177話 撤退命令
どう考えてもおかしいじゃないか。
歩兵部隊の真後ろは丘しかないぞ。
詳しい話を聞くと、ゴブリン歩兵が我々の歩兵大隊の最後尾に突如現れて、攻撃を仕掛けてきたという。
敵の数までははっきりと分からないが、中隊規模はいるんじゃないかという事だ。
そんな数のゴブリンが回り込むとなると、夜と言えども丘の上の監視所が気が付くはずである。
しかし監視所は攻撃が始まるまで気が付かなかったらしい。
う~ん、どういうことだ?
俺が考えているとエミリーが冗談気味に言ってきた。
「地面の中にでも潜ってたんじゃないの」
するとケイがそれに追随する。
「ウケる、ゴブリンとかケンちゃんなら土ん中潜ってそう」
さらにミウまで交じって女性陣が皆で、楽しそうにキャピキャピしてる。
そういえばⅢ突Gの中って男は俺だけなんだったよな。
本来ならばそのキャピキャピに交じってウハウハしたいところだが、俺がネタにされていてそうもいかない。
それよりも、今の一言で俺はピンときてしまった。
「なあ、それが正解かもしれないぞ」
俺の言葉に反応したケイが、不思議そうな顔で素直に疑問をぶつけてきた。
「え、どういう事?」
「結論から言えば恐らく抜け穴が掘ってある。丘に奇襲を掛けられた時もそうだけど、ゴブリンが突然現れたよな。でもさ、あの物凄い数はどこから現れたんだ? 改めて考えるとおかしいよな。だけど抜け穴があるって考えたら筋が通らないか。丘の中腹辺りにトンネルが掘ってあったとしたらどうだ」
俺の言葉にケイが大きく頷きながら「確かに」とつぶやく。
しかしそれが今わかったところでどうにもならない。
だが、監視所の守備隊も黙ってはいない。
薄明りの中、ゴブリン兵に攻撃を加えたのだが、それはやってはいけない事だと直ぐに理解して攻撃をやめる。
丘の中腹のゴブリン兵のすぐ向こう側には、湿地帯の味方歩兵がいて、流れ弾で同士討ちとなってしまったからだ。
それでゴブリンの一方的な攻撃と言う状況が成立してしまった。
それで俺達になんとか掩護に回ってくれとの事だ。
右翼側の戦車部隊はどうなってるのか作戦本部に聞くと、現在は街中にいたゴブリン1個戦車小隊と交戦中とのことだ。
手が空いているのは今のところ俺達K小隊だけの様だ。
それなら行くか。
ゴブリンくらいなら軽く蹴散らしてやる。
「K小隊前進、味方歩兵部隊を掩護する。敵の正面防御陣地を後方から破壊していくぞ」
ケイが無線で各車両に連絡し、進路を湿地帯に面する建物へと向ける。
戦車から首を出せば、確かに激しい戦闘音が湿地帯の方から聞こえる。
これは早速あれを使う場面かな。
「ケイ、作戦本部へ連絡。味方歩兵大隊のいる場所へ煙幕弾の発射を要請」
そう、俺が幼女中隊長へ頼んでおいたものの一つが煙幕弾だ。
ただ、そんなに多くは用意出来なかったらしいので長時間は無理だ。
それで俺達K小隊がやるべきことは、歩兵大隊の正面にある敵守備隊防御陣地への攻撃だ。防御陣地を崩せれば、歩兵は街中へ退避できる。
その時間稼ぎに煙幕を投入だ。
少なくとも狙い撃ちはされない。
さて、ここからは時間との勝負。
そして猟兵小隊の出番である。
防御陣地と化した建物へ、真後ろから砲弾を撃ち込む。
そこへ猟兵隊が突入して制圧する。
市街戦で拠点を制圧するならやっぱり戦車だけじゃどうにもならない。
建物制圧の事を考えて、歩兵小隊をつけてもらったのがやはり正解だったな。
「2号車はあの赤い屋根の家、3号車は……えええい、面倒臭っ。手あたり次第に壊せ!」
いちいち指示するのも大変になって、各車両に任せてしまった。
タクもソーヤも成長してるんだし、そろそろ放って置いても大丈夫だろう。
予想通りタクとソーヤはしっかりと自分の指揮する戦車を操って、猟兵隊と息を合わせながら敵の防御陣地を1ヵ所ずつ見事に制圧していく。
4号車のバルデン軍曹らも荒っぽいながらも、同じく荒っぽい猟兵隊とピタリと息を合わせて火点制圧している。
あれ?
猟兵と4号車のバルテン軍曹達って同類に感じるぞ。
なんか一緒にいても違和感ないな。
暫くすると、味方歩兵大隊は街の中へと退避し、街と監視所の間には敵ゴブリンだけとなる。
そこへ――
「迫撃砲部隊へ連絡。今度は敵ゴブリン兵に向かって発射要請だ」
俺の指示に待ってましたとケイは砲撃要請の無線を流す。
ちょうど日が昇る時間でもあり、辺りは薄明るくなってきた。
明るくなってしまえば丘の上の監視所が本来の効力を発揮する。
風を切り裂いて落下する迫撃砲弾の音が聞こえてくる。
そして1発目が着弾して炸裂。
その1発目からゴブリンの集団のド真ん中だった。
ゴブリンがひと塊ほど宙を舞ったのが見えた。
その1発でゴブリン兵は大混乱と化し、ある場所に向かって突進を始める。
これは脱出路に向かってるみたいだな。
やっぱりトンネル臭いな。
そのうち2ヵ所ほどの地点で、ゴブリン兵が殺到しているのが薄暗い中でも見てとれた。
そこへⅢ突Gで砲弾を撃ち込もうと思ていたら、タクとソーヤの戦車砲に持っていかれた。
着弾と同時に地面がめくれ上がり、土の中からゴブリンが爆発と共に空中へと弾き飛ばされた。
やはりトンネルだったみたいだな。
でもこれでもう使えないだろう。
その後は迫撃砲の連続砲撃でゴブリン兵は次々と吹っ飛ばされ、砲撃の合間を掻い潜って生き延びた者は、丘の上の機関銃陣地の餌食となっていった。
そんな時、右翼から攻め入っている2個戦車小隊から緊急無線が入る。
『救援頼む。新手の敵戦車隊の攻撃を受けている。敵数は約10両。どうやらゴブリン戦車じゃない。75㎜クラスの砲を搭載してるから、多分あれはオーク軍の戦車だ。潰れた饅頭みたいな形をしてる。くそ、2号車が喰われた!』
遂に恐れていたのが出ちまったか。
その戦車の特徴は間違いなくオーク軍のタイプ34だ。
75㎜クラスの戦車砲というならタイプ34に違いない。
「ケイ、作戦本部に詳細を連絡。俺達K小隊が応援に行く。それとゴブリンの増援でオーク軍のタイプ34が来たとも伝えてくれ」
まずいことになったぞ。
ゴブリンの雑魚戦車じゃなくオークのタイプ34だ。
楽勝のはずだったのに一気に地獄の戦場へと変わっちまう。
特にタクとソーヤが心配だ。
一息ついたのち、ケイに各車に状況を連絡させた後、忘れてはいけない、猟兵にも知らせて別行動を取ることにした。
一応、251ハーフトラックには歩兵用の対戦車火器を積んである。
これも市街戦で猟兵が使えると思って、幼女中隊長に用意してもらったものだ。
猟兵小隊には途中で下車してもらい、建物の上から敵戦車の上面を攻撃してもらう。
戦車と言えども、上面装甲は薄い。
持ってきたショルダーランチャーでも、余裕で撃ち抜ける。
あ、でもショルダーランチャーは下方へは撃てなかった!
う~む、手で投げてもらうか。
そして俺達小隊が右翼の味方戦車隊へと応援に向かっているその途中に、本部より無線連絡が入った。
『戦車を含むオークの歩兵部隊が街へ接近中との連絡が監視所からあった。直ちに作戦は中止、全軍撤退せよ。繰り返す、作戦を中止して全軍撤退せよ』
はあ、今更何を言ってるんでしょうか。
撤退と言っても街に乗り込んだ歩兵部隊はどうするんだよ。
街から出ると畑か湿地帯だぞ。
それも日が昇って明るい中だ。
集中砲火を浴びて全滅するだろ。
逃げる場所なんてない。
しかし、オークの歩兵部隊も来てたのは悪い知らせだ。
味方の歩兵大隊は先ほどの攻撃でかなりの死傷者を出していて、とてもじゃないがまともな戦闘は難しい。
俺はケイが返答を送るより前に、作戦本部と繋がった無線マイクを奪い取り、代わりに俺が返答してやった。
「こちら1号車、車両故障により撤退不可能。修理完了次第撤退する。以上」
そこまで言って無線を切った。
そして今度はK小隊全車両宛に無線連絡を送る。
「こちら1号車のモリス伍長。先ほど作戦本部より撤退命令が出た。歩兵は置き去りらしい。しかしだ、俺達1号車は車両故障でここに残ることにした。他は全車両、命令通り撤退してくれ」
こうなったら出来るだけ遅延戦闘して、歩兵部隊の撤退の時間を稼ぐしかない。
ケイやミウとエミリーには悪いが、ここは俺に付き合ってもらう。
アンデット部隊もね。
今年初めての投稿となります。
今年もよろしくお願いします。




