて驚きのホクブ産業から寄贈された戦車。
つまりケイのパパの息が掛かった部隊となってしまう。
軍内での人事権には手が届かないケイのパパが使った手というのが、ケイの私設部隊に戦車を寄贈するという作戦だ。
ケイの中隊長の昇進に合わせてのタイミングだ。
中隊長になれば保有する戦車の数を増やすことが出来る。
それこそ中隊規模の数まで保持可能だ。
だけど決まったばかっかりで、待ってましたという絶妙なタイミングだ。
ケイパパの情報網は侮れないな。
っていうか、1個小隊の戦車をポンと出せるところが恐ろしい。
ただし人事権には手出しできないから、配属されてくる兵士は選べない。
といっても、私設部隊の配属命令には拒否権があり、打診が来た兵士は拒否することもできる。
しかし私設部隊は普通の兵士よりも待遇が良い場合がほとんどで、断る兵士はほとんどいない。
というシステムな為、ケイパパの息が掛かった兵隊は入ってこないのだが、1個小隊分の戦車を貰ったからには絶対に何かしてくると予想できる。
まあ、金持ちで権力者のやる事だから汚い手を使う事も予想される。
すでに戦車の寄贈というのも、汚い手とは言わないがずる賢い手とは思う。
ケンちゃん昇進です。
小隊の指揮官は軍曹でもやっていた時期が各国でもありました。
戦時中など士官不足の時期です。
なので曹長でもおかしくないですよね。
で、遂にケンちゃん小隊長となります。
ケイも中尉となり中隊長です。
中隊長は通常は大尉が就くんですが、やはり戦時下ということで中尉でつきます。
というかそういう設定です。
各国によって違いますんで、この小説の設定ということでお願いします。
またしても次回投稿は少し間が空きそうです。
<(_ _)>
ということで次回もよろしくお願いします。




